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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
三章 組織とSF、帰る場所
32/79

ーー2

 格納庫の奥にある業務用エレベーターで地下に下りる。

 軽自動車程度なら同乗出来るだろう広さのエレベーター内は小綺麗で、清潔な印象を受けた。

 奥には窓ガラスが張られており、動くエレベーターから外の様子が見れるようになっている。

 これにおじ様と銀髪さんが食いついた。



『おお……エレベーターの外はこの様になっているのか! 興味深い…………! これを我の時代で造るならば何が必要か…………』

『文明は進歩したんだなぁ…………つーか広っ!?』



 上に流れていく白い壁が途切れ、エレベーターの外に広がったのは、眩く、近代的な広々とした空間。上下左右、パズルのように四角いエレベーターが行き交う、どこか幻想的な光景に歓声を上げる亡霊二名。

 まるでSF映画のようだ、と。

 感心しながらぼんやりと、左に移動していく景色を眺めていると、操作盤の前に立つ班長さんがエレベーターボーイさながら、解説をしてくれる。



「徒歩で移動するにはここは広すぎる。だか地上はいつ侵攻生物(インキュベーター)が襲ってくるか分からねー。だから侵攻生物が襲来する可能性の低い地下に組織は主要施設や設備を建設した。

 百近く存在するこのエレベーターはアリの巣みてーに地下に広がる各部署や施設への主な移動手段として用いられる。

 電力は地熱を利用して発電されていて、足りない分はI粒子を電力に変換し本部は機能している。

 最深部は発電所だ。そこは技術部のヤツらの領域になっているから、極力近付くな。何されるか分からねーからな」

「…………地震への対策は」



 水晶の中を流れているような。

 そんな空間の中でぶつかる事なくすれ違う四角い箱を一望しながら、地下に建物を建設する上で不可欠な要素を問うと、「それなら問題ねー」と班長さんは答えた。



「I粒子を使った特殊な金属を使って、耐震設備は整えてある。そもそも周りの土地が侵攻生物に喰われてるからな。大きな地震が起きる程のエネルギーはこの世界にはねー。

 あるとするなら、それはSF(サイドフェイス)によるもんだ」

『地震を人為的に起こせるような能力が存在すると?』



 外の景色から班長さんの語りへ意識を向けるおじ様。

 天変地異を起こせるほどの能力、SFに興味があるらしく、窓に背を向けた串刺し公は厳然と腕を組み、班長さんの背に橙色の視線を投げかける。



「ある。

 脳筋のSFは本気さえ出しゃ地割れを起こせるし、露出狂も街一個丸々焼き尽くせる実力を持っている」



 天変地異を起こせるSF所持者に鋭撃班員を挙げた班長さんは、一度言葉を切って。



「……トラックで少し話した英兵部隊だが、アイツら一人ひとりが核兵器だと思っとけ。

 SFはある種才能みてーなもんだが、中にはどっちが化物か分からねーヤツもいる」



 そう言って、班長さんは口を閉ざした。

 おじ様は『千差万別というものか…………』と納得したようにあごに手を添え、再びエレベーターの外へ目を向けていた。

 目に付くような変わった反応を示すこともなく、ワイヤーを用いることなくレールのような線の上を滑る他のエレベーターをまじまじと眺めている様子から――――気付いていないらしい。

 エレベーターに乗ってから飽きることなく窓の外を見ている銀髪さんも。


 どうやらおれだけが、僅かに伏せられた班長さんの眼に気付いたようだ。


 ――――思うところが有るのだろうか。

 英兵部隊の話をすると同時、班長さんの纏う空気が心なしか固くなった気がしたので、気になって彼の横顔が見れる位置に移動すれば。

 ほんの僅かだが、確かに。

 班長さんはあごを引いた。真一文字に唇を閉ざし、見れば彼は手を固く握り締めていた。

 後ろめたいことが有る時の、知り合いと同じ反応だ。


 多分何か有るのだろうな――――と。

 変化した彼の空気と、トラックでも英兵部隊についてあまり触れなかったことからそう推測したおれは、黙する。

 容易に触れてならない部分というのが人にはある。

 きっと班長さんにとって英兵部隊がそれに当たるのだろう。

 そう考えたおれは何も指摘せず、今の班長さんを見なかったことにする。


 それに――――それはきっとおれなんか踏み入ってはいけない領域なのだろうと、思うから。



 しかし、沈黙というものは重たい。

 黙り込んだ班長さんから感じる空気も、重く感じ、先程までなんとも思わなかったエレベーター内に閉塞感を覚える。

 気持ちとして不快に思うし、班長さん妙に自身が暗く感じるため、ここは話題を変えた方が良いだろう。

 何も感じていないらしい『おお……』やら『うおぉ…………』という亡霊二名の感嘆を聞き流しながら、少し思考したおれは班長さんに質問をする事にする。



「部屋に案内すると言っていましたけど、生活する空間があるんですか?」

「…………ああ」



 なんとなく反応が遅れた気がしたが、班長さんは返事をした。

 それと同時にエレベーターが止まり、チンッという鐘の音がして扉が開く。

 エレベーターが到着したのはどこまで続いていると錯覚してしまいそうな、広い廊下だった。



「地表に近ければ近いほど司令室や作戦室といった軍事関係の施設が多くなり、逆に地表から最も遠い位置に組織に所属するヤツらの生活する場所になっている」



 先に降りた班長さんに続き、最後におれと銀髪さんがエレベーターを降りたところで班長さんは説明を始める。

 成人男性が横に五人並んでも少し余裕のある廊下の真ん中を歩き出した彼に続き、足を動かすおれは語られる組織本部の内部構造に耳を傾けた。



「組織に所属する者は一人ひとり部屋が貸し与えられる。ここはいわばマンションみてーな住区だ。

 一つ上には食堂や談話室、図書室がある。飯はタダ。好きな時に食いに行ける。

 さらに上には医務室、訓練室があり、その上は軍事系施設が集まっている。

 下は技術部の実験室やらわけのわかんねーもんが詰まってる。用がないなら行くな」



 廊下の照明は明るく、ホテルのような印象を受ける。

 幾つか木目調のドアの前を通り過ぎ、人気のない廊下をしばらく歩いたところで、班長さんは立ち止まった。

 手前にあるドアのすぐ横。名刺サイズのタッチパネルになっている白い出っ張りに、班長さんが上着のポケットが取り出したカードを翳すと「ピピッ」と電子音が鳴り、シュンッという音がしてドアが横に開く。

 中に入った班長さんの後に続き部屋に開け放たれたドアの向こうに足を踏み入れれば、そこは玄関だった。


 収納スペースのある広めの玄関は汚れ一つなく、新築の木造住宅特有の匂いが鼻腔を掠める。

 靴を脱いで奥のリビングに進む班長さん。

 我が家のように堂々と足を進める彼の後ろに続いてリビングに出れば、二人掛けのソファーと座卓、ダイニングテーブルが設置されていた。

 見るからに新品だと分かる家具。

 使われた事なんて一度も無いだろうテーブルの椅子を一つ引き、腰を下ろした班長さんはくいッと奥を指して言う。



「奥に風呂場がある。服はその様子じゃもう着れねーだろーから、脱衣場入って右の一番左、下から二番目の棚にある袋にまとめて突っ込んとけ。新しいヤツをこっちで手配しておく。

 バスタオルは一番右の上から二番目。替えの服はその左隣だ。

 シャンプーは赤、リンスは青、ボディーソープは緑だ。シャワーでも風呂でも好きな方を済ませろ。

 俺はそこの銀髪と話がある」

『は? オレ?』

「串刺し公から粗方聞いているだろーが、俺の方からも説明をしておく」



 分かったらさっさと行け、と。

 地や砂で汚れているおれを風呂へ促す班長さんは、釈然としない様子の銀髪さんと向き合う。



「座れ」

『は? だから、なんでオレが…………』

「どうせ不足してるだろー説明をわざわざ補ってやってんだ。さっさと座れ」

『クッソ腹立つなぁこの野郎…………!』



 班長さんの不遜とした態度に眉間を寄せる銀髪さん。

 やはり班長さんは誰にも非社交的な言動を変えることは無いのか、とおじ様にも『身を清めて来い』と言われ風呂場に足を向けるおれは、ふと、渋りながら悪態と共に班長さんの正面に位置する椅子に座った銀髪さんを見て。



「…………どうぞ」

『このクソガキ本気で解体(バラ)――――お、おお、サンキュー…………』



 道中のサーフボードで出逢った時より乾いているといえ、湿った長髪から雫が滴るのが見えたので。

 班長さんの言っていた通り、脱衣所に入って右手側に並んでいた収納スペースの一番右側、上から二番目の棚に仕舞ってあったバスタオルを一枚取り出して来て、銀髪さんに差し出した。

 銀髪さんは一瞬戸惑った後にバスタオルを受け取り、広げたそれを頭に被る。

 使ってくれるようだ。よかった。


 それではそろそろおれも風呂に入ろうと、班長さんの視線をそこそこに感じながらおれは浴室へ向かった。




 まだ一ヶ月弱しか着ていなかった汚れた制服を適当な袋に詰め、身体を洗うためのフェイスタオルを片手に浴室に入れば、そこは浴室と言うより小規模の浴場であった。

 シャワーは二つ。浴槽は成人男性数人は入れそうな広さ。高い天井は清潔感ある白で真新しい。

 流石に新品の浴槽に湯は張っておらず、今から汲むにしても時間がかかり班長さんを待たせるだろうと思ったおれは、シャワーだけ済ませることにする。


 浴室の隅に重ねてあった桶と座椅子をシャワーの前まで持ってきて、まずは軽く湯で洗い流す。

 桶と椅子を洗うために掴んだシャワーヘッドを、椅子に座った自分の頭の高さに合わせた位置に置き、頭から適温のお湯を被った。

 固まっていた血が湯で溶けて、ぬるぬると流れていく感覚がある。

 それから程なくしてむわりと鼻を掠める腥さに「浴室使った後軽く洗っておこう」と、血の匂いが清潔な風呂場に残る事が気になったおれはそう決めて、赤いボトルに入れられたシャンプーのポンプを押し、クリーム色の薬液を手のひらに広げる。

 ほんのり石鹸の香りがした。

 どろりとしたシャンプーを湯で少し伸ばし、しっかり濡らした髪に揉み込むように広げていく。



『うぬ。これが頭髪を洗う液体か』

「ああ。赤いボトルが頭を洗うシャンプーだ」



 わしわしと、地肌に馴染ませるように指先を駆使し髪を泡立てていたおれは、隣から聞こえてきたおじ様の声に応えて――――いや待て。

 あれ、待てよ――――と。

 頭を洗う手を止めたおれは、訝しく。

 どうも上機嫌そうな低音の鼻唄が聞こえる、と、半信半疑で右隣へ視線をやる。

 そこには、いつの間にか。

 何故か。



『ほう…………シャンプーとは中々良きもッ、ぐぬぅうおおおおおおおおおおお!!?!?

 目がッ!? 目にシャンプーが!!! 焼ける!!!! しみっ、ぅ゛ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』



 おれと、同じスタイルで。

 手元の桶にフェイスタオル、座椅子に座りシャワーを流しながら洗髪をする、おじ様がいた。

 筋肉が隆起し引き締まった名のある彫刻家による芸術品にも思える偉躯。

 それを何一つ恥じ入ることなく白熱灯の下に晒し、洗髪しているおじ様がいた。


 少しの間、おれは硬直する。

 あれ、確かリビングで待機班長さんや銀髪さん達としているはずじゃあ――――や。

 いつ浴室に入って来たんだ――――や。

 まさか一緒に入りたかったのか――――などと。

 思うことはいっぱいあった。言いたいこともかなりあった。


 だがまずおれはシャンプーが目に入り悶絶しているおじ様を、助けることにした。

 無言でシャワーヘッドを掴み、『ぬおおおおおおおおお』と呻くおじ様の頭をぐわしっと上向きに固定。

 一言もなく風呂に入って来た理由を問うのは、初めて自分でシャンプーをした園児のような体験をしているおじ様を助けてから、じっくり、しよう。





 ――――数十分後。



『おお! 我の波打つ髪に指が軽々と通る! リンスとはなんと素晴らしき発明か!』



 じっくり問答しながら数十分。

 おじ様をシャンプーから助けるついで、成り行きでそのまま洗髪と背中を流すことまでする事になったおれは、脱衣場で着替えまで済ませた串刺し公の頭にドライヤーを当てていた。

 なんだかんだで『リンスとは?』『ボディーソープとは?』と好奇心旺盛に質問してくるおじ様に流され、彼の湯浴みの手伝いをしてしまっていた自分に思う。


 おれ、何のために風呂に入ったんだっけ。


 あれ、確かおれ班長さんとおじ様に言われて身体を洗いにきたはずなんだけどなぁ――――と。

 ブラッシングも完了したおじ様に「終了」と言って、ドライヤーのコンセントを抜き円を作るように巻いていけば、棚に置いてあったジャージに着替えたおじ様を『おお…………!』と感慨深く息を零し。



『流石我が子! 散髪屋に引けをとならぬ手捌きよ!』



 と称賛の言葉を置いて、早足でリビングへと帰っていった。


 結局おじ様はおれと入浴したかったのだらしく、班長さんの説明が暇だったので抜け出して来たのだらしい。

 何にも囚われず自由、というより唯我独尊と現した方が的確だろうおじ様の奔放ぶりに振り回されたおれは、じっとりと湿ったままの頭を洗い直すために、浴室に戻る。

 おじ様の世話をしていて、おれ自身は頭すら流せていなかったのだ。


 風呂場に戻りシャワーを捻り出し、乾いてしまった座椅子を湯で軽く流す。

 椅子が湿ったところで腰を下ろし、頭からシャワーの湯を被り直す。

 最初に頭に揉み込んでいたシャンプーが全て流れ切り、さてもう一度頭を洗うかとシャンプーボトルに手を伸ばしたおれは。



『邪魔するぞ末っ子ォー』



 がらがらと引き戸を開けて入室してきた遠慮のないその声に、ポンプに掛けた手を止めた。

 今度は誰だと、頭だけ浴室の出入り口へ振り向かせる。

 そこには全く悪びれた様子がなく、寧ろちょっとわくわくした感じで薄ら笑いを湛える銀髪さんが、腰にしっかりタオルを巻いて『よぉ』と手をひらひら振っていた。


 何故、銀髪さんがここにいる。


 班長さんの説明は終わったのか。

 ちゃっかり桶と座椅子をおれの隣に並べてどかりと座る、細身ではあるが締まる所は締まっている彼は、「何用か」と目で訴えるおれをちらちらと見ながら、気恥ずかしそうに口篭る。



『あー……その、なんだ。急にこんな事言うのは変だと分かっちゃいるが…………』



 おずおずと、銀髪さんは問う。



『…………髪、洗ってくんねぇか?』



 この時この瞬間。

 おれは銀髪さんがその台詞を言った原因、その元凶を瞬時に想像して納得した。


 ああ――――おじ様、自慢したな。と――――



「…………良いですよ。洗いましょう」

『マジか? サンキュー末っ子!』



 今にもスキップをしそうな機嫌の良さで脱衣場を出ていったおじ様の軽やかな後ろ姿を思い出すおれは、自分の洗髪を断念しシャワーヘッドを手に取る。

 最早まだ自分の事が出来ていないと発言することすら面倒だ。

 こうなれば流れに流されよう。

 疲れた頭でそう思った。


 嬉しそうに座椅子で待機する銀髪さんの背後に周り、適温に設定されたシャワーの強さを確かめてから、まず頭流しますねと一声掛けて、いつの間にか浴室にいたおじ様より常識的に入室した銀髪さんの長髪を濡らしていく。

 手櫛で梳きながら温めていく彼の髪は腰まであるだろう。青髪混じりの銀髪はワックス染髪剤などで染めたような不自然さではなく、根本から透き通るような輝く銀色だ。

 世の中にはこんなキラキラした髪の人もいるのだなと、神秘ささえ感じる毛髪に感動しながら潮の香りが染み付いている髪を濯いでいれば、唐突におれは思い出す。


 そういえば、彼の名前をおれは知らなかった。



『あ? 名前? そういや言ってなかったか』



 何度か言葉を交わしてはいるが、名前は知らなかった。

 なのでこれを機に名前を訊いてみれば、髪を泡立てられながら銀髪さんは軽快に。

 非常に爽やかに、こう名乗った。



『俺は“(ジャック・)(ザ・リッパー)きジャック”。

 まあ気安く「リッパー」とでも呼べよ』



 予想以上に有名人だった銀髪さんに、今後どう接するべきか一瞬真剣に考えたおれだった。

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