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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
一章 灰色の空と橙の炯眼
9/79

ーー3


 ――――――さあ、反撃の時間だ。





『よぉし、こっちだ怪物! 一度のみならず二度までもその醜い眼球を串刺しにしてくれよう!』



 舞台の上で高らかにセリフを歌い上げる様な堂々さで、おじ様は化け物を挑発する。

 仁王立ちに両腕を開き、橙の眼を爛々と輝かせたハリウッド系おじ様は明らかにノリノリであり。

 というか、至極楽しそうだった。



 おれの挑発を受け激昂し、勢いをつけてベランダから頭部のみをビルの十階フロアへ乗り込ませた来た化け物は、巨体故に重い体を懸命にくねらせ、這うようにしてフロアの中へと入り込んでくる。

 フロア一面に敷き詰められたカーペットと白色電灯の輝く天井の間に嵌るように侵入してくる、おぞましい寄生虫のごとき異形。

 電灯の光により表皮の濃白色が主張され、夕陽の中でその巨体が浮き彫りになる化け物の進行方向――――十階フロアの奥では、ポールを持ったおじ様がこれ以上無い喜悦とした笑みを浮かべて、化け物を誘う。



『ほらほら醜悪な世界を食い潰す怪物よ! どうしたその歯牙は飾りか? その目は無用か? 無駄に肥えた目も当てられん身体に中身は詰まっておるのか? えええええっっ――――?』



 ――――おじ様、どうやら先程おれと手を握れたのが相当嬉しかったらしく。

 その嬉しさ余って、こうしてやけにテンションの高い挑発をしているのだが…………うぬ。


 なんか、腹が立つ。


 なんか妙にウザったくて、なんとなく腹が立つのだ。

 何故だろう。普通にしていたら渋めのカッコいいおじ様なのに。



『そちらから来ないのならば我、嬉々として貴様を串刺しぞ? 素材を剥ぎ取り口から尾まで串刺しにしてキャンプファイヤーぞ? 剥ぎ取った素材で槍を拵えるぞ?』



 うっっっすら、最近おれの学校で話題の新作アクションゲームの内容を髣髴させる発言をするおじ様。

 味方であるはずのおれすら若干苛立たせる彼の挑発は、うぬ、やっぱりというか。

 おじ様が挑発方法を考真剣に考えている時に見せてもらった、彼の大真面目な挑発のデモプレイを見た時に即座におれが直感した――――まさにその通りに。

 おじ様の挑発は化け物に効果覿面であるらしく、苛立たしげな声を上げる化け物は狙い通りにフロアの奥へ侵入してくる。

 おれは苦虫を噛み潰した様な気持ちで、怒れる化け物を眺めていた。



(うむ。なんか腹立つよな、おじ様の態度)



 よくわかるぞ、ばけものさん。

 ――――今ならおれはあの化け物と、学校の屋上で昼ご飯を食べれる気がした。

 …………気がしただけであって、化け物がこんなおれを護ってくれる偉大な人を傷付けた事は許さないんだけども。



 ――――もう、少しだ。


 誰でもあの挑発にはムカつく。お前の気持ちはよく分かるぞ化け物――――密かに正面からおじ様の挑発を受けた化け物に同情しながら、一方で虎視眈々と好機を狙うおれは、手に汗を握る。

 フロアを占めていく化け物の体長を目測しながら、じっと息を殺して機会を伺う。

 ――――もう少し。

 もう少し、奥に化け物が来てくれれば…………!



 ―――――決着(ケリ)は、つく。



 おれが全て作戦通りに行くことを願っている間に、化け物はおじ様へと接近していき、その身体がおれとおじ様で立てた作戦を実行する最低ラインにまで到達した。

 そろそろか、と化け物の視界に入らない隠れ場所から機を待つおれは飛び出す準備をする。

 化け物のフロア侵入度は最低ラインを越え、その注意力は全てのおじ様へ集中している。

 あとはおれのタイミングで、確実に仕留められると思った瞬間に――――――


 倒そう、と。心体が共に準備が出来たおれが作戦開始の合図を鳴らそうとした、その直後。



 ずるりっ――――と。

 化け物の体が、大きく滑り回転した。



『な、ぬぅ?』

「…………まさか」



 呆けた声を上げるおじ様。

 化け物が這い上がって来るだろうルート外に位置するデスクの下で息を潜めていたおれは、素早くフロアへ飛び出して窓際へ駆け寄り、開け放った窓から上半身を乗り出し覗き込むようにして化け物の状態を確認する。

 ――――どうやら化け物は下の階にある小さなベランダを足場に、十階まで這い上がっていたらしい。

 元々換気のためにと作られたプランターを置く程度の小さなベランダは鉄筋鉄骨で耐震設備まで備えられたビルとは違い、細い鉄骨による骨組みとコンクリートで固められただけの空間だ。化け物の巨体を支えられるような造りではない。

 よって化け物の重量に耐えかねたコンクリートが砕け、細い鉄骨は歪み、ベランダは崩壊したのだ。


 足場を無くした化け物は懸命に身体を捩らせ十階フロアに留まろうとするが――――背中の人の脚をした鶏冠以外は全て滑らかな表皮に覆われている化け物は、ボディの摩擦係数が低い。

 そのためズルズルと、重々しい足掻きを見せながら徐々に十階フロアから落ちていく。

 落下を避けようともがく化け物の様子は、崖っぷちで足掻くミミズの様だ。



(――――これは)



 拙い、とおれは思った。

 ここで化け物が落ちれば確実に、大逆転を狙った作戦を実行する次の機会はそう直ぐには訪れないだろうと予感したからだ。


 ――――十階フロアに収まった化け物の体を。

 狭い空間に閉じ込められた化け物の心臓を、真横から突き刺す作戦が…………――――――


 折角巡って来たチャンス。これを水泡へと還し新しく対策練るか?

 そんなのは、無理だ。

 化け物に唯一対抗できるおじ様は体力を激しく消耗しているし、たかだか護身術身に付けた程度の擦り傷だらけの人間が化け物に適うとはやはり思えない。

 こちらの体力の回復を狙い長期戦に持ち込んだとしても、それをあの竜巻を具現化したような化け物が許すわけがない。

 考えてみよう。圧倒的戦力差のある相手と戦わなければならない状況に追い込まれているとして、弱小のおれ達が勝利する為にどうすればいいか。

 政治的策略や精神を試される駆け引きを抜いた単純な戦略としては、三つ。

 全戦力を投下し短期決着に持ち込むか、こちらに有利な条件下で戦うか、不意打ちをするしか手は無いだろう。


 おれとおじ様がやろうとしていたのは、この三つを組み合わせた現在打てる最善で最大の作戦。

 こちらに有利な条件下に化け物を誘い込む、不意打ちという名の短期決着。

 最初おれ一人でやる予定だったこの作戦。そもそもおじ様が踏ん張って都合の良いビルまで誘き寄せてくれたからこそ実行出来たこの作戦を。

 無駄にしてしまうのか。

 実体の掴めない、『不運』という巡り合わせのせいで。



(――――――いや)



 無駄にはさせない、と。

 想定外の事態に失意しかけた自分を奮い立たせたおれは、瞬時に判断した。



「おじ様ぁああっ!!」



 おじ様の努力を無駄にはさせない。その一心で窓際から規則的に並べられたワークデスクの上へ飛び乗ったおれは、デスク伝いにフロアから落ちかけている化け物へ走る。

 おれの呼び掛けに反応したおじ様は、無言の意思を汲み取ってくれたらしい。

 投げろ、という念の詰まったおれの呼び掛けに対して、彼は持っていたポールを槍投げのように化け物目掛けて投擲する事で応じた。



『ぬんッ!』



 ヒュンッ――――と空を切り飛んでいくポール。

 白い放物線を描くそれはしかし、とうとうフロア床からズレ落ち、地上への落下を始めた化け物へ届くことは無い。

 その結果は、おれの目にも見えていた。

 分かっていたから、おれは彼にたった一つの武器を手放させたのだ。


 おれが、使うために。



『――――――なっ、』



 だんっ、と。

 ワークデスクを踏み台にし、おれは化け物が突っ込んだため出来たビルの大穴から、外へ飛び出した。

 ポールの後を追い足場などないビルの外へ飛び出していったおれの姿は、おじ様の目には飛び降り自殺をしているように見えたのだろう。


 おれの名を絶叫するおじ様の悲痛に満ちた声に背中を押されるように、おれは空中へ身を晒す。



 ふわっ、と内臓を下から浚われるような浮遊感は一瞬で、跳躍による推進力を失ったおれの体は引力に捕らわれて、落ちていく。

 重力が足の下から全身を打ち、落下の恐怖が同時に腹の奥に這い上がって来る。

 だからおれは、恐怖で竦む自分を鼓舞するように――――吼えた。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 恐怖を、雑念を、振り払うように叫びながら、胸に灯る小さな勇気を燃やす。

 全身全霊の勇気で温まった腕を伸ばし、空中で落下の体勢を整えながら、おれは、直ぐ横に飛来していたポールを掴む。

 冷たい、鉄製の白いポールの重さ。ずっ、と手のひらに納まる硬い質感を捉える。

 そして、地面に吸い込まれるように落下していてく化け物を見下ろしたおれの体に、奇妙な変化が訪れた。


 ――――――両眼が、熱を帯びた。


 触れればこちらの手が燃えてしまうのではないか思ってしまうほどの灼熱が、瞳孔を中心に眼球を包み込んだ。

 痛み、といった感覚はない。だが両眼はまるで炎になってしまったかのように、体温を逸脱した熱を発していた。


 同時に、燃えるように熱い眼球と連動するように、右手に掴むポールが温かくなっていく。

 じわり、じわりと――――おれの身体の一部になるかのように。

 ――――細い、血管のような赤い筋がおれからポールに張り巡らされ、血液が循環していく。

 唐突にそんな光景(ヴィジョン)が頭に浮かんだおれは、すとんと、胸のどこか空いていた所に熱のある何かがピッタリと納まる感覚と共に、妙な理解をした。


 おれの手にしている、白い塗装の施されたポール。

 これは――――槍だと。

 たとえば人を。たとえば事象を。たとえば悲劇を。たとえば化け物を。

 ――――串刺しに、する、



 “槍”。




「ああああああああああああああああああああああああああああ――――――――!!!!」




 知識とか根拠とか、そんな過程(プロセス)を飛ばし、手に有る物が“槍”だと納得し、理解したおれの行動は迅速だった。

 重力により地面へ引き寄せられる体を空中で翻し、姿勢を整える。

 地面に降り立つ様な形で落下することになったおれは両手でしっかりと“槍”を握り締め、先に地面へ到着し落下の衝撃によるダメージを受けている化け物の頭目掛け。



「――――ああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!」



 ――――乗用車を飲み込む程の大きな口と、無数の歯。口の周りを囲うように、ぎょろりと剥いている数十の眼球。

 それらの付け根にあたる、緩やかに回がる頸部と口唇の間――――人間でいう脳天に当たる場所へ。

 着地するようにして、“槍”を――――突き刺す。



「う――――お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 足底に走った着地の衝撃に痺れのようなものを感じながら、血痕のついた“槍”の先を化け物へと突き刺した――――その感覚は、どこかで体験した事があった。

 少しの硬度と弾力のある表皮を貫く、ずぶりとした湿った感覚。まるでそれは、生の鶏肉に爪楊枝を刺した時と酷似していて。

 “槍”の先が思ったより簡単に化け物の中に飲み込まれていった、その刹那。“槍”と化け物の接触部分から噴き出した赤い血は濃く、生魚の様なクセのある臭いを辺りに充満させながらびしゃびしゃとおれの体を汚していった。



「「「――――――――――――――!!!!!」」」



 化け物は声を上げ、一瞬びくっと痙攣する。

 ぐわんっ、ともがくように上半身を回し――――かと思えば化け物は、突然糸が切れたかのように罅割れたアスファルトにその巨体を転がした。


 ずんっ、と。重い命が地面にその身を預ける音が、殆ど夜闇に覆われたオフィス街に響く。

 時間により自然点灯する仕組みになっているオフィスの街灯に当てられなから横たわる化け物の頭から、転げ落ちるようにして地上に帰還したおれは、未だ落下の恐怖と振り絞った勇気の反動が残る脚を起こし、ふらつきながらも立ち上がった。

 半分は呆然と、半分は両眼の熱に浮かされながら、眼前に転がる化け物を見る。

 ひくひくと、眼球の口唇を小刻みに震わせる化け物は――――もう、動く気配は無かった。

 “槍”が突き刺さったままの脳天から流水のように流れ出ている鮮血が、アスファルトにじわじわと広がっていき、白い化け物の体を汚していく。

 その光景は中学生の時、理科の授業で見た豚の解剖のビデオより生々しく、凄惨で――――化け物が事切れる残酷な姿を、ありありと目に焼き付かせた。



「うっ…………」



 周囲に満ちた生臭さと化け物の死体。

 それは目の前の化け物が紛れもない『生き物』である事を証明する証拠であって、生き物が血潮を撒き散らして死んでいる光景に気分が悪くなり、吐き気がしたおれは口元を手で覆おうとした。

 その、時。

 日の落ちた街の中街灯に照らされた自分の手が、化け物の返り血で汚れている事に気付いて。

 思い、出す。

 化け物に“槍”を突き刺した時の感覚と、その時胸中に現れた感情を。



 ――――“槍”を、生き物に突き刺して、殺した。

 それの行為はあまりに恐ろしく、おぞましくて。

 だがその反面で、爽快感や達成感に似た、快感が僅かにあり――――背徳的で。


 生き物を、殺す――――なんて。

 やってはいけないその行為に、命を軽んじているような感想を抱いている自分に異常さを感じて、同時に罪悪感や生き物を傷付けているという恐怖が芽生えた。

 恐怖を感じながら――――おれは、殺した。

 命を。

 この手で、殺した。

 体中を駆け巡る、心地よい熱に浮かされながら。



 ――――命を狩る、感覚。

 それはこういうことを言うのだろうか――――などと。

 自分の行った行為をどこか他人事のように捉えている自分がいることに身の毛を弥立たせながら、化け物を殺した時の感覚と化け物の死体を照らし合わせて見ていたおれは。

 ――――やっぱり、と。

 段々と気にならなくなってきた返り血に、確信する。



 おれは今この化け物を殺して、満ち足りた感覚を味わっている――――と。



 普通ではない自分の感性に戸惑いを抱きながら、おれは足元まで広がってきた赤い水溜まりに躊躇なく足を踏み入れた。

 ぴちゃぴちゃと足音を鳴らしながら、抜け殻となった化け物の死体に近付き、脳天に置き去りにしていた“槍”を引き抜く。


 …………いや、だってこれおじ様からの借り物だし。

 かなり汚しちゃったけど、ちゃんと持ち主に返さないと。

 …………ねえ?

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