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仲間

「あいつ、大丈夫かしら?」

 ピグレットの談話室にあるソファーに座り、ぽつりと根津が呟いた。

「どうだろ?相当、ダメージ受けてたみたいだし・・・まぁ、無理もないだろうけど」

 鳩子がソファーの前にあるテーブルに頬杖を立てながら答える。

 さっき廊下で狼とすれ違った。根津と鳩子も起きている狼と会うのは、あの模擬テストの日以来だった。

 狼が救護棟に運ばれた後、二人とも病室には行ったものの、その時は、まだ狼の意識は戻っていなかったからだ。

 でも、そのとき根津も鳩子も少しの安堵感を感じていた。

 もちろん、意識が戻らないということは心配だったが、それよりも、狼にどんな言葉をかけたらいいのか、わからない気持ちの方が強かったからだ。

 トゥレイターと戦っていた狼は、普段の小言が多い狼とはまったく違った。あの時の狼はまるで別人のようだった。

 それに狼があの時、使っていたBRVは見たこともないような規格外の物だった。

 大きさと比例するようなあの威力も、到底Cランクである狼が使える代物とは思えない。あれはゆうにAランク以上の武器だ。

 それを狼は使っていた。

 医者の話によれば、狼が気絶してしまったのもあの大技による精神ダメージからだと聞いた。だがそれが逆に死人を出さなかった理由でもある、狼が気絶したことにより、狼が放った攻撃は無効化され、それによって、敵にも逃げられたが、真紘も一命を取り留めることができのだ。

「あんなBRVがあったなんて・・・・」

 根津はもう一度、狼が持っていたBRVを思い出した。そしてそれと同時に、あの冷めきった狼の顔も思い出した。

 あの顔を思い出すだけで、背中に寒気が走る。根津はそれを振り払うようにかぶりをふった。

「そういえば、メイっちはまた真紘のところ?」

「多分ね・・・」

 真紘が重体になってから、名莉はずっと傍に付き添っている。今もきっと真紘の所だろう。はっきりいって、あんな重体になっている輝崎真紘を見たことが根津にはなかった。多分、名莉もないだろう。

 それは名莉と五月女希沙樹、二人の様子を見ればすぐにわかった。あの三人は高等部に入るまで三人で行動していることが多かった。だから、名莉を二軍の教室で見かけたときは、正直驚いた。

 根津は昔、どこかで名莉の家は、アストライヤーとの繋がりが強い家系というのを噂で聞いたことがある。だから、真紘と一緒にいるのも納得していたし、それに加え、名莉の成績は幼少部の頃から優秀だった。

 そのため、女子の間では、『一軍間違いなし』と噂されていたのだ。

「ねぇ、ネズミちゃん」

「なによ?」

「これ噂で聞いたんだけど、メイっちと真紘って・・・・親同士が決めた許嫁なんでしょ?」

「えっ、嘘?」

 鳩子から出た言葉に、根津は思わず目を丸くしてしまう。

「らしいよ・・・まぁ、本当かもね。あれだけ心配してるし」

 確かに。もし、その噂が本当なら名莉が心配するのも理解できる。けど・・・・

 それなら、名莉は狼のことをどう思ってるのだろう?もしかして、憎んでいたりするのだろうか。

 そう思うと根津はなんとも言えない苦い気持ちになった。

 根津はずっと誰よりも強くなろうと、自分なりに努力を重ねてきたつもりだ。だから、強くなるために練習もしてきた。そのせいか、根津は恋というものを知らない。周りの友人の中には、真紘に恋焦がれている者もたくさんいたが、根津はそれをどこか遠くで見ていたような気がする。

 だから、実際、今の名莉がどんな気持ちになっているのか想像もつかない。

 けれど、もし許嫁である真紘をあんな目に合わせた狼を名莉が憎んでいるなら、自分がなんとかしないといけない。そう根津は決心し、手で拳をつくった。

「なーに、一人で決意固めてんの?」

「べ、別に・・・」

 鳩子に図星を突かれ、根津は慌てて返事をした。

「あーあ、バレバレ」

「なっ」

「ネズミちゃんって、嘘つくの下手でしょ?」

「うっ」

「やっぱりね。だと思った」

 悔しいが言い返す言葉がない。そのため、鳩子が意地悪い笑みを浮かべて根津を見ている。

「だから、一人でなんでもやろうとしなくてもいいんじゃない?ろくに嘘一つつけないくらい不器用なんだから、誰かに頼った方がいいと思うけど?」

「そうだけど・・・誰に頼れっていうのよ・・・」

 口を尖らせながら、小さい声で呟くと鳩子が呆れたようにため息を吐いた。

「こんなこと言うってことは、あたしに頼れって言ってるの!意味わかる?」

 少しむっとしながら、鳩子は照れくさそうに顔を赤らめている。

 それを見て根津は、小さく吹いた。

「ナニガオカシインダ、コノヤロウ」

「なに照れてんのよ?」

「うっさい」

「でも・・・ありがとう。頼りにしてるわ」

 そう言うと、鳩子は腕を組み鼻を鳴らした。その反応にまたも笑いそうになったが、そうすると鳩子がヘソを曲げかねないため、堪えた。

「仲良く話してるところ悪いんだがね、ちょっといいかな?」

 扉がある方から声が掛かり、根津と鳩子が一斉に振り向く。すると、扉の横になっていたのは、学校のモニターで見たことのある人物だった。

「「理事長!」」

 二人は驚いて、すぐさま立ち上がる。だが、それを豊は手で制した。

「いいから、いいから。椅子に座っていたまえ。別に私が来たからといって、立つ必要なんてないんだからね」

「でも・・・」

 豊の言葉に根津が渋るような声を上げると、豊は優しく笑みを作った。

「君は真面目だね。実に良い事だ。でも、今回は座りながら話そうじゃないか。少し長くなりそうだからね」

「わかりました」

 そう言って根津と鳩子が椅子に座ると、豊もソファーの近くにあった木製の椅子に腰かけた。

「あの、それで私たちに話すことって・・・」

 恐る恐る根津が尋ねると、豊が口を開く前に鳩子が口を開いた。

「狼・・・黒樹君のことですか?」

 その言葉に、根津ははっとして豊を見た。

 豊はニヤッとして

「その通り。君は中々、勘が鋭い方だね~」

 と冗談っぽく笑った。

 それを見ても、鳩子の顔は真剣なままだ。

「では本題に入ろう。いきなりだが・・・君たちは彼が持っていたBRVが何なのかわかったかな?」

「正直、わかりません」

「私も・・・」

 根津が先に答えてから、鳩子も俯きながら答えた。

「だろうね。あれはイザナミの原型モデルとなったイザナギというBRVだよ」

「え・・・」

 思わず根津は声を漏らしてしまった。

 イザナミの原型モデル?

 イザナミは輝崎が使用しているBRVでBRVの中でも最強と称される代物だ。そんな最強のBRVであるイザナミに原型モデルが存在するなんて話は聞いたことがない。

 だが、この学園の創立者でもある宇摩豊が言うなら本当なのだ。

「まぁ、君たちが驚くのも無理はない。あれは本当なら世には出ない代物だからね」

 そう言った豊の言葉とは反対に口調は、どこか軽々しい。

「世に出ないってどういうことですか?」

「うーん、あれはねぇ、武器としてはイザナミを凌駕するくらいの質と攻撃力を誇っているけどね。その分、使用者にも相当な負担もかかるし、扱いもかなり高度な技術を必要とするんだよ。だから、質や攻撃力もイザナギよりは劣ってしまう代わりに、使用者への負担を軽減させたのがイザナミなんだよ」

「そんな物をどうして狼が・・・?」

「多分、あの日地面の割れ目に落ちた時に、地下で保管されていたイザナギに触れてしまったんだろうね。それでBRVに意識を取られあんな威力の高い技を放ったと・・・」

「ちょっと待って下さい!」

 声を上げたのは根津だった。

「なにかな?」

「意識を取られたってどういうことですか?」

「その言葉通りの意味だよ。さっきも言ったが、イザナギを扱うのは難しい。イザナギをコントロールできるくらい、精神面も強くないといけないんだよ」

 豊の説明によれば狼はイザナギに触れたことで、狼の因子が急激にイザナギへと流れ、武器に因子を流すという事に慣れていなかった狼がショック症状を起したのだ。そして狼が意識をなくしたと同時にイザナギ独特のシステムである使用者保護プログラムが発動してしまい、イザナギと共に狼が暴走してしまったらしい。

「じゃあ、あの時の行動は狼がやりたくて、やったわけじゃないってことですか?」

「そういうことだね」

 豊の言葉を聞いて、根津はほっとしていた。

 そうか。そういうことだったのかと。

 これでやっと、狼と会ったときにかける言葉が見つかったと思った。確かに全てをイザナギ、武器の所為にするのは間違ってはいるが、それでも意識を乗っ取られていたという事実が、狼や自分たちの気持ちを軽くするには十分すぎる。

「ほっとしている所に、水を差すようで悪いけどね、言っておくべきことがある」

「なんですか?」

 身構えるような気持ちで、豊を窺う。

「イザナギは彼のBRVになった。ということはつまり、彼がまた今回みたいなことを起こしてしまう可能性だってあるということだ」

 確かにそうだ。

 この大惨事を起こしてしまったのは、使用者である狼の力量がイザナギに追いつけなかったことにある。

 でも、だからといって、また自分は悩むのか?

 結成したばかりとはいえ、『デン』のリーダーなのに?

 こんなにも頭を抱えて悩んでいる自分は自分らしくない。なら言うことは決まっている。

「私が責任を持って、狼を強くします。そしてそれでも駄目で狼が今回のように暴走したら、その責任は私が取ります!」

「実に頼もしい言葉だが、そこまでする理由はなにかな?」

「デンのリーダーですから」

「それだけの理由で、彼の責任を全て自分が引き受けるというのは、君にとっても荷が重すぎると思うけどね~」

「それは・・・」

 そうだ。

 鋭い言葉に根津は、言葉を詰まらせる。

「ただ単純に、ほっとけないんですよ」

 言葉を詰まらせている根津の代わりに、鳩子が答えた。

「上手くは言えないんですけど・・・狼って頼りがいがなくて、でも、小言が多くて、うるさいけど、優しいっていうのは分かるから・・・その・・・」

 だんだん、声を小さくしていく鳩子に豊は、静かに微笑んだ。

「君たち二人の気持ちは、なんとなくだが理解したよ。君たちを困らせてしまって、すまなかったね」

「いえ」

 思っていたよりあっさりと豊が引いたことに、鳩子は呆気にとられた。豊はそんな鳩子を見て、愉快そうに笑っている。

「彼は良い仲間を持ったものだ。君たちのような人が近くにいれば、黒樹君も今度意識を乗っ取られても大丈夫だ」

 そう言いながら豊が高笑いをしていると、ドサッと何かが床に落ちたような音が部屋に響いた。音がした方に全員の視線が向かう。

 視線を向けた先には、荷物を床に落として立ち尽くしている名莉が立っていた。

「・・・さっきの話は本当?」

 呆然とした表情をしながら、名莉は誰と言うわけでもなく尋ねる。

「ああ、本当さ」

 名莉の問いに、豊はすんなりと答えた。

「私、狼にひどいこと・・・言った」

 途切れ途切れの声は、何かを思い返しているような雰囲気を感じさせる。

 もしかしたら、狼と何かあったのかもしれない。そう根津は思った。

「へぇ、君が誰かに感情をぶつけるというのも珍しいね。そんなに輝崎君がやられてしまったことがショックだったのかな・・・」

 豊の言葉は質問ではなく、名莉を意地悪く揶揄するものだった。その言葉に名莉は視線を下に下げる。

 その光景を根津は、どこか客観的に見ていた。今、近くで椅子に座っている豊は、普段モニターで見ているときと、印象が180度変わった。モニター越しで見ている時は、テンションが高いが、優しい人だと思っていた。だが、ここにいる豊は小意地悪な人にしか見えない。

「やれやれ、私も若者相手に悪ふざけが過ぎたかもしれないね。・・・では、私はここで失礼するよ。後の事は君たちでじっくりと話し合うがいい。人生というものは長いからね」

 胡散臭い言葉を残して、豊が部屋から出て行くと、しばしの静けさが部屋に流れる。その静けさは穏やかな物ではなく、すごくピリピリとした重苦しい静けさだ。

 その重たい空気を裂くように、根津が口を開く。

「ねぇ、名莉・・・」

 名前を読んで呼びかけると、名莉からは返事がない代わりに視線が根津へと向けられた。

「さっき、狼にひどいこと言ったって言ってたけど、それは本当に輝崎がやられたからなの?」

「そう、かもしれない。でも、違うの。それだけじゃない」

 名莉の表情が苦しそうに歪む。

「狼が逃げて、遠くに行こうとしたから」

「そう」

 哀愁が籠った名莉の声に、根津は居た堪れない気持ちになる。

 さっき根津は豊かに言ったのだ。

 自分が狼を強くすると。

 だが、狼が強くなる前に逃げてしまったら?

 もし、逃げて遠くに行ってしまった狼を、どうやって自分は強くするのか?自分のやってしまったことに、負い目を感じている狼を無理矢理引き留めることが、自分にできるのか。

 根津は固く口元を結ぶ。

 だが、それを見かねてか鳩子根津の代わりに言葉を紡ぐ。

「ネズミちゃんとメイっちは、このままあいつが逃げると思う?」

「そんなのっ」

 逃げないで戻ってくると信じたい。でも、その言葉が言えず、根津は奥歯を噛みしめる。

「私は、思う思わないとかじゃなくて、逃げないで欲しい。そうじゃないと、私は狼に謝れないから」

 静かに名莉はそう言った。

 そして、その名莉の言葉を聞いて根津は小さく笑いを溢す。

「そうね、そうよね。あいつがこのまま逃げたら、あたしはあいつを怒れなくなるもの。だったら、あたしもあいつが逃げないことを望むわ」

「じゃあ、全員同じ意見ということで」

 満足そうに鳩子が笑う。それにつられて根津も笑うと、名莉も強張った表情が穏やかな表情へと変わった。

 そのとき

「ここかっ!」

 と妙に息を切らした狼が入ってきた。




 時間が少し戻り、狼は小世美との電話を終え、名莉に謝りに行こうとしていた。

 多分、名莉がいる所は真紘の病室だろう。そう思い救護棟がある方へと足を運ばせているところに、後ろから豊がやってきた。

「やあ、偶然」

「こんばんは」

 手を振ってきた豊に、軽く会釈をする。

「ほー、その様子だと何か吹っ切れたのかな?」

「ええ、まぁ」

 苦笑しながら答えると、豊は満足そうな顔をした。

「それは、なによりだ。それより、君はどこに向かおうとしているのかな?」

「ちょっと、救護棟の方に」

「輝崎君のところかな?」

「そうですけど。ちょっと別の人にも用事が・・・」

 言葉を濁すと、豊の口元が一瞬笑みを浮かべたように見えたが、豊はすぐに口元を隠し唸り始めた。

「ん~~~、それはもしかして、羊蹄君にかな?」

「えっ、あー、まぁそうですけど・・・ってなんでわかったんですか?」

「それは、私が魔法使いだからだよ」

 うわっ、自分のことを魔法使いとか言っちゃってるよ・・・。と狼は心の中で呆れながら口にする言葉を慎重に選ぶ。

「・・・・・別にそういうのは、求めてないです」

「あっそう」

 やっぱり、この人との会話は疲れる。

 狼はそう思い、短いため息を吐く。豊との会話が疲れるというのは、今に始まったことではない。だったら、上手く話を流そうと決めた。

「それで、話がないようだったら、僕、もうこれで失礼したいんですけど」

「おーっと、待て待て、待ちたまえ」

 狼が踵を返して、歩き始めようとすると、豊は狼の腕を掴み引き留めた。

 このやり取りは・・・・

 狼は以前にも同じようなことをされたことを思い出していた。ここで、無理矢理、豊の手を振りきって進もうとしたなら、また手錠をされかねない。

 だったら、される前に立ち止まった方がましだ。

「いったい、なんですか?」

「はは、今日はやけに素直だね~。感心、感心」

「どうも」

「それでなんだが、実はさっき私は羊蹄君に会ったんだよ」

「え?」

 思ってもいなかった言葉に狼が面食らう。

「はは。そんなに驚かなくてもいいだろう。理事長である私が可愛い生徒に会うのは当然ではないのかな?」

 確かにそうなのだが、なんとなく名莉と豊という組み合わせに違和感を覚える。

「それで、羊蹄さんとはどこで会ったんですか?」

「ああ、彼女とは部室棟前で会ったから、もしかしたら、まだいるかもね・・・」

「そうですか。ありがとうございます」

 狼は豊にお礼を言い、部室棟の方へと走っていく。

 そのため

「ちゃーんと、ヒントを見て羊蹄君の所まで行くんだよ☆」

 という豊の呟きは、狼の耳に届いてはいなかった。



 走って部室棟前までは、来たもののそこに人気というものは皆無だ。

「もしかして、寮に帰ったのかな?」

 呟き声を出しながら、辺りを確認する。だが、そこには暗闇の中に建つ無人の部室棟しかない。

 いないとは思うが、一応ダンが使用することになっている部室小屋の前に行くと、扉の前に白い紙が落ちている。

「なんだ、これ?」

 落ちている紙を拾いあげ、見てみると活字体で文字が書いてある。

『ヒントその一、君の探し人は長い廊下がある場所にいる!』

 そんなことが書いてあった。

「こんなの全然ヒントになってないじゃないか!長い廊下なんて学校ならいくらでもあるし」

 さっき豊に会ったのは、偶然でもなんでもなかった。きっとこの馬鹿馬鹿しい用紙を見せるために、待ち伏せをしていたのだろう。

 豊の気まぐれに付き合っている気分ではないのに。

 でもこれを辿って行かないといけないのだろう。豊のことだ。名莉に上手いこと言ってどこかに待たせているかもしれない。

 呆れながら嘆息をつき、仕方なく狼は校舎へと向かった。

「長い廊下と言ったら、まずはここだよな・・・」

 校舎の廊下を歩きながら進む。

 歩きながら狼はつくづく思う。豊という人物はやりたい放題な人だということを。

 ただでさえ、施設内の全てを管理システムで管理しているのに、こんな夜中に校舎に入れるはずがない。それなのに校舎の鍵は解除されていた。

 つまり管理システムを弄ったということになる。管理システムに介入できるのは特定の教官しかできないことになっている。

 それにも関わらず、こんな下らないことをするために、弄れるのは理事長でもある豊だけだろう。

 狼はとことん呆れるしかない。

「さて、次のヒントはどこだ?」

 辺りを見渡しながら廊下の端まで行くと、壁にガムテープで何か貼り付けてある。

「次はこれか・・・。まったく壁にこんなの貼り付けて~」

 狼は一人でぼやきながら、次のヒントを見る。

『よくぞ、ここに辿りついた!あっぱれ!さーて次のヒントその二、中庭の中心で天を仰げ』

 狼はヒントの紙を手で丸め、制服のポケットへとしまった。

 いったいこのヒントを幾つ見れば、名莉の元へと行けるのか、少し先が不安になる。

 それから狼は合計64個にもなるヒントを通りながら、やっと最後のヒントを経て寮へとやってきた。

 寮の談話室まで行くと、名莉を含め根津や鳩子といった面々が揃っていた。

「ここかっ!」

 息を切らしてやってきた狼を不思議そうに三人が見つめている。

「ちょっと、狼、アンタなんでそんなに息切らしてるのよ?」

 驚嘆な表情を浮かべながら、根津が訊ねてくる。

「ちょっと、騙されて・・・」

 狼は顔を少し背けながら、ここにはいない人物を恨んだ。

「狼・・・・・・」

 少し戸惑い気味な声で名莉が口を開いた。だが、それ以上、名莉が何か言葉を口にする素振りはない。名莉は口元を噤みながら、申し訳なさそうに目線を下に下げている。

 狼は短く息を吐き、名莉の元に近づく。

「メイ、ごめん」

 突然、言われた言葉に名莉は目を丸くして狼を見た。

「こんな言葉で許してもらえるとは、思わないけど・・・僕は気づいたんだ。僕はメイが言うように、ただ単純に逃げようとしてたってこと。僕がやってしまった事の重大さに押しつぶされたくなくて、認めたくなくて。でも、だからってここで逃げたら自分は後悔するってこと気づいたから。だから、僕はもう逃げたりしない」

 狼は強い意志を目に宿して、名莉を見る。

 名莉は、そんな狼に目を見張っていたが、眉を潜めて頭を俯かせた。

「私は狼に謝ってもらう資格なんてない」

「そんなことないよ」

「あるの。私はあの時、狼がどんな状況だったかも知らずに、ひどいこと言った」

 その言葉を聞いて狼はすぐに理解した。

 名莉はあの時の言い合いを後悔していることを。そしてそのことで名莉に気を遣わせていることもわかった。

 そのため、狼は少しどんな対応をしていいのか迷う。

 そして迷った挙句、狼は俯いている名莉の頭をそっと撫でた。

「メイがそんなに気にすることないよ。あれは僕が悪かったんだから」

「でも・・・」

 名莉は苦しげに息を詰まらせ、変わらず俯いている。

「メイ、ちゃんと体休ませてる?」

 前髪から少し見える名莉の表情はやや疲れている。

 いきなり話を変えて、困らせてしまうかもと思ったが、他に良い言葉が見つからなかった。

 名莉は黙ったまま、こくんと頷いた。

「そう。なら、よかった。でもあんまり無理しないようにね」

 狼はへらりと笑うと、丁度顔を上げた名莉と目が合った。

「あんなにひどいこと言ったのに、狼は許してくれるの?」

「許すもなにも僕は元々怒ってないよ。むしろ僕が許してもらう立場なんだし」

 狼がそう苦笑しながら言うと、曇っていた名莉の表情が穏やかな表情へと変わった。

「私も、もう怒ってない」

 そう言いながら、名莉が微笑を浮かべた。

「あー、よかった、よかった。これで仲直り完了だね」

 横で狼と名莉のやり取りを見ていた鳩子が手を叩きながら、会話をまとめる。

 鳩子が話をまとめてくれたことに、狼は心底助かったと感じた。

「じゃあ、次はあたしの番ね」

「あたしの番って?」

 何故か胸元で拳を作っている根津を、狼が首を傾げて見ていると、横から思いっきり殴られた。

「ぐはっ」

 予想外の出来事に狼の思考はついていけず、そのまま尻餅をつく。

「なんで、殴るんだよ!」

 殴られた意味がわからず、狼は口を尖らせた。

「なんで?って言った?」

 尻餅をついている狼を上から見下ろすように根津が見ている。

「言ったけど・・・」

 見下ろしてくる根津に負けじと根津を見つめ返す。

 すると、根津は深々と嘆息を吐き、それから言葉を吐いた。

「あたしが殴りたかったからよ!」

「え?え――――――――――――――――――――――っ」

 あまりの身勝手な理由に狼は目と口をあんぐりと開いて驚愕する。

 つまり、自分は殴られ損をしたということだろうか?

 もしかしたら、自分が気づいてないときに色々と気を遣わせてしまったかもしれないが、だからと言って、殴ることはないのに、とも思う。

 しかも、どうしてこんな根津は不機嫌そうにしてるのだろうか?

 普通なら部員同士のいざこざがなくなったのだから、喜ぶべき場面のはずだ。

 それなのに、根津は不機嫌そうにしている。

「ネズミちゃん、ナイーース」

 と意味がわからない相槌を鳩子が取っている。

 そんな二人の行動の意味を理解していないのは、狼だけではないらしく名莉も不思議そうに二人を見ている。

 狼は座り込みながらため息を吐き、久しぶりに感じる疲労感と空腹感を感じながら、これ以上何かを考えるのをやめることにした。


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