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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
27/79

ーー2

 トラックに残されたおれは、固い椅子に腰を下ろした。

 「心配せずとも安全に本部まで送り届けますよ」と運転席から投げかけられた声に「あ、はい」と半分放心しながら返して、沈黙に身を委ねる。

 無意識に手を組んで、目を伏せた。


 ――――トラックの外からは耳を塞ぎたくなるほど歪な侵攻生物(インキュベーダー)の鳴き声と、爆音。そして地面を度々揺らす轟音と、何か呪文のようなものを叫ぶマスさんの大声量が聞こえる。

 戦っているのだ。彼らは。


 ――――なにと?

 それは侵攻生物という、この世界――――幻想世界(アナザー)を食い荒らしていく、化け物と。



『我が死んでより四百年…………よもや、後世に怪物と戦う組織が生まれているとは』



 鋭撃班という、侵攻生物に対して先陣を切り戦いに向かう部隊がいなくなった輸送トラックの中。

 鋭撃班が退席した長椅子に移動したおじ様は、がしゃがしゃっと甲冑の音を鳴らしながら、威厳溢れる優雅な動作で腰を下ろす。

 幾度と使用された痕跡の見える輸送車の床をぼうっと見詰めていたおれは、伏せていた顔を上げ、かつてワラキア領土を守るため戦っていた一人の武人を見やる。



『我がこちらの世界で怪物を倒していた頃、我以外の者など存在すらしていなかった。故に、我は単騎で怪物と渡り合っていたのだが…………』



 その言葉の続きは、なんとなく、おれにも分かった。

 ふっとトラックの外へ目を向けて、おじ様へと戻す。

 孤高であった領主は酷く残念そうな顔をして、しみじみと呟く。



『なんと惜しい兵士共よ。あれだけの逸材でありながら、見事に擦れ違っている。誠に、残念で仕方が無い』



 ――――ああ、やっぱり。

 おれが言葉で表現出来ずに感じていたものをおじ様も感じ取っていたらしい。

 この四日間、おはようからおやすみまで共にいたせいか。

 随分おれもおじ様と思考が似てきたようだと思いながら、おれは無言でおじ様の呟きに同意見だと相槌を打つ。

 『我が子よ、お前も我と同意か』と少し口角を上げたおじ様は、一国の支配者の如く腕を組み、これまで見てきた鋭撃班の各面々についての見解を並べ始めた。



『鋭撃兵のマスは空気が読める。よく人を見、場を円滑に進められる発言を自らの意思で進んで行うが、如何せん押しが弱い。

 何が最善なのか。当人も理解しきれておらず、迷いが見れる』

「…………性格に凄く好感は持てるけど、おれは苦手だ」

『己自身迷いの中にいるにも関わらず、他人は真っ直ぐ見てくるからであろう?』



 煽るようにおれの顔を窺うワラキア公。

 隣に座っていたおじ様にはバレていたようだ。

 おれがマスさんに、苦手意識を抱いている事を。

 おじ様の質問に対しておれは無言で頷いて、「目を見てくるから」と続けた。

 風に煽られたせいで乱れ、顔に落ちてきた前髪が視界を覆う。黒く遮られた世界にほんの少し安心感を得るおれはおじ様から少し、目を伏せた。


 おれは、自分の目が見られるのが嫌いだ。

 特に、無邪気にこちらを仰ぎ見てくる園児や、性根が真っ直ぐに据わっているような誠実な人。

 彼らはおれがどれだけ隠しても、カーテン代わりに展開した前髪の向こうから覗き込むようにして、おれが背けた両眼を見てくる。

 真っ直ぐで。汚れなくて。純粋な瞳。

 その目自体は、おれは好きだ。

 だってそれらの目は、晴れた日の空のように澄み渡っているから。


 ――――だけど、その瞳を見るおれの眼は、他人に見せられたものでは無い。

 歪で、醜悪で、穢らわしい――――この世にあってはならないものなのだ。


 だからおれは、他人に自分の目を見られるのが嫌いで。

 おれ自身も長年人の目を避けて来たせいで、少し、人と目を合わせるのが苦手だ。


 血で固まってしまっている髪を手櫛で軽く梳きながら、念入りに前髪が目を覆うように整えていく。

 鼻先まですっぽり隠れるまでに伸びた前髪を、ピンで留めたり切ったりしないのは、誰かがおれの目を見ることがないようにするためだ。

 勉強や何が作業をする時、度々邪魔になったりするが、この目を見られるよりはマシだ。

 そう思い、後ろ髪を切ることはあっても、ずっとおれは前髪を一定の長さへ髪を伸ばし続けていた。

 今後もおれが、前髪を切ることはない。


 きっと一生、おれが真っ直ぐ、人の目を見ることも――――ない。



『露出女は自己主張が顕著である』



 おれが髪を整えている間に、おじ様はとんとんと、見解を述べていく。



『女の身でありながらそれを恥じること無く、堂々と立ち振る舞い目上の者に意見していく。肝の据わった勇ましき一介の兵士であった。

 だが、己の感情に忠実過ぎる。私情を専務に持ち込む性質と見た。あれは戦場にて弱味となる。詰めの甘さである』

「…………学校によくいる番長気質の女の子だよ」



 水着さん。確か、『ナガ』と呼ばれていただろうか。

 彼女はおれの知り合いに少し、似ている。

 …………おれの知り合いとは比べ物にならないプロポーションであるが。


 また明日と別れて以来顔を見ていない、リーダー気質な知り合いを思い出し、無性に会いたい気持ちに駆られるおれは思いを馳せる。

 彼女は今、何をしているだろうか。

 おれが学校に来なくなって、心配しているだろうか。

 また厄介事に首を突っ込んでいないだろうか。

 ――――心配だ。



 おれが知り合いと呼ぶ彼女は中学二年生からの付き合いで、当時クラスでは一番派手な女子だった。

 髪を巻いて、化粧をして。

 校則違反の丈のスカートを履いてきては先生に呆れられていた。

 はきはきと喋る、強気な子だった。


 そんな彼女が暴漢に襲われかけているところを偶然助けたことから、彼女と頻繁に話すようになったおれは、今や三週間に一度の割合で家に彼女が泊まりに来る程の仲だ。

 何度か泊まっていくうちに、入浴後はほぼ全裸で歩き回っている彼女は、おれの中で親戚のような立ち位置になっていき、最近では薄着な彼女のために彼女のためのお泊まりセットが常備されている。そんな現状だ。

 そうやっていつも彼女は夜全裸に近い姿で行動しているため、よく入浴後のマッサージをさせられるおれは彼女の体にある黒子の数を知っている。

 故におれは彼女を『黒子の数まで知り合った仲』という事で『知り合い』と呼ぶ。

 …………おれが彼女を知り合いと呼ぶ度に、彼女はおれの頬を抓ってくるが。

 それは恒例のやりとり、という事でおれは彼女を知り合いと呼び続ける。

 そういう友情だってあってもいいだろう。

 彼女も満更でもない様子だったし。


 そんなおれの知り合いと水着さんを、おれはなんとなく重ねていたから、彼女が発した『嫌い』という言葉におれは嫌な気持ちになったのだろう。

 胸を刃物で突かれた様な、痛い気持ち。

 自分に向けられたものではないのに心が痛んだ。そんな感覚を得た理由の一つとして。


 もう一つの理由は、別にある。

 それは、



『何より惜しいのは、鋭撃班班長のシュウという男よ』



 班長さんについてだ。


 憐れみをもって嘆息と共に吐き出されたおじ様の言葉は、同情のようにも聞こえた。

 いつもの目元を隠す髪型へ髪を整え終えたおれは、正面の、班長が座っていた場所に位置する串刺し公に沈黙を返す。

 おれは班長さんに対して惜しいという気持ちは抱いてないが、しかし思うところがあるのは同じであったからだ。


 沈黙を同意と解釈したおじ様はひたすら、残念そうに唱える。



『優れた慧眼。豊富な知識。揺るがぬ精神。

 草食系という干し草のような男が多いこの時代に、よもやあれほど将として有望な者が居ようとは…………感心の一言に尽きる。

 しかし、あの男は若い。若いが故に人の扱い方を知らぬ未熟な面もある。一軍を担える程の素質が充分に有るが、兵士を扱う経験が浅すぎる。なにより――――あの不器用な性格よ。あれは最早病ぞ。それに根も深い』



 なんとも憐れな男よ――――と。

 嘆くおじ様はふぅ、と深い溜め息を吐きながら肩を落とすと、やれやれと首を横に振る。

 伏せていた橙の双眸をおれへ向けると、柔い口調で彼は発言を促す。



『我が子。お前もあの男に思う所があったのだろう?』



 …………と。



『故にお前は卑猥な異装の女に問うたのではないか?』

「…………まあ……………………」



 卑猥な異装の女。

 おじ様の中で水着さんはかなり評価が悪い事が伺えるその呼び方に「おじ様の時代からしたら水着は有り得ない服装なんだな」と、認識したおれは、一旦口を閉ざして。



「……感覚的な事、なんだけど…………」



 と、前置きを置き、頭の中で言葉を選び出しながら、雰囲気やなんとなくで感じたことを具体的な形にしていく。

 何故か、マスさんや水着さんのように明確な言葉で表現出来ない班長さんに対して、おれ自身がどう思っているのか。

 自分で自分を、見直しながら。



「……班長さんは、なんというか…………確かに、おじ様に対してあの態度といい、言葉といい、我を貫き通している感じがした。

 けど、それとは別に彼は――――」



 頭の中で浮かぶ言葉をまとめていきながら、核心へと自分の思考を導いていく。

 ――――と。

 ふと。

 粉雪のように、その言葉は不意におれの中に舞い降りて来た。



「――――彼は、誰よりも弱いけど強い人なんだ」



 矛盾している言葉を紡いだおれはその時、絡まっていた思考が一斉に整理される感覚を得た。

 すうっ、と。

 幾重にも縺れてこんがらがっていた糸の中で、たまたま目に付いた糸を引っ張ったらするすると解けて、ぴんと張った一本の糸になったかのような。

 目から鱗が落ちるような感覚の中で「ああ」とおれは確信した。

 それは、単純な、ことだったのだ。



「……マスさんや水着さんとは違い、班長さんは勇者さんや大剣使いさんのように装備品が多かった。多分彼のSFは(パターン)からしても勇者さん達に近いのだと思う。

 マスさんのA型SFのように稀少であるわけでも、水着さんのC型SFのように強力であるわけでもない。

 そういう意味では、彼は鋭撃班の中で一番力を持たない、弱い者なのだと思う」

『ほう…………?』



 興味深いと口角を吊り上げ、橙眼を細める串刺し公。

 やや身を乗り出しこちらを試しているような視線を向けてくる武人に、若干威圧されながらおれは渇く口唇を動かす。



「けど彼は――――誰よりも強く在ろうとしている」



 畳んであった上着を見て学校を特定するなんてこと、普通の人には出来ない。

 まして鎧の形を見ただけで時代を特定するなんてこと、それこそ専門家でなければ出来ないだろう。

 だが彼はそれをやってのけた。

 専門家でもない、おれとそう変わらない年齢であるのに。

 おじ様は彼を優れた慧眼を持つ、と評価した。

 慧眼は物事の本質を見通す目のことをいう。

 本質を見通すということは言葉にするには容易いが、多々ある隠蔽されていたり類似したものの中から一つを見出すなんてことは、神業じみた事だ。

 それこそ他人より多くのものを見、多くのものを知っていなければ成せられない事柄。

 それを名だたる武人が優れていると称賛したのだ。

 かつて数々の兵士を率いてきた武人に好評された彼は――――班長さんはこれまでに どんなものを見て来て、どれだけの知識を得てきたのだろうか。

 そのために、どれだけの努力をしてきたのだろうか。

 おれはそのことを、考えずにはいられない。


 それに本部からの通信を受けた時、誰よりも早く対応し戦闘の準備をしていた。

 その時装備を確認していた彼の手つき。流れるように銃を手に取り微調整をしていたその手際は、歴戦の風格を持つ、老成したものだった。

 ――――少数精鋭の中で班長という役割に徹するために、何度銃を握り続けてきたんだろうか。

 当たり前に行われていた動作は他の鋭撃班員には見慣れた光景だったのだろう。

 だがおれにとってはあまりに印象強い、光景だった。



「……確かに、マスさんや水着さんは彼のことを好ましくは思っていないかもしれない。実際、水着さんの彼はへの当たりは強いと思う。

 けどおれは、そんな彼をかっこいいと思った。

 常に人の上に立つ者として在ろうとする彼を。

 確固として揺らぐことなく、自分の役目を全うしようとする彼を。

 こんなおれとは全く違う彼を、おれは――――」



 そこまで考えを口にしたところで――――トラックが大きく揺れ動いた。

 ゴウンッ、と。通常の運転では有り得ない、大きくカーブを描く様な揺れの後。



「ぬぅっお…………!?」



 見えない手で押されているかのように、車体は大きく左に傾き――――転倒。

 ガジャァァンッ――――と。輸送車が倒れた衝撃と共に車体のフレームが歪む音が重々しく響き、金属とタイヤのゴムがズリズリと荒野と摩擦を起こしていく。

 横転の勢いは収まらず、数メートル程地面と擦り合わさると、殺されなかった勢いでもう一度輸送車は傾き――――再度横転。

 逆さになった状態で、ようやく輸送トラックはその動きを止めた。



『わ、我が子ぉ!?』

「ぬぅ…………」



 おじ様の悲鳴におれは手を上げて応じる。

 洗濯機に入れられた洋服の気分を強制的に味合わされたおれの体は、トラックの横転に合わせごろごろと転がり――――現在。

 おれはおじ様の下で、カエルのように潰れていた。



『我が子ぉぉ!? わ、我のせいで…………っ!』

「…………いや、怪我はない。問題ない。」



 ダメージはあるが。


 慌てておれの上から退いたおじ様の手を借りながら、ゆっくりと立ち上がる。

 転がってきたおじ様がおれの上に落ちてきた。その時は全くといって衝撃を感じながった。それは問題なかった。

 問題があったとすれば、それからだ。

 トラックが止まってすぐに、おれが立ち上がろうと床に手をついた時、おじ様の上質な外套を巻き込んでしまったのだ。

 おじ様はおれには触れられない。

 だが、おれからならばおじ様に触れられ、すなわち彼は実体を持つ。

 この法則が、不要なタイミングで生かされた。


 おれの手がおじ様の外套に触れた瞬間、おじ様は亡霊ではなく、実体を持つ死人となった。


 そして考えてみよう。おじ様の年齢を。

 見た目からしておじ様は壮年。三十代後半である。

 現代の三十代後半といえば働き盛りで、少々腹部に脂肪が溜まってくる時期。ああ歳をとったなぁと感慨深くなる年頃であるが、おじ様は武人。

 そこらのサラリーマンとは使っている筋肉が違う。脂肪や贅肉などその鍛えられた肉体に存在しない。

 この数日間おじ様に寝かしつけられていたおれは知っていた。おじ様の身体は筋肉質。鎧を脱いだら凄い、と。

 そんな筋肉の詰まった体に、プラス鎧がセットで付いた状態。

 ただでさえ現代の三十代より重いであろう肉体に、班長さん曰く軽装であるらしいが――――見目だけでも相当な重量があるだろうプレートアーマーが追加されているのだ。


 つまりどういうことか。


 ――――おじ様が実体化された時、おれの背中に想像を絶する重量がのしかかった。

 立ち上がる力を込めていた腕が重さに耐えきれず、瞬時に脱力した。

 その時おれは、確実に押し潰されて死ぬと思い、軽く死を覚悟した。

 プレス機でプレスされる廃棄物の気持ちが分かった瞬間だった。



『何があった。騎手は何をしている』



 運転手を騎手と呼ぶあたりおじ様が中世の人物であることを思い知らされながら、槍を手に明らかに苛立っている様子の串刺し公。

 まさか運転手を串刺しにするつもりではないだろうかと不安になりながら横目に串刺し公を見るおれは、聞こえてくる叫び声と侵攻生物の鳴き声に自分の置かれた状況が気になり、外に出て確認しようとして――――一瞬迷う。

 班長さんに何があっても外に出るな、と言われていたのを思い出したのだ。

 すぐそこには荒野に続く出入り口。

 外に出るべきか、出ないべきか。

 躊躇うおれの背中を見詰めるおじ様は無言で、おれの決断を待つ。

 おじ様はあくまでおれの意志を尊重し、それに従うようだ。

 おれの選択で、全ては決まる。


 ――――おれは、



「う、わあぁぁぁぁぁっ!?」

「……………………っ!」



 迷うおれは、悲鳴を聞いた。

 その声は運転席から聞こえた、男の声だ。

 切羽詰った様子の声音。

 気付けばおれはその声に背中を押されるように、トラックの外へ出ていた。

 無視出来ないおれの中の衝動が、引き付けられるように、おれの四肢を動かしていた。


 ――――悲鳴が、聞こえた。

 誰かが危険な目にあっている。

 そう考え班長さんの忠告を無視した。

 動かずにはいられなかった。

 これは――――おれの意志だ。

 おれが決めた選択だと、忠告を無視した罪悪感と迷いは、荒野に足を踏み出した際に。

 振り切るように、切り捨てた。


 

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