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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
四章 日常と非日常
52/79

ーー2



 説明も何も無い。驚く程ストレートな言葉を言い放った班長さんは、がっ、とおれの頭をわし掴むと方向転換し、そのままおれを引き摺って行こうとする。

 頭を引っ張られては足を前に動かざるをえない。

 頭脳派のような見た目であるのに、想定外の腕力とついでの握力によって半強制的に班長さんの方へ足を進まれる、おれ。

 頭蓋骨を持たれて痛い、とまさかの強制連行にそう思っていると、なんと物理的におれを引き止める者が二名。


 言わずもがな、左腕の知り合いと、右手の隣人である。



「はぁ? ちょっと、カズサはこれからアタシと遊びに行くんだから、邪魔しないでよ」



 まだ若干耳は赤みを帯びているものの、ある程度精神状態は復活したらしい。

 両腕をおれの腕に絡ませ、ぎゅむっと谷間を押し込むようにしておれに引っ付く知り合いは、隣人と班長さんを睨む。

 その姿はまるでお気に入りの玩具を取られまいとする猫の様だ。



「あ? サノサケは俺とデートに行くんだよ。テメェら邪魔だ、殺すぞ――――な、サノスケぇ?」



 ――――いや、おれは卵を買いに行きたい。

 そう思いながらも、口にすると隣人の機嫌がさらに悪くなりそうだったので、口を閉じておく。

 繋いだ右手を固く握り締めながら、おれを引っ張る隣人は薄らと敵意の窺える眼差しで、知り合いと班長さんを見下す。

 それは玩具を絶対に渡さないというような、犬様であり。



「借りるって言っただろ。放せ」



 淡々と返しながらも、おれを頭を掴む手は緩めない。むしろ強くしていく班長さん。

 無理矢理おれの頭を押さえつけ、謝らせているような体勢にされているおれは、三方向から引っ張られる痛みを感じながら、思う。

 班長さんは――――玩具を取り上げようとする飼い主みたいだな、と。


 猫、対犬、対人間。

 そんな構図が頭の中に思い浮かぶおれは、こんな自分を呑気だと思う一方で、こう願う。


 誰か、この三人をどうにかしてください。


 左腕と右手、そして頭をそれぞれ別の方向に引っ張られているという状況。

 確かこんな拷問方法昔あったぞ、と。

 ギリギリと引っ張られる皮膚がひりひりと痛んできたところで、思うおれは「ああ裂かれる」と心のどこかで達観しながら、心の中でヘルプを繰り返す。



「…………裂ける」



 誰か、助けてください。



 しばらく三者三様に引っ張り合い、このままでは埒が明かないと察したのか。



「…………分かったわ」



 知り合いがこう切り出した。



「こうなったら、とっておきの方法で決めましょ」 



 四肢が千切られるという悲劇を回避出来た綱引きの綱ことおれは、話を切り出した知り合いに心の中で感謝しながらも。

 小さく胸の中に沸き上がってきた嫌な予感を、振り払えなかったのだった。




 ――――場所は変わり、歓楽街の中にあるゲームセンター。


 正面にはおれの目的地である、本日卵を安売りしているドラッグストア。

 両隣にはカラオケと古本売り場が建つ、三階建ての、ほかの町からも学生が度々訪れる大型ゲームセンターの出入口にて、知り合いは宣言する。



「題して『放課後ゲーム対決』よ。これからやる数々のゲームでより勝った人が、カズサと二人きりで出掛けられる…………! どう、簡単でしょ?」

「乗った!」



 どうやら知り合いの言うとっておきの方法とは、ゲームによって優劣を決めるものであるらしい。

 簡単な説明に即座に参加表明をした隣人は「よぉし、俺のゲームテクを見せてやる」と意気込んでいる。

 こういう勝負事には燃えるタイプ、隣人。

 流石知り合い、隣人のやる気のツボを心得ていると思った。


 ちなみにおれは何故か賞品にされた上、強制参加である。

 目と鼻の先にあるので、卵を買ってきてから参加してもいいかと主催者の知り合いに訊ねたところ、答えは否。

 どうやらおれのために卵を奢るところまでが賞品に入っているらしい。

 おれが賞品という時点で既に疑わしいのに、果たしてそれは本当に勝者へのご褒美と言えるのだろうか。

 解せぬ事、ばかりである。



 納得が出来ないところがあるのはおれと同じか。



「…………くだらねー」



 ここまで着いてきて、知り合いの説明を聞いた班長さんは不機嫌そうに吐き捨てると、やる気満々で「どれにしようかしら」と、出入口にあるフロアマップを見ながら考えている知り合いに意見する。



「くじ引きとかジャンケンで決めた方が早いだろ。時間の無駄だ」

「あら、嫌なら参加しなくて良いのよ?」



 戯けるように首を傾げ、口元に弧を描く彼女。

 いかにも悪巧みをしています、と言わん限りの笑みに、何度もあの笑顔を見てきたおれは「何かあるな」と、条件反射で静かに身構える。

 すると思った通り、というか案の定、彼女はとてもにこやかな表情で。



「不参加なら不戦勝、ということで自動的に最下位になった罰ゲームとして、今回のゲーム対決の費用をアナタの家にまで請求しに行くし、二度とカズサには近寄らせないもの――――ミツが」

「俺かよ」



 面倒そうにツッコミを入れる隣人に、知り合いは「当たり前でしょ」と、一層笑みを深める。



「アタシ、情報戦ならこの中の誰にも負けない自信があるけど、肉体労働は苦手だし。

 まあ、その無駄に高い身体能力だけはアンタを認めてるのよ。嫌々だけど」

「はは、一々癪に障るが俺もテメェのその情報の速さだけは一目置いてるんだぜ?

 たまぁに本気でウザったくて殺したくなるけどな」



 うふふ、ははは――――と笑い合う知り合いと隣人。

 口喧嘩こそ絶えない二人であるが、親戚であるためかどこかで気が合う両者は、偶にこうして互いを褒め合う様子が見られる。

 喧嘩するほど仲が良いというか、とにかく普段こそいがみ合っているがいざと言う時の団結力は凄いんだよな、と。

 仲良く笑いあっている二人を眺めていると、微笑み合っている二人を隣で見ていた班長さんがこう訊ねてきた。



「アイツらの関係は何なんだ」

「……………………強いて言うなら、好敵手(ライバル)、だと思います」



 親戚といっても、ただそれだけ関係ではない。

 かと言って友達というには、殺伐とし過ぎている気がする。

 では知り合いと隣人の関係を言葉に表現するなら何なのか――――そう考えた時、ぱっと思い浮かんだ言葉をそのまま口にすると、意外にもしっくりと当てはまるものがあって自分でも驚く。


 班長さんも「成程な」と納得するものがあったらしい。

 感慨深く班長さんが頷いたところで、お互いを褒め合う時間を終えた隣人が、挑発的に笑う。



「まあ、取立ても護衛も得意っていやぁ得意だぜ? 何度か実家でもやってるしな…………それに、『そういう事』はいつでも大歓迎だ。最近派手に()ってないしよぉ…………」



 ぱきぱきぱきっ、と。指の関節を鳴らす隣人。

 怠惰的な印象があった気怠けな表情は一変、好戦的な獣のそれへと変貌を遂げている。

 凶悪としか言い様がない顔貌に危機感の様な本能的な何かを感じ取ったようで、何かを求めるように視線をおれへ移す班長さんに、おれはリクエストにお応えして簡単な隣人のプロフィールを提示する。



「高い鉄の校門を飛び越え広いグランウンドを突っ切り、長い階段を跳び越え教室の窓まで壁を駆け上がって登校するのに三十秒弱しかかからない超人。別名『筋肉番付』とは彼のことです」

「…………アイツは本当に人間か?」



 ――――それは誰もが二度は必ず思う事だ、班長さん。

 少し間を置き、半信半疑で訊ねてきた彼に対し、おれは静かに頷くことで答える。

 長い付き合いであるおれも、それは常日頃から思っていることです。


 やった事はないが、多分その気になればギネス記録を大幅に更新出来そうな身体能力を秘めている、隣人。

 彼による取立てと護衛宣言、という名の脅しには流石の班長さんも折れるしかないと思ったらしく、「仕方ねー。参加してやる」と渋々ながら唱える彼は――――それで、と。

 思考を切り替え、今回の催し物について主催者に詳細を問う。



「つまり一番勝ち点が多かったヤツが勝ちなんだろ。競技は、何をするんだ」

「ふふーん、やる気になったのね? 良いわ、競技は全部で十二個よ。

 点数が最も多かった人に得点。最終的点数が一番多かった人が賞品、低かった人が奢りよ」



 再度、確認のため今回のルールを説明した知り合いは続けて、このような説明をする。


 一つ。一つの競技で最も点数の高い者に一点加点される。

 一つ。物理的妨害行為はペナルティとみなし、一度につき一点引いていく。

 一つ。チーム戦の場合はその都度、くじ引きによって公平にメンバー分けをし、勝ったチーム一人ひとりにそれぞれ一点の加点がされる。

 最後に、負けたものは全ての費用を自腹で払う。


 ――――分かりやすいが、考えれば敗者にかなり厳しいルールだと思った。


 つまりとにかく勝っていけばそれなりに勝ち点は稼げるのだが、負ければ今回のゲーム費用プラスおれの卵代を支払わなければならないという、財政難に陥りかねない対決。

 強制参加といえど、このルールはおれにも適用されているので、おれが最下位を取ってしまえば思わぬ出費へと繋がってしまう。

 節約家のおれとしては、今回はあまり関係がなさそうだと三人の対決を傍観するつもりでいたが、これはそれなりに頑張らければならないようだ。


 まあでも最下位にすらならなければいいので、三位ぐらいを目指して程々にやればいいかな――――等と。

 そんな行動計画(プラン)を立てるおれだったが、そんなおれの性格も分かり切ってか。



「ちなみにカズサ?」



 おれを呼ぶ知り合いは、営業スマイルに若干の腹黒さを混ぜた何とも言えない笑顔を浮かべると。



「カズサは一番だったら、卵プラスこの場にいる全員からシュークリームを奢ってもらう事になってるから」



 ――――凄まじい威力の言葉を、おれへ叩きつけた。



「――――なん…………だと……………………!?」



 脳天に雷が落ちた。

 そう錯覚してしまうほどに、彼女の言葉は衝撃的で、魅力的だった。


 何を隠そう、おれはシュークリームが好きなのだ。


 普段こそ節制して最低限の食料と日用生活の必需品にしかお金を使わないおれだが、一つだけ、どうしても財布の紐を緩めてしまう事がある。

 シュークリームの前を横切った時である。

 コンビニでも気を付けているが、不意に視界に入ると、どうしても食べたくなってしまい、数分程迷った挙げ句買って食べてしまうという悪習慣がおれにはあるのだ。

 一時シュークリームを一切生活から絶とうと試みたところ、三日で隣人に釣られ断念することとなった。


 誰にでも弱点というものがある。

 おれの場合はそれがシュークリームだった、ということなのだ。



「ちなみに『ヴィアート』のシュークリームね。カズサ好きでしょ?」

「う、ぬぅ…………!」



 確実におれの弱い所を突いてくる知り合いは「やる気出た?」と、おれに訊いてくる。

 『ヴィアート』などと――――全国にチェーン展開しているシュークリーム専門店の名前を出されてしまっては、おれもやる気を出すしかなくなるというもので。



「…………やります」



 一個二百円弱するシュークリーム。

 それを目当てに、おれは今回のゲーム対決にて一位を狙うこととなったのだった。


 参加を改めて宣言する事となったおれに、班長さんは淡白に問うてきた。



「…………テメー、シュークリームが好きなのか」

「…………唯一、おれが食べ物で好きなものです」

「…………唯一?」

「…………それ以外は、あまり興味が無いので………………」



 食べ物で何が好き、とか。嫌い、とか。

 そもそも、食事をするという事自体も。

 あまりおれは、興味が無い。

 おれ自身が食べる分には。


 そんな、特に役に立たないような話を、少し班長さんとしながら、知り合いの先導でゲームセンターの出入口から一階フロアの奥に移動したところで。


 ――――斯くして、知り合い主催によるゲーム対決は執り行われる事になった。



「それじゃあまず一つ目の種目、やるわよー!」



 今にもスキップをしそうなほどノリノリで対決参加者を案内した知り合いは、車の運転席が四つ並んだようなゲーム機の前に立ち、「これを見よ!」とばかりに腕を広げる。

 それはおれの記憶にある知識であると、目の前のゲームを作った同会社の作品に登場するキャラ クターを操作し、カーレースをするというもので――――確か、携帯ゲームやテレビゲームとしても発売されている、人気のシリーズだったはずだ。

 その名も、



「『トシカー』!! やるわよ!」



 ――――『トシオカート』。

 通称『トシカー』である。


 元となったゲームは赤い服を着た主人公、トシオが攫われたお姫様を助けに行く、アクションゲームであるが、これはその派生作品。

 ハンドルとアクセル、ブレーキを操作してカーレースを行うゲームである。



「俺グッパなー」



 このゲームは四人対戦が可能で、まず初め自分のアバターとなるキャラクターを選ぶのだが、シートに座る前から自分が使用するキャラの予約を入れる隣人。

 すごく、ノリノリである。



「じゃあアタシはイッシーね」



 同じ様に使用キャラの予約をする知り合いは「さぁ始めるわよ! 座った座った!」と持ち前のリーダシップを発動し、イベントを進行させていく。

 座席順にこだわりはないので、適当に目の前にあった左から二番目のシートに座れば、左隣に隣人が、右隣には班長さんが座る。

 意外にもこの様なゲームをやった事があるのか。テキパキとシートの位置を調節し、お金を入れる班長さんに、「なんだがハンドルを持っている様が妙に似合っているな」と思いながら、彼の真似をしお金を入れる。



 実はおれは、このようなアーケードゲームをやるのは初めてだ。

 携帯ゲームなら隣人から少しやらされた事があるが、そもそもゲームセンターで遊ぶこと自体が初めてだ。

 ゲームセンターに隣人を迎えに来た事はあるが。


 そういうわけなので、上手くプレイ出来るかどうか分からないが、まあまずはやってみよう――――という気持ちで、少し緊張しながらハンドルを握ったおれは、ふと足元に二つ並んだべダルを見て、迷う。


 ――――アクセルとブレーキ、どっちだっけ?



「右がアクセル、左がブレーキだ」



 運転免許証を持っているわけでも、日頃車に乗っているわけでもないのでどちらか分からず迷っていると、右隣で腕を組み悠々とシートにもたれ掛かっている班長さんが、無愛想に言った。

 成程。右がアクセルで左がブレーキなのか。勉強になった。

 礼を言えば左隣から「事故起こすなよ」という茶化す声をかけられる。


 隣人よ、ゲームで一体どうやって事故を起こすというのだ。



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