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千光白夜

大変申し訳ありません。何故か投稿できない部分があり、こんな変な始まり方に(泣)。

なので、簡単に説明させていただくと、回想シーンが終わり狼たちは寮に向かいます。そこで色々な先輩方と会い、どんちゃん騒ぎした後という流れです。

「うう、気持ち悪い」

 ズキズキと痛む頭を抱え、狼は床から体を起こした。体がこれまでに感じたことがないくらい、硬いし、重い。

 胃から得体の知れない物が湧き上がる感覚を抑え、狼は辺りを見渡した。

 目の前に広がった光景は、狼にとって許しがたい地獄図ができあがっていた。

 床にはアルコール臭を漂わせる液体が零れていたり、食べかすが落ちている。

 机上には、汚れたお皿が散乱していて、見るも無残だ。そんな床にさっきまでの自分を含め、男子学生は、ガーガーといびきをかきながら、寝ていた。

 女子はというと、部屋の端にある大きめのソファーで、座りながら眠っていた。

「こんなに汚して・・・ありえないだろ」

 元々痛みを主張している頭が、さらに悪化したような気がする。

 狼は短いため息を吐いて、部屋を片付け始める。まずは机の上の皿をキッチンに戻し、手慣れた手つきで、濯ぐ。

 皿を洗っている内に、少し緩和された頭と気分で、今度は散らかりきった部屋に取り掛かる。

 寝ている人たちを起こさない様に注意しながら、狼は黙々と部屋を綺麗にしていく。

「まったく、候補生が飲酒なんかして、いいのかよ・・・」

 一人呟きながら、ゴミを分別しまとめていく。

「ふぅ、こんなもんだろ」

 満足そうに狼が一言呟くと、ソファーの端で眠っていた名莉が目を開けた。

「・・・狼?」

「あ、メイ。おはよう」

「狼、なにしてるの?」

「あー・・・、部屋が散らかってるのが、なんか許せなくて」

 狼が苦笑気味に笑うと、名莉は片付けられた部屋を見渡した。

「狼が一人で片付けたの?」

「うん。まぁ。でも、意外と早く片付いたし、たいしたことはしてないけどね」

「そんなことない」

 静かに名莉は首を振る。

「ここにいる人は、掃除なんてしない」

 と続けて呟いた。そんな名莉の言葉を聞き狼は納得してしまった。

 基本、ここに来る人たちは育ちがいい者ばかりだ。だから、掃除というのは自分がしなくても誰かがやってくれるというのが、当たり前になっているに違いない。

 もしかしたら、こんな古ぼけた寮にも掃除係の人がいるのかもしれない。そう思うと少し損した気分にもなるが、係りの人が来るまで放置というのも気が進まない。

「いいんだよ。僕がしたくてしたんだから。褒めることじゃないよ。でも、ありがとう」

 狼が名莉に笑顔を返すと、名莉も柔らかい表情を作り頷いた。




 朝のすっきりとした気分とは一転、狼は教室でSHRを受け、気分が曇っていた。

 どうしよう・・・

 悩んでいることは、他でもない。BRVのことだ。

 昨日、デンのみんなで倉庫を探しても、自分と合ったものは一つも見つけられなかった。

 これは、大問題すぎる。呑気に次の日、探せばいいという問題ではなかった。

 今朝、教室のモニターに映し出された連絡事項には、今日の三限目の授業は、一年の一軍、二軍共に各自のBRVを使用した模擬テストらしい。

 模擬テストでは、入学前に行われたテストよりも、実践に近い形で行う。

 そのため、自信のBRVの持参が必須になっている。

「嘘だろう・・・。初っ端から、榊に怒られるのか?僕・・・」

 机に肘をつき、頭を抱える。

 そこに、スタスタと名莉が近づいて来た。名莉は狼の机の前に立ち、狼と同じ視線になるようにしゃがみ込む。

「狼、大丈夫?」

「大丈夫・・・とは言えないかな」

 くぐもった声で、答えると名莉は表情を変えず狼の頭を優しい手つきで撫でた。

 頭を名莉に撫でられ、狼は気恥ずかしくなる。そのせいか、頭を抱えたまま狼は名莉の方を見れない。

 だが、自分がなにか落ち込んだことがあったとき、小世美も同じように頭を撫でていてくれた。そしてそういうときの小世美は、すごく年上に感じたのを憶えている。

 だからなのだろうか。

 こんなにも誰かに頭を撫でられるのが、気恥ずかしいのは?

「狼、耳が赤くなってる」

「えっ、嘘っ?」

 慌てて顔を起こし、耳に触れる。

 確かに、耳を触ってみると少し熱を帯びている感覚が手に伝わる。

 こんなんじゃ、顔を隠したって照れているのが一目瞭然じゃないか。

 島での友人にも、よく『わかりやすい』性格と言われていたが、自分がここまでわかりやすい性格とは自覚していなかった。

 狼が無造作に口を動かしていると、すっと名莉は両腕を伸ばし狼の頬を包むようにして持つ。人形のような瞳で狼を見る。

 狼は一瞬、息を呑むようにして名莉を見つめ返す。

 すると、名莉の口が動き

「・・・落ち着いた?」

 と訊いてくる。実際は落ち着いたというよりも、一瞬の出来事に何も反応ができなかったという方が正しい。だがそんなことは言えない。

 そのため、名莉の両手に持たれたまま、狼はこくこくと頷くしかなかった。

 頷いている狼を見て、名莉は少し柔らかい表情になり手を離した。

「さっきから二人でなにしてるのよ?」

 首を傾げながら、根津と鳩子が声をかけてきた。

「いや、別になにもしてないけど」

 と狼が答えると、鳩子が

「本当に~?仲良しそうに見えたけどなぁ」

 と悪戯っぽく、笑っている。

「別にそんなんじゃ・・・」

「あれれ?狼くん、顔が少し赤いような・・・」

「べ、別に赤くないよ」

 鳩子からのからかいの言葉に、狼は慌てて否定する。けれど鳩子の顔はますます憎たらし良い笑みを作っていく。

 狼は鳩子の笑みに、いたたまれなくなり、目線を逸らす。鳩子は勝利したかのように不気味な笑い声を出している。そんな鳩子を根津が呆れた顔で見ている。

 だったら、鳩子を止めてほしい。と狼は思った。でも、こんな不気味な笑い声を上げている鳩子に関わりたくないに違いない。

 そんなことを狼が思っていると、別の形で鳩子の笑い声は止まった。

「あんた、三限目の模擬、どうするわけ?」

 腰に片手を添え根津が、狼の悩みの種について聞いてくる。

「そのことだけど、僕もどうしようか考えてる途中なんだよね・・・」

「そう。でもまぁ、見つからなかったんだから、素直に見つかりませんでしたって言えば、一回くらいは、大丈夫でしょ」

 そう言って、根津は苦笑している。

 きっと、ネズミも自分のことを心配してくれていたのだろう。そう思うと狼は少し嬉しくなった。

「なに、笑ってるのよ?」

 顔を緩めた狼に根津が、首を傾げる。

「え、だって嬉しいじゃないか。友達に心配してもらえるって」

「別に部の代表として、当然じゃない」

 そっぽを向いてしまった根津だが、怒ってるわけではないらしい。その証拠に微かに見える口元は笑っている。

 ネズミも僕と同じか。と狼はくすっと笑ってしまう。

 だが、根津や名莉たちのおかげで一人で考えていたときよりも、気分がすごく軽くなった。狼は腕を後ろに伸ばし、肩の力を抜く。

 やれることをしよう。

 狼は自分の心の中で、自分に言い聞かせるように呟いた。




「ネズミ、大丈夫?」

「・・・大丈夫」

 グラウンドの隅で、体育座りですわっている根津に狼が声をかける。大丈夫というわりに根津の声はすごく静かで、落ち込んでいた。

 グランドの隅は日陰ということもあり、ひんやりと肌寒い。だが、そんなことも気にしてない様に、根津は遠くを見ている。

 鳩子と名莉は、模擬テストの担当である教官に、根津の体調が悪いため少し休んでからテストを受けるというのを、伝えに行ってもらった。

 といっても、根津は体調が悪いというより落ち込んでいる。

 それは、三限目に入る前の休み時間での、ちょっとした揉め事のためだ。

 休み時間に、ジャージに着替え終わった狼たちがグランドに出ると、そこでばったりと時間が被っている一軍の生徒と鉢合わせしてしまった。

 一軍の中には当然、輝崎真紘の姿もあった。

 真紘は、モニター越しで見るよりも、ずっと整った顔立ちをしていて大人っぽい。その所為で狼は自分が子供っぽいような気がして委縮してしまう。

 だが、狼とは反対に真紘は友好的な笑みを狼に向けてきた。それから手を振り名莉にも微笑んでいる。

 狼の後ろにいた名莉も、真紘に手を振り返している。

 やっぱり、仲良いんだなぁと狼がしみじみ感じていると真紘の横で、こっちを鋭い視線で睨んでいる女子と目が合った。その女子は絵に書いたような優等生で顔も美人だが、こっちを威嚇するようなきつい表情をしている。

 狼と目が合うと、睨んでいた女子はすぐに目を逸らす。その女子に狼が怪訝な表情を浮かべていると、隣から根津の苛立たっている声が上がった。

「ちょっと、いつまでもそこにいられると迷惑なんだけど?」

 すると、真紘以外の一軍の生徒が、一気に顔を強張らせる。

「まったく・・・昔からおまえの取り柄は、威勢だけだな」

 と一人の男子が根津の前に行き、呆れたように頭を押さえている。

「別にあんたに、関係ないでしょ!それにいちいち人を下に見下してる態度辞めて貰える!」

「それは、仕方ないだろ?実際、下なんだ」

「なっ」

「あ~、そういや、貴様は変な活動に参加してるんだっけ?こっちでも、噂になってるぞ?まぁ、どんなに頑張っても上には上がれないから、恥かかない程度にやめた方が賢明だと思うがな」

「うるさいっ!あたしが何をやろうとあたしの勝手でしょ!あんたにそんなこと言われる筋合いはないわ」

「どっちがうるさいんだ?・・・これ以上貴様は喚くな。目障りだ」

 男子は、根津を煙たそうな目で見ている。その態度に狼も怒りを感じ、前に出ようとするとそれを名莉が制した。

「どうして、止めるんだよ?」

 小声で狼が名莉に尋ねると

「あれは、ネズミの問題だから」

「それにしたって、あんな言い方、ひどすぎるよ」

 狼は根津に暴言を吐いた一軍の男子を睨み、歯を食いしばる。根津は誰にでもわかるくらいの負けず嫌いだ。そんな根津が一軍とはいえ、同じ年の生徒に見下されるなんて、耐えられるはずがない。

 それをこの男子は知っているはずだ。この明蘭学園はエスカレーターで上がってきた生徒がほぼ全員のため顔なじみがいるのは当然だ。しかもこの男子の態度を見ても、根津と関わりがなかったということは多分ない。

 だとしたら何故、こんな挑発的なことを言うのか。

 狼は理解できず眉を潜めていると、根津が小さく

「セット・アップ・・・」

 と呟き、自分のBRVを男子に刃先を向ける。

 束の間の沈黙。

 だが、その沈黙は別の音へと変わった。

 根津が男子に刃先を向けた後の数秒で、男子生徒は根津の懐まで移動していた。そして、男子生徒は容赦なく、根津に打撃攻撃を加える。根津は相手のBRVであるトンファーが横腹に直撃し、後ろに勢いよく飛ばされ、そして地面に倒れ込んだ。

「ネズミっ」

 狼は叫びながら、根津に走り寄る。

 走り寄って倒れた根津を腕で抱きおこすと、根津が短い苦鳴を漏らす。

「早く保健室に行こう!」

 急いで根津を持ち上げようとすると、根津は顔を歪めて首を振った。

「平気・・・」

「平気なわけないだろ」

「今、あいつがいる前で保健室に行くなんて絶対に嫌。そんなの・・・そんなの・・・」

 途切れ途切れな根津の声に、狼ははっとした。

「・・・悔しい」

 消え入りそうな声で、根津は顔を俯かせた。狼が抱き寄せている肩は震えている。

 これは痛みで震えているのではない。悔しくて、自分が惨めで震わせている。

 狼はこれ以上、なにも言わないことにした。きっと相手の攻撃を受けたところも痛むはずなのに、根津は痛みよりも悔しさで泣きそうになっているのだ。

 そんな彼女を見たら閉口するしか、狼にはできない。

「まったく、弱者のくせにBRVなんて出すからこうなるんだ」

「そこまでだ!陽向!」

 軽侮の視線を狼たちに向けている陽向を真紘が一喝し、たじろかせる。

「わかっている・・・輝崎」

 ばつが悪そうに、陽向が狼たちから視線を外した。すると今度は真紘が狼たちへと視線を移した。

「すまなかったな、根津、黒樹。後で陽向には俺からよく言っておく」

「いや・・・」

 狼は短く答えるしかなかった。

 それから、一軍は一軍のためのグランドに行ってしまった。

「とりあえず、ネズミちゃんも怪我してるから端で休ませときましょ。きっと、今は保健室には行きたがらないと思うし。だから、狼はここでネズミちゃんを見といて。あたしたちは教官に、ネズミちゃんの体調が悪そうって言ってくるから」

「わかった」

 狼が頷くと鳩子は短く息を吐き、名莉とグランドの中心くらいの場所にいる教官の所に箸って行った。

こんな経緯で、狼と根津は黙ったまま、日陰で座り込んでいる。そういえば名莉は狼と鳩子が話している間、曇った表情をしながら下を向いていた気がする。

 もしかしたら名莉は複雑な心境なのかもしれない。まぁ、無理もないだろう。名莉は一軍にいる真紘と親しいから、どっちかの味方になるというのは抵抗があるに違いない。

 だが、どうして根津はあんなにも、一軍の生徒に対して嫌悪感むき出しにしていたのだろう?狼はそこが気になった。いくら自分たちよりも待遇が良い一軍の生徒だとしても、根津は絶対に僻んだりはしない。そう狼は思う。

 狼が黙ったまま空を仰ぐ。空にはところどころ雲はあるが、綺麗な青色をしている。

「ごめんなさい」

 根津は視線を落としたまま、ぼそりと謝ってきた。

「どうして、ネズミが謝るの?なにも悪いことしてないじゃないか」

「だって、変な揉め事につき合わせて・・・迷惑かけたでしょ。だからよ」

「別に気にしなくていいよ。ネズミにもきっと理由があるんだろうし・・・」

 なぐさめるように狼が答えると、根津は視線を上に上げた。

「あいつ・・・陽向煬(ひなたよう)とあたしは、昔から仲悪いのよ。自分の才能に酔ってて、才能がない奴は屑として見てないような奴。だからあたしは、あいつが昔から気に入らなかったの。それは向こうも同じみたいで、よく言い合いになってたわ。中等部までは自分専用のBRVは使用制限があったから、さっきみたいなのは初めてだけどね。・・・でも、あんなに実力において差があるなんて、思ってもいなかったわ。本当に馬鹿よね。あたし」

 そう言いながら、根津は苦笑している。こんな弱気な根津を目の当たりにして狼はかける声が見当たらない。

 自分はなんて言葉をかければいいのかがわからない。専用のBRVすら持っていない自分が安易な言葉をかけることなんてできない。

 もし、安易な優しさで綺麗な言葉を並べても、根津を元気づけることには繋がらない。そんな言葉をかける方が、根津を辛くさせてしまいそうな気がする。

 狼は根津になにもしてあげられない、自分に対して歯痒さを感じて地面についた手を強く握る。

 だったら、せめて自分のBRVを見つけるしかない。そうでないと何も事態は進展しないと狼は思ったからだ。

 別にアストライヤーになれるような力はいらない。狼が欲しいのは、落ち込んでいる友達、仲間に言葉をかけられるくらいの力だ。

 会話がないまま座っていると、教官の所に行っていた名莉と鳩子が戻ってきた。男子の模擬テストが女子よりも早いというのを聞き、ひとます、狼は根津を名莉と鳩子に任せた。

「よし、クラス番号順に二列になって並べ」

 実技の担当でもある榊が、生徒たちを二列に整列させる。

 並んだところで、榊が狼を呼び練習用のBRVを渡してきた。

「これで、今日の模擬は参加しろ」

「わかりました」

 短く返事をし、狼は列に戻った。

 それから、模擬テストの簡単なルール説明が評価担当の教官からされる。

 模擬テストのルールで、相手が気絶したり、BRVを放した時点で試合は無効となり、放した方の生徒は負けとなる。

 ただ、そのルールで困ったことは、相手が重体になるような怪我をさせてはいけないが、それ以外は力の上限がないということ。つまり重体にならない程度の重傷にはしていいということだ。

 しかも基本、狼以外の生徒は専用のBRVを持っている。そのため狼が持っている練習用の物とは違い、色々な技ができるということだ。

「意気込みを入れたのはいいけど・・・これじゃあ、完全に僕が不利じゃないか」

 気づいた真実に、狼は哀れな気持ちになってしまう。はっきり言って、基本ステータスの違いすぎる自分が、他の生徒とまともな試合になるのか。その点も怪しい。

 しかしだからといって、模擬テストをやめるわけにもいかない。それは百も承知の事実だ。

 だか、しかし・・・

 もっと月日が経ってから、テストを受けたかったのが本音だ。

「はぁ・・・」

 狼は溜息をついてから、周囲の生徒を見渡す。

 見渡した生徒たちは、緊張はしているが、どこか気持ちが高揚しているようにも思える。

 まぁ、無理もない。中等部では使えなかった自分専用のBRVを使えるのだから。

 もし狼にも他の生徒と同じように、専用のBRVを所持していたら、やはり気持ちが高まっていたに違いない。

 だが、今考えているのはあくまで例え話だ。だから、他の生徒の気持ちに同調することはできない。

とりあえず、狼は隣に並んでいた同じクラスの男子生徒と試合形式のテストをすることになった。男子生徒は『セット・アップ』と小さな声で呟き、自分専用のBRVを取り出す。

 男子生徒が手にしているのは、大きなスレッジハンマー型のBRVだ。男子生徒は自分の大きな金鎚型のBRVを肩にあて、狼と向き合った。

 男子生徒の仕草には、まだ少しおぼつかなさはあるものの、その顔は満足そうな顔をしている。

 その顔を見て、狼は少し羨ましく思った。自分も早く専用のBRVを持ちたいと、そう思う。

 だが、今は焦っている場合ではない。狼は息を吸いながら、気持ちを落ち着かせ

「セット・アップ」

 と口にした。すると榊に渡されたブレスレットが反応し、そこからサバイバルナイフ型のBRVが出てきた。

 狼はそのBRVを、握りしめる。

 初めて触ったBRVの感触に、狼は少し躊躇いを感じてしまう。

 いくら練習用のBRVといっても、武器は武器だ。そう感じるせいか台所で握る包丁より重い気がする。

「よし、いくぞ」

 男子生徒は、掛け声とともに狼に向かって、自分のBRVを構えながら邁進してくる。狼はその動きを必死に目で追いながら、相手の攻撃を躱す。

 相手の攻撃を躱したとはいえ、狼にはどう反撃したらいいのか、わからない。狼に攻撃を躱された男子生徒は、すぐさま狼の逃げた方に向き直り、次なる攻撃をしかけてくる。

 それを今度は、腕にかすめそうになりながら避ける。

「避けてばっかじゃ、練習にならないだろー」

「そんなこと言われても・・・」

 相手の不満そうな声を聞きながら、どうにか反撃はできないのかを考える。

 その時、狼の頭の中にさっきの根津と陽向のことが思い浮かんだ。

 あれだったら、自分にもできるかもしれない。

 狼は、次に相手が自分に突進してくる瞬間を待つ。

「そっちが来ないなら、遠慮しないからな」

 威勢の良い声と共に、男子生徒は三度目の攻撃態勢に入る。狼はその場から動かず、できるだけ相手の勢いに怯まない様に、手に持っていたBRVを眼前に持ってくる。

 模擬テストとはいえ、人間同士の戦闘だ。しかも狼にとっては初めての。そのため緊張が体を駆け回り、心拍数が高まる。

 巨大な金鎚型のBRVには、半物質化したエネルギーが平頭側に溜められていく。きっと、あれで一気に決着をつけるだめだろう。

 相手との距離が急激に縮まり、相手は狼の頭の上で巨大なBRVを振り下ろそうとしている。

 そして、頭上に相手のBRVが来た一瞬、狼は動いた。

 確実に相手の懐に入れるタイミングを狼は狙っていた。そう、陽向が根津に攻撃したように、的確に相手を攻撃できる瞬間だ。

 タイミングを外せば、ただの怪我ではすまないだろう。だが近距離用のBRVにおいて、相手とどれだけの間合い取れるかが、勝負の鍵になる。

 そのことを、皮肉にも陽向の動きでわかった。

 狼は手に持っているBRVは使わず相手に肘をたて、体ごとたいあたりする。その瞬間、狼の背後では、相手のBRVから放たれた高熱のエネルギーが地面とぶつかり破裂した。

 相手は狼の行動に不意をつかれたのか、驚駭の声を漏らした。そして手からBRVが抜け落ちて、地面へと落ちる。

 この時点で、試合は無効となり狼の勝利ということになる。だが、狼はせっかく取り出したBRVを使わず、勝ってしまった。そのため、あまり試合に勝ったという感じにはなれないが、相手に怪我をさせず勝てたことは、良いことだと自分に言い聞かせた。

対戦相手は悔しそうな表情をしながら、見学している友達の所に戻ってしまった。

 狼は練習用のBRVを自分の端末に一時戻して、一息ついて鳩子たちが居る所に戻ろうとしたところでミシミシと地響きが鳴っているような音が聞こえ始めた。

 なんだ、この音?

「黒樹、さっさとその場所から離れろ!」

教官である榊の叫び声も聞こえる。

 狼は音の方に視線を向けると驚愕した。さっき男子生徒が持っていたBRVの攻撃で破裂した地面が蛇行するように大きく割れ始めている。

「こんなこと普通、ありえるのかよ!」

 現実味のない出来事に、思わず叫ぶ。そして、狼がその場から離れようとしたときには、もう遅かった。

 地面の割れ目は、すごい勢いで割れていく。狼は必至で遠くへ走るが、地面の割れる速度の方が早く、狼はあっという間に割れ目の中へと落ちていく。

「えっ、ちょっ・・・嘘だろ―――――――ッッ」

 狼の声は虚しく、地面の割れ目と消えていく。

 狼は落下するときに感じる空気の流れや、臓器が浮き上がる感覚。それを生で体験して、自分は本当に割れ目に落ちたということを実感させられた。

 だが、おかしい。

 いくらBRVの攻撃によって、地面が割れたからとはいえ、こんなに深いものだろうか?この落下している時間を考えると、まるで元からグランドの下にものすごく巨大な地下が存在するような深さだ。いや、実際、地下があるのかもしれない。落ちている場所は光などなく左右には暗闇が続いている。そのため目では、本当に地下があるのかすら認識できない。

 そんなことを考えていた狼に、もう一つ頭に過ぎることがあった。

 けっこうな深さのある所に落ちている。ならば、自分はけっこうな高さから落ちていると同じことだ。ということは、このまま底に落ちてしまったら、間違いなく自分の命はないだろう。

 どんどん狼の頭が、冷やされ顔が青ざめていく。

 どうする?自分が今持っているのはナイフ型のBRVだ。それを上手く利用して、着地しないといけない。でも、どうやって?

 どのくらいの高さなのかも把握できないまま、落下するということがこんなにも人の感覚を麻痺させるとは思いもしなかった。

 けれど、このまま何もしないで死んでいくなんて、絶対に御免だ。

 狼は練習用のBRVを取りだし、闇雲に暗闇の中へナイフを突き立てた。硬い土壁に突き刺さる感覚が、腕に広がる。

 未だに落下は続いているが、ナイフが土壁に刺さっていることにより、速度は緩くなった。視界がきかなくても、落ちた場所を考えれば対処は考えられる。ここは地面と地面の間だ。だから、左右には地面の壁が広がっている。

 狼はやっとのこと、割れ目の底にたどり着いたらしく足が底へと着いた。

「これで、命の危機は過ぎたけど・・・」

 ここからどうやって、抜け出そう?

手にしているBRVは硬い土壁のせいでボロボロになってしまっている。

 上を見上げると、飛行機雲が描いたような光の筋が、儚く見える。あんなに日の光が小さく見えるということは、やはりここは相当の深さだ。

 ということは、よじ登るなんてことは、不可能だろう。

 それに、この事態を見ていた教官やら生徒がなんかしらの手段で救出しにくるかもしれない。だったら、ここから動かず座って待っていた方が得策だ。

 とりあえず、狼は土壁にもたれかかりながら座り込む。もたれかかった壁は、ひんやり

としていて、心地よく感じる。

 さっきのテスト試合の疲れもあってか、眠気がじんわり頭から足の先まで伸びてくる。首もがくがくと動く。

 こんなところで、寝たら風邪引くかな?

 それにしても、自分もつくづく間抜けだ。こんな地面の割れ目に落ちるなんて、普通に考えたらありえないだろうし。

 小世美がこのことを知ったら、オオちゃんらしいと言って、笑うかもしれない。知らぬ間に目を瞑っていたせいか、面白そうに笑う小世美の姿が浮かぶ。

 まだ離れて間もないのに、もう懐かしく感じてしまう。

 狼はずるっと音をたて、横に倒れ込むように地面の床に寝そべる。

 すると、この場所には似つかわしくない、なにかボタンを押すようなカチッという音がした。そして、狼が寝そべっていた床が瞬く間に開いた。 

 狼は再び床を失い、風音を切るような音を耳にしながら

「また落ちるのかよ―――ッ」

 落ちた。

 だがしかし、今度はすぐに床へとたどり着いた。狼は落ちた瞬間頭をぶつけたため、頭を抱えのたうち回る。

 目に涙がじんわりと溜まる。しかもさっきの土の床とは違い、大理石のようなつるつると硬い床だった。

 つるつるの床?

 狼はじんじんと痛む頭をおこし、辺りを確認する。

 辺りを見ると、ここは小さな照明器具がいくつかつけられている部屋だということがわかった。照明の数、大きさの割に部屋がだだっ広いため、部屋の中はやや暗めだが、真っ暗よりはましだ。

 部屋には、特になんの装飾もなく床と同じような壁があるだけだ。だが部屋の中央に一つだけ、横長の四角い台の上に布で覆われた物が置いてある。

 あれ、なんだ?

 何もない無機質な部屋のためか、台の上に置かれている物が、物凄い存在感を醸し出している。

 台の傍まで、狼は歩み寄る。

 小さな照明器具に照らされ、小さな埃が空気に漂っているのが見える。きっと、ここは普段から人の出入りがされていないのだろう。

 狼は恐る恐るその布に手をかける。なんとなくだが、狼の中に緊張が走る。得体の知れない物を見ようとしているからか?それともこれは、緊張ではなく、ただ単に好奇心からくるものなのだろうか?

 いや、多分どちらともだ。

 狼は静かに息を吸い込んで

「おりゃあ」

 と勢いづけて、一気に布を剥ぎ取った。

 布の下から出てきたのは、刃先から全てが真っ黒な色をした大太刀だった。しかもその大太刀は、横幅も普通の物より太い。そのため柄のような所はなく、代わりに目釘穴が普通より大きく開いている。

「うわあ、見るからに刀身がデカすぎて、柄も作れず、危ないからそのままって感じの失敗作だな」

 狼は茫洋と独り言を呟いた。

 それにしても

「これって、BRVなのかな?」

 ふとした疑問を口にする。狼がこれまで見てきたBRVは、全て生徒が身に着けているブレスレットから、取り出されたところしか見たことがない。保管庫でもむき出しのまま置かれているBRVはなかった。

 それを考えるとBRVではないのかもしれないが、アストライヤーを育成する場所でBRV以外の武器が置かれているのは、不自然な気もする。

 狼は唸りながら、台の上に置かれた大太刀を凝視する。

 そもそも、どうしてこれはこんな場所に置かれているのだろうか。

 どんなに考えてみても答えは、わからない。

 狼が一人で頭を悩ませていると、上の方から物凄い音で警告音が鳴り響いた。

「なんだっ?」

 いきなりの出来事に狼は頓狂な声を上げ、思わず後ろにあった大太刀を手にする。

 そして狼が大太刀を握った瞬間、ある異変が起きた。

 警告音は、まだ続いている。だがそんなことは気にならない。

 大太刀を握っている手から、全身に痺れるような熱が伝わり身体が焼けるように熱い。その熱は身体だけではなく、狼の意識まで呑みこむ。

 狼は黙ったまま、自分の身長以上ある大太刀を・・・イザナギの刃先を天井へと向ける。すると、イザナギの刃文が淡い青色で光り、そのまま超高圧エネルギーを放出する。

 天井部分は、形も残さないまま吹き跳び、そのまま塵となる。

 そして、地表に巨大な穴を開け、地上への道を作る。道ができたところで、狼は跳んだ。

 一切スピードを落とさず、地上へと抜ける。地上へ出て一番最初に狼の目が捉えた光景は、グランドで模擬テストを受けていた生徒と、黒色をした特殊素材のスーツを見にまとった二人だ。そして、生徒たちの中には、自分のBRVを手に持った、名莉たちの姿もある。

 そして生徒と黒いスーツを着た二人は、上を見上げるようにして狼を見ている。生徒たちの視線は唖然としたものだが、黒いスーツの二人の表情はヘルメットに隠れてわからない。

 狼は自分に注がれる視線を、まったく気にせずイザナギを二人組に向けて、振り払う。

 振り払うようにして出されたイザナギの斬撃は、猛烈なスピードと共に空気を震わせ、相手へと放たれる。

 イザナギからの攻撃を避けようと二人組は左右に別れるが、イザナギの攻撃は大きい。そのため、攻撃範囲が広く避けるのは困難だ。そのことを判断したのか左に離れた一人が、斬撃の中心へと再び走り、肩に背負っていた大剣で斬撃を受け止める。

 狼は静かに地面へと着地し、イザナギの斬撃を必死に受け止めている相手を見る。攻撃を受け止めている相手のスーツは、斬撃の熱に焼かれ切り裂かれる。顔を覆っていた特殊素材のヘルメットも割れ、割れ目から血が流れているのが見える。

 上からでは区別できなかったが、特殊スーツを着ている二人組は男だ。そして未だに狼が放った攻撃を受け止めている男は、攻撃を受け止めながら・・・笑っている。

 なぜ笑っているのかはわからない。

 男が余裕というわけでもない。

 だが、男は笑っている。

 男の表情を、狼はこれまでにないくらい冷え切った顔で訝しんでいた。



 明蘭学園に侵入したのは、紛れもないフォースとイレブンスだ。

「たく、自分がピンチの時に笑ってんじゃねーよ!ロック・オフッッ」

 そう叫びながら、右に離れていたイレブンスが、F2000型のアサルトライフルを構え、特殊加工された銃弾で、イザナギの攻撃を霧散させた。

 イザナギの斬撃が消え、フォースは大剣をおろす。それからフォースは狼の方を向いた。

 狼はおろしていたイザナギの刃先を相手に向け、フォースを睨む。

 だが、フォースは大剣を背中に戻し、手を上げ友好的な態度を見せてくる。その態度に狼は呆気にとられそうになった。

 それはアサルトライフルを持っているイレブンスも同じらしく、フォースの取る行動の意味が理解できていないためか

「おい、なに敵に手なんか振ってんだよ。フォース」

 と咆哮を上げている。

 フォースは腰に両手をあて、肩を少し上下させた。

「おっさん、こっちはあいつが持ってるイザナギを手に入れるために、ここに来たんだぞ?まさか、ここで退散とかないよな?」

 狼を指差しながら、イレブンスはフォースに嫌味を含みつつ言葉を続ける。

「さっきの弾だって、そうほいほい使える物じゃないのは、アンタも知ってんだろ?それを俺は使ったんだ。このまま引き上げるなんて、納得いかないね」

 イレブンスは狼の方に銃身を向け、怒りの籠った視線を狼に浴びせる。

「イレブンス・・・おまえって、若いな~。そんなせかせかしても、良い事ないぞ~」

 まるで他人事のように、緩い口調でフォースは笑っている。

 狼は笑っているフォースを無視して、銃口を自分に向けているイレブンスの方に集中する。頭の中で、自分に襲いかかってくるとしたら、間違いなくフォースではなくイレブンスだ。

 イレブンスは横目で、フォースを見ながら舌打ちし、狼へと視線を戻す。

 狼とイレブンスはお互いを見合ったまま、空気が動くのを待つ。

 そして、空気は動いた。

 空気が動いた瞬間、狼がイレブンスに向け邁進する。イレブンスは自分に向かってくる狼に向け、迷うことなく、頭や首、胸元、足元などを狙って連射してくる。

 撃ってきた銃弾は、先ほどの特殊弾ではなく、見た目は小口径の軍用ライフル用弾。殺傷力は低いものの、当たると内部を回転しながら、大きくえぐる弾だ。しかも、その弾にはイレブンスのゲッシュ因子も含まれているため、殺傷能力面もカバーしているに違いない。だがしかし、そんなものは、今の狼には通用しない。

 狼は容易に、自分へと飛んでくる弾を止まることなく、薙ぎ払う。相手もそれを予想していたかのように、すでに次の攻撃へと移っていた。イレブンスはさっき持っていたライフルとは別の対物狙撃銃型の物に換え、戦車さえも吹き飛ばす銃弾を、狼へと発射する。狼はすばやく飛んでくる銃弾を今度は、真っ二つに切り裂く。

 切られた銃弾は、左右に別れ狼の両端で爆風と共に爆発する。

「へぇ・・・」

 イレブンスは切られた銃弾を見て、思わず狼を感心した。銃弾を切るという行為は、誰でもできるものじゃない。それが戦車でも吹き飛ばすような弾なら尚更だ。だがそれを、イザナギを持って向かってくる狼はいとも簡単にやってのけた。

 そしてさっきの銃弾を切られていた時点で、狼との距離はなくなっていた。イレブンスに向かって振るわれる刃をライフルで受け止める。

 受け止めたといっても、接近戦において銃であるライフルが、接近戦に特化した太刀に敵うはずがない。

 イレブンスは少しずつ後ろに押されながら、大太刀と銃の鍔迫り合いを続ける。それを続けながら、イレブンスは次の策を考えていた。

 考えてからイレブンスは、手に持っていたライフルを放した。

 次の瞬間、少し狼の体が前へとバランスを崩し、イレブンスは身の軽い動きで横へとずれる。それから、再びアサルトライフルを出し、狼の頭へと銃口を向けた。

「どうやら、形勢逆転みたいだぜ?おまえが持ってるイザナギを使っても、俺がおまえの頭を撃ちぬく方が速いだろうしな・・・・おい、そこのやつ、おまえらが下手な真似をしてもこいつの頭に穴が開くぜ?」

 最後の言葉は、二双銃型のBRVを構えた名莉と、同じく青龍偃月刀型のBRVを持った根津にかけられた言葉だ。

 二人はイレブンスの言葉に、身動きが取れなくなりその場に苦い表情を浮かべている。

 それを見て、イレブンスは軽く鼻を鳴らした。

「よかったな、おまえの命が大事だとよ」

 狼は表情が分からないイレブンスを横目で見る。イレブンスは狼の方を見ず、歯がみをしている根津たちの方に向けられている。

 油断している・・・

 そう狼は感じた。

 そしてそれに追い打ちをかけるような言葉が名莉の横から上がった。

「俺の級友を解放してもらおうか」

 この言葉を言ったのは、他でもない輝崎真紘だ。

 真紘の手にはすでに、復元されたイザナミを手にしている。

「そういうんだったら、俺を倒してから、助けるんだな」

 イレブンスの口調は、どこか戦うということを楽しんでいるように弾んでいる。

 真紘は両手で静かにイザナミを構え、イレブンスと見合う。だが、そこに・・・

「ちょっと、俺をのけ者にして、若者だけでやり取りすんのやめてくれる?」

 割れたヘルメットから、半笑を浮かべたフォースが、背中にかけている大剣を持ちながら、ゆっくり近づいて来た。

「おっさんは、どっか行ってろよ。俺の獲物だ」

「なぁ、イレブンス、おまえ知ってるか?二頭追う者、一頭も得ずっていうことわざ。ガキの頃習っただろう」

「そんなこと知るかよ・・・・ロック・オフ」

 吐き捨てるように言い、イレブンスは空いている片方の手に散弾銃を取り出した。

 取り出した散弾銃とアサルトライフルを持ち替え、ライフルを真紘の方に向けている。その間もイレブンスは狼の方から意識を外さない。

 だからこそ、狼はイレブンスの意識が自分から離れる瞬間を待っている。狼の中でわずかな確信があるからだ。

 狼はゆっくり目を閉じる。

 そして、狼が目を閉じた直後。

「まぁまぁ、年長者の戦いを見学してなって」

 と言うフォースの言葉の直後、刃と刃が重なり合う音が荒れたグランドに響き渡る。真紘とフォースの打ち合いは段々と激しさを増す。どちらも距離を取るということはしない。そんなことをすれば相手に打ち込まれる。それが分かっているからだ。

 けれど、相手から距離を取れないというのは、イザナギと違って、刀身が細見のイザナミにとっては、打ち合いが続けば続くほど状況が不利になってしまう。真紘はそのことをちゃんと分かっている。だからこそ真紘は打ち合いをやめ、イザナミにから風圧弾を放ち、相手を後ろへと退かせる。

 上手くフォースを後ろに退かせた真紘は、すぐさまイザナミにゲッシュ因子を流し、高風圧エネルギーを溜める。イザナミへと集まる高風圧エネルギーのためか、大気中の空気がイザナミへと全て収集されているような錯覚に陥る。それほど風の流れは強い。まるで爆弾低気圧の中にいるような感覚だ。

 それを狼よりも近くで感じているフォースは、前かがみの姿勢で気流に飲まれないようにしている。

 大きな気流の流れのせいで、フォースは身動きが取れなくなっている。それをちゃんと見越して真紘は、ゆっくりとゲッシュ因子を溜め、攻撃の密度を練る。

 密度を上げることによって、イザナミは熱を帯び紅く染まる。

 イザナミの刀身の全てが紅に染まった瞬間・・・真紘は放つ。

 大神刀技、朝霧。

 イザナミから放たれた高熱の一閃は、暴風を纏い、地を削り、そして触れた物を粉々に粉砕する。

「まじかよ」

 横にいるイレブンスから焦りの声が漏れ、イレブンスはついに狼への意識を真紘へと移した。

 真紘が放った朝霧は、エネルギーを放出しながらフォースに襲いかかる。

 フォースは自分に向かってくる朝霧とできるだけ距離を取る。そうして少しでも朝霧の威力を散乱させなければ、あの技を受け止めることは不可能だ。朝霧の熱は距離を取っているフォースの所まで届き、髪先を焼く。焼けた臭いを鼻に感じながら

「まったく・・・とんでない攻撃を出しやがって」

 とフォースは後ろへと跳びながら、小さく呟く。

 だが、このくらいのことで怯んでしまうことない。フォースは朝霧との距離を十分に取ってから、立ち止まる。

 そして、フォースは大剣に炎を絡みつかせ、真紘が放った朝霧へと剣を振るう。

 炎爆剣技、鷹ノ爪。

 フォースが繰り出す斬撃は、名前の通り、三本の鋭い斬撃が炎で地面を焦がしながら三叉に別れ、朝霧と衝突し、凄まじい爆風と熱を辺りに撒き散らしながら、真紘とフォースの技は互いを圧し潰し、消滅した。

 膨大な威力を持った技が三発も放たれたグランドは、もはやグランドと呼ぶには躊躇いを憶えるほど、荒れ果てている。

 フォースと真紘は互いに、相手の攻撃の余波を身体に受け、身体のいたるところから血が滲み、滴り落ちている。

 真紘とフォースの激烈な戦闘を見た生徒たちは、まったく動けず唖然とした表情を浮かべていた。

 そんな戦いを繰り広げている二人は、体力の消耗が激しいのか肩を上下に動かし、息を整えていた。だが、これで戦いをやめるわけにはいかない。なぜなら、真紘とフォース。お互い、目の前にいる敵が倒れているわけではないからだ。

 両者とも息を整えると、再び武器を構えなおす。

 だが、次なる一手を加えたのは、この両者ではなかった。

 次なる一手を出したのは、イレブンスから意識を外された狼だった。

 狼はイレブンが完全に自分から意識が離れたことを確認し、イザナギから小さな斬撃を放ち、イレブンスを意図的に、フォースがいる方へと遠ざける。

「てめぇ・・・」

 油断していたイレブンスは、空中に跳んだまま、手に持っていた散弾銃で斬撃を弾く。それから、後ろ足で地面に着地すると、狼に向けて幾重にも重なった音を掻き鳴らしながら、狼へと射撃する。

 そんな一連の動きを、気にすることなく狼は、自らが持つイザナギへと『神の粒子』とも呼ばれる反粒子を一気に充填する。

 そして急速に膨れ上がった反物質を、イレブンスたちがいる方高へ一気に砲撃する。

 大神刀技、千光白夜。

 狼が放った千光白夜は、辺りを光で真っ白に包み込んだ。そして技を放った狼は自分が放った攻撃で、何か起こったのかを知る前に、気を失った。


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