LOVEと忍者
それから、隣の会場に向かうと、モニターに驚くべき事が表示されていた。様々な言語の中に日本語での表記もある。
『アメリカ対イタリア戦は、両選手側の都合により三十分、時間を繰り下げます』
それを見た狼は、内心少しだけ意気込んでいただけに、出鼻をくじかれた気分になった。
「三十分か・・・」
微妙に短いようで長い時間だ。
「三十分もあるんだったら、外の屋台行かない?ただ座ってるだけも、つまんないし」
鳩子が少しウキウキとした声でそんな提案をしてきた。
アリーナの外には、海外から来る人をもてなす為のイベント会場や、屋台などが幾つも出されていて、アリーナ周辺が一種のイベント会場になっているのだ。
「まぁ・・・そうだね。軽くお腹も減ってきたし」
お腹を擦りながら狼が同意すると、小世美やデンメンバーが無邪気に喜んでいる。
「いやぁ~、狼が「えっ、持ったないからやめようよ」とか言い出したらどうしようかと思った~」
「あはっ。狼くんケチだもんねー」
「僕はケチじゃない。節約してるだけなんだから」
狼がちょっと胸を張って、そう言うと小世美が合いの手を入れてきた。
「さすが、黒樹の主夫だね!!」
「うーん、その言われも、僕的には否定したいとこだけどね・・・。あっ、如月さんはどうする?」
狼が雪乃の方を向いて訊ねると、雪乃は少し考えるような素振りしてから
「せっかく誘って頂いて申し訳ないのですが、私は大丈夫です。まだお腹も空いてませんから。私は席に座ってますから、どうぞ、みなさん行ってきてください」
そう言って、雪乃が柔らかな表情で笑ってきた。
「飲み物とかは平気?」
小世美が続けて雪乃に訊ねると、雪乃は会場内にある自動販売機を指差した。
「ええ。もし喉が乾いたら傍にある自動販売機で買いますから。お気遣いありがとうございます」
そう言って、雪乃は狼たちを優しく手を振って見送ってくれた。
雪乃に見送られながら、狼たちが会場の外に行くと、辺りがザワザワとざわついている。
「なんだ?」
狼たちが顔を見合ってから、騒ぎがある方に向かうと、そこには日本人の姿はなく、海外の人たちが群がっている。
その中心には何故か、柾三郎の姿があった。
「柾三郎先輩、こんな所でなにやってるんですか!?」
狼が群がる人たちの間を割って、声をかけると柾三郎は俊敏な動きで狼の隣にやってきた。その間にも、海外組から握手喝采が起きている。
「なんで・・・いきなり人気者になってるんですか?」
大体の予想を頭に浮かべながら、一応訊ねてみる。
「いや俺にも理由は分からないが、たまたま木の上を跳んで移動していたら・・・
「明らかにそれだろ!!理由!!」
「あー、忍者って未だに外国ではウケるらしいからね」
鳩子が納得したように頷いている。
「あはっ。よかったですね先輩。いつもはダサいと思われてる網シャツも、海外ではハイセンスになるかもしれませんよ?」
季凛がいつもの毒舌混じりのコメントを言っている傍では、小世美が目を丸くして感動している。
「いけない。忍者は影で動く存在。その存在が露見してしまうのは・・・一族にとっても恥だ」
「こんなところで、木の上を移動したら、普通に目立つだろ・・・」
苦渋そうな顔を浮かべている柾三郎を横目に見て、狼は小さくツッコミをいれた。しかも狼たちがこうして話している間にも「クチヨセ」「ミズグモ」「カゲブンシン」などの言葉を言いながら、映画で見るような印を組む手つきをして、笑っている。
その声に反応した柾三郎が一言、言い放った。
「印を組む手が逆手だ。愚か者!!」
日本語でそう言われた為、海外組には意味が伝わってないらしく、お互いの顔を見合って、首を傾げている。それを見た柾三郎は印のポーズをしている外国人の前に立ち、レクチャーで印のポーズが間違っているということを教え始めた。
さっき、影の存在だとか、目立つのは恥だとか言ってたけど・・・・あれ、明らかに目立ってるだろ。
狼は内心でそう呟いた。
だが、意外と柾三郎自身も満更でもない様に見えるし、良いコミュニケーションにもなっているとも思う。
「まっ、好きにやらせて置いて、僕たちは何か食べ物を買いに・・・」
狼がそう言って、この場から離れようとした瞬間、グイッと首元を掴まれた。
「黒樹よ。今日は特別に忍法の神髄を見せてやろう」
「えー、別にいいですよ。興味ありませんから」
「なに、遠慮するな」
「遠慮じゃないですよ!!」
首元をがっしりと掴まれながらも、狼は必死に抵抗してみるも、柾三郎から放たれた暗雲のような物に、身動きを止められてしまった。
あれは一体、どういうことなのかしら?
希沙樹は一人、会場近くにあるテラスのベンチで考えていた。
思い浮かべるのは、先ほど見た真紘と見知らぬ顔の女子のやり取りだ。あの時の真紘はとても苦い顔をしていた。
あんな顔の真紘を初めて見た。その事が自分をこんなにも動揺させている。これは女の感という物が危険信号を出しているのかは、分からない。
だが、あの時希沙樹は確かに感じ取ってしまったのだ。
あの子は真紘にとって、とても大切な存在であることに間違いないと。
希沙樹は邪推をしたりはしない。少なくとも真紘に関してのことだけは。それくらい希沙樹は真紘と一緒にいる時間は長い。少し自分でも長く居過ぎたと感じるくらいに。だからこそ、真紘は自分の事を恋愛対象として見てくれないのではないのか?そう思ってしまうくらいだ。
だが今さらそんな事を考えても意味はないし、嫌だとも思わない。
その時間こそが、希沙樹にとっての最大の強みなのだから。
「そのはずなのに・・・」
真紘に抱きついていた女子を見た時、やはりそこには何かがあると感じてしまった。
彼女は真紘に何かを求め、真紘はそれを拒むようにしてはいるものの、それを答えようとする。そんな意思を希沙樹は感じ取ってしまった。
でもそれが好意に繋がっているかといえば、微妙に思う。そう思ってしまうのは真紘が誰かに好意を抱いている姿を見たことがないからなのか。そう考えると、そうかもしれないと思ってしまう。
「駄目ね。今からこんな弱気になってたら」
そう呟いて自分を叱咤するものの、希沙樹からは溜息が漏れた。
本当にどうすれば自分の想いが真紘に届くのだろうか?
むしろ、その兆しはあるのだろうか?
そんな弱音が、どんなに内心で否定をしても出てきてしまう。
けれど、この想いだけは誰にも譲れない。譲りたくない。
真紘がいたからこそ、自分はここにいるのだから。
きっと真紘と会わなければ、今の自分がどうなっているかは分からない。もしかしたら、自暴自棄になって、自ら命を絶っていたかもしれないと思うほどだ。
そう、希沙樹にとって真紘は生きる生きがいなのだ。
そう、真紘がいたからこそ五月女希沙樹という存在を認められたのだ。だからこそ、真紘にはどんなに感謝してもしきれないし、尽くしても尽くしきれないと思う。
「真紘はわかっていないようだけれど・・・・」
そう呟いて、希沙樹は小さく笑った。
自分の抱いている気持ちなど、第三者から見ればすぐに分かるというのに。それくらいわかりやすい自分の気持ちを当の本人は、まったく気づいていない。
きっと真紘に自分が気持ちを伝えれば、真紘はあっけらかんと「俺もだ」とすんなり答えるだろう。だが、それは希沙樹が求めているものではない。
あくまで真紘が言う「好き」とは人としてであり、自分の気持ちとは別物だ。Likeとloveではあまりにも違いすぎる。
「これが真紘じゃなかったら、一発殴ってるわね」
まぁ、自分が真紘以外を好きになるかも怪しいところではある。そのため、希沙樹は再び小さく笑った。
「最初から長期戦になることは予想していたし・・・・ここまで来たら引き下がれないわ」
その言葉は女としてのプライドだった。
そして、希沙樹は勢いよくベンチから立ち上がると、いつものピンとした姿勢でアリーナの中へと入って行った。




