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アストライヤー  作者: 星野アキト
第五章

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波紋

 狼たちと離れた雪乃は一人、日本の控室の前に立っていた。そして、ノックをすることもなく扉を開いた。

「初めまして。私は如月雪乃です」

 ぺこっと、頭を下げた。顔を上げた雪乃は静かに笑っていた。

「……俺に何か用か?」

「随分、冷たいんですね。輝崎君」

 その言葉に対しての真紘の言葉はない。無言のままだ。

「そんなに動揺しちゃいました? ……あの子に会った事?」

「貴様……何者だ? なぜ……彼女の事を把握している?」

「うふふふ。私があの子と貴方の事情を知っている事がそんなにおかしいですか?」

「ああ。おかしい。俺とあのお方の事は九卿家と公家の方しか知らないからな」

 真紘の言葉に雪乃は愉快そうに笑っている。

「……何がおかしい?」

「いえ、すごく怖い顔してお話をしているので、つい……」

 雪乃は真紘の顔を見てクスクスと笑ったままだ。

 その姿を真紘が不愉快そうにみていた。

 そんな真紘に雪乃が静かに近づく。そして、そっと真紘の頰に手を添える。

「……あの子に、負い目でも感じてるんですか? 今さら?」

「負い目だと?」

「ええ。そうです。輝崎くんは今でも感じてるはずですよね? だって、あなたは……あの子を……」

「やめろ! 言うな!!!」

 外にも聞こえるほどの大きな声で、真紘が怒鳴った。

 雪乃は一瞬、きょとんとした顔を見せたが、またしてもくすりと笑った。

「これは貴方が選んだ道なんですよね? それとも、あなたのお父様が決められた事なのでしょうか?」

 真紘は苦虫を噛んだように首を振る。その否定がどちらのものかは言わないが、雪乃にとって、それはどちらでも構わないことだ。

「このまま輝崎君も、貴方のお父様と同様、無情の徒のような人殺しにでもなるおつもりでしょうか?」

「何?」

 真紘が怪訝そうに雪乃を睨みつける。

「父は貴様が考えるような人殺しなどではない」

「そうですか。今はそう思い込んでいても、一向に構いません。私は。ーーそれに私は貴方を気に入りましたよ」

 そう言いながら、また一歩と呆然と立ち尽くす真紘へと近づき身体を密着させる。そして、雪乃は自身の顔を近づけて真紘の頰を舌で舐め、そのまま真紘の口に自分の口を押し付けた。




「本当に……最悪だ」

 アリーナの席へと戻った狼はがっくりと肩を落とした。

「まぁまぁ。運が悪かったとしか言いようがないよね」

 狼の肩を叩きながら、鳩子が声を上げて笑っている。

「笑いごとじゃないよ。柾三郎先輩たちに付き合ってた所為で、アメリカとイタリアの試合……見そびれちゃったんだから」

 狼はそう言って、再び深い溜息を吐いた。

 アリーナの外で柾三郎に掴まった狼たちは、一時間ほど海外の観客に混じり、忍法芸につき合わされていたため、その間にアメリカとイタリアの試合が終わってしまったのだ。

 勝敗はアメリカの圧勝。

 試合時間はたったの二十分。どんな試合をしてそんな勝ち方をしたのか。狼はそればかりが気になった。

「誰か、試合の様子を撮ってたりしないかな?」

 狼がぼんやりとした声でそう呟くと、隣にいた名莉が口を開いた。

「私が情報記録してそうな人、探してくる」

「え、いいよ。なんか申し訳ないし」

「大丈夫」

 そう言って、名莉はすっと立ち上がってどこかへ走って行ってしまった。

「なんか、当てでもあるのかしら?」

 走り去って行く名莉を見ながら、根津が首を傾げた。

「さぁ。ちょっと僕にもわかんないけど……、いつもメイに気を遣わせちゃってて悪い気もする」

 狼がそう言って唸ると、季凛がニヤッとした笑みを浮かべて

「あはっ。ねぇ、どうして名莉ちゃんがそんなに一生懸命にやってくれると思う?」

「メイが優しいからじゃないかな。ほら、メイってあんまり表情には出さないけど、仲間思いだし」

 狼がそう答えると、季凛がげんなりとした顔をして狼を見た。

「えっ? なんだよ、その顔……」

「あはっ。狼くんに発想力っていうのが、芽生えないかなぁ~と思って」

「発想力って、どんな発想力だよ?」

「あはっ。もうこれは論外だね。けっこう末期患者だよ」

 冷ややかな笑みを浮かべる季凛にそう言われ、狼は押し黙った。そのくらいの気迫が季凛から出ている。いや、先刻の希沙樹とのやり取りの後から、微妙に季凛の機嫌が悪い気がする。

 だからこそ、狼は何も言い返せない。

 そこに極め付けの言葉で季凛が、こう言い放った。

「あはっ。狼くんって本当にヘタレだよね」

「うっ」

 胸に突き刺された痛みに耐えるように、狼は身を縮こませた。

 すると、そこで狼の端末が光った。

 メッセージ?

 狼がすぐにメッセージを開くと、周からの物だった。

 内容は『十分後に選手待合室へと集合』という物だ。そのメッセージの下には待合室へのルートが記載されたデータが添付されている。

「みんな、ごめん。集合が掛かったから、僕もう行くね。メイにもそう言っといて。じゃあ」

 そう言って、指定された場所へと狼が向かった。

 待合室へと入った狼は、一瞬で顔を引き攣らせた。

 お、怒ってる。

 言わずとも怒っているのは綾芽だ。綾芽は刃物のような鋭い目つきで、狼を見てきた。

「あの、僕……そんなに遅かったですか?」

 狼がそう訊ねたが、綾芽は答えず待合室にあるモニターへと視線を移した。

「気にするな。黒樹。九条は未だに戦えていないことに苛々しているだけだ」

 そう答えたのは、先ほど散々忍法を披露した柾三郎だ。

「はぁ。ーーあれ?」

 狼は部屋を見渡して、疑問を口にした。

 部屋を見る限り、真紘の姿が見当たらない。真紘だったら狼よりも早く来て待機していてもおかしくないはずだ。

「あの、真紘は?」

 隣にいる柾三郎に訊ねると、柾三郎は首を傾げた。

「さぁ。奴にしては珍しいが、まぁ来るだろう。きっと奴にも行方から連絡は行っているだろ」

「そうですよね」

 そう言って、狼は待合室にあるモニターへと目を向けた。

 モニターには、今行われているフランスとエジプトの試合が行われていた。そしてそれを見ながら、綾芽がじれったそうに親指を噛んでいるのも見えた。

 綾芽とは少し違うが、狼もモニターを見ながらもどかしさを感じていた。

 この試合が終われば、二次トーナメントとなり、初戦である日本と先ほどイタリアに圧勝したアメリカとの試合が開始されるのだ。

 否が応でも緊張してくる。

 するとそこに

「少し遅れちゃったかな?」

 と言って、慶吾が入ってきた。

「條逢、時間はきちんと守れ」

 平坦な調子でやってきた慶吾に、周が渋い顔をして注意している。

「あはは。ごめん、ごめん。ちょっと頼まれ事しちゃってね」

「まったく」

 慶吾の態度に少し呆れながら、周はそれ以上、深くは言及をしなかった。

 そしてそれに遅れること十分後、真紘がやってきた。

「あ、真紘。遅かったね」

「ああ……、すまない」

 少し下を向いている為、真紘の顔は読み取れないが、妙に真紘から流れる空気は重い。

 だが、狼はそれ以上ここでは何も訊かないことにした。

 もしかしたら、真紘に何かあったのかもしれないが、ここで訊くことでもないような気がする。

 すると、モニターから地味に爽快な音が流れると、色んな語学の言葉が流れ日本語でのアナウンスが流れた「選手の方は、ゲート前へと集合してください」

 そのアナウンスを聞き、狼の緊張は一気に高まる。

 ついに、自分たちのWVAが始まるんだ。

 一唾呑みこむだけでも、力がいる。そんな緊張感が狼の身体を奔っていた。

 そして、先ほどまで苛立っていた、綾芽が不適な笑みを浮かべながら

「では、戦場へと参ろうぞ」

 そう言って、ゲート前へと足を進めた。


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