一話 到着ー関東・カナガワ本部ー
市内の中に聳える城壁と仰々しい管制塔。広大な敷地を埋め尽くす兵器。
それはまるで複数の戦艦と空母艦が地面に埋まっているかのような、広大な要塞だった。
「着いたぞ」
『おお…………でっけえ建物だな…………!』
白い陽射しが傾き、淡い灰色だった空に濃さが混じってきた頃。
僅かな風切り音を立て空中飛行するサーフボードの操縦手である鋭撃班班長さんは、都会的なビル街の中に唐突として存在する壮大な軍事基地のを、軽く一望出来る上空でボードを停止さて、簡略な説明をする。
「あれが現在日本支部の代表となっている関東・カナガワ支部だ。有事に備え百を超すI粒子搭載型砲台と広大な敷地全てを覆う粒子防膜が設備されている、見て想像出来る通りの軍事要塞だ。
ここが落とされたら日本は壊滅すると思え」
『はー…………』
見下ろせば辺り一帯、白を基調とした砲台がずらりと並ぶ、遠い地平線の彼方まで続いていそうな城壁と砦。
一目見て整頓されていると分かる滑走路やその周囲の建造物は、機能性を重視しているらしく華美な装飾が一つもない。
戦艦の司令塔のような巨塔を中心に建設された要塞は都市のようにも見え、しかしビルのような商業施設は一切無く、代わりに工場のような建物があるこの場所は、まさしく難攻不落の要塞と称するに相応しかった。
視界いっぱいに飛び込んでくる砲台の城に、祖国の科学力の底力を見たおれは圧巻され、ただただ感心し、これまでの人生でまったく関わりのなかった場所の隅々を眺めるばかりだ。
本来二人乗りだというサーフボードの上に、正座しながら。
なぜおれは正座しているのか。
それはつい先程まで、この要塞に到着するまでの約三十分間、みっちり班長さんのお説教を受けていたからである。
偽りなく有言実行。本当に三十分みっちり、長々と、ネチネチと、細かい所まで。
指摘されては叱られ続けた、班長さん。
目の前で仁王立ちし説教していた彼に、自然と姿勢を正し、相槌を打ち、謝罪を繰り返していた名残がまだ、残っているのだ。
足の痺れに耐えながら正座を続けるおれ。
そんなおれに今確実に言えるのは、班長さんが神経質な性格であることと、精神的疲労がピークに達していることである。
この四日間で一番疲れている。そう断言していい。
それほどまでに班長さんのお説教は長く細かく、そして反論を考える隙もない正論だったのだ。
だから現在には、周りを遊泳するおじ様達のようにはしゃぐ元気はない。
というか、逆に問いたい。
――――おじ様よ。年甲斐なくはしゃぎすぎではないだろうか?
『ほう。現代の城は質素ではあるが、なかなか落としがいの有りそうなモノであるな。して、食糧の備蓄は如何に?』
「野菜類の半分と卵、鶏は地下で栽培・飼育している。それ以外は現実世界から輸入して賄い、ここにいる組織のヤツら全員一週間分の食糧を常に備蓄している」
『うぬ…………この保存技術が我の時代にあれば、後三ヶ月は耐えられたか…………』
世紀単位で過去の時代を生きていたおじ様。
彼にとってはこの要塞、目に映るもの全てが興味深いらしい。
片っ端から目に入ったものについて問い、得た知識を記憶しながら、自らの軍事目的に使えないかイキイキと思案するあたり、無邪気に目を輝かせるおじ様が生粋の武人であることを思い知らされる。
一方で、ぐるりと辺りを一望し『はー…………』と感嘆の声を上げる銀髪さん。
横転し走れなくなったトラックからおれの上着を救出し、おれが自分で持つと言ったが『甘えとけ』と肩に担いで手放さない彼は、吸血鬼に好戦的に食ってかかっていたことから騒がしい性格であると予想していたが、意外にも大人しい。
興味はあるようだが、おじ様のようにはしゃぐことはせず、まじまじと要塞を眺めている。
てっきりおじ様と似たようなテンションの高い部類の人物だろうと思っていたおれは、静かな興味と反応を示す銀髪さんに少し驚いた。
『拷問部屋とかありそうだな…………』
物騒なことを考えるところはおじ様と同じであるが。
『拷問など趣味の悪い…………』
『弁解も許さず極刑にかけるアンタの趣味もそこそこだろ』
癖なのだらしい。ペン回しのようにくるくると小型ナイフを弄ぶ彼は、かなり親しい態度でおじ様と会話する。
礼節に厳しいおじ様は、「アンタ」と話しかける砕けた態度の銀髪さんに対して、注意することせず普通に応答する。
生前の知り合いか、亡霊になってからの仲か。
まだ銀髪の彼とは姿が見える見えないの問答しかしていないおれは、おじ様との関連性を知らない。
だが殺伐とした空気が流れないところから、仲自体は悪くないのだろうなと思っている。
おれがお説教を受けている間、おじ様が銀髪さんにこの世界のことや組織について説明していたようだし。
そう、仲は悪くは無いのだろうと思っている。
『ところで後で何故我が子の傍に居なかったのか、質問があるのだが?』
『気付いたら祖国にいたんだよ! ロンドンから日本まで全力で泳いできたオレの苦労がテメェに分かるか!? ああ゛!?』
…………仲は悪くないのだろう、と思っている。
それと、銀髪さんは短気なんだと知った。
ナイフの切っ先をおじ様に向け、藍眼の瞳孔を開いているので。
『はっはっはっ――――刑罰を下されたいか、貧民』
『路地裏に無様に解体されてぇか、領主様よォ…………!』
うっすらとした笑いを顔に貼り付けるおじ様に、獰猛に眼光を光らせる銀髪さん。
「どうにかしろ」と非難するような視線を投げかけてくる班長さんに睨まれて、おれは心の中で訂正する。
――――やっぱり、おじ様と銀髪さんは仲が良くないかもしれない。
サーフボードに揺られる感覚が絶妙に心地好く、疲れもあり穏やかな眠気が訪れる。
手元に時刻を確認するものがないため正確な時間が分からない。だが、季節と自己の感覚的に午後五時は過ぎているだろう、まぶたが重くなり、こくりこくりと舟を漕ぎ始めてしまう。
もし空が青かったならば、朱が差し目を奪う鮮やかな橙に染まっているだろう――――白い日が水平線と重なりつつある、時間帯。
好奇心が刺激され続けているおじ様の質問が一段落したところで、班長さんは塔の隣にある滑走路にサーフボードを降ろしていく。
駐車場が隣接している滑走路の付近には、数台の軍用トラックと見覚えのある顔が複数。
先に組織本部に帰っていた前衛部隊の人達が、白衣を着た人達を交えてサーフボードの到着を待っていた。
「おかえり鋭撃班長」
「よう! 遅かったな」
「ああ」
滑走路に降りた班長さん迎えに来たのは、武装を解いた勇者さんと大剣さんだ。
爽やかな顔立ちをした青年と、工事現場で木材を担いでいそうな容貌の壮年。
見る限りでは一般人でしかない彼らが、装備一つで侵攻生物と戦う兵士となるのだ。
身に付けるもので随分印象が変わるなぁ、と。
じわりと滲むような疲労感が広がるまぶたを開き、まじまじ勇者さんと大剣さんを眺めていると、彼らはボードをから静かに降り班長さんの後ろで佇んでいたおれに、ふわりと。
「きみも、おかえり」
「おっ、来たか。おかえり」
班長さん同じ様に。
笑って、迎え入れた。
「…………ただ、いま…………?」
一瞬呆けて、まさか自分に言われたのかと視線や向けられた笑みの方向を確認し、「人間違いじゃないよな?」と疑いながら、ぽつり言葉を返す。
小首を傾げて見ていれば、勇者さんと大剣さんは当たり前のように「うん、おかえり」「おう」とはにかんだ。
心に、波紋が広がった。石を投げ込まれた湖のように。
――――何故、おれにその言葉をかけるのだろう。
おれは、部外者なのだが。
「おかえり」と言われる意味が分からず戸惑っていると、おれの困惑する様子を見た勇者さんは丁寧に説明してくれた。
「ここではみんな出動する時は『いってきます』。帰ってくる時は『ただいま』って言う決まりがあるんですよ。こっちでは、ここが家みたいなものですからね」
「家…………」
――――家、か。
呟いた言葉を頭の中でもう一度呟いて、辺りを軽く見回す。
思えば、中学生ぐらいの絨毯さんがいれば、七十代はあるだろう老年の男性がいたりと、年齢層はバラバラなのにこの場にいる人達は皆、気軽に話したり笑い声が響いていたりと、心の距離が近く感じる。
それは組織に所属する彼らが、この場所を第二の家と考え、ここにいる人はみな家族と捉えているからだろうか。
声をかけられた理由が分かったおれは、胸の中に込み上げた不思議な気持ちを落ち着ける。
不穏なものではなかった。不快感もなかった。
だけど、何故だか落ち着けなければならないと、使命感に駆られた。
自分でも、よく分からないが。
心を落ち着かせて、慌しそうに前衛部隊員と戦闘機が格納されていそうな車庫の間を早足で行き来する白衣の人達を眺めていると、サーフボードを小脇に抱えた班長さんが勇者さんと軽く話しを終わらせ、おれに振り向く。
おれを頭の先からつま先まで、一通り目を通した彼は眉間を寄せて言う。
「風呂だな」
風呂。
「一番最初にここに来たSF所持者には医者による診察が行われる決まりだが、今のテメーをそのまま医務部に渡すわけにはいかねー。まずは全身に付いた血を落として来い」
「確かに、ちょっとそのまま行かせるのは衛生的にねぇ…………」
納得した。
どうやらおれのような前衛部隊によって保護されたこの世界に来たばかりの人は、診察を受ける決まりになっているのだらしい。
だがおれはその診察を受けるには、あまりに汚れ過ぎている。
なので先に体を洗い服を着替えろ、ということだという。
確かに。気にすることをやめてはいたが、おれ自身も侵攻生物の返り血で体が汚れていると思うし、着替えられるなら着替えたいと思っている。
髪も血で所々固まってかぴかぴだ。シャワーを借りられるなら、借りさしてもらいたい。
出来れば着替えも、あるならほしい。
あと服を洗うための洗濯機も借りられたら――――
「…………あ」
服を洗濯して着替える。
そう考えたところでおれは、一つ忘れ物をしていたことに気付いた。
「おじ様、ジャージを下宿に使っていた家に置いてきた。生徒手帳と筆記用具もだ」
『ぬ? そういえば忘れていたか』
「…………後で取りに行こうか」
『そうせよ。まずはこやつらの好意に甘え、身を清めた方が良いだろう』
そういえば、と唱えたおじ様も忘れていたようだ。
それもそうだ。おれの荷物なのだから。
そう言うおれもここに来る途中、前衛部隊に会ったり吸血鬼と遭遇したりと、色々なことがあったため忘れていたのだが。
こっちの世界に来た時に持っていた所持品を、全部忘れて来た。
数学や英語の問題集はまた買えばいいが、携帯電話が中に入っている。
あの中には母や知り合いや隣人のアドレスが入っているため、出来ることなら回収したいのだが――――慌ただしく往来している白衣の人達の様子から、今は難しいだろう。
元の世界に変える方法を教えてもらえたら、機会を見て取りに行くことにしよう。
「テメーの部屋に案内する。着いて来い」
班長さんはそう言うと、踵を返し格納庫の方へと歩いていく。
おれの部屋、という言葉に疑問を抱いたが、先導するように先を行く彼は早足で、置いていかれると思ったおれは慌てて班長さんの後を追った。
『ぬっ。あの巨大な風車の付いた巨体は確か「へりこぷたあ」という、空中に浮かぶ乗り物では――――』
『オイクソ親父さっさと行けよ。末っ子見失うだろうが』
『ぬう…………』
格納庫内の設備が気になるらしいおじ様は、ボード乗車時と同じ様に問いかけようとするが、答える人がいないことと、銀髪さんに促されたことがあり、口を閉ざしておれの右隣に並ぶ。
それから少しおれを追い越したおじ様は、先導する班長さんに話しかける。内容は格納庫の設備や組織の持つ戦力についてらしい。
『童心に戻ってんなぁ』とおれに話しかける銀髪さんは隣に並ぶ。追い越す様子はない。
疲れて若干遅れるおれの歩幅に合わせる彼は、おれと話しがしたいようだ。
『ところで串刺し公とお前がこの世界に来てからの経緯を軽く聞いたんだけどよ、お前はどうだったんだ? この四日間』
「…………どうだった、とは?」
『見知らぬオッサンと添い寝するんのは実は嫌だったとか、あのクソ親父ちょっと解体してほしいとか。特に後者な』
「……両方無いかな…………」
『無いか…………ならしょうがねぇか…………』
残念そうに長髪に隠れがちな目を伏せる彼は、おじ様のことがあまり好きではないようである。
嫌悪、とまではいかないが、いい印象は持っていないらしい。
ちょうど良い機会なので、目的地に着くまで銀髪さんと会話し、彼のことを知ろう。
おじ様と似たような雰囲気を感じているし、思想は物騒だが、完全に悪い人でもなさそうだし。
何よりおれは彼について、おじ様同様、知りたいと思った。
だから、いろんな話しをしよう――――そう思い、おじ様程ではないが饒舌な銀髪さんに応答するため口を開くおれは。
少しだけ、疲れを忘れた。
「…………なあ、ダテ。
串刺し公が話してるあの銀髪、知ってるか?」
「いいえ。全く知らない人ですけど…………おかしいですね」
「アイツ、いつからいたんだ?」
「それもありますけど…………不思議ですね」
「あれだけ目立つ容姿をしていながら、どういう理由かその存在が気にならない」
「串刺し公のお父さんの方は否応に目が行くんですけどね…………」
「……おう。でも『まあいっか☆』で済まされるような存在感の無さだな。
それより串刺し公のコードネーム、どうなるんだろうな? クシ? サシ?」
「トドさんのネーミングセンスだと付けられた人が可哀想ですね」




