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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
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三話 戦場 ー先輩と戦争ー


 ――――組織を出発して一時間程でトラックは止まった。

 組織カナガワ支部がある都市部から離れていくにつれて荒れていき、トーキョー地区内に入るや急にコンクリート造りになったこれまでの道形。

 移動中は長く感じたが、過ぎてしまえば短かったように思える道程を終えたおれは、到着するや早々に下車して行ったトシさんの後に続いてトラックから降りる。


 黒色のコンクリートに足をつけた、その先に広がっていたのは広い車道と、密集した建物の列だった。

 車道は四車線程か、それ以上の余裕を持って造られおり、歩道もトラックが余裕で通れるほどに広い。

 道の両端には目測でも五階建て以上のビルが隙間なく並んでおり、そのせいか両側からビルが迫ってくるような、そんな圧迫感がある。

 都会、という言葉が似合うコンクリートとビルの街が目の前に広がっていた。



『おお…………ここが首都トーキョーか』

『うむ…………道も建物も整備されておる。しかしどれも似たような物ばかりであるな』

『地味な街並みじゃのう。もっと金や宝石を散りばめた方が良いと思うがのぉ』



 初めて来た首都の街に圧巻されるおれの傍ら、三者三様に反応を示す、古き時代に生きた亡霊達。

 おれ自身も初めて訪れた首都都市の光景に圧倒されながら、しかし無人ということもあり“現実世界”ならば人で賑わっているだろう街の静けさに不気味さを抱く。



「おい新入り、こっちだ」

「あ……はい」



 何処かで都会の空は狭いと聞いたことがあったが、成程ビルが聳え立ち見上げた視界の中に映るから狭く見えるのか――――と。

 見続ければ気重になりそうなためあまり見上げないようにしていた“幻想世界”の空を見上げ、感慨深く考え事をしていたおれに、既に十メートル程先に進んでいるトシさんから声をかけられる。

 移動中沈黙が痛いのでそれとなく雑談や質問を振ったところ、何故か戦闘が絡むと関わっちゃいけない様な雰囲気を出す変わった先輩は、緩慢そうな見た目に関わらず行動が早いようだ。

 トラックから下車して一分も経っていないにも関わらず、第三隊から少し離れた車道に停まっている第一隊のトラックへ誰より早く向かっている。

 基本的に第三隊は隊員の孤立防止と人数の確認、報告等通信の効率化のため二人一組で行動するようにしているらしく、通信さえ通じれば各組ごとに行動していいらしいが――――それにしても予想以上に個人行動の多そうな先輩である。

 他の第三隊員は殆ど、まだトラックから降りてすらいないのだが。



『じゃ、オレは医務部の方に行ってくるけどよ…………末っ子、なんかあったら呼べよ? 速攻で解体(バラ)すから呼べよ? 絶対呼べよ? 特にあのエセ金髪野郎が何かしたら呼べよ?』

『良いから早う去れ殺人鬼ちゃん』



 まだトラックから下車していない他の第三隊員の事が気になるおれだが、今回初の出動で勝手が分からないのと、おれとペアを組んでくれている先輩本人より『着いてこれないと早死する』と言われているため、今のところはトシさんに着いて回る事を優先する。

 そう決めてせかせかと先を歩く金髪の先輩の背中を追おうとした時、リッパーが片手を上げて言った。

 移動中のトラックの中で聞かされたが、リッパーは医学の知識があるため出動時は後衛部隊の医務部員として働く事が決まっているらしい。

 医務部に入り浸っているうちにそうなった、と。



『何かあったら直ぐ呼べよ? 特に負傷したらすぐ呼べよ? あとそのクソアマが妙な事仕出かしたら即呼べよ?』

『執拗い男は嫌われるぞ?』

『黙ってろクソアマ! オイクソ親父! 末っ子の事頼んだぞ!』

『そう心配せずとも良いから職務に集中せよ長男』



 よってここから先は別行動になるリッパーにかなり念入りに、有事には呼び付けるように言い聞かされたおれは「分かった」と答え、後ろ髪を引かれるように振り返りながら後衛部隊の乗るトラックへ移動するリッパーを見送る。

 海外旅行のため中型犬を友人に預けるようだ、と思った。

 引き留めてほしそうに振り向いてくるあたりが。



 リッパーを見送り、おじ様と妲己さんを連れて急ぎ足で先に行ったトシさんの元へ向かえば、彼はちょうど第一隊のトラックに乗り込むところだった。



「遅ぇぞ新入り!」

「……すいません」



 トラックに乗り込む寸前で待ってくれていたトシさんに一言謝罪すると、彼は「ちゃんと着いてこい」と一喝し、トラックへ乗り込む。

 中には既に第一隊の隊員がいるのだろうと予想したおれは車内のスペースの都合からおじ様と妲己さんには外で待ってもらうようにし、妲己さんから返してもらった上着に袖を通しながら厚い幕の向こうへ乗り込んだ。


 ――――血の、臭いがした。



「来たな新入り。コイツらが第一隊の代表やってる奴らだァ、挨拶しとけ」



 トラックに乗り込んだと同時、むわりと喉の奥まで雪崩込んできた強い鉄錆の臭いに、心臓を撫でられた。

 嗅いだ直後に、人間のものだと本能的に察知したおれの胸腔内を、ざわざわとした嫌悪感が蠢く。

 以前大量に浴びた事のある侵攻生物のモノとは比べ物にならない、濃厚な血の臭いに対する嫌悪感と恐怖。

 トラック内に充満しているらしい人血の臭いに気分が悪くなりながら、トシさんにも述べた挨拶と共にその場で軽く頭を下げ――――顔を上げた瞬間に、いつの間にか吐息が掛かるほど間近な位置に移動していた血塗れの男に、がしりと頭を掴まれた。

 そのまま首を毟り取られそうな勢いだった。



「おいトシ、こいつが噂になっとる『串刺し公』か? えらくちんまいが、使えんのかぁ?」



 続いてバシバシと頭を掴む手とは別の手で肩を叩いてくる男。

 上から押さえ付けられるように頭を持たれているため顔は見えないが、上半身裸でいたる所に赤く染まった包帯が巻かれている事、おれに触れる手から血が滴り落ちている事――――何より強烈な血の臭いがする事から、トラックに充満した臭いの元は眼前の人物であることをおれは察する。

 そして、



「俺についてこれりゃァ死なねぇだろ。着いてこれねぇんだったらそれまでだってこったろぉよ」

「まーそうかもしれんがのー、初っ端で『無双の槍』と組まされるなんざぁおまんも運が悪かのぉ」



 おれから見えないところにいるトシさんと会話している血塗れの男の、腹部。

 当て布をされその上から包帯を巻かれているらしい彼の、赤い布地の隙間から、本来見えないはずのモノが見えていた。

 それはツヤのある膜に覆われた、薄いピンク色の物体で、全長が相当長いため短く畳まれているようだった。

 だが収まりきらなかったのか。布と包帯の間から顔を出しているそれに、一度見れば二度と忘れないような鮮やかな赤と青の線が、植物の根のように蔓延っているのを見、未だおれの頭を掴んでいる男の呼吸に合わせて蠕動しているのを見てしまったおれは――――知ってしまった。


 それが、人間の内臓であると。



「ソゴウ、カズさんを放してやりなさい。固まってます」

「ああ、ごめんね。弟が粗相をして…………」



 奥から投げられてきた堅固な言葉と、こちらに向かって近付いてくるもう一人の男。

 おれの頭の上から血に染まった手を持ち上げ、ショッキングな光景を見て硬直するおれに微笑みかける青年は「驚かせてごめんね」と柔らかな口調で話しかけてくるが。


 左腕が、無かった。



「ユフ、おめぇ左腕どうした」

「ああこれ? ちょっとドジって、侵攻生物に噛み千切られちゃって…………」

「ソゴウがヨシ兄さんの声を聞かず飛び出して行ったのをフォローしたせいです。幸いにもその場に僕がいましたから、即座に千切られた腕は回収しましたが」

「わしのせいと言いたか兄貴ぃ?」



 おれの心に浮かんだ疑問を代弁するようにトシさんが口を開くと、返ってきたのは、クラスメイトと他愛ない話をするような、そんな重要性の全く感じられない軽い事実報告。

 軽々しく、どこか誇らしげに負傷を語る彼らに、トシさんも「そっか」と素っ気なく反応を返すだけで。


 まるで怪我をすることが当たり前、のような。

 むしろ大怪我を負うことが誉れである、ような。

 内臓が見えている――――なんて。

 おれからすれば有り得ない、死に瀕する程の重傷ですら、それが日常であるかのように話題にすらならずに――――流される。


 侵攻生物なら、まだ良かった。

 まだ人間の形をしていないものであったら、まだおれは普通にいられたのだろう。

 だが、この血の臭いはどう考えても侵攻生物のモノとは思えない。あの生き物のように、刺すような腥さとは違う臭気が。

 人間特有の、肉と、汗と、血の臭いが、外界と幕一枚隔ててこの場に溢れ返っていた。


 それにもか関わらず、平然と談笑するような、そんな彼ら第一隊の人の様子が、先輩の態度が。

 おれには到底、理解出来なくて、あまりにも信じられなくて。

 息が詰まるほどに、気持ちが悪くて、異質で――――異常で。


 だが、この場にいる者は誰も、大量の血で濡れた包帯や怪我について気遣いや心配などせず。

 何事も無いように、今回の任務の引き継ぎを始めて――――



「新入りぃ、第三隊のヤツら全員に一斉報告出来るよぉに引き継ぎ内容端末に打ち込んどけぇ」

「…………はい」

「うっわー、早速使いパシってんのー。こいつが先輩とかほんま嫌じゃのー」

「だァってろ『鬼』が」



 軽口を叩きながら、噎せ返るような血肉の臭いの中で業務的連絡をする。

 そんな、恐らく彼らにとっての『普通』がおれにはまだ受け入れられず、欠片も理解する事が出来ず。

 ただ、おれは、意識しないように気を付けてもどうしても視界に入ってしまう内臓や、椅子の上に放置された左腕や、第一隊の班長と思わしき男性の肉の間から見える白いモノに、吐き気を催すようなおぞましさと不快感を覚えながら。

 目を背けるように、述べられる報告を聞き取りながら、端末に報告内容を打ち出していた。


 こんな光景に、臭いに、状態に。

 これからおれは彼らのように、慣れていかなければならないのか――――と。

 そう、思いながら。




 ――――そうして、やっと。

 五分にも満たないような。

 だが、正気ではいられなくなりそうな人体特有の臭いに支配された報告の時間を終え、第三隊員への一斉送信のために打ち出した報告内容を第一隊の副班長だというキュウさんに確認してもらったおれは、「トシさんより断然出来ていますね」という評価を貰い無事に報告の一斉送信を終える。

 ああ、これでようやくこの狂った空間から解放されるのか――――と。

 段々血の臭いに慣れ始めている嗅覚と、しかし半溶解された食物混じりの吐瀉物のように濁ったモノが渦巻いているように感じる不快な胸中。

 それらにそんな事を思いながら、挨拶も程々に、トシさんに続きおれは第一隊のトラックを出る。


 防火素材で出来ているのだろうズシリと重い幕を潜り抜け、外に出たおれを待っていたのは、陰鬱とした灰色の空と、無機質な無人街の光景。

 そして、おれの顔を見るなり心配そうな顔をするおじ様と、開いた扇の中へそっと顔を伏せる妲己さん。


 ――――今、この亡霊二人の顔に、ひどく安心感を覚えるおれがいた。



『我が子、大事無いか?』

『ふぅむ……少し顔色が悪くはないかのぉかわゆい子や?』



 いつもは気持ちが暗くなりそうだと感じる灰色の空が、綺麗に思える。

 そんな心境であるおれを気遣い声を掛けてくれる亡霊二名におれは感謝を抱きながら、「……大丈夫、少し驚いただけだ」と答えを返す。

 おじ様と妲己さんには心配かけまいと、心のどこかで思っていたし、それにこれは他人に話すような大それた事じゃないと思ったからだ。


 きっと、今おれが抱いている気持ちの悪さは、おれがまだ初めての出動であるから現場の状況に慣れていないだけであるのだろう。

 なにせ、侵攻生物と戦っているのだ。誰だって、怪我をする。それは当たり前の事だ。おれだって以前、怪我をした。それと同じなのだ。

 それをトシさんや組織の先輩の人達は理解しているから、あの様な身の毛の弥立つ空気の中でも冷静でいられるのだろう。

 むしろ、冷静で無ければいけないのだろう。

 殺すか殺されるかの、命のやり取りをするのだから。

 怪我ぐらいで動じていては、駄目なのだろう。


 おれもこれから、そうなるべきなのだろう。



「新入りぃ、行くぞ!」

「…………はい」



 第一隊隊長からの報告にあった、現在他の第一隊員が侵攻生物と戦闘している場所に行くのだろう。

 戦闘続行不能な重傷者のみをこの場に連れ、残りは戦線維持のために今も戦闘しているという報告を思い出すおれは、早速戦地へ向かおうとするトシさんの後を追う。

 行こう、と声を掛け、今は口を閉ざされたおじ様と妲己さんの物言いたげな視線を受け流しながら、やけに速足なトシさんに追いつこうと駆け足になり、


 その時、すれ違いざまに、担架で運ばれてくる女性を見た。


 見た事のある顔の、女性だった。

 以前談話室で話した事のある、ポニーテールの似合う女性だった。

 一秒にも満たない、刹那のようなすれ違い。

 それでも、おれの目にははっきりと、担架に乗せられていた彼女の姿が焼き付いていた。


 ――――真っ赤な血が、彼女の左上半身を濡らしていた。

 首元まで、赤く濡れていた。

 健康的だった肌は見るからに青白く、あの時笑っていた顔は苦悶に歪んでいた。

 服から露出した肌はどこもかしくも、擦った痕があった。

 右手は左肩を押さえていた。その手は手首まで赤く染まっていた。

 担架は彼女のものと思われる血で汚れていた。

 結ばれていた髪は解け、赤い担架の上にバラバラに散らばっていた。

 それはまるで、広がった血溜まりの中に、彼女が横たわっているようで。



 ――――血溜まりの中に、あの人が沈んでいるようで。



『――――拙い』



 頭の中に、ノイズが走った。

 女性の悲鳴のような、耳鳴りがした気がした。

 目の前が、真っ白に染まった。

 しかし、それは気のせいだと直ぐに気付いた。

 なぜならおれは、先へ行く先輩の後を追っており、彼のその背中が見えたからだ。

 遠くにある背中が、見えたからだ。

 遠くにある、背中が。

 彼の、遠い、


 振り向くこと無く、遠ざかる、その背中が。



『――――拙い、のぉ 、これは……』



 目の前が、まばたいた。

 光が差して、目を焼いた。

 彼は行ってしまった。

 振り向きもせず、行ってしまった。

 おれに一瞥もくれず、彼女に見向きもせず。

 彼女は、沈んでいた。

 真っ白な肌をして、倒れていた。

 真っ赤な血に濡れて、ぴくりとも動かず。

 もうその目を、開く事もなく。



『――、――――――』



 足が止まる。息が止まる。心臓が止まる。心が凍る。

 声が、聞こえない。

 誰の声も、聞こえない。

 声が、届かない。

 誰の声も、届かない。


 ひとり、永遠と繋がる白い世界の中で、ただ一つ、その人は真っ赤になって倒れていた。


 もう、おれの呼びかけに応えることも、ない。

 もう、おれに笑いかけてくれることも、ない。

 もう、触れた手に温もりが宿ることも、ない。

 誰の、せいで。

 彼だ、あの人だ。あいつだ。彼女を、こんな風に、してしまったのは。

 こんなにも冷たく、動かなく、なってしまったのは。

 誰がこうしたのか――――それはとうに分かってる。

 あいつだ。あの人だ。

 あの人が、なにもかも終わらせていった。

 背を向けて、行ってしまった。

 彼女を、染め上げて。

 忘れられないぐらい、赤く、赤く、赤く、赤く、赤く、赤くして。

 庭先の花のように、それ以上に。

 だいきらいな、色にして、ああ、そうだ。

 ああ――――でも。

 彼女が赤くなってしまったのは、

 彼女が、手折られた花のように、動かなくなってしまったのは、


 ぜんぶ、おれの―――――





 ――――頭に、衝撃を受けた。

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