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トシ、と名乗った先輩に続きトラックに乗り込んだおれは先輩の正面に座り、いかにもコンビニ前で屯っている不良のような雰囲気が強い彼と向かい合う。
これから面接を受けるかのような緊張感。
防護服を着崩し、非常にラフな格好であるトシさんはおれを正面から見据えると、鋭い目付きで睨みを利かせ――――
「…………ところでよ、その女の格好はあれか? お前の趣味か?」
「…………いえ、違います。彼女の正装らしいです」
第三隊の説明もしくはおれへの質問をしてくると予想していたおれは、唐突に妲己さんについて問うてきた彼に小首を傾げながら答えると、トシさんは唸るような声で。
「そっか…………目に毒だから何か着てもらって良いか?」
「あっハイ」
――――まあそうですよね、と。
反射的に返事をしたおれは、脱いだ上着を左に座る妲己さんに渡す。
とりあえず少しの間でも着ていてください、という意味を込めて。
妲己さんの服は、なんというか、胸元が開きすぎて、その…………胸の頂が見えないかどうかドキドキする感じで露出している。
おれとしてもきになって仕方が無いので、頼むから今だけは着ておいてください。
『ふふっ? そちらの殿方も妾のかわゆい子もウブじゃのぉ。妾、そういう者は好きじゃぞ。そういう者に教え込むのもまた一興であるからのぉ』
「妲己さん、服を着てください」
『うふふふっ。冷たいかわゆい子も好きじゃぞ』
妖艶に笑いながら上着を羽織る妲己さん。
おれのサイズなので胸の部分全ては隠せないが、露出している部分は減った。
これならまだマシだろう。
妲己さんの露出が軽減されるのを見届けたトシさんが「よし」と頷く。
トラックに乗車し既に数分。エンジンがかかり始めたところで、ようやく何らかの説明をトシさんからされるのかと思い、おれは右側に座るおじ様と同様に姿勢を正す。
「じゃアどっから説明すっ――――」
『やはり胸がキツイのぉ。潰そうにも潰せぬ。まさかかわゆい子とこれ程胸周りの差があるとは…………流石妾じゃのぉ』
『ホントお前黙ってろクソ女』
トシさんの言葉に被さる形で独り言を呟く妲己さんによって、改められた空気は崩された。
ジドッとした視線をリッパーから向けられ『おやおや』と戯ける様に笑みながらも、今度こそ口を閉ざす妲己さん。
「……度々すいません」
「…………おう」
本題に入れないまま動き出したトラック。
折角指導に当たってくれる先輩へ非常に申し訳ない気持ちを抱くおれは、トラック内のスピーカーから聞こえてくる第三隊出動のアナウンスを聞きながら謝罪するのであった。
「んじゃ改めて――――俺ァトシってんだ。
B型SF保持者で槍使い。
カズ…………だったよなァ? 個人なのをいい事にあっちこっちにヘルプに行ってるが、所属は第三隊。
ちなみにお前の保護の時には第二隊んトコにヘルプに行ってから、これが初対面だ。
勉強はからきしだからよ、正直ほかのヤツらが騒ぐおめぇの亡霊の事なんざこれっぽっちも知らねぇ。とりあえず敬語使いやァいいのか悪いのかだけ教えろ新入り」
――――不良用語でガンを飛ばす、と言うのだろうか。
動き出したトラックに運ばれながら、改めてそう名乗ったトシさんは鋭い視線をおれに向けて飛ばす。
苛立った時におじ様が放つ圧迫感や、リッパーが纏う存在感とは別種の威圧感を持つ二つ歳上の先輩。
少し苛立っている様子のリッパーの隣に座しながら、その存在を気に留める様子すら無い彼に、マスさんとは違うタイプで存在感の強い人だなぁと思いながらおれは軽く会釈する。
「今日から第三隊所属になったカズです。何卒よろしくお願いします」
「おう新入り」
名乗ったにも関わらずさらりとおれを「新入り」と呼ぶ声から滲み出ている、明らかに興味が無さそうなから雰囲気。
初対面時から終始素っ気ない言動である彼は恐らく、おれのことをコードネームで呼ぶ気などないんだろう。
そんな気配を薄らと感じながら、おれは続けておじ様、リッパー、妲己さんと端的な紹介を済ませる。
敬語についてはその辺りの礼節に厳しいおじ様にだけ使用し、リッパーと妲己さんは本人の申告の元普段通りの喋り方で良いらしい――――という事を本人の目の前で伝えれば、トシさんは亡霊三者を見据えながら確認を取る。
「武将っぽいのがウラドさん。ロン毛がリッパー。スケベが妲己だな。
よし、覚えた」
一部認識がおかしい気がしたが、事実なのでツッコまない事にした。
妲己さんがスケベという認識はおおよそ間違いじゃないからである。
本人は『スケベなど心外じゃ』と不満げであるが。
さておき現在トラックに乗車している全員の自己紹介が済んだ。
これを期にやっと詳しい出動についての説明に入れる、ということでおれを真正面に捉えるトシさんは口を開く。
「とりあえず、今回の任務について説明すっぞ。
普通なら任務の数時間前には各自の携帯端末に詳細送られんだけどなァ、おめぇの場合はまだ設定が済んでないんだろ。後で司令室関係者に渡しゃア設定してくれっから、忘れねぇようにしとけ」
「……分かりました」
言動こそぶっきらぼうであるが、視線は一片の隙すら見逃さないような鋭さのトシさん。
真っ直ぐこちらを見詰めて来る彼に、おれは肉食の獣に睨まれているかのような、生命が危険にされされている感覚を薄く感じながら、彼の説明に耳を傾ける。
因みに、おれの隣で腕を組み鎮座しているおじ様はトシさんとのやり取りが始まってから不機嫌である。
理由はトシさんの無愛想な態度を礼節が欠けていると受け取っているからだろう。
初対面で真っ先にタメ口、というより不良の挑発に近い言葉を投げ掛けられられた事と、名乗ったにも関わらず他者を名前で呼ぶ気が無いと受け取られる言葉などが、おじ様の機嫌を損ねていった原因だと思われる。
言葉遣いに関してはマスさんも言えた事ではないが、鋭撃班の彼の場合は性格的な考慮がされているためおじ様公認で処罰対象から除外されており。
さらに高慢な態度であるにも関わらず、班長さんはおじ様が許可したため見逃されているが。
右隣からひしひしと苛立ちを募らせている気配を感じるおれは、おじ様がいつ怒りを行動に示したとしても直ぐ間に割って入れるようにと一定の緊張感を保ちながら、わりと危険な状況になっている事に気付いていないトシさんの説明を聞く。
「今回の任務はトーキョーに行ってる第一隊の援助。
普段は第一隊はトーキョー、第二隊はシズオカ、第三隊はチバへの出動が多い。っていうのも、近隣の地区から土地を奪い返そうってのが今の組織の方針でよ。大体どこも拮抗状態を保ってるけどよ、たまァにこっちが押される時があんだ。
そんな時、一番状況が安定している隊が援護に駆り出されるんだよ。今回の任務もそれだ」
トシさんの話を聞きながら以前班長さんから聞いた『この世界』――――“幻想世界”についての話を思い出すおれは、うむと相槌を打つ。
“幻想世界”はおれ達が元々住む“現実世界”と鏡合わせに位置している場所。
なので“現実世界”で建設された建物や造形物は“幻想世界”に反映され、同じ場所に同じように存在する。だが、“幻想世界”で壊された建物は“現実世界”には反映されない。
代わりに“幻想世界”において侵攻生物に『土地を喰われる』と喰われた土地は荒廃し、“現実世界”においてもその土地は荒れ果てる。
そんな侵攻生物に対抗するべく存在するのが、現在おれが所属している組織だと――――自分が持っている“幻想世界”の知識を振り返ったおれは、ふと、ここで疑問を抱き折角なので目の前の先輩に質問する。
「……あの、質問いいですか?」
「あ? 何だ?」
「……今回の任務の内容が第一隊の援護、ってことは、侵攻生物と戦うって事ですよね?」
「ったり前だろぉ。何だ、怖気づいたか?」
「いえ、違います」
組織に所属する以上、侵攻生物との戦いは逃れられない。それは頭のどこかで理解していた。
侵攻生物との戦いについても、とうの昔に覚悟を決めていたおれは、トシさんの切り返しを即答で返す。
これにトシさんが仏頂面を少し意外そうに歪めた。おれが侵攻生物と戦うことについて、恐れを抱いていると思っていたのだろうか。
確かにおれは今回初の任務という事で多少なり緊張はしているが、別に侵攻生物と戦うことについて躊躇いなどは一切無い。
おれが訊きたいのは、別の事だ。
「……侵攻生物に『喰われた』土地は死んで、その影響は“現実世界”にも反映されますよね?
組織はそんな侵攻生物にこれ以上土地を『喰われ』ないために、侵攻生物と戦ってる」
「ああ。それがどうした?」
「……『喰われた』土地を生き返らせる方法って有るんですか?」
侵攻生物に土地を『喰われる』と、その土地は『死ぬ』。
土地開発が進んだ“現実世界”では土地が死んでいる事を目視する事は難しいが、土台である“幻想世界”で全ての土地を喰われると、土台の無くなった“現実世界”は崩壊する――――と。
そのような話を班長さんから聞かされた覚えがあるおれは、組織が死んだ土地を侵攻生物から奪還したとして、死んだ土地を蘇らせる方法はあるのかと疑問に思ったのだ。
たとえ土地を奪還したところで土地を再生する方法が無いのであれば、これ以上土地を『喰われ』ないようにする為に戦力を割いた方が、残された土地を守れるのではないかと考えたからだ。
「それなら簡単だ」
おれの質問に対して、トシさんはさらりと答えた。
「侵攻生物を殺しゃアいい」
「……と、言いますと?」
ぴくりと、右隣に座るおじ様の指が動いたのを視界の片隅で見たおれは、「おじ様も興味がある話題なのか」と串刺し公の内心を察しながら、トシさんに回答の詳細を求める。
トシさんは答えた。
「“この世界”を作ってんのは、俺達SF保持者も持っているI粒子だってことは分かってんよなァ?」
「……はい。知ってます」
「なら話は簡単だ。土地にあるI粒子を喰らってる生きてる侵攻生物を殺しゃア、侵攻生物を形作ってたI粒子は土に還る。I粒子を取り戻した土は生き返る――――なァ? 簡単な話だろ?」
ここでトシさんは初めて笑った。
顔を合わせてからというものの、ずっと不機嫌そうにも見える仏頂面で話を続けているたので、この人はあまり笑わない人なのか、それともおれの事をあまり良くは思ってないのだろうかと考えていたが――――笑えるところからすると、あまりおれは嫌われてないようだということが分かった。
―――だが。
それにしても。
『…………おう』
『…………うぬ』
「…………だから侵攻生物を隔離とかではなく、殺す必要があるんですね」
なんか――――悪役が浮かべるような笑みだなぁ、と。
愛想笑い程度ではあるが頬を緩めたトシさんの表情に、そんな感想を抱くおれは、恐らくおれと同じ事を思ったのだろう男性亡霊二名の反応を横目に、話を進めることにする。
まだ左程親密な関係にあるわけでもないし、彼の悪の組織にいる構成員のような笑みについては何も言わず流した方がいいと思ったからだ。
そして、土地の生き返らせ方、並びに侵攻生物を殺す必要性について理解したところで、おれはもう一つ質問をする。
「……あの、もう一つ質問良いですか?」
「おう、何だ?」
「……侵攻生物がI粒子を摂取するため土地を喰う、ということは、侵攻生物が人を襲う理由もI粒子を摂取するためだったり…………I粒子の数値が高い人ほど、侵攻生物に襲われやすかったりするんですか?」
「――――ああ」
トシさんは、笑った。
「分かってんじゃねぇか、新入り」
愉しそうに、笑った。
おれは彼の顔を、二度見した。
「侵攻生物にはI粒子を感知する機能があってよぉ、たとえ目ん玉のねぇ侵攻生物でも目が見えてるみてぇに隊員――――しかも比較的I粒子の数値が高いヤツの方に向かう習性がある。
つまり、強いヤツにほどアイツらは群がるってことだ」
――――つい数秒前までの仏頂面はどこへ消え失せたのか。
無関心そうな印象を覚えていた眼を爛々と輝かせ、口元は弧を描くように歪め、歌でも口ずさんでいるかのように言葉を弾ませるトシさんは、愉しげにおれを見る。
「前もって聞いてんだけどよぉ、新入り。おめぇの数値が平均以上だってなァ?
つまりよぉ、その辺の隊員より侵攻生物が寄ってきやすいって事だァ分かるか?
ということは、おめぇといたら侵攻生物がうようよ集ってくるって事なんだよ。何もしなくても向こうからホイホイやって来るってことだアイツらにとっちゃア格好の餌って事だ分かるか新入りぃ?」
「…………は、あ……」
ニヤニヤでもニコニコでもない、だがどうしても他者に好かれるような感じがしない。
そんな風に愉しげな笑顔で語る、トシさん。
明らかに何か別のモノが乗り移った、というより霊的なモノがとり憑いたようにおれに熱い視線を送ってくる彼に、背中に妙な寒さを感じながらそっとおじ様へ視線を移すおれは、そこでおじ様が困惑したように表情を引き攣らせているのを見た。
否――――ドン引きした顔を見た。
見ればトシさんの隣に座っていたリッパーも軽蔑した顔で、トシさんから距離を取っている。
妲己さんはいつも通り澄ました顔だが、目は遠くを見ていた。流石の彼女もこれにはついていけないようだ。
かくいうおれも、執着のような粘性のある感情を向けてくるトシさんにたじろぎながら、おそるおそる突然スイッチが入ったように変貌した先輩へ目を戻すと――――彼はおれとおじ様達の反応に気付いたようだ。
「悪ぃな」と一言謝ったにも関わらず、何故か悪びれた様子もない言葉を唱えたトシさんは、笑顔で歪んでいた顔を仏頂面に戻し。
「まア、つまり俺が言いたいのはよ新入り。
死になくなきゃ金魚のフンみてぇに必死で俺に着いてこいって事だ。
そしたら、おめぇの分まで俺がぜぇんぶ殺してやっからよぉ…………!」
だが、直しきれていない吊り上がった口角の隙間から、彼はそう唱えた。
興奮を抑えきれない肉食獣が狩りの時を待ち侘びて舌なめずりをしているような、顔貌で。
『………………我が子』
「………………言いたいことは、分かる」
絞り出すような苦いおじ様の一言から伝えたいことを察したおれは、そっと呟く。
これに深々と頷くおじ様。リッパーから送られてくる若干悟りを開いた視線。妲己さんの伏せられた眼を確認したおれは、誰もが同じ事を思っているんだろうなぁと思いながら、改めてトシさんと正面から向かい合い。
「話が合うと思いますよ」と誠実な微笑みで言っていたダテさんの顔を思い浮かべながら、強く、思った。
――――なんか、ヤバイ人と関わったなぁ…………と。




