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両親と折り合いがつかず、学校でも教師や同級生と反りが合わなかった。
夜遅くまでネオンの街を彷徨い歩き、時にゲームセンターに入り浸り、時に他の不良少年と連んでいたのだという。
そんな彼女とおれが出逢ったのは、丁度、金に困った彼女が身売りをしようとしていたところだった。
おれは歓楽街の中にあるドラッグストアに用事があり、その場所を通りかかっただけで、全くの偶然だった。
ふと視界の中に、大学生ぐらいの男に声をかけている同い歳ぐらいの彼女が映ったのだ。
化粧をしていても、顔付きから同級生だと分かった。
彼女は誘った男に腕を絡ませ、歩き出したところで、裏路地から伸びてきた複数の腕に肩を捕まれ、そのまま暗闇の方へと引き摺り込まれていった。
その時の彼女の顔があまりにも驚きと恐怖で引き攣っていて――――どうしても仲の良い者同士のスキンシップや冗談には見えなかったおれは気になり、彼女が消えていった路地裏の方へと足を踏み入れた。
少し入り組んだ道を、人気の無い奥の方へと進んでいけば、何かの店の裏にあるごみ捨て場の奥に、使われていないスペアタイヤや壊れた長机などが一時的に置かれている行き止まりに出た。
そこで彼女は、強姦されかけていた。
見張りを合わせて四人。一人が彼女の腕を押さえ、一人が泣き叫ぶ彼女の口元と身体を押さえ、もう一人が脚の間に入っていた。
服は破かれ、髪は乱れていた。
酷い有り様だった。
おれはまずその場の状況から、目の前で繰り広げられている行為が同意の上かどうかというものを考えた。
考え、どう見ても彼女の様子からして合意の上ではないようだったが、しかし念のため彼女を押さえる周りの男達に訊ね確認する。
すると見張りの男に殴られたので、正当防衛としておれは対応した。
それから上着を被せた彼女に事情を聞き、家に帰りたくないとの事だったので家に連れて帰った。
それが彼女とおれの交友の始まりだった。
最初、彼女は何も信用していなかった。
傷付いた野生動物の様に警戒心を顕にして、こちらの話にも応じなかった。
ソファーを占拠しその場から一歩も動かなかった上に、気付けば一人歓楽街に向かっているような。
そんな女の子だった。
この出逢いからおれの家に度々訪れる様になった彼女は、ある時から変わった。
何をきっかけにしたのか。
塞いでいた顔が明るくなり、家にもきちんと帰るようになった。
夜抜け出して歓楽街に行くことも無くなり、おれの家に居ても寛ぐようになった。
それから、どういう理由かは分からないが、おれに興味を持つようになった。
初めは好きな物や嫌いな物に関する質問から。
その次は普段おれがどの様な生活をしているのか、交友関係はなどを気にするようになり。
いつの間にか、隣人と対立する形でおれの傍にいるようになった。
初めの方はこれまで連んでいた者達とのトラブルもあった。
だがトラブルが来る度に、主に隣人が率先して相手側に乗り込んでは引っ掻き回していったので、いつの間にかそういう揉め事も無くなっていった。
話を聞くところによると、両親との仲もそこそこ改善したらしい。
今では全く話をしていなかった父親とも挨拶ぐらいはするのだという。
何が彼女をそうしたのか。おれには分からないが、彼女が前向きになってくれて心から良かったと思っている。
そんな彼女が何故今もおれの傍にいるのか。
あと泊まりに来た時、おれが風呂に入っていると必ず途中で乱入してくるのか。
理由はまだ不明である。
そんな互いの裸まで知り合った仲である知り合いに対し、対抗心を抱いている隣人。
彼と関わることになったのは、小学六年生の冬。
彼の喧嘩に、突然盾として巻き込まれたのが全ての始まりだった。
歓楽街にあるドラッグストアに用事があり、駅の裏側に回った時だった。
歓楽街の入口で揉めている集団に出くわしたのだ。
明らかに一触即発の、一度関われば被害を被ってしまうような空気の集団。
本能が近付くなと激しく訴えていた。
しかしどうしてもおれは安売りの卵が欲しかったおれは、集団の脇を、目立たないようにしてくぐり抜けるようとしたのだが――――もう少しで集団の横を通り抜けられると思った、その時。
突然首根っこを掴まれ、持ち上げられたかと思えば拳を振りかぶろうとしていた男の前に突きつけられた。
その時、おれを持ち上げた人物が、隣人だった。
曰く、「近くにあって使いやすそうだったから」近くを通り掛かったおれを盾に使ったのだという。
この時殴られそうになったところをおれが咄嗟に防ぎ、殴り返したのを見て、その上おれの方に狙いを向けた二人の男を同士討ちにさせたのを見て、気に入ったのだらしい。
その日以来、おれの姿を見つけては絡み、強引に喧嘩場へと引っ張っていく日々が続いた。
おれとしては必死で攻撃を避けようと身体を翻した結果同士討ちとなっただけだというのに、狙ってやったのだとしばらく思われていた。
心外である。
その事があってからというものの、どの帰り道を通っても必ず遭遇しおれを連れ去っていた彼は、何の因果か。
気付けばおれが住むマンションの隣に引っ越して来ており、進学先のみならず席替えの席まで隣を占拠するようになった。
運命だと隣人は何度も重なる偶然を軽く笑い飛ばしているが、おれは何か別の力が加わっているような気がしてならない。
三年連続席替えで隣の席なんて、偶然にしては出来すぎだろう。
この様な経歴があり、現在もおれの隣に居座り続ける隣人も、今思えばかなり丸くなったと思う。
出逢った頃はそれこそ、自分が世界の中心とばかりに動く人物だった。
その場の気分で何もかも決め、気に入らない事があれば直ぐに手が出る。
全てにおいて喧嘩腰である、典型的な不良少年だった。
そういう、男女平等に手を出す人物だった彼も、思えば年を取る事に徐々に大人しくなっていった様に思う。
中学入学当時はクラスメイトに話しかけられたとしても全て無視していたが、中学を卒業する頃には軽く話を受け流す位にはなっていた。
最初存在そのものを無視していた知り合いとも、今では互いに罵詈雑言を交わす仲だ。
何故か、相変わらずおれ以外の話は聞かない上に、強引な性格も変わっていないが。
彼も知り合い同様、どういう理由かおれの隣にいる人物である。
今もおれは彼が隣にいる理由が分からない。
あと泊まりに来た時、おれが風呂に入っていると必ず途中で乱入してくる理由も、未だ不明である。
知り合いと、隣人。
この二人の物好きがいるために、おれは誰かと他愛ない話をするという日々を送れている。
きっと二人に出会わなければ、おれは誰とも話すことなく、一人で変わらぬ毎日を送っていただろう。
おれは、二人に感謝している。
こんなおれでも、人並みに生活する事が出来るのだと教えてくれたから。
おれの傍にいてくれるから。
だからおれは、二人が望む事をしようと、いつも思っている。
おれが出来る限りで、出来る全ての事を。
二人には、幸せになって欲しい。
そう、思うから。
「カズサ、今日放課後空いてるわよね? 遊びに行くわよ!」
「サノちゃぁあん、ちょっと俺とデートしようぜぇ」
――――まあ。
言い方を変えれば、二人のどちらかを選べないということなのだが。
終礼が終わり、放課後になると同時におれの机へ集まり、それぞれ誘いを持ちかけてきた知り合いと隣人。
全く同じタイミングで互いがおれを誘った事に気付いた知り合いと隣人は顔を合わせると、「またお前か」と言わんばかりに顔を顰める。
恒例の光景である。
「おいクソアマ、俺が先に誘ったんだすっこんでろ」
「はぁぁ? 今のは私が一瞬早かったから、私がカズサと遊んで帰るの。ミツは一人で帰って」
「はぁ? サノスケは俺といるんだよ。テメェはその辺でせいぜい羨ましがってろ」
「御生憎様、私はあんたと違ってカズサに優しいから。カズサは私と一緒なの」
「殺すぞクソアマ」
「何? やるの?」
親の仇とばかりにいがみ合う知り合いと隣人。
この二人が争うのは日常風景なので、特にクラスメイト達も睨み合う知り合いと隣人の間に入ったり、誰かが先生を呼びに行くこともなく、それぞれが友人と帰り支度や掃除を始めていく。
斯く言うおれも、このような知り合いと隣人の睨み合いには慣れているので、双方の手が出ないか視界の端で様子を見ながら帰りの準備を済ませる。
明日使う教科書は置いておき、明日の授業で使うノートや課題だけを鞄に入れておく。
そして鞄の口を閉める――――その前に一つ、二人に言わなくてはならないことを思い出したおれは、今もなお敵意を向け合っている知り合いと隣人に顔を向ける。
「すまないが二人共、今日おれは用事が有るんだ」
「用事?」
「用事だぁ?」
先程まで熾烈な睨み合いをしていたくせに、何故かおれが話し出せばぴたりと睨み合いを止めおれを見遣る知り合いと隣人。
つくづく思うのだが、口喧嘩こそ多いもののこの二人は実の所仲が良いのではないだろうか――――今のような息の合った言動が度々有る事からそう思うおれは、一先ずその様な思考は傍らに置いておき、連絡事項を述べる。
「今日の放課後は、卵を買いに行く予定なんだ」
「卵?」
マスカラで彩られた睫毛をぱちぱちと動く様子を見ながら、「そうだ」とおれは頷く。
今日は卵や牛乳の安売りの日なのだ。
基本的に休日に、次の一週間で使う食品や消費した日用品を買い足し、平日の放課後はこうして知り合いと隣人から何かしら誘いを持ちかけられても良いようにしているおれだが、今日はそうはいかない。
なにしろ今週末、月に一度有るか無いかの一大イベントがあるからだ。
「…………お母さんが帰ってくるの?」
何かと鋭い知り合いはおれの心の機微を感じ取ったのか。
確かめる様に訊ねてきた彼女に「ああ」と肯定の意を示せば、彼女は「そっか」と纏う雰囲気を柔らかくする。
「先月は忙しくて会えなかったのよね。良かったじゃない。今月は会えて」
「…………ああ」
相槌を打ちながら鞄を肩に掛けるおれだが、自分でも自覚できるほど自然と口角が上がってしまう。
母が家に帰ってくる。
それは非常におれにとって喜ばしい、心が弾むイベントなのだ。
おれの家庭は一般的にシングルマザーと言われているもので、おれは小学生の頃から母と二人暮らしをしている。
おれを養うために一人で会社を切り盛りしている母は、二人暮らしを始める前から多忙な生活を送っており、生活の殆どを会社で過ごすため家に帰ってくることが少ない。
本当は息を吐く間もないほど忙しいのだと、古くから母の知り合いである秘書がそう話していたが、それでも母は時間を見つけては、貴重なきゅうその時間をおれに割いている。
正月もクリスマスも母には無い。だが、出来る限りおれと共に時間を過ごそうとしている母は――――本当に、凄い人だと思う。
そんな多忙過ぎる母の負担を少しでも減らすため、おれは全ての家事をこなしているのだ。
部活に入らない理由の一つに、家の事で忙しいから、というものもある。
そして仕事に疲れて帰ってくる母を労るのは、養ってもらっているおれの仕事だ。
そのために、おれはいるのだから。
昨日の昼に、今週末母が家に帰ってくる事が秘書からの電話によって報された。
月に一度有るか無いかの、母の休日。
いつものように、母が心身共に楽になるように、おれは今回の一大イベントでもいつものように手料理を振る舞うことを決めていた。
そのための材料に卵が必要であり、ついでに次の週に使う分も買っておこうと思ったため、安売りをしている今日の放課後に買いに行こうと考えていたのだ。
「用は卵だけか?」
帰り支度を済ませたおれに隣人が訊ねてくる。
卵以外にもティッシュペーパーなどを買いたい――――不足してきた日用品は何かあっただろうかと考えながらそう答えれば、「なら遊べるな」と断言した彼はおれの肩へ腕を回す。
おれが隣人と遊ぶ事は、彼の中では確定なのか。
…………まあ、やはりというか、流石というか。
用事があると言ってもおれを巻き込む気満々であるらしい彼は、当然の様におれの用事に付き合うと言い「代わりに俺の用事に付き合え」と一方的に交換条件を押し付けてくる。
これに知り合いはおれと隣人の間に無理矢理入りながら「勝手に決めないで!」と声を上げるが、
「あんたとカズサか二人きりになったら何があるか分からないじゃない! 私も行く!」
「うるせぇ黙れブス」
「はぁぁんっ!?」
「…………生駒、ミツ、落ち着こう」
彼女も同行する気満々であるらしい。
案の定隣人との口論が再発したが、移動の際に口喧嘩をされると中々動きにくいため、再び一触即発の空気となった二人の気持ちを静めに入るおれは、これまでの二人との付き合いを振り返り、彼女達に対して一番効果的な言葉を探し――――
「分かったわ。ならどっちがカズサに相応しいか決めようじゃない!」
「いいぜぇ乗ってやるよクソアマ。テメェのスカした面醜く歪めてやるよ」
――――探し、ている間に、また今回も二人の間で話しをつけた知り合いと隣人は同時に、挟み込むようにしておれの腕を掴み、恒例のように教室の外へずるずると引っ張っていく。
さながら宇宙人を連行する黒服の捜査官である。
しかしまあ、おれもこの様な流れには慣れているもので。
「…………生駒、ミツ」
ありがとう――――と。
付き合わなくてもいい私用にわざわざ付き合ってくれる親切な知り合いと隣人に礼を言えば、「どういたしまして」と両サイドから返ってくるものだから。
やっぱり、知り合いと隣人はおれの中でも特別なカテゴリに属する、大切な人だと再認識した。
…………大切ではあるが、強いて宇宙人の様に人を引き摺っていく事はやめてもらいたい。
非常に人目を惹く。主におれが。
――――と。
まあ、そんなこんなで。
「…………生駒、左腕」
「当ててんのよ」
「…………ミツ、右手」
「あ? デートにはやっぱこれだろ?」
ほぼ毎日左腕には知り合いの柔らかな胸の感覚。
右手には隙間全てを埋めるような隣人の堅い手の温さを感じながら帰るおれは、少し色味の薄まった空を盗み見て「ああ日常だ」と思う。
本当に、どこにでもありふれている様な、穏やかな日々だ。
こうして大切な人と何気なく会話をして、触れ合っていると、今朝まで幻視していたあの化け物や、組織の事が夢のようだと強く感じる。
それこそ出来のいい映画の撮影に巻き込まれたかのような、結局は虚像でしかない幻の世界。
灰色の空や、十字架を模した槍で戦った事など、泡沫の夢として忘れてしまいそうな――――そんな朧気な感覚に浸るおれは、しかし。
白昼夢の様に思えてきていたそれが紛れもない現実であった事を、胸の奥に焼き付けられる。
「…………? 何かしら」
グラウンドを横断している最中。
校門に近付いていくにつれて、なんとなく普段と様子が違う様な――――そんな言い難い違和感をおれが抱くと同時、敏感に普段とは違う何かを察知した知り合いが辺りに目を配る。
ざっと周りに目を通す知り合いに倣い、おれも周囲に視線をやってみたところ――――なんだか心なしか、いつもより女子生徒が多いような。
しかも目に付く女子生徒の表情が、やけに明るく――――言うなれば憧れのアイドルに遭遇したかのような。
そんな、高揚と興奮を静かに浮かべている女子生徒達の視線の先。
妙に人数が多い気がしてならない校門の方へ視線をやれば、おれより早く校門へ意識を向けていた知り合いが意外そうに疑問を零す。
「他校生が来ているようだけど…………何の用かしら」
日体大系の体育の教師が多数いる学校とはいえ、おれが通う高校は私立のミッション系高校。
基本外界から切り離されているような閉鎖的な傾向にあるこの学校では、自然と交友関係も校内のみに限られていく傾向にあり、文化祭以外で他校生がこの高校を訪れる事などそうそうない。
そのため『部外者』が来ると物珍しさから真っ先に生徒達の話題に上がる必然であるが――――それにしても、と。
他人事など根本的に気にしない隣人はさておき、知り合いと共になんとなく妙だと顔を合わせながら、下校のため徐々に女子生徒の集まる渦中。
校門へと近付いていくと、次第に女子生徒に囲まれている他校生の姿が目に入る。
まず目に付いたのは背が高いということ。
百七十センチ位だろうか――――体格と落ち着いた雰囲気から、同級生ではなさそうだと推測する。
次に目がいったのは眼鏡だ。質素でありながら気品の漂う男子制服といい、落ち着いた印象のある自然な色の茶髪といい、全体的におれのような庶民とは違う、いかにも優等生的な感覚のある人物だと遠目に思った。
あれ、隣町のエリート校の生徒じゃない――――と。
驚いた様にまじまじと、校門にもたれ掛かっている男子生徒を見る知り合いに「知らない人をそんなに凝視するは失礼でないだろうか」と苦言を零したくなるおれは、一言「生駒」と呼びかけ注意を促すが――――しかし。
それにしても、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろうか。
と。校門の他校生に、どうにも落ち着かない気持になる。
隣町に顔見知りなどいないはずであるし、そもそも同年代で知っている人など隣を歩く知り合いか隣人位しかいない。
だが、おれは校門で誰かを待つその生徒を、無視する事は出来なかった。
やけに、心に引っ掛かる。
まるで昔――――いや、違う。
つい最近言葉を交わした事のあるような――――霧を掴むような、だが確実にあるしこりに似たもの。
既視感、というには身近であり過ぎるそれに意識の半分を持っていかれながら、ほとんど無意識に我が校の制服を着た女子生徒に囲まれている他校生を見つめていれば。
不意に、近くの女子生徒に向けられていた彼の視線がおれへ向けられた。
刹那、おれの胸中に、無数の藁の山の中からたった一本の小さな裁縫針を見つけ出されたような――――絶望的に小さな存在に気付いた、些細でありながら確実な奇跡を目撃したような不思議な感覚が去来し。
間を置かず次の瞬間。
電撃の様なものがおれの全身を駆け抜け、脳内にあまりに鮮明な光景が走馬灯のように駆け巡った。
絶句した。脳内が一瞬無になった。零れんばかりに目を見開いた。
曖昧になったいた境界線が確立した――――現実感がおれへと襲いかかる。
「…………カズサ?」
おれの異変に気付いた知り合いが、おれの顔を覗き込む。
普段ならば、これがただの驚きや戸惑いだったならばおれが動揺している事を正直に伝えられただろうが――――だが、その場に凍り付いたおれはこの時『喋る』という機能が自分に備わっている事を脳内から忘れ去っていた。
ただ、視界に映る彼が――――彼の存在だけが、おれの思考を支配する。
目線をおれへくれた、彼。
軍服の様な制服ではなく、殺伐からはかけ離れた学生服に身を包んでいる彼は、周りの女子生徒を無造作に追い払いながら、眼鏡の下に秘めた冷たい眼差しでおれに語りかけていた。
一言。
「動くな」――――と。
呪いをかけられたわけでも、催眠術をかけられたわけではない。
しかしその視線、だだの目線一つでその場に身体が縫い付けられたように、指一つ動かす事すら出来なくなってしまったおれは、着実におれの方へ向かってくる彼から目を離せないまま――――二つの事柄を悟る。
一つは、幻想世界での出来事が、言い逃れ出来ぬ現実であること。
夢のように思えてきていた、白昼夢だと考え始めていた、侵攻生物との戦いや組織での生活は――――紛れもなく現実である事を、今、彼がこの場にいる事実によって、おれの意識に深く刻まれた。
もう一つは、こちらの世界に戻ってくる前に医務部長兼科学部長であるルイスさんが言っていた事。
案内人を送らせる、という言葉。
その言葉が示す意味――――案内人とは誰の事なのか。
その正体を以外な形で知ることになったおれは、おれの前へ移動してきたその人物の顔を見上げて、いかにも不機嫌そうな顔貌に若干気圧されながら――――とりあえず。
色々な疑問を抱きながらも、目の前の『非日常』に友好的な笑みを浮かべた。
――――班長さん。
なんでこの人は、おれの学校にいるのだろうか。




