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理事長

もともと狼は島に一番近い公立高校を受験しようと考えていた。

 近いと言っても、島から船で本島に行かなければならなのだが、それでも通えない距離ではないし、島に住んでいる同い年の学生は、近いという理由でその高校に入学するのがほとんどだった。狼も家から近いということと、知人が多いという理由でそこを第一志望にしていた。

 そして、第一志望の高校に合格したのだが、そこの入学手続きをしようと、船に乗り込んでいた時に、海で溺れていた、ここの理事長を見つけ救助した。それが全てのきっかけだった。

 今思うとあれは、わざとだったのではないか?と狼は思う。普通、夏でもないのに海に入る愚か者がいるとは思えない。しかも、助けた時にどこか演技臭さが混じっていた気もする。

 それに加えて

「いや~、君は命の恩人だ。ヒーローだ。私の名前は宇摩豊。明蘭学園の理事長をしている。ということでYOU、私の学園に来ちゃいなよ☆」

とまるで、安いアイドルをスカウトするような軽いノリで言われた。

さすがに、妖しいと思い、乾かしていた制服の上着に袖を通し、そのまま帰ろうとしたが宇摩の手が狼の腕を掴み離さなかった。

「何故逃げようとするんだ?ん?」

答え、妖しいからです。とは言えず、狼は沈黙していた。

そんなドン引きしている狼を気にせず、宇摩豊は上着の内ポケットからある一枚の用紙を出してきた。

「ジャッジャーン。これがなにかわかるかな?」

狼は目の前に出された用紙に書かれた文字を読む。

「入学手続き・・・(特待生)」

「そうそう、そのまま下も読んで」

 言われたとおり、下の文字も読んでいく。

「上記の者は、3年間の学費を免除とする。また教科書も全て学園が支給する。・・・へぇ、特待生ってけっこうお得なんだなぁ」

 スーパーの安売り広告を見ているような気持ちで狼が呟くと

「だろう!じゃあ、決まりだ!」

「なにが?」

「なにがって、はは。君はユニークだな。ほら、もっと下を見て」

「下?・・・えーっと、右の者、黒樹狼は特待生の枠で入学を許可する。・・・・って、ええ―――――――――――――――――――――――――――――――――」

 歯をキラッと輝かせながら、宇摩豊は手でグッドポーズを作っている。

「ちょっと、待ってよ。これなんの悪戯?なんで僕の名前が書かれてるんだ?」

 掴まれた腕を振りほどき、豊の手から書類を奪う。狼は書類に書かれていることは何かの間違いではないか、さっきの場所をもう一度見る。けれどその書類には、紛れもない狼の名前が印刷されていた。

「学園の理事長が、悪戯なんかするわけないだろ?本当に愉快な子だな。それに『黒樹狼』なんていう名前は、なかなかいないと思うけどね」

 と言いながら豊は大口を開けて笑っている。

 狼は沈黙したまま、混乱している頭をなんとか冷やそうと下を向く。

 だが、どんなに考えても明蘭学園なんて聞いたこともない。こんな今知ったような高校に自分の名前が知られているだけで、奇怪なようにも感じる。

 静かに顔を上げ、狼は未だに笑っている豊を見た。

「これ、僕じゃないですよ。名前が偶然に同じだった、まったくの別人です。そうじゃなかったら、おかしすぎますよ。僕にはまったく受けた身に覚えないし」

 まだ少し狼狽した声で否定をすると、豊はふーっと息を吐いて

「いいや。人違いということはないよ。現に君は私を海から助けた。それが事実だ。それに君はちゃんと条件も満たしているしね」

 と答えた。だが、そんな豊の言葉は狼の頭をさらに混乱させるだけだ。

「意味がわからないですけど。答えになってないし」

「いいや。人を助ける意思がある者にこそ、我々が求めるアストライヤーに相応しい。それだけでいいじゃないか」

「アストライヤーって、確か政治で重要なことをしている人たちですよね?よくは知らないけど」

「それは、そうだろうね。アストライヤーの任務は関係者以外、非公開になっているし。まぁ、大雑把に言うと、正義のヒーローのことだよ」

「はぁ」

 豊の説明に思考がついていけず、短い返答しかできない。

 狼にとってはアストライヤーがなんであるかよりも、自分が何故、特待生として入学を許可されているのかが問題だからだ。

 そんな狼の気持ちには、まったく気づいていないように、豊は手を腰にあてさっき溺れていた海を見ている。

「これから、君のお父さんに会いにいかないとね!」

 唐突に吐かれた言葉に、狼は目を丸くしてしまう。

「なんで、父さんに会いに行くんですか?」

「だって、君に入学してもらうには親のサインが必要だからに決まってるだろ」

「僕はあんたの学校に入学するなんて一言も言ってないし。父さんだって許すはずない」

 豊は戸惑いの声を上げている狼に向き直り、肩を力強く肩を叩いた。

 叩かれた肩がやたら、ヒリヒリと痺れる。どれだけの力で叩いたのだろう、と狼は思った。

「君も聞き分けない子だな。もう決まってしまったことだ。男なら受け入れろ!」

「ふざけるなよ。決まったことって、勝手にあなたが決めたんじゃないか!」

 さすがに我慢の限界を超えた狼は豊かに怒鳴っていた。だがしかし、豊は目を閉じたまま何も言い返してこない。もしかして、諦めてくれたのか?と狼が思った瞬間、豊は閉じていた目をカッと開き、顔を近づけてきた。

 近寄ってくる顔を、後ろに引きながら見ているとガチャリという音がした。音が鳴った方に顔を向けると腕に手錠が嵌められている。

 一瞬、ぽかんとしてしまう。そして、豊の方を見ると満足そうな笑みを作っていた。

「えっ?」

「さぁ、君の家に連れいってくれたまえ。そしたら、手錠を外してあげよう」

 ぐいっと片方の手錠を持ち、狼を引っ張ってくる。

 狼は消えそうな小さい声で

「ありえないだろ」

 と呟いて、豊の思惑通り家に連れて行くことになってしまった。

 家に向かう間、豊は東京にある明蘭学園についての説明をしてくる。狼はその説明に適当な相槌を打って聞き流した。

 海沿いの道を少し歩き小さな住宅街を抜けると、この島には不釣り合いな洋館のような家が見えてくる。洋館っぽいと言っても、築年数が大分経っているせいか、どこかくたびれているような感じで、立派な風格はまったくない。

 その一角には自分の父親である黒樹高雄が経営している駄菓子屋が構えられている。入口の上には、『島の駄菓子屋さん』とそのままの看板が掛けられている。

 だが、変に小奇麗な家よりもこっちの方がどことなく温かみがあると狼は感じている。

「なかなか、素敵なお家だね~」

 小汚い家を見るには、少し大袈裟な素振りで豊が感想を述べている。ついでに嵌められていた手錠も外された。狼は少し目を細めて豊を見たが

「それは、どうも」

 と軽く返事をして、玄関を開けた。

「ただいまー」

 家の中に声をかけると、奥の方から床をパタパタと足音を立てて、腰の辺りまで伸びた髪を少しなびかせながら、小世美がかけてきた。

「おかえり、オオちゃん!」

 笑顔で小世美が狼に返事をしてから、狼の隣に立っている人物に気が付いた。

「あれ?この人、オオちゃんのお客さん?」

 大きな瞳を瞬きさせながら、小世美が首を傾げている。

『全然、知らない人』と答えたくなったが、家まで連れてきてしまったため、そんなことは言えなかった。

「君は狼くんのご兄妹かな?」

「あ、はい。そうです。黒樹小世美です」

 慌てて畏まった姿勢になってから、小世美は頭を下げた。

「丁寧なあいさつをどうも。私は宇摩豊っていうんだ。4月から狼くんが通う学校の理事長を務めているんだよ」

「えっ、この人学校の理事長さんなの?」

 心底驚いたような声を出して、小世美が狼の方に視線を送ってきた。

 きっと、小世美は勘違いしているに違いないと狼は思った。

 小世美にとって、狼が四月から通う学校というのは、島に一番近い公立の学校のことで、自分が通う学校でもある。だから、不思議に思うよりも驚きの方が先に出たのだろう。

 そのため、本当のことを彼女に言ったらどんな顔をするだろう?と狼は考えた。だが、その考えを狼は頭を振って、払拭した。

 なぜなら、小世美は自分と過ごす、であろう高校生活を楽しみにしているからだ。確かに中学までも同じ場所で過ごしていたが、島の外で過ごすという新しい環境に小世美はわくわくしていた。そして、小世美の中で狼も一緒という概念を規定している。そのことを狼は知っているため、本当のことを言い出す気持ちになれない。

 小世美は少し慌ただしく豊を居間に案内してから、キッチンへと向かった。

 狼と二人きりになったところで、豊が口を開いた。

「小世美さんは、実に可愛らしい子だね。『オオちゃん』って君のあだ名かい?」

「まぁ、そうですけど」

 首を動かさず、目線だけ豊の方を見て答える。

「兄妹の仲が良いのは、実に良い事だね。・・・双子かな?」

 わざとらしい豊の言い方に、狼はむっとした。

「こらこら、人を睨んではいけないぞ?お父さんには習わなかったかな?それと、私は君の気に障るようなことを言ってしまったかい?」

 豊からの質問に狼は静かに

「いえ・・・別に」

 とだけ答える。

 それと同時に、お茶を持った小世美が居間へとやってきて、豊と狼の前にお茶を置く。

「おまたせして、すいません」

「いやいや、大丈夫だよ。気を使わせてしまってすまないね」

「いえ」

 笑顔で小世美は首を振った。狼は黙ってそんな二人を見る。そんな狼の視線に気づいたのか小世美と目が合ってしまった。

 狼は小世美になにか言われる前にと、慌てて視線を逸らし、小世美が持ってきたお茶を啜った。

「いきなりなんだが、お父さんは帰ってきているかい?」

「えーっと、それがまだなんです。もうすぐ帰ってくると思うんですけど」

「そうか。じゃあ、待たせてもらってもいいかな?」

「はい。どうぞ、ゆっくりしてって下さい」

 小世美に対し、友好的な笑みを作る豊かを、狼は苦い思いで見ていた。なぜなら、豊は最初から待つ気で家にやってきたことを知っているからだ。だからなおさら、豊の笑みが白々しいように感じた。

 そして、狼と小世美は父である高雄を待つ間、他愛もない豊の話につき合わされた。主に豊の武勇伝だった。狼は半ば呆れながら聞いていたが、小世美は時々、目を輝かせながら話を聞いている。

 そして居間にかけられている、時計の長い針が六時を指す頃に玄関のドアを叩く音がした。

「おーい、狼、小世美。帰ってきたぞー。父さん、鍵を忘れたから鍵開けてくれ」

 といつものように、呑気な高雄の声が聞えた。

狼は「まったく」と呟きながら、立ち上がり玄関の鍵を開ける。

 ドアが開けると、冬にも関わらずジンベ姿に首元だけマフラーを巻いた高雄の姿があった。

「いつも思うけど、その格好寒くないの?いい加減、風邪引くよ?」

 いつものように狼が小言を言うと、高雄はヘラヘラと笑っている。

 高雄の肩には、魚が入ったケースをかけられていた。

「うちのお母さんは、うるさいね~。こんくらい平気だって言ってんのに」

「だれが、お母さんだよ!僕がうるさく言うのだって、父さんがしっかりしないからだろ」

 高雄は、耳に手をあて狼より先に居間へと入っていく。

 狼も高雄に続いて居間に入る。居間には突っ立ったままの高雄を見上げている豊と、それを不思議そうに見ている小世美の姿があった。

 いつもならすぐに大の字になって、寝そべる高雄が今日はしない。知らない来訪者が来ているからなのか?いや、自分の知っている高雄は、来訪者が来てようと来ていまいと関係なくだらだらしているのが普通だ。

 けれど、どうしてか今日はそうしない。しないというよりすることを忘れているというニュアンスが正しい気がする。

「父さん、どうかしたの?」

 小世美の隣に行き、耳元で囁くような声で訊く。

 すると、小世美は静かに首を振り狼の耳元に囁き返した。

「私にもよく分からないの。お父さんが居間に入ってきて、豊さんと目が合ったら、すごく驚いちゃって・・・もしかして、知り合いなのかな?」

「あの様子だとそうかもしれないね」

 黙ったままの二人を見ながら、狼は少し納得した気分になった。

 父さんの知り合いなら、自分の名前を知っていてもおかしくない。だがそれでも、どうして自分が明蘭学園の特待生として入学させられそうになっているのかまでは、わからない。

 しばらく、狼が黙っていると高雄が口を開いた。

「おまえ、ここに来てなんのようだ?」

 その声はあくまで静かだったが、いつものようなだらしない声ではなく、まるで知らない人のような声だった。そのためか狼と小世美は唖然としながら、目を丸くする。

「久しぶりにあった友人に対しての言葉としては、赤点だな」

「はっ、随分見ない内に偉そうになったもんだな」

「偉そうじゃなくて、偉そうにしてるんだがね」

 しばらく沈黙したあと、何故か高雄と豊は乾いた笑いを漏らした。

 そんな二人の行動に、狼と小世美は唖然とし続けるしかない。

「いや~、おまえは相変わらずだわ。よしっ、ということでちょっと外に行こうか?」

「いいとも。親友!」

 親指で外の方を指しながらの高雄の申し出に、豊は溌剌とした声で答える。

 この二人の空気は、どうも読めないと狼は感じた。二人の会話から昔の知人というのは間違いなくなったが、ただの友人という感じにも思えない。

 そう感じてしまうのは何故だろう?

 少し考えてから、狼はあることに気づいた。

 さっきから豊と高雄の距離が、友人にしてはどこか余所余所しい感じがする。

 だから、変な風に感じてしまうのだと思った。そんなことを狼が考えている内に高雄と豊は、外に出ていってしまった。

 居間に取り残された狼と小世美は顔を見合わせる。

「お父さん、やっぱり変だよね」

「確かに」

「喧嘩になんかなったりなんて、しないよね?」

「それはないよ。あの父さんだよ?喧嘩なんてできるはずないよ。唯でさえ、体を動かさないでダラダラしてるんだから、喧嘩する体力なんてないよ」

 心配そうな表情を浮かべている小世美を、落ち着かせるような言葉を並べる。いや、そう自分自身に言い聞かせている。

 狼自身も、もしかしたら・・・ということを考えてしまったからだ。

 だが、そんなことを自分まで考えてしまったら隣にいる小世美がもっと不安になってしまう。そんな顔を小世美にさせるわけにはいかない。

 だから狼は、気持ちを切り替えるためテーブルに残ったお茶を濯ぐことにした。

 濯ぐと言っても洗うのは湯呑みだけで、そこまで時間はかからない。あっという間に洗い終わってしまった。

 仕方なく居間に戻り、小世美の隣に腰を下ろす。

 しかしお互い口は開かない。それでも気まずくならないのはお互いの存在が当たり前になっているせいだろう。

 時計の針が半分過ぎた頃、小世美が口を開いた。

「豊さんって、本当に学校の理事長なのかな?」

 当然の疑問だと思った。

 なぜなら、豊が東京にある学校の理事長だという証拠を狼は見たわけじゃない。全部豊から聞いた話を湯呑みにしている。

 狼はそのことに気づくと、どうして自分は豊の話を聞いて焦っていたのだろう?と馬鹿らしいと思った。

「案外嘘だったりしてね」

 笑い声を含みながら、小世美を見る。けれど小世美の顔は笑っていなかった。

「どうしたの?」

 さっきまでの笑みが、一気に強張る。小世美は狼から視線を逸らすとぼそりと小さな声で何かを呟く。

「いなくなっちゃうような気がする・・・」

「えっ・・・なに?」

「オオちゃんが、どこか遠くに行っちゃうような気がする」

 今度は狼にも聞こえる声で、小世美は呟いた。

 えっ?

 どうして小世美がそう思ったのか、狼には理解できない。もしも豊が本当に東京にある学校の理事長だとしても、狼自身が行かないと言えば、離れることなんてない。

 そう思いたい。

「はは。何言ってるんだよ?僕が遠くに行くわけないじゃないか。・・・まったく、父さんの様子が変だったからって、小世美まで変になるなよ」

 強張った表情を、また笑顔に戻す。すると狼から視線を逸らしていた小世美が、狼の方を見て微笑む。

「そうだよね。・・・ごめんなさい。私もどうかしてた。多分・・・オオちゃんが返ってくるまで見てたドラマのせいかも。『遠くに行かないで~』っていう女優さんが、男の人を引き留めるの。だから、そのドラマのせいかも」

 小世美は、テレビで見た女優の真似をしているのか、手を前に出し台詞を言っている。いつものように、笑顔を見せる小世美に狼はほっとした。

 そしていつものように、学校でのことを話していると、玄関が開く音がした。

 会話を切って、狼と小世美は玄関へと向かう。

 玄関には豊の姿はなく、高雄だけしかいなかった。

 あれ?と思い狼が口を開けようとすると、それよりも早く高雄が口を開いた。

 しかもその口から出てきたのは、狼にとって衝撃的なものだった。

「狼・・・おまえ、4月から東京に行け」


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