ガールズ ザ パンドラ 1
海から吹く風は夏の色が濃くして、小世美の頬を掠めすぎていく。防波堤近くを歩いているせいか、風の中に海のしょっぱさが混じっている。
小世美は髪を手で押さえながら、足を止めた。
「オオちゃん、今頃何してるかな?」
自分の家族である狼を思いながら、今では習慣になってしまった言葉を呟く。狼が東京の学校に行ってしまってから、まだ数ヶ月しか経っていないが、小世美にとって、その時間は恐ろしいくらい長く感じた。
小世美にとって、狼はどんな言葉で表そうか迷ってしまうくらい、大切な存在だ。
そしてそんな狼は、自分とずっと一緒にいることが当たり前の存在で、今いないことが可笑しいと思ってしまうくらいだ。
だからこそ、家に狼がいないことが不自然で仕方ない。
狼とは、電話などでやりとりはしているが、それも毎日とは行かない。電話を掛けるのにも、お金がかかるし、狼は最近、なんだか忙しそうだからだ。
狼から聞いた話によると、『デン』という部活に入り、頑張っているそうだが、その話の中に登場するのは女子のみで、なんだかとっても腑に落ちない。
それを島の友達である森下理沙に相談すると
「狼のやつ、小世美という者がいながら~~」
と拳を作り、唸っていた。
島の友達=狼の友達でもあるため、理沙はよく狼についても知っている。だからこそ相談したのだが、逆に理沙を怒らせることになってしまった。
そして理沙曰く、狼は東京に言ってスケコマシになったのではないか?とも言っていた。
「うーん、オオちゃんがスケコマシ・・・」
小世美は唸りながら、狼がスケコマシになった姿を想像してみた。
両腕に見たこともない女子を、抱える狼。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まったく似合わない。
そういうのは、もっとカッコいい人がやるものだと小世美は思う。それを恋愛方面に疎い狼が出来るとは、思わない。
いや、想像が出来ない。
家に帰って、父である高雄に理沙と話したことを言うと、大爆笑をされてしまった。
「狼がスケコマシねぇ~。絶対にないな。コヨちゃん、そういうのはお父さんみたいに二枚目がやることだぜ?」
と高雄が決め顔を決めて、言っていた。
高雄が二枚目ということはさて置き、高雄も自分と同じ意見だった。
狼に限って、スケコマシになるような器用さはない。という判断。
「えっと、確か・・・名莉ちゃんに、美咲ちゃんに、鳩子ちゃんに、季凛ちゃん・・・」
狼から出てきた女子の名前を指を折りながら、数える。
4人かぁ。
しかも、狼の話を聞く中で最初の三人は狼に気がある様に思える。直接会ったわけではないから、勝手な推測にすぎないが、少なくとも小世美はそう思った。
仮にその三人が狼のことを好きだと仮定した場合、やはりこれは微妙な状況だ。
オオちゃん、優しいから。
小世美は言葉には出さず、溜息だけ吐いた。
確かに狼は高雄が言うように、二枚目というわけではない。何事にも細かいし
小言も多い。
けれど、そんな狼の良さはずっと傍で見てきた小世美なら分かる。
狼は常に誰かのために、行動できる人だ。
誰かのために怒ったり、悲しんだり、笑ったりできる。そういう人だ。
だからこそ、三人の女子が狼を好きになってしまうのも頷けてしまう。
「むぅ~~~~」
再び唸り、防波堤で頬杖をつく。
海はどんなに見ても海だ。海風を吹かせながら、水面を揺らしている。そんな穏やかな景色を見ても、小世美の気分は晴れない。
「オオちゃんに会いたいなぁ・・・」
ぼそりと本音が口から零れた。
だが、その声は波音ですぐに掻き消される。しかし、頭の中ではさっきの言葉がぐるぐる駆け回って、小世美の思考を支配している。
だからなのか。
狼が学校の話をするとき、胸が締め付けられるように苦しくなるのは。寂しさが喉元まで込み上げて、言葉として出してしまうになる。
その気持ちを押し殺し、明るく振る舞うが、内心ヒヤヒヤとしていた。
自分が無理していることを、電話の向こうにいる狼に気づかれたら・・・
きっと狼なら気にしてしまう。
そんな事はさせてはいけない。狼は今、新しいことに向かって頑張っているのだから。
自分はそれを全力で応援したい。そう思ったからこそ最初は嫌がったが、最後にはそれを受け入れたのだ。
それなのに・・・・
狼が変化してしまう事が、嫌だと思ってしまう。
「私、心が狭いのかなぁ・・・」
自己嫌悪が重りのように、上から降ってくるような気がした。
そのまま、顔を地面へと向け数分。
「よしっ、マイナス思考タイム終了!!」
そうだ。
こんなところでうじうじと考えていても、仕方ない。
今自分がやるべきことは、家に帰ってからの洗濯物の取り込みに、風呂洗い、夕食作り、とやることは多いのだから。
それに、きっとまたすぐに会える。少し成長した狼と。
それを糧に小世美は自分の頬を軽く叩き、夕食の献立を頭の中で反芻させた。
今夜はお父さん、早く帰ってくるといいなぁ。
内心でそんなことを思いながら、防波堤沿いの道路を再び歩き出した。




