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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
69/79

ーー3



 どうやらコンテナが到着したのは運送庫、と呼ばれる技術部からの装備や道具が運ばれてくる部屋であったらしく、格子状の自動扉を抜けた先には見覚えのあるトラックや運送車が並ぶ空間へと出た。

 ここがどうやら第三待機室であるらしい。


 この辺りをうろちょろしてれば第三隊に会えるから、とマスさんの説明を聞いたところで、「ところでよ」と彼は非常に戸惑っているような顔で口を開く。



「さっきの見たか? その…………班長が笑ってるとこ」

「…………ああ。はい」



 内緒話をするようにヒソヒソと囁かれた質問に、数秒の記憶を思い出す時間を設けたおれは「あれが班長の笑っている表情だったのか」と思いながら答える。

 思いたしてみても、ほんの僅か。それこそ心做し程度の表情のやわらぎだったが、あれを笑顔とカテゴリしていいものなのか。

 どちらかというと、笑顔というより微笑といった風におれは感じたが――――



「オレ、班長があんな風に笑ってる顔見んの初めて見た」



 明日槍でも降るんじゃねぇか? と慄いている様子のマスさんの態度から、あのように班長さんが表情を変えるのは珍しいらしいという事を汲み取るおれだったが。

 ―――――なんというか、どうにも。

 それほど珍しい事なのだろうか、とおれは不思議に思う。

 おれは班長さんとここに来る数時間前に、成り行きとはいえゲームセンターに遊びに行ったのだが、その際に。


 マスさんが定義する班長さんの笑顔があの程度ならば。

 おれは遊んでいる最中、かなりの頻度で班長さんが笑っているところを目撃しているわけだが。


 ならば普段、彼はどんなに笑わない人物なんだろう――――と。

 ゲームセンターでの班長さんを思い出しながら、思うのだった。





 マスさんと別れ、案内された別室で着替えることになったおれは、部屋に設置されているロッカーの一つを開ける。

 別室と呼ばれていたので、たとえば学校の応接室のような部屋の内装を想像をしていたのが、実際中に立ち入ってみれば更衣室のような場所だった。

 妙に落ち着く感覚――――親近感が湧く。


 着替えるにはうってつけの場所だと、早速ロッカーの一つを使い制服から防護服への着替えを開始するおれの後ろで、じいっとこちらを見ていた妲己さんが溜め息を吐く。



『しかしまぁ、華のない服じゃのぉ。もっと華美で優雅な服はないのかの』

『防護服に何を求めてんだよテメェ』

『それは可愛らしさ、愛くるしさ、華やかさ、そして絢爛さに決まっておるじゃろう?

 ――――おや、そういえばお主は下級人民であったのぉ。“こちら側”事など分からぬのに話してすまなかったのぉ。へ・い・み・ん?』

『嫌味かテメェクソ売女! 化粧クセェのは顔の小皺隠すだけじゃなくてテメェの性根のように腐ったケツの悪臭誤魔化すためか!? アァ゛ン!?』



 着替える、ということで定位置になりつつあったおれの頭の上から退き、近くのベンチに座る妲己さんはリッパーと冷ややかな視線を交わし合う。

 妲己さんと冷たい視線を交わすリッパーはというと、今にも噛み付きそうな顔つきで威嚇のように口角を引き攣らせている。

 何かとおじ様との対立も多かったリッパーであるが、どうやら――――妲己さんとも対立しやすい関係にあるようで。

 今後おれはおじ様とリッパーの仲裁だけではなく、リッパーと妲己さんの仲立ちをする機会が多くなりそうだと思いながら、制服を脱いだおれは防護服のインナーを手にした。



「あっ…………」



 そこで、がちゃり、と。

 思わぬ事に――――



「――――あ、あのっ! 失礼しましたっ!!」



 完全に意識の外にあった別室の出入口が開かれ、誰かが入って来ようとした。

 その誰かは扉に背を向けていたおれを見るや、慌てて退室して行ったが――――問題はそこじゃない。


 背中を見られた事が、問題だ。



『見たな』

『見てたな』

『見られたのぉ』

『――――長男』

『殺人鬼ちゃん?』

『オレかよ!?』



 そんな短いやりとりを交わすや、持ち前の素早さであっという間に別室から出ていくリッパー。

 なぜ彼が出て行ったのか。

 その理由を一瞬考えたおれは、そういえば亡霊達はおれを赤ん坊の頃から見てきたのだという事を思い出し、おれの事情を分かっているからそのような行動を取ったのだろうと納得する。

 しかし、それにしても、


 ――――申し訳ないモノを見せてしまったなぁ、と。


 声からして、おそらくヒメちゃんと思われる人物に。

 肩口から背中へ繋がる古傷を指でなぞりながら、後で謝罪しておこうと思った。



『そも、最後に部屋に入ったのは誰ぞ?』

『ああ。殺人鬼ちゃんじゃの』

『彼奴め…………何度扉には施錠せよと言えば良いのだ』



 リッパーが事情を説明していると思うが、おれから直接言った方が良いだろう。

 説明と謝罪の為にも身支度を手早く済ませようと、着替えを再開したおれの後ろで、プラスチックの安っぽいベンチに並んで座るおじ様と妲己さん。

 火花が散る気配が無く普通に会話を進めているところからして、二人の仲はそこまで悪くないようだ。

 やはりリッパーの性格に難があるのか、と今はいない亡霊の事を考えながら、厚手の防護服へ袖を通していく。


 ロッカーに付いた鏡越しに見た妲己さんが、贅沢を象徴する様な扇で己を仰ぎながら、着替えるおれを見た。



『しかし…………妾のかわゆい子はもう少し肥えた方が良いのではないか? 程よい案配に筋肉はついてるのじゃが、全体的に細いと妾は思うのじゃが…………』

『それは我も同意である。だがこちら側の世界では鋭撃兵マスと引けを取らぬ見事な食いっぷりを見せてくれるのだが…………まだまだ薄いな』

『だがのぉ領主様や、それは「こちら」での話じゃ。妾達の目が及ばぬ「向こう側」ではどうなのじゃ?』

『ふむ…………これまでの我が子の食生活から察するに……………………うむ』

『……………………』

『……………………うぬ』

『……………………ふぅむ…………』

「…………?」



 ――――会話の内容は聞き流していたのであまり聞いていなかったが、急に静かになったおじ様と妲己さん。

 先程まで談話していたのに、どうかしたのかと。ちょうど着替え終わったので振り向いて確認すれば、妙に暗い顔をしたおじ様が控え目に。



『…………我が子よ。向こうでちゃんと食べているのか?』

『かわゆい子よ、言っておくが「かろりーばー」や「かしぱん」は食事に入れぬぞ?』



 まるで出稼ぎに出た子どもに対し久々に電話した親のような問いかけをされ、どうしてそのような話になったのかその経緯が気になったおれだった。

 なにがどうして食事の話になったのか。

 しかも何故妲己さんまで神妙な顔をして訊ねてくるのか。

 疑問である。



 ――――ところで亡霊もといおじ様達はもしかして一緒に出撃するのかと思い、脱いだ制服を入れたロッカーに鍵をかけたところで訊ねてみると、『うぬ』とおじ様は当たり前だとばかりに首を縦に振った。



『我が子の身に何かあっていてもたってもいられぬのでな。我は着いて行く』



 『ちなみに長男も同行予定ぞ』と当然の様にリッパーの参加を告げたおじ様のあまりに堂々とした物言いに、「はあ…………」と半分戸惑い、もう半分は「薄々勘づいていたけど」とおじ様の言葉を受け入れながら生返事を返す。

 出撃命令を受けたのはおれだが、亡霊を同行させて良いか否かは確認を行っていない為、参加の可否についてハッキリとした答えを返せないからである。

 おれのSFの発動について、ルイスさんの見解曰くどうやらおじ様達亡霊の存在が関わっているらしいが、未だに細かい発動条件が分かっていないため、その辺りはもしかしたら考慮してくれるかもしれないが――――確認してみる必要があるだらう。


 身支度も済んだので、第三隊の隊長さんと副隊長さんに話をしに行こう。

 そう思い部屋を出ようと扉に手をかけたおれの視界の隅で、おじ様が思い出した様に『我も着替えるか』と言い、一つ指を鳴らした。

 するとおじ様の着ているジャージが橙色の光に包まれ――――かと思えば次の瞬間には武装を済ませたおじ様が何も無かったかのように言った。



『では、征くか』

「…………」

『…………ぬ? どうした我が子よ』

「…………いや」



 何でもないです――――と。

 前に着替えている様子を見た時は鎧を一つ一つ外していたのに、いつの間にか指を鳴らすだけで着替えを済ませられるようになっていたおじ様に、「亡霊って便利だな」とおれは思うのだった。

 というか、そんな着替え方があったのか。





 かくして着替えを済ませ別室から出たおれは、部屋に入る前より人員の増えた待機室内を軽く探索し、防護服かそれに似た服を身に纏った人が集まりつつある場所へ向かっていった。

 おれと同じ防護服を着ている者、それぞれのSFに合わせた装備を身に着けた者――――中にはコスプレにしか見えない格好をした者が集まる中に、見覚えのある銀髪を見つけたおれはそちらの方へ近付いていく。

 いつの間にかジャージから白い拘束衣に着替えていたリッパーの直ぐ前には、セーラー服調の防護服に身を包んだヒメちゃんがいた。



「あっ…………カズくん」



 こちらに気付いたヒメちゃんが気まずそうに視線を泳がせるのを見て、おれは申し訳なく思う。

 一応リッパーが先に説明していると思うが、改めておれは謝罪する。



「……ヒメちゃん、さっきはごめん。あんなものを見せてしまって…………」

「へ!? そんな、あれは私が部屋に入る前にノックしなかったからで、カズくんが謝ることなんてないよ…………!」



 リッパーさんにも言ったけど、私の不注意が招いた事だから――――と。

 そんな風に言って、おれではなく自分に非があると主張し謝るヒメちゃん。

 そんな彼女をおれは「良い子だな」と思いながら、しかしこれだけは言わなければおれの気が済まないので謝罪を続ける。



「……しかし不慮の事故とはいえあんなものを見せられては、ヒメちゃんの気分も悪いだろう。だからおれからきちんと謝らせてほしい…………本当にすまなかった。

 古傷など見て、気分が言い訳がない」

「……えっと…………」



 重ね重ね謝罪されて困り果てているのだろう。

 だからこれを最後にすると決めたおれが改まり謝罪をすれば、「気にしていませんよ」と快く許してくれヒメちゃんは、今度から私も気をつけますからと微笑んだ。

 このように素直で大人しい子など身近にいないため、そんな彼女の反応が新鮮で何故だか心が和むなぁ、と思いながら微笑を返すおれに、彼女は非常に言い難そうにしながら口を開き。



「あの…………その、古傷って…………」

「……ああ」



 眉を下げて問いかけてきた彼女に、おれの肩から背中にかけてある傷の事について訊ねられているのだと思ったおれは、トドさんと並んで立つダテさんを呼ばれるのを聞きながら、彼女の質問に答え「じゃあまた後でね」と軽くを手振って別れた。

 大剣を背中に担いだ防護服のトドさんと、ゲームに出てくる勇者のような格好をしたダテさん。

 並んで立つと改めて異彩さが際立つ前衛部隊第三隊の隊長と副隊長の元に行けば、集まった第三隊の面々の前でおれの事を紹介される。



「全員噂はかねがね知っていると思うが、今日からうちの第三隊に所属することになったカズだ。

 で、こちらの鎧を着た男がウラド三世。

 銀髪の青年が『切り裂きジャック』。

 こっちの女性が…………あれ? なんか亡霊増えたか?」

「……増えました。妲己さんです」



 途中止まったトドさんからのおれの紹介、もとい亡霊の紹介に、そういえば彼らはまだ妲己さんに逢った事がなかったなと思いつつ、おれの方から紹介をする。

 すると一歩前に出た妲己さんは軽く第三隊の面々を見渡し、『ふむ』となにやら満悦げに頷くと、色気たっぷりの微笑みを浮かべ言った。



『妾は妲己――――この世全ての悦を知り尽くした女帝じゃ。見ればこの第三隊の殿方らはなかなか良い顔付きをしておる…………どうじゃ? この中に妾の寝殿で横になりたいと言う者がおるのなら、働き次第で考えぬ事も無いぞ?』

「……特に彼女の言葉は無視して頂いて結構です。お気になさらず」



 早速第三隊の男性陣にナンパを吹っ掛けた妲己さんの戯言は切り捨てるように報告し、トドさんに話の続きをと促せば、「おう…………そうか」と視線が妲己さんの胸に釘付けだったトドさんは誤魔化すように咳払いを一つする。

 気持ちは分からなくないがトドさん、妲己さんの胸は凶器だ。

 けして騙されないでほしい。



「……という事で。今日からカズとその保護者一同がうちの隊に入る事になった。

 基本的に保護者一同は後衛部隊扱いになる。

 カズのバディは暫くトシにやってもらう。

 以上、解散! 各隊員はトラックに乗り込め!

 十分後に出発だ!」



 号令が終わり、出動に向けそれぞれ武器を携え組織施設外においての移動手段であるトラックへと乗り込み始める第三隊の隊員。

 新人であるおれの自己紹介並びに隊員への指示を下したトドさんは「さて」と呟きおれへと身体を向けると、ポケットから見覚えのある時計を取り出す。

 それは以前SFの測定の際に使用した装着者のI粒子を型と質量を測る計測器だった。

 一見ブランド物のアナログ時計にしか見えないこの計測器を、トドさんはおれに手渡す。



「カズ、ルイスがお前のSFを調べたいからこれを着けて出動してくれだとさ。通常、防衛部に所属するオレ達SF保持者ってのは、最低でも三十日間の訓練を受けてからじゃねぇと出動任務には参加出来ないんだか、キミの場合は即戦力になるからって理由で色々すっ飛ばされてな。

 だから万が一、SFを使用しての戦闘が不可能になった場合、直ぐに後衛部隊からの支援が受けられるようにコイツを着けておいてほしい、との事だ」



 ――――そういえば検査の時に即戦力になると言っていたな、と。

 トドさんから計測器を着用する理由を聞かされたおれは、すっ飛ばされたという訓練を受けていない事から、この後の出撃に悪影響は出ないかと少し不安になりながら「分かりました」と受け取った計測器を右手首に装着する。

 以前教えてもらった通り、きちんと計測器が作動しているか確認する。

 問題は無さそうだ、とおれが計測器に付けられた緑のランプが点灯しているのを視認した頃合いを見計らって、ダテさんが言った。



「うちの隊では新人一人一人に先輩隊員をつけるパートナーシップ制度を導入してますので、カズさんはしばらくトシさんと行動してください。

 ちょっと短気ですが、分からないことがあれば教えてくれますよ。年齢もそう離れていませんし、同じ槍を使う人ですから、話も合うと思います」

「……はい。ありがとうございます」



 まるでアルバイトの指導のような説明にダテさんの現実世界での生活ぶりを垣間見ながら、ダテさんが呼び寄せる人物の方へと振り向く。

 トラックへ乗り込む隊員達の中で一人、集合した時と同じ立ち位置で呼ばれるのを待っていたらしいその人は、こちらに歩み寄ってくると見定めるようにこちらを見下し。



「あー、第三隊隊員トシ。高校三年。

 俺に着いてこれねぇヤツァ早死すっから、死にたくなきゃ死ぬ気で着いてこい」



 非常に、威圧的に、オレの二つ上の先輩はそう名乗った。

 彼の威嚇するような言葉と粗暴な印象を受ける態度と容姿から、おれは思う。


 ――――あっ。この人不良だ…………と。








「……『父に斬られた時の傷』って、どういうこと…………?」

「ヒメー? なんか言った?」

「あ…………ううん。何でもないよ」


「…………何でも、ないの」




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