二話 対戦 ー放課後の遭遇ー
おれの前に現れた班長さん。
もとい、鋭撃班班長シュウ、さん。
おれが組織に保護されたその日以来は特に言葉を交わす事も無く、マスさんに半ば無理矢理同席させられていた食事の際に大体正面に座っていたが、挨拶程度のコミュニケーションしかしていなかった、人物。
根は良い人――――なのだと思いたいが、口を開けばまず皮肉、言動は横暴というその性格のためか、少し関わりにくいという印象が強い彼が、何故おれの通う学校にいるのだろうか。
しかも出待ちする形で。
そういえば初対面の時、おれが着ていた制服を見るだけで学校を当てたりしていたが――――わざわざ住所を調べてここに来たのだろうか。
というか、ルイスさんの言っていた案内人とは彼の事だろうか。
顔見知りで歳が近いから、という理由でルイスさんは班長さんにおれを案内するように言ったのだろか。
神経質で無駄を嫌う班長さんの性格を考えれば――――あと顔を見る限り嫌々引き受けたとしか思えないのだが、大丈夫だろうか、色々と。
というか迎えを寄越すと言っていたがまさか放課後直ぐにだなんて思わなかった……………………などなど。
不安や疑問がぐるぐると頭の中が巡る。
意識の半分を思考に費やしながらも、もう半分では目の前に立つ班長さんに、一体どんな対応をすれば良いのか迷っていると、班長さんに対しおれより早く反応を示した人物がいた。
先程から柔らかな温もりをおれの左腕に与えている、知り合いだ。
「何。何か用?」
冷え切った知り合いの声には、明らか様な警戒と拒絶の色が読み取れる。
おれとの出逢いの一件以来、軽い男性恐怖症しまってしまったため、同年代を含む年上の男性に対して無意識に恐怖を抱いてしまうのだ。
おれは左腕にかかる圧が強くなるのを感じながら、さてどうしたものかと思考する。
目の前に立ち塞がる班長さん。彼は組織関係の事でこの場にいるのだろうという事は容易に想像出来る。
だが、彼と組織の事を話そうにも知り合いと隣人がいるし、そもそも二人に班長さんについてどう説明すれば良いのか分からないのだ。
知り合いと隣人以外におれに交友関係が無い事は二人は知っている。
だからこそ、どう説明すれば良いものなのか困っているのだが――――
「…………えっと」
おれの対応を待っているのか、無言てこちらを見下ろしてくる班長さん。
警戒心剥き出しの知り合いと、おれや知り合いと班長さんを傍観し様子を見ている隣人。
三者三様の三人に周囲を囲まれ、逃げ場が無いおれは考えた末、結局良い答えが出なかったので――――まあ、とりあえず。
まずは、この気まず過ぎる沈黙をどうにかしようと思い、それぞれにお互いの紹介をする事にした。
おれはこの場の沈黙に、耐え切れなかったのだ。
「は――――シュウ、さん。こちら、知り合いの生駒と隣人のミツ」
一瞬『班長さん』と言いかけたのを慌てて修正したおれは、現在唯一自由に動かせる左手でまず班長さんに知り合いと隣人の紹介をし、次に知り合いと隣人へ体を向ける。
「生駒、ミツ、彼が…………その、いろいろあって知り合ったシュウさん、です」
二人を幻想世界だの組織だのという怪しい事に関わらせてはいけない――――という。
ルイスさんの注意の他にも、使命感に似たものがおれの中にあったので、かなり細かい場所を誤魔化しながら、知り合いと隣人に班長さんの紹介を済ませる。
最終的に名前以外の情報を何も開示していないが、どうかこれ以上突っ込まれた質問をされませんようにと願うばかりである。
すまない二人共。
おれではこの説明が、今出来る精一杯の説明なのだ。
「…………知り合いと隣人?」
数秒ばかりの居た堪れない沈黙の後、なんだそれ、と言わんばかりに班長さんが口を開く。
ひとまず、この時点で真っ先に口を開きそうな隣人が奇跡的に黙っていた事に胸を撫で下ろしたおれは、班長さんの方へとやや体を振り向かせる。
急な班長さんの襲撃によって困惑し、焦っていたおれの心に、少しゆとりが出来た。
一番初めに班長さんとの詳しい関係について訊かれなくて良かったと、焦ったはずみでうっかり幻想世界に関連する事柄について零してしまう危険性が減った事に、ふっと肩の力を抜く。
投げかけられた質問は非常に簡単なものだったので、リラックスした気持ちで答えを言おうとし――――
「――――カァァズゥゥサァァ?」
――――た、ら。
「だぁれぇが、知り合いですってぇぇぇえええ?」
「ぎっ――――」
ぎゅむっ、と。左側の頬を思い切り抓られる痛みがおれを襲う。
ぎりぎりと頬肉を指で摘み、拗じるように引っ張っているのは、不服そうな顔をしている知り合いである。
痛い。地味に痛い、痛いです。
「いい加減その誤解を生みそうな言い方、やめなさいって言ったでしょ? 言ったわよねアタシ?」
「…………生駒、頬、痛い」
「わざと痛くしてるのよ!」
このままおれの頬を引き千切るのではないかと思われるぐらい、ぐいぐいと頬を引っ張っていく知り合い。
抵抗しようにも右手には隣人の手が、左腕は知り合いの谷間に押し付けられているため、どうにも動く事が出来ないおれは、されるがままに頬を伸ばされるばかりである。
痛い。痛いです、知り合いよ。おれの紹介の仕方が悪かったのは分かるが、それより頬が痛い。
おれの頬は百パーセント人肉で出来ているんだ。ゴムじゃないんだから、そんなに引っ張られると本当に痛いです、知り合い。
しかしおれの紹介のどこに不満があったのか。
班長さんについてならともかく、知り合いと隣人についてはきちんと事実をそのまま述べたはずなのに、と理由の分からない仕打ちを受けていれば、知り合いは班長さんの方へと振り向いて。
「そこのアンタ、シュウとか言ったわよね?」
ばちんっ、と限界まで引っ張ったおれの頬を手放した知り合いは、びっ、とおれと知り合いのやり取りを眺めていた班長さんを指さす。
ずきずきと痛む頬を撫でることも出来ないおれがどうしたのかと知り合いを見遣れば、彼女は野良猫が唸るかのような、嫌悪と警戒のこもった語調で班長さんに言う。
「アンタがカズサとどういう関係かは知らないけど、これだけは言っておくから。
アタシとカズサはお互いの身体にあるホクロの数まで『知り合った』仲――――つまり大親友なんだから、アタシ達の関係を変に誤解しないでよね!」
――――知り合いよ、と。
左側の頬がひりひりと痛むおれは、思う。
きみはおれに『誤解を生みそうな言い方』とか何だのと言っていたが、言わせて欲しい。
――――きみの言い方の方が、あらぬ誤解を招く気がするのはおれの気のせいだろうか。
「……………………」
案の定、なにかを誤解されたらしく、おれに突き刺さる班長さんの冷たい視線。
何故かおれ達を遠巻きに眺めていた女子生徒から上がる悲鳴。
大親友などとおれには勿体なさ過ぎてそぐわない言葉を言った知り合いに弁解を求めるおれは、隣で「ふん!」とそっぽを向く彼女に視線を向ける。
頼むから、何か言ってくれ。
このままだとおれが知り合いと肉体関係があるように捉えられてしまうではないか。
…………いや確かに互いのホクロの数は知っているが。
一緒に風呂に入った事があるので。
とにかく知り合いよ、この場の空気を察して早急に表現を訂正してほしい。
せめてもう少しソフトに――――お泊まり会をする間柄であると。
胸の前で腕を組む班長さんを見上げて睨む知り合いに念じるおれは、「もしやこれはおれが訂正した方が早いのではないか」と思い立ち、即座に頭の中で弁解の言葉を構成する。
お泊まり会をする間柄です――――と。
そう訂正しよう。身の潔白を明らかにしよう。
そう決意したおれの隣で、終始、事の成り行きを他人事のように眺めていた隣人が「おい」と口を出す。
不思議な事に妙に嫌な予感を感じながら、下駄箱から今まで離すことなく、指を絡める形でおれの右手と手を繋いでいた彼は、さらりと。
「テメェがそういう関係なら、オレとサノスケは互いのケツの穴まで見合った関係って事だよな?」
――――……………………は?
一瞬我が耳を疑ったおれは、聴覚の大部分を周囲から湧き上がった黄色い悲鳴に埋め尽くされながら、隣人を見上げる。
呆然とした気持ちで見つめていれば、おれの視線に気付いた隣人は「そうだろ? 俺は何度かお前の穴見てるぞ」とすまし顔で言う。
とりあえず隣人にはちょっと黙っていて欲しいと思った。
――――何だ、その…………お互いの肛門を見合った関係というのは。
頭を抱えたくなる。隣人としてはお互いの細いところまで知っている間柄、というのを言いたかったのだということは分かるが、その、あれだ。
頼むから時と場所と場合を考えてくれ。
表現が汚過ぎるにも程がある。
あとおれの名誉のために言っておくが、別に一緒に風呂に入った事があるからといって、おれは彼の肛門を見た事は一度もない。
隣人はしょっちゅうおれの臀を揉んでくるが。
…………思うに、彼は一体何がしたいのだろうか。
――――まあ、それは置いておくとして。
知り合いの誤解を招きかねない発言と、表現が汚過ぎる隣人の言い方。
その全てにおいて班長さんにいろいろ説明、もとい、謝罪しなければならないな、と。
学校から一歩も出ていないのに、学校からの帰り道以上の疲労感を感じるおれは、何はともあれまず謝ろうと思い、何故か知り合いの時より大きくなっていた悲鳴が収まってきた頃を見計らって謝罪を口にしようとする。
しかし、おれの謝罪より遥かに大きい声量で、これを遮った者がいた。
「け、ケツ穴ぁ!?」
――――知り合いである。
「い、言い方ってものがあるでしょ!!? それじゃあアンタとカズサが、…………っそ、そ、そういう関係だって勘違いされるでしょ!?」
ぎょっとした顔で隣人を凝視する知り合いは、視線を右往左往させながら、ひどく動揺した様子で声を張り上げる。
知り合いがこうも動揺するのは珍しい。なんと、見れば耳まで赤い。
だが彼女がこんなにも声を荒げる理由が思い当たらないおれは、隣人と顔を合わせて首を傾げる。
彼女が隣人の言い方について非難しているのは分かる。それはおれにも分かるのだ。
しかしなぜ――――肛門と『そういう関係』という言葉が結び付くのか。
彼女が言う『そういう関係』とは恐らく、セクシャルハラスメント的な要素を含む肉体関係を示唆しているのだと思われるが。
どうにもすっきりと理解できないので、ここは一つ、知り合いに問わせてもらう事にした。
「…………生駒。何故肛門と『そういう関係』が結び付くんだ。説明が欲しい」
「ふぁっ!!?!?」
素っ頓狂な声を上げる知り合いは、目を見開いておれをみる。
ぱくぱくと口を開閉させる彼女は「えっと…………」「そ、それは…………」などと、ごもごもと言葉を濁らせながら段々顔を俯かせていく。
…………何故だ。
オレは何か、悪い事でも訊いたのだろうか。
「…………ちょっとミツ、アンタ知ってるでしょ? わざとすっとぼけた顔して首傾げてたのアタシ知ってるから。アンタからも何かを言いなさいよ!」
「ぁあ? 俺は大体の事しか知らねぇよ。『そういう事』はお前の方が詳しいだろ。俺を巻き込むな」
「…………生駒」
「う、ぅぅぅぅぅぅぅ―――――――――!」
恨みがましく隣人を睨む知り合いに回答を促すと、彼女はおれの左腕を抱え込み「うー」と唸りながら、おれの肩口へ顔を埋めた。
「カズサのばかばかばか…………!」とそのままぐりぐりと額を押し付けてくる知り合いの、長い茶髪から覗く耳は、熟したトマトのように赤い。
…………何故だ。何故そんなに反応になる。
隣人はと言えば「ざまぁみろクソアマ」と意地の悪い笑みを浮かべている。
…………何故だ。わけがわからない。
知り合いと隣人の間では会話が成立しているらしいが、如何せん、彼女の反応の意味する事すら分かっていないおれは二人の会話についていけてない。
これはおれの知識不足が原因なのだろうか。
ならば、あとでネットで肛門と肉体関係の関連性について調べておこう。
今後この様な話題になっても、対応出来るように。うぬ。
そうしよう――――と。後に調べ物をする事にしたおれは、ところで知り合いと隣人のやり取りから取り残されているのだが、さてどうしようかと別の話題を求め辺りに視線を動かし――――おれと同じく、話に取り残された班長さんと目が合った。
…………大変失礼な話であるが、そういえば最初からいたのに、すっかり彼は蚊帳の外にいた。
長い間放置され、冷めきった、というより呆れの含まれた目を眼鏡の奥からおれに向ける班長さんは、目が合ったおれに向け静かに一言。
「そろそろ良いか」
「あっはい」
どうぞ、と言う以外に、おれに出来る選択は無かった。
知り合いが零していた情報によると、隣町のエリート校からわざわざやって来たらしい班長さん。
いつか聞いた話によると、おれより一つ年上だという彼は何のためにおれの前に現れたのか。
それはルイスさんが言っていた、幻想世界への案内のためだろう。
何故ルイスさんは挨拶ぐらいしか関わりのない班長さんをおれに寄越したのか――――それは推測するに、班長さんとおれの住んでいる地域が近いからだろうということが考えられる。
隣町ぐらいならば電車で行ける距離であるし、歳も近いから話しやすい――――というような理由から班長さんがおれの案内役に抜擢されたのだろう。
そうして放課後。
おれの通う学校がどこであるか。前におれが着ていた制服から高校を特定していた班長さんは、ネットか何かで場所を調べ、校門にておれが現れるのを待っていたのだろう。
好奇心旺盛な女子生徒に囲まれるのは、想定外だったと思うが。
恐らくこんな成り行きがあって彼はここにいるのだろう――――と。
仮説を立てたおれは、これから話すであろう班長さんの本題へ意識を向けた。
知り合いはおれの肩口で呻き声を上げ、隣人は言いたい事は言い終えたのか、再び傍観に戻っている。
多分おれはこの後班長さんによるそれっぽい話と共に、幻想世界に連行されるのだろう。
二人には悪いが今日はここで別れてもらうしかない。せっかく誘ってもらったのだが、こればかりは二人を巻き込むわけにはいかない。
卵は絶対に入手するとして、あとで二人には何かお詫びをしなくては――――そう考えていたおれの前で、班長さんはこの場に現れた理由、すなわち用件を口にする。
「コイツ、借りてくぞ」
――――単刀直入だった。
そして、それだけだった。




