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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
23/79

ーー2


 槍はおじ様がすぐ手に取れるよう右手側にて座るおじ様とおれの間に置き、学校では学ランという名で浸透しているカソック調の制服を左手側に置いたおれが上半身の返り血を粗方拭き終えたところで、厚底のブーツを踏み鳴らしながらトラック内に一人の女子が乗り込んで来た。

 堂々たる足取りで現れたその子を見て、おれは数秒程思考停止し、疲れ目かと目頭を軽くマッサージしたところで、もう一度女の子を見る。

 目を閉じる。

 今のは幻覚か、それとも現実か。

 …………もう一度、同じものが見えたら現実だと認めることにしよう。うむ。

 そうして目を開けたおれは、現実を受け止める。


 

「お! ナガちゃん意外に早かったな!」




 マスさんは敬礼のポーズを取りながら、十代後半ぐらいの彼女に話しかける。

 その平然とした様子からして、彼女は普段からあの様な格好をしているのだろう。


 季節はまだ肌寒さの残る春。



 だというのに、水着。



 しかも大胆なブルマの水着姿で現れた彼女はコツコツと靴底を鳴らしながらマスさんに近付き、



「こ…………っの、バカマスゥーーーーーー!!!」

「わだぁっ!!?」



 おれから見ても分かるぐらい全力で、座るマスさんの背中を叩いた。

 椅子から転げ落ちるマスさん。

 揺れる水着さんのたわわな(おっぱい)

 サイズは…………恐らくD以上だろう、知り合いより実った双丘に、見てはいけないものを見てしまったかのような罪悪感に襲われるおれは視線を彼方へと向ける。


 ――――すいませんでした。

 他人が見ている前で全力で男を引っ叩くというバイオレンスをやってのけたビキニの女の子に、心の中で謝る。

 ――――真っ白で大きなおっぱい見て、すいませんでした。


 そもそも何故水着なのか。

 何故服を着ていないのか。

 謝罪しながら疑問に思う隣で、おじ様が『あれは相当…………』と呟いているのが聞こえ、無言で相槌を打ったおれは、その後ゆっくりとおじ様へ顔を向ける。

 おじ様、その『相当』はマスさんの受けたダメージと水着さんの胸のサイズ。

 ――――どっちだ。



『? 鋭撃兵マスの方ぞ?』



 おれだけが彼女の体に注目していたことが判明された。

 すいませんでした。

 水着の女の子、すいませんでした。


 

「あんた! 私のバックアップ無しでなぁに侵攻生物に突っ込んじゃってんのよ!! レベル5よレベル5!? 一歩間違えたらその空っぽの頭と首が一瞬で離れるのよ! 分かってる!?」



 罪悪感に打ちひしがれているおれが見守る中

、どこにそんな力があるのか。

 床で悶絶していたマスさんの胸倉を掴み上げた彼女はギロりと睨みを利かせながら、怒涛の如く言葉で彼を責め立てる。



「いい? 今後はぜ・っ・た・い・に! 好き勝手に侵攻生物に突っ込んでいかないこと! あと班長の話しも聞く! 分かった!?」

「えー…………でも目の前に敵がいたら、倒さないといけないだろ?」

「分かった?」

「ハイワカリマシタ善処します」



 強引に頷かされたマスさんの表情は引き攣っていた。

 マスさんと水着の女の子では、女の子の方が立場的に上位であることが分かったおれは、ふん、と鼻を鳴らしマスさんを解放した彼女を改めて観察する。


 おれより年上であるが成人はしていなさそうな、少し大人びた高校生という印象を受ける彼女は、所々ピンク色の毛が混じった長髪をポニーテールにし、意思の強い瞳を凛然と煌めかせていた。

 生命力に溢れた体躯は出るところは出て、締まるところは締まっている。

 鍛えているのか、しゅっと全体的に引き締まった四肢と相反するように存在する瑞々しい胸、太腿はどこか蠱惑的で、目のやり場に困るが何だがじっと見つめていたくなる。

 一言で簡潔に纏めるなら、美少女。


 正しくその言葉が似合う彼女は軽く手を払うと、向かいの座席で大人しくしていたおれとおじ様を一瞥し、ジャケットの位置を直しながら座席に戻るマスさんに問う。



「で? どっちがウラド三世? 」

「赤神父の方が三世。隣がお父さんの二世」

「親子揃って生き返ったの? …………まあ良いわ。で、三世は腕怪我してるのよね。出せる?」

「あ、はい」



 おれ、ウラド三世じゃないけど――――そう思いながらおれは痛みに慣れ意識の外から外れた右腕を差し出す。

 おれの前に屈む水着さんの胸が揺れる。

 おう…………と感嘆を吐きたくなった口をぐっと噤み目を逸らしていれば、そうっと掬い上げるように腫れた腕を持ち上げた水着さんは深刻そうに顔を顰めて言った。



「ちょっとあんたこれ…………肘関節から先の骨が五センチぐらい粉々になってるわよ!? よくこんな腕今まで何食わぬ顔でぶら下げてたわね!? 痛くないの!?」

「痛いです」

「当たり前でしょ!? 大の大人でも激痛で気絶するわよ!」



 いや、でも慣れてるんでそんなに気になりませんけど――――そう言いかけたおれを「ちょっと横になりなさい!」と一喝した水着さんはテキパキとおれを椅子の上に横たわらせ、掬っていた右腕を平坦な座席の上で真っ直ぐ伸ばす。

 スペース的に頭の下におじ様の太腿が来る配置となったおれはその間、おじ様に嬉々として膝枕されていた。



『我が子を! 膝枕っ!』



 非常に嬉しそうなおじ様であるが、膝枕されてるおれとしては鎧が当たって硬いとしか言いようがなかった。

 おじ様はニコニコしながらおれの頭を撫でているが。

 あとさっきから指先でふにふにと頬をつついているが。

 おじ様の膝は、鎧的な意味で、硬い。



「下手に動かしたらズレそうだし…………服の上からやるわね」



 おれの右腕を固定した水着さんは言う。

 その口振りからすると、今から水着さんが怪我の治療をするらしいが。

 見たところ救急箱もないのにどうやってするんだろうと、思ったおれの疑問は直ぐに解決する。



「《不死鳥(フェニクス・ヒール)の癒し》」



 おれの右腕の上に手を置いた水着さんがそう唱えたと同時、おれの腕は炎に包まれた。

 驚愕するおれの頭上、『ぬん!?』と驚いた様子のおじ様が槍を手に取るが、そんなおじ様をマスさんが「大丈夫大丈夫!」と宥める。



「それはナガちゃんのSFで怪我とか治すタイプの炎だから! 全然熱くないだろ?」

「…………確かに」



 ファーストインパクトが強かったためよく分からなかったが、落ち着いてみればぬるま湯程度の熱しか持たない炎である。

 視覚的には焚き火並みではあるが、温度はお風呂の湯ぐらいの熱さである不思議な炎をまじまじと見ていると、前腕が丸々炎に包まれているにも関わらず、服は全く燃えていないことにおれは気付く。

 それと共に徐々に前腕の痛みが引き、感覚が戻ってきた腕は数秒もしないうちに。



「――――はい終了!」

「ぬぉう…………!」



 完治した。



『治った…………? おお治ったのか我が子よ!』



 試しに手のひらを開閉させたり、肘関節を曲げたりしてみると、痛みや何の障害もなく右腕は動いた。

 腫れも引き、心なしか服も綺麗になっている気がする。

 純粋に凄い、という感心と感動に水着さんに感謝の気持ちを覚える一方で、ますます胸元ばかり目が向いてしまう自分に嫌悪感が募った。



『あまりに淫猥な容貌だったので後で串刺しにしようかと考えていたが、我が子の腕を癒した行為に免じ、その服装であることを許そうぞ』



 何気に物騒なことを考えていたおじ様が水着さんを極刑にかけることを中止したことに安堵を覚えながら、手にしていた槍をおじ様が椅子に立て掛けるのを確認したおれは座り直しながら、マスさんと間隔を開けて座る水着さんに礼を言う。



「ありがとうございます」

「別に。これが私の役割だし、その腕うちの部隊の子を庇って出来たものなんでしょ? 礼を言うのはこっちの方よ」

「…………ナガちゃん、なんか赤神父に優しくね? イケメンだから?」

「あんたの気のせいよ」



 ずばっとマスさんの言葉を切り捨てる水着さんは脚を組んで、ちらりとトラックの外を見遣る。

 肉付きの良い白い脚に気まずい気持ちで彼女のブーツに視線を落とすおれに、水着さんは柔らかく笑う。



「もうすぐうちの班長が来ると思うから、そいつに訊きたい事は色々訊くと良いわ。多分この中で一番歳が近いと思うし…………まあ、すかしている所が気に障るかもしれないけど」

「すかして…………?」

「頭良いんだけどなー、悪いヤツじゃないんだけどなー…………なんか、なぁ?」



 ちょっと関わりにくいんだよなー、と零すマスさんは肩を竦めておじ様を見る。



「まっ、一応オレらの班長なんだから、串刺しだけはよしてくれよ」

『それは態度によるぞ』

「あー…………死ぬかもな、班長」



 先程のおじ様の呟きを聞いていたのか。

 冗談混じりに言ったであろう言葉を真面目に返されたマスさんは、失笑した。



 ――――班長。

 どうやらマスさんや水着さんが所属しているらしい鋭撃班というチームを、班長と呼ばれる人物が纏めているらしい。

 一体どんな人なのだろう。

 「あなたは良いの?」『構わぬ』というやり取りを水着さんとしたおじ様は、どうやら気に入っているらしいマスさんと雑談をしているが、おれは特にマスさん達と話す話題もないので黙々と思考する。


 マスさんや水着さんの話によると、鋭撃班の班長は『すかしている』といわれる態度であるが、こちらの訊きたい事は答えてくれるような人物であるらしい。

 そもそもが鋭撃班や組織、サイドフェイス(SF)と呼ばれるものについて全くの無知であるおれは必然的に質問する内容が多くなるのだが――――何も知らないおれに一から百まで説明してくれるほど、良い人なのだろうか。

 態度的な面ではおじ様に串刺されるかもしれないとマスさんは言っていたが――――


 ちらっと。

 右手側に赤い水着の美少女。

 左手側に全身タイツの好青年。

 鋭撃班の班員である二名を交互に見やったおれは、人知れず願う。


 ――――せめて、格好だけはマトモな人でありますように。


 日本じゃ確実に青い制服の方々から呼び止められる格好をしている鋭撃班員に、態度は問題があっても直視できる格好であることを祈った。

 マスさんはこちらを直視してくる、水着さんは目の毒という意味で視線の置き場がないので。




 そうおれが黙考している間に、噂の人物は来たらしい。




 トラックのエンジンがかかった直後、少年が一人、折り畳み式の階段を上って乗り込んできた。

 彼が成人していない少年であると分かったのは、彼が纏う空気がおれの隣人と似ていたからだ。

 「班長遅かったな!」と敬礼をするマスさんの反応から、折り畳み式の階段が仕舞われる直前に乗り込んできたこの人物が鋭撃班の班長であるらしい。

 すぐ様班長と呼ばれる少年の服装に目を通したおれは、密かに心の中で拳を握る。

 良かった。祈りが通じた。

 班長の格好はマトモだ。

 軍服のような厳格な印象のある洋装に、丈夫そうな軍靴。

 つば付きキャップとゴーグルを外し、代わりに眼鏡を着用した彼に「ああこの人は普通だ」と安心した。



 その手に近未来的なサーフボードが無ければ、更におれは堂々と「普通だ」と言えたのだが。



 軍靴の音がトラックに響いていく。

 その音に緊張感が募るおれは、サーフボードをトラックの奥に立て掛けた班長さんがマスさんと水着さんの間、おれの正面に座るのを見届けて。



「――――で」



 眼鏡の奥にある、薄緑色と目が合った。



「俺が鋭撃班の班長、シュウだ。

 神父のテメーはここで名乗るな。万が一『倒錯者(ハーヴァンター)』に聞かれたら『囚われる』ぞ」



 着こなされた軍服に白い手袋。

 濃淡の混じり合った緑髪の毛先を遊ばせ、細いフレームの眼鏡の下に涼しい双眸を潜ませたおれより年上そうな同年代の班長は、傲然とした態度でそう名乗り、直ぐにおじ様に向け目を細めた。



「テメーが串刺し公か」



 そう、断言する班長さん。

 淡々と吐き出されたその声は、確信と自信に満ちていた。



「えっ」

「え?」



 なるほど――――確かに彼を良いように言えば堂々とした、悪いように言えば偉そうな態度が、礼儀等に厳しいおじ様は気に入らないかもしれない。

 おれが一人冷静に班長さんについて分析する中、班長さん以外の鋭撃班員戸惑いの声を上げ、真顔の班長さんとおじ様を交互に見比べる。

 これにおじ様はゆるりと不敵な笑みを浮かべ、感嘆の声を上げた。



『ほう――――不遜たるその態度こそ気に食わぬが、それなりの慧眼は持ち合わせている様であるな』

「お褒めに預かり光栄だ、串刺し公。悪ぃが俺は身分だ血族だクソめんどくせーもんで自分を偽る気はさらさらねーからな。このままの態度を取らせてもらうぜ」

『我を前にして言動を改めぬと公言するか…………肝の据わった兵士ぞ。

 ――――良い。特例として許す』



 あくまで傲岸不遜とした態度を貫くという、大胆不敵な班長さんの気構えに敬意を表し、聞きようによっては貶しているようにも聞こえるその言動を許す、と宣言したおじ様は、マスさんとは違う意味で班長さんを気に入ったようである。

 どことなく嬉しそうに口角を吊り上げるおじ様と、澄ました顔で表情一つ変えない班長さん。

 数秒間見つめ合うことで、おじ様は班長さんの器量を見出したのか。

 ふ、と目を閉じたかと思えば、次にまぶたを開けた時、橙の双眸を挑発的に輝かせていたおじ様は『さて』と唱えこう続ける。



『語ってもらうではないか。この「世界」や怪物達、貴様らの属する「組織」からサイドフェイスという摩訶不思議な力についてまで、包み隠さず――――無論、虚偽は許さぬ』



 最後の言葉に重圧を込め、如何に己が本気であるか音程と響きを持って知らしられた、抑制感のある空気の中。

 どこまでも堂々と、班長さんは発言する。



「その前に一つ、俺から質問がある」



「ヒト間違えをした…………」と気まずそうに視線を漂わせる、班長さん以外の鋭撃班員。

 班長さんは申し訳なさそうな表情をしている班員を置いて、おじ様――――ではなく。

 おじ様と班長さんのやり取りを傍観していたおれに、問う。



「この串刺し公はテメーのSFか?」

「……………………いや」



 名前ぐらいしか知らない相手の質問に、答えていいのか。

 目線を左隣に移したところ、おれより他人と相対する経験を積んできた武人は目配せで許可を下ろしたので、おれは自分の知っている力について隠し立てせず話す。



「おれの力は、おじ様の力。亡霊であるおじ様の力を使うのが、おれの力…………なのだらしい、です」

「――――そうか」



 ――――理解した。

 そう唱えた班長さんは品定めするような目でおれを眺めた後に、仕切り直すように足を組み腕を組んで椅子に踏ん反り返る。



「まずは『この世界』について話してやる」



 驕った口調であれど優雅さを感じるその声音は、どうしてか。

 不思議とおれの胸に、直接落ちていくものだった。

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