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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
四章 日常と非日常
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閑話 班長と新入り


 焦がれるような純粋な好意と、身の毛の弥立つ狂気的な好意。

 憧憬と執着。

 少女と少年。


 つい最近組織に加入したばかりの新入りを取り囲む人的環境と直接会話する事により、この二つを身を持って知ることとなったシュウは、幻想世界へ案内するに邪魔でしかない二名と別れ帰路に着いたカズのすぐ後ろを歩きながら、思考する。



 ――――二人。この新入り対して特別な関係であるヤツがいた。

 方向性は違えど、言い換えれば好意を抱いているヤツが二人もいた。


 ――――だが、コイツはそいつらの好意に気付いてんのか?



 好意、と断言するには歪んだものがありもしたが、純粋にしろ狂気にしろその根本にあるのは『好き』という気持ちに変わりはない。

 問題は、気持ちを向けられる本人がその感情に気付いているかどうかだ。

 気付いているから、優しく接するのか。

 気付いていながら、見ない振りをしているのか。


 新入りの身辺に予想外の場所から危害が及びそうであることが発覚したため、その辺りをハッキリさせなければこの新入りは知らない内に死んでいそうだ、と予感したシュウは、余計なお節介と知りながらもカズに問いかける。


 ――――テメーは、アイツらの事どう思ってんだ。



 …………と。

 同時に、個人的な「どうしてコイツの周りに人が集まるのか」という疑問の答えを、探り出すためにも。


 問われた新入り、カズは少し間を置いてから口を開く。



「…………アイツら、とは。知り合いと隣人の事ですか?」



 コイツの中であの二人はどういう認識(カテゴリ)をされているんだと、本気で思いながら、シュウは「そうだ」と答える。

 少し先を行くカズは話をしやすくするためか。

 シュウの隣に並び、歩幅を合わせながら少し考える様に返答までに間を置く新入りは自信なさげに言葉を紡ぎ出した。



「…………物好き、だと思ってます」

「…………物好き?」



 ――――どうしてそう思ったんだ。

 まるで奇妙な生物の生態について問われ、よく分かっていないことを答えるかのような戸惑い気味の返答に、一層コイツの思考回路はどうなってるんだと疑問を深めるシュウが見る中で、クレーンゲームの戦利品に視線を落とすカズは、そっと微笑みながら続きの答えを紡ぐ。



「二人は…………おれの傍にいてくれる、優しい人です。こんなおれと一緒にいてくれる、不思議な人です。

 二人はどう思ってるか分からないけど、おれは二人を友人だと思っていますし、大切な人達だと思っています」



 『優しい人』という言葉について若干一名修正したい人物がいるシュウであるが、これはあくまでもカズの個人的意見なので口を噤んだ。

 それはさておき。

 普通に聞いているかぎり、この新入りもあの二人のことを友人だと思い、大切に感じている事が言葉のニュアンスや俯いた顔の印象から読み取る事が出来た。

 あの少女が言っていた「私を大切にしている」という発言に、嘘偽りは無かったようだ。


 だが、一つ。『優しい人』という言葉以外で妙な引っ掛かりを覚えたシュウは僅かに首を傾げる。


 ――――『こんなおれ』、という発言。


 語調からも読み取れる、自分を卑下している様子の言葉。

 一見謙虚しているように捉えられる言葉であるが、シュウはカズの口から発せられた言葉が、どうにもマイナス面な意味を――――たとえば自嘲や自虐といった意味で使われている気がして、気になったのだ。

 シュウが知る限り、カズという新入りは極端にネガティブ思考であるわけでもないし、皮肉屋という事も無い。

 だが、どうしてこうも新入りの言った言葉を、このまま聞き流すには重過ぎると思ってしまうのだろうか――――


 その理由は、すぐに分かった。



「…………思えば、おれの周りには不思議な人がいっぱいいますよね」



 カズ、と。コードネームを付けられた新入りは、困ったように微笑んだ。

 それは日頃から浮かべている性格の温厚そうな笑みとは違い、貼り付けられた感じがしない――――カズ自身の本心が滲んだもので。


 あ――――と。

 その一瞬の様子の変化を見逃さなかったシュウが、意識を新入りへと向けた。


 その時、水滴が落ちるように、ぽつりと。

 カズは、言った。



「――――こんな出来損ないのおれといたって、何も無いのに」



 それは誰かに向けて言ったものではない。

 ひどくか細く、小さな吐息。

 恐らく無意識の内に呟いたのだろうと思われるその言葉が音として零れたことに、本人は気付いていないのか。

 何事も無いように平然と、卵と戦利品を手に提げ帰路を歩くカズの横顔を見詰めるシュウは、偶然にも聞こえてしまったその独り言に。



 ピシリ――――と。

 肺胞の隅々に到るまで、肺が底冷えた。


 違和感を強烈な寒気として、認識する。

 それと同時に、理解した。

 カズという人物を。その言動の理由を。


 それを理解した瞬間、真っ先に浮かんだのは『マジかよ』という疑惑と困惑。

 しかし、そうでなければコイツの言動に辻褄が合わない――――と。

 狂気の好意を目の当たりにした時より己が動揺していることを感じ取るシュウは、なんてことのないように現実世界の社会に混じる新入りの背中を、信じられない思いで見る。



 ――――つまり、カズという人物は『自分に対する信頼がない』のだ。



 言い換えるならば、自分を信じていない。

 この言葉に対し誰もが想像するのは――――コイントスをして自分は表と思ったが、その場合は必ず裏が出るので裏を選ぶ、といったような。

 次の日の準備をしたとしても、必ず何か忘れ物をするから念入りに確認をする、というような。

 自分を信じていない、という言葉には自分の勘や確信を疑う、という意味として捉えられるだろうが――――


 これは、そんなものではない。



 自分という人間には価値がない。

 自分には未来などない。

 何かを成すことなど出来ない。

 能力など持ち合わせていない。才能などあるはずが無い。

 自分がいたところで社会のためにならない。

 そもそも自分の存在に関心が無い――――そういった自己否定で、カズの思想は成り立っていた。


 自分を心の底から信じていない。

 故に自分が無価値だと本気で思っているカズにとって、自分に話しかけてくる人物が不思議でならないのは当然なのだ。

 何故ならカズにとって自分に話し掛けてくる人というのは――――道に棄てられていた空き缶をわざわざ拾って大切に取っておくような人、という認識なのだ。

 だから友人二人のことを『物好き』と称し。

 そもそもが自分が誰かから好かれるような存在ではないと思っているため、自分に向けられる好意に気が付かないのだ。

 それは紛れもなく、疑いの余地もなく。

 病的なレベルなまでに、異常だった。



 ――――自己愛の欠落。

 そう言っても過言ではない、異常な人間性。


 狂気とはまた別種の歪みというものと遭遇してしまったシュウは、新入りの抱える歪みについて何か一言、指摘するべきか否か考え――――そもそもコイツは組織にとって危険因子ではないか、という考えに行き着く。


 何故ならSFは精神に大きく影響を受けるもの。

 特にA型SFという最も精神面が重要になってくる種類の能力を持つこの新入りが、このような歪んだ思想を持っていると知った以上、いつか何かしらのタイミングでSFを暴走させるのではないか――――という。

 事実、過去にあった事件から、そのようなリスクが新入りへ浮上してきた。


 ――――そういった危険性を下げるためにも、ここでその歪みを訂正しておくべきか。


 そう考えたシュウは少し先を行くカズの肩に手を伸ばし、歩行する新入りを引き留めようとした――――ところで。



「……………………」



 上げた手を、下ろした。


 考え直したのだ。

 歪みを指摘したところで、これまで自覚せずに日常を生きていたカズにとって実感が湧かないだろう、ということを。

 それに指摘されたことをきっかけに精神が不安定になればSFに影響が出る上、そんな事を指摘するような間柄ではない。


 そもそも何故、何か一言言ってやろうと思ったのか。


 生憎シュウという人間はマスのように世話焼きではないし、ナガのようにお節介を焼くような者でもない。

 カズ自身も、さほど親しくない者に思想のおかしさを指摘されたところで、ただ不快な気持ちになるだけだろう。

 ほとんど他人に等しいシュウが言ったところで――――そもそも聞き入れてくれるわけがないのだ。


 嫌われ者の、言葉を。



 ――――これは、俺には関係の無い事だ。



 誰かに言ったところで、謙虚という言葉で全て言いくるめられてしまうような、新入りの異常性。

 それを「自分には関係ない事だ」と一蹴し、意識の外へ切り捨てようとするシュウは、そう自分に言い聞かせながら、黙々と自宅に向かう新入りの後を歩いて追いかける。

 何かの拍子でSFを暴走させる危険性は出て来たが、今のところこの新入りの精神は安定している。

 安定している以上、今し方発覚した歪みもあの変人だらけの組織では、個性として受け入れられるだろう。


 そう思うことでこの話を記憶の中へ追いやろうと考えるシュウは、未だマスやナガといった組織のメンバーや亡霊が思想の歪んだ新入りに集まる理由は分からないまま。

 だが、自分がなんとなくこの新入りが気になる理由は、今、分かった。



 ――――自分を信じていないのは、シュウも同じだからだ。



 あの食えない医務部長は住所が近いという理由以外に、自分を信じていないという共通点を見越して、自分を案内役に寄越したのではないか――――と。

 ふと推測し、記憶から浮かび上がってきたある愉しげな笑顔に苛立ちと嫌悪を抱くシュウは顔を顰めながら、新入りの後を追う。



 歪んでいながら、その周りに人が集まる奇妙な新入り――――カズ。

 性格といい素性といい、未だ不明な点が多々あるあるこの人物について、シュウは特別思う事はない。

 ――――だが。



「…………………………」



 ――――似ている、か。



 人との接し方といい交友関係といい、全く似ているところなど皆無だろうと思われていた人物との間に明らかになった、自分との共通点。

 そして、シュウ自身自覚しているあの小煩い指示が好きだと言った、その時の。


 素直な気持ちの、笑顔。



 これまでその特異的なSF以外、興味の薄かったシュウであるが――――何故か。

 今は少し、個人としても気になり始めている新入りに、他の奴らも俺と似たような感じなのか、と頭の片隅で考えながら。



「…………………………」



 ――――仕方なく。

 精神的観点からSF暴走のリスクを調べる、という建前を心の中で唱えながら、しばらく様子を見といてやるか、と。

 自分自身に言い訳をしながら、シュウは姿勢の良い背中に目を向けた。

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