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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
一章 灰色の空と橙の炯眼
14/79

ーー3

「恩返しを、するためだ」



 槍を、突き刺した。

 化け物の頭に。



「おれは、こんなに無価値なおれを愛してくれた人に恩返しをするために――――生きなければいけないんだ」



 ジャングルジムから飛び降りると同時に、すぐ近くでジムを這い登っていた化け物の頭に十字架槍を突き刺し、そのまま化け物諸共おれは地面へ降り立った。

 着地するおれの下で、踏み台になった化け物の遺体はぴくりと痙攣し、地面に血溜まりを広げていく。

 刺し貫いた頭部から十字架槍を引き抜いたおれはおじ様がしていたように、軽く槍を振るい血糊を払った。

 腥い、鉄と泥の混じった匂いが鼻腔を刺す。

 どうやら化け物にも個別性があるらしく、夕方に倒した寄生虫の化け物とトカゲの化け物では血の匂いが異なるようだ。

 微妙な、発見だった。



『ほう――――恩返し、とな?』



 望む通りの展開になり上機嫌なおじ様は、ジムから降りる化け物二体に向けて槍を構えるおれの隣でふよふよと浮かびながら、満悦そうにほくそ笑む。

 寄生虫の時と同じ、生き物に手をかけた罪悪感とそれ以上の高揚感の間に立たされているおれは、生き物を殺して充実感を感じている自分自身の異常性を認識しながら答えた。



「…………正確には、幸せになるところを見届けるまで。それまでおれは生きて、あの人を守らないといけない。それが唯一、おれに出来る恩返しだから」



 おじ様は問う。




『――――たとえその者との約束を違えようとも?』

「――――破ってでも」

『他のものを殺してでも?』

「――――殺してでも」

『その末に己が独り、死に果てようとも?』


「――――死んででも、あの人が幸せになれるなら」



 投げかけられる問いに、おれは笑う。

 こんなおれが死んで、あの人が幸せのなれるなら――――それはなんて幸福な光景だろう、と。

 幸せな未来を想像して、笑う。


 別におれが自殺願望があるとか、そういうわけじゃない。

 出来ることならおれも生きてあの人が幸せになるところを見届けたいし、その瞬間を祝福したい。

 しかし、人生というものは何が起こるか分からない。

 もしかしたらおれが今ここで化け物に襲われて死ぬかもしれないし、明日あの人が事故に遭って帰らぬ人になるかもしれない。

 ただ。

 おれは、


 ――――あの人に降りかかる、全ての不幸を防ぐものになりたかった。



「…………ごめんなさい、母さん」



 唯一護りたいと思った人へ謝罪を呟き、十字架槍を握り直す。

 おれに今のおれをくれたその人は、何も知らなかったおれに人として生きるための全てを教えてくれた。


 家事の仕方。人との関わり方。意思表示の仕方。

 悲しい時は泣いていいこと。

 辛い時こそ笑顔でいること。

 孤独であることの寂しさ。

 誰かといることの楽しさ。

 規則を守ること。約束を守ること。

 人を手にかけてはいけないこと。

 生き物を殺してはいけないこと。


 その、忠実に守ってきた教えを破ることを――――許して欲しいとは言わない。

 おれは自分の意思で、教えられたことに背くのだから。

 だけど、謝らせて欲しかった。

 こんなおれにいろんなものを教え、与えてくれた母さんに。


 謝っておれは、命を殺そう。

 そして前へ進む。

 貴女を、護る為に。



『ぬ…………騒ぎを聞きつけたか。五体ほど雑魚が増えるぞ我が子よ』



 高熱を帯びる両眼を見開いて狙いを定め、十字架槍を投げたおれにおじ様は言う。

 投擲した槍が一体のトカゲ型化け物の胴体に突き刺さることを確認する間もなく前方へ駆け出したおれは、こちらに向かって這い寄ってきたもう一体の化け物の横を全力で通り過ぎた。

 激痛に藻掻く槍の突き刺さった化け物の背に飛び乗り、槍を引き抜いたおれはそのまま脳天目掛け十字架槍を刺して、確実に絶命させる。

 足の下で動かなくなった化け物を一瞥し、方向転換してきた化け物を十字架で殴りつけ、怯んだ隙に口内を貫通する形で槍先を差し込み、抜く。

 そうやっておれの出来る限り全力で化け物二体を葬ったところで、両眼の灼熱が全身に巡り始めたおれは悠々と傍観しているおじ様に目をやった。



「…………五体?」

『うぬ、上から来るぞ』



 おじ様が夜天へ人差し指を立てた直後、頭上に冷気を纏っているような不気味な気配を感じたおれは、直感的に十字架槍を真上の空へ垂直に投げた。

 ブシャッ、と鋭い槍の先が肉を貫く音り

 ぎゃッ、という悲鳴に似た鳴き声が聞こえたかと思えば、ぼたぼたと頭の上に生温かい液体が降ってくる。

 腥く滑り気のあるそれは、僅かな街灯の光で確かめると血であるようだった。

 ぼとりと、すぐに目の前に落ちて来た十字架槍の刺さった塊を見れば、コウモリに似た濃灰色の化け物が横たわっている。

 胴体に赤い筋を浮かび上がらせ、顔の中心から腹にかけて人の耳を生やした、体長五十センチメートル程の化け物。

 心臓のある辺りを槍に貫かれて、血色の泡をぶくぶくと吐きながら虚ろな目を剥いたコウモリから槍を引き抜き、頭上を仰ぐと、闇に混じって四つの羽を持つ物体が飛行しているのが見えた。



「……空からか…………」



 これは難しいな、とおれは零して夜空の中の濃灰色を睨む。

 地上にいる敵ならまだしも、空から飛来してくる敵となんてシュミレーションすらしたこと無いし、そもそも化け物と戦うなんて状況になることすら考えたことも無かった。


 これまでなんとか五体の化け物を殺したおれだが、どれも偶然仕留められたからに過ぎない。

 ここは歴戦の戦士であるらしいおじ様に槍を返し、おれは援護に回った方が良いか――――そう考えおれがおれと同じように空を見上げているおじ様に視線を向けると、故はおれの考えを見透かしたようにあっけらかんと言ってのけた。



『ぬ? 我に槍を返したところで我はあの怪物を串刺しに出来ぬぞ? 力が雑兵と同等にまで弱体化しているのでな』

「…………だけど」

『怪物の気配を読めるのは長年経験と勘故のものぞ。衰えた我は支援に徹底し、若い力を育てるのが現在において得策である』



 おれが問いたかった疑問を先読みして説明し、依然として動じない、余裕綽々な態度で滑空してきたコウモリの突進を避けたおじ様は『そも』と、コウモリの急降下を身を大きく翻すことでギリギリ躱したおれに言う。



『多少を迷いを振り切り良い顔つきになったが、まだお前は己の力について自覚していないであろう』

「……いや、だから…………」



 自分への戸惑いやら恐怖ですっかり本来この公園に来た目的を忘れていたおれは、しっかりおれの力とやらについて覚えていたおじ様に、繰り返した言葉を紡ぐ。



「……おれなんかに、おじ様のような屋根と屋根を渡ったりとか、槍を造ったりとか、そういう力はあるわけが…………」



 ないから、と続けようとした言葉はコウモリが火を吐いてきたことにより中断した。

 サッカーボール大の火の玉を吐いてきたコウモリに「あれ火吐けるのか!?」と内心驚きながら慌てて方向転換をするおれは、最早これゲームの世界だなと開き直り、コウモリの化け物を警戒し構える。

 火の玉と急降下による突進。

 この二つを気を付けなければ、と気を引き締めるおれの隣に、おじ様は立つ。

 おじ様は腕を組み、考える素振りのまま話し出した。



『実は我が槍は他人が触れると棘が生え、触れた人物の手足を串刺しにする性質が備わっている』

「え」



 突然の衝撃的カミングアウトに、思わずおれは自分の手を見た。

 棘は生えていなければ刺さってもいない。しかし心拍数は急増した。

 おじ様、おれ、おじ様の槍にかなり触ってるんですけど。


 ドギマギしながらおじ様をおそるおそる見上げると、おじ様は説明書でも読み上げるように言葉を続ける。



『敵兵に擦り傷でも負わせ棘を体内に侵入させ、こちらの合図一つで内側から串刺しにすることも可能。地面に突き立て槍の城壁を造ることも可能。無論、棘から複数の槍を精製する事も可能だであるが――――ところで何故お前は我が槍を振るい無傷でいられるのか、分かるか?』

「…………わかりません」



 実はかなり恐ろしい十字架槍の使用方法について聞かされたおれが若干慄きながら、正直に答えると、おじ様はにんまりと口角を吊り上げさせ笑った。



『それは、お前が我が力を使っているからぞ』

「……………………ぬん?」



 少し、言葉の理解に時間を要した。


 火の玉を放つコウモリに向かって走り、辛くもその軌道を読み、飛んでくる火の玉の間を掻い潜るように体を捻ったおれは大きく槍を振るう。

 槍先は手前にいた二体の足を擦った程度で、大したダメージは与えられなかった。

 素早く後ろへ跳ぶおれに突進してくる別の一体に向けて、構え直しているために帰ってくる槍で斬りつければ、胴体を掠める十字架槍。

 それをいつでも振るえる体勢を整えながらさらに後退し化け物達と距離を置いたところで、ようやくおじ様の発言を処理できたおれは半信半疑で唱える。



「おじ様の力を、おれが?」

『うぬ』

「…………どうやって?」

『推測であるが、初めて触れた時に我とお前の間で何かが繋がった感覚を得た。恐らくその時に何らかの変化が生じ、我が力をお前が支えるようになったのであろう』

「それは…………」



 ――――それはもしかして、おれがおじ様の力を奪った事になるのか?


 一つの疑念が生じるおれの心を見抜いたかのように、おじ様は微笑む。



『我が子よ、お前が案じているような事は何一つとて起きていない。我は元より死んだ身。亡霊と成った己を認識した時より、生前のような力は失われている事は知っていた。故に、我が無力なのは時の流れによるものである。

 しかし、お前の使っている力は我が生前に振るっていたそれである。すなわちどういうことであるか?


 引き出しているのだ。お前は。


 我を通し、我が失った力を。

 かつて我が振るっていた力を。

 故に、それは今お前の力である。

 紛うことなき、お前自身の。


 ――――亡霊が失った力を自在に振るう力。

 それがお前の力であり、お前自身を示すもの。

 お前だけが扱える、唯一無二の才能ぞ』



 何を言っているのか、全然分からなかった。


 あまりにもおじ様の語った話は非現実的で、突飛過ぎた。

 ただでさえ化け物に亡霊と有り得ない事が起きているのに、僕に力があるとか。

 その力はおじ様が失った力だとか。

 亡霊が失った力を自在に使える、だとか。

 あまりにもその話は現実から離れ過ぎていて、おれの理解の範疇を超えていた。

 そんなの、信じられるわけがない。

 そんな突拍子もない幻想(ファンタジー)を、信じられるわけがないのだ。


 ――――だけど。

 おれの才能を信じて語るおじ様は自慢げで、どうだとばかりに誇らしげで――――力強く。

 絶対的な信頼が、そこにはあった。

 おれには非相応な、信頼が。


 その絶大な誇りの込められた声と眼差しに、おれの信じている現実は揺らぐ。

 おれの知るおれ自身は、希望に塗り潰される。


 ――――もしかしたら、なんて。


 そんな不可解で突拍子もない力があるかもしれない、なんて。

 烏滸がましくも、思ってしまう。

 強い力があったら、なんて。



 そんな力がおれにあるなら、どれだけ幸福だろうか――――なんて。



(……もし、そんな力が本当におれに備わっているとしたら)



 おれは、護りたい人を幸せに出来るだろうか。

 護りたい人を護ることが、出来るだろうか。


 おれは、生きていていいのだろうか。


 そんな幸せな想像が、希望が、彗星のように頭の中に流れて、心が浮かされる。

 無性に歌を歌いたい気分になって、頬が綻ぶ。

 もしも、そんな力が本当におれにあったら。

 こんなおれにもやっと、生きる意味が出来るのだろう。

 こんな出来損ないでも、生きている価値があるのだろう。

 そんな、力がもしもあったら――――



「…………そんなことは、あるわけはないんだろうけど」



 再び放たれた火の玉を避けながらおれは呟く。

 何度も放たれれば流石に暗所でも、目が慣れるもので、続いて滑空してきたコウモリ型の化け物の追撃を槍の十字架にあたる場所で殴りつけたおれは闇に隠れるように降下してきた一匹の羽に傷をつけて、四匹の化け物から離れる。

 身体中に、両眼から送られた熱が循環している。

 羽衣を纏っているかのようなその熱が全身から力を溢れさせているのだと、感覚で理解しているおれは槍を握っていない右手を化け物に向けた。



『やはり、虎視眈々とこの時を狙っていたか』



 流石我の子よ、と傍らで機嫌良く口遊むおじ様に見守られながら、おれは自然と頭の中に浮かんで来た情景を目の前の化け物と重ね合わせる。



 ――――それは、血染めの丘に並んだ凄惨な光景だった。

 目を塞ぎたくなるようなおぞましい行為の劇場。

 ずらりとどこまでも並ぶ槍と、それに突き刺さったかつて生きていた者達の、悲惨な、成れの果て。


 ある者は不誠実によって。

 ある者は不正によって。

 ある者は淫売によって。

 ある者は欺瞞によって。


 身分人種老若男女問わず、全て均しく貫いた制裁の杭。

 その全ては平等に哀しみ、憎まれ、憤怒の末に――――断罪された。

 一人の、武人によって。


 彼は人々から畏怖を込められこう呼ばれ、残虐を謳われた男はその名を、己の力であり分身である槍に銘した。




「――――“串刺(カズィクル・ベイ)し公”」




 

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