Den
アストライヤー。
それは国を守る正義のヒーロー達の名称。そして今の世の中で、無暗な戦争、暴動を起こさない様にする為に新設された制度の名称でもある。この制度は日本国憲法の理念を基礎として、日本政府が考案し、国際連合で提唱した戦争を無くすための打開策。
例えば国同士での外交交渉が難航したさいに、各国代表に選ばれた五人のアストライヤーが、他国のアストライヤーと試合を行う。ただし勝敗によって交渉そのものを決着させるのではなく、勝利国に六割、敗北国に四割の交渉優先権を与えるという仕組みだ。
そのため、各国ともアストライヤーの育成には特別な機関を設け、惜しみない資金を投与している。
またアストライヤーは国と国の最終交渉手段というだけでなく、国防軍とも密接な連携を取りながら、国内で起こる暴動、テロ行為の鎮圧、防衛なども行っている。
けれどアストライヤーには、誰もが『なりたい』と言うだけでなれるものではない。
何故なら、アストライヤーに選ばれる為には様々な条件をクリアする必要があるからだ。
まず、アストライヤーになる第一条件に、ゲッシュ因子と呼ばれる特殊な因子を体内に保有していること。因子持ちの体内には、血管に似た『因子脈』と呼ばれる別の器官が存在し、そこを通じてゲッシュ因子が全身に張り巡らされている。ただゲッシュ因子そのものは血液とは違い、液体物でないため、基本的に負傷などしても流れることはなく、肉眼で捉えることのできない、人智を超えたものだ。ただし、同じ因子持ち同士なら因子の気配を感じ取ることはできる。
この因子は、アストライヤーが戦う上で必要不可欠な力であり、様々なエネルギーへと変換することで、自身の肉体を飛躍的に強化することができる。
因子持ちの体内では、ゲッシュ因子が常に全身を循環しているため、必要に応じて血管や筋肉、骨格を瞬時に一斉強化する。そのため、通常の人体では到底耐えられないほどの力や速度を発揮しても肉体が損壊することはなく、急激な加速や衝撃によって体内に生じた圧力も、ゲッシュ因子が即座に分散し、体外へと逃がしてくれる。
強化されるのは肉体だけではない。視覚や聴覚をはじめとした五感も大幅に研ぎ澄まされ、視力ならば数キロ先を見通すことさえ可能となる。身体能力も常人とは比較にならず、行動速度は時速五〇〇〜七〇〇キロ、上級者ともなれば時速二〇〇〇キロ以上に達する。筋力も数トンから数十トンに及び、上級者であれば五〇トンを超える、まさに化物じみた力を発揮することができるのだ。
そして第二の条件に、国が定めた機関で候補生となり優秀な成績を収めること。その為、アストライヤーとなる者にはゲッシュ因子の量・質が共に重要視されている。
ゲッシュ因子を使用した技の発動にタイムラグはない。体内で因子を練る時は放つ技の威力を上げたい時に行う作業だ。因子の質がそもそも高ければ、少しの因子だけでかなりの高火力の破壊も可能なのだ。それに加えて練る作業も短く済む。だが因子の質、量も生まれつき決まっており、鍛錬を積めばどうにかなる物ではないのだ。
そのため一般的な生徒は、攻撃火力を高める為に因子を練り、攻撃規模を自由自在に出来るようにコントロール訓練をするのだ。
ただし因子を練るのにも、因子の量が少なければ、幾らでも練れるわけではない。そのためゲッシュには量と質の二つの側面が重要視されている。それこそ因子の量が多ければ、ゲッシュ因子で戦える継続時間も長くなり、遠距離からの広範囲攻撃も出来るようになるのだ。
だが、因子の質・量以外の条件があり因子があれば誰でも簡単に候補生になれる訳でも無いのだ。候補生になる資格は、まず国に多大な貢献をしている名家の出身で、且つ教養があり、成績優秀者でなければならない。
この様な選ばれし者たちが、お互いに競い合ってアストライヤーを目指すのだ。だからこそ、その候補生達が通う「明蘭学園」に一般市民が入れる訳がない。
だが……。
「はー、どうしてこんな事になっちゃったんだろう?」
深いため息をつきながら黒樹狼は、明蘭学園の前で項垂れていた。
そんな狼の後ろでは、同じ制服を着た生徒たちの談笑が聴こえてくる。
狼はそんな声を背に、物凄く惨めな気持ちになっていた。
もう一度ため息を吐いてその場に佇んでいた狼に、後ろから辛辣な声がかけられた。
「ちょっと! そこで立たれてると邪魔なんだけど?」
「えっ、あっ」
後ろを向くと狼と同じ新しい制服に身を包んだ女子生徒が不機嫌そうに立っている。肩ぐらいまである赤茶色の髪を後ろでポニーテールにし、吊り目気味な瞳が特徴の綺麗な子だ。
「ごめん」
狼に声を掛けてきた女の子は表情を変えず、そっぽを向いて行ってしまった。
あんなに怒ることないのに……都会の人って短気なのかな?
「あー、もう。既に挫折して島に帰りたくなってきた」
もともと、自分の意思でここに来たわけじゃないし。帰っても許されるのではないか? とも狼は思ったが、そんなことが許されるはずもない。
再びため息を吐きながら、狼は学園内を一人で歩く。
都会に来て最初に思ったことは、まるで別世界だと思った。
ここは狼が暮らしていた島とは違い、近未来的なシステムによって、様々な物が管理・整備されている。
カード式の学生証には全てIDが組み込まれ、この学生IDには個人情報・個人口座が連携されているため、学食を始め、学園内の様々な設備が好きに使用できる仕組みになっている。
つまりこの学生証が、今後学園内・外での身元確認証とお財布になるという事だ。
「ちゃんと、失くさないようにしないとな」
狼の父親である黒樹高雄は島で唯一の駄菓子屋を経営している。経営といっても、駄菓子屋の売上なんてものは高が知れている。そのため生活費の殆どは漁業で稼いでいる。それに加え黒樹家は父子家庭で生活は大変だった。
その為、いくら特待生制度で学費免除を受けられた身だとしても、狼は贅沢するという気持ちにはなれない。少し貧乏性である事は自分自身、自覚はある。
だから、狼のケチなところを見込まれ、父から黒樹家の財布の管理を任されていたくらいだ。
「後で小世美にも電話しないとな~。……寂しがってるかな?」
島にいる妹のことを考えると、狼は苦笑を漏らす。
妹とは言っても普段はしっかり者の小世美だ。心配しなくても大丈夫だろうとは思う。とはいえ、そんな小世美も狼が明蘭に行く事になった時は、相当嫌がって部屋から出て来なくなった時は、驚いた。
時たま子供っぽい事するんだよなぁ。
小世美の事を思いながら、意識を現実に戻すと狼の周りには、続々と校舎に入っていく生徒の姿が見える。この学園は幼少部からのエスカレーター式のため、高校から来る人はほぼ居ない。
そのため狼以外の生徒は皆顔なじみで、それぞれ既存の友人と楽しそうに会話をしながら登校している。そんな羨ましい光景が視界に入り、狼の気持ちが沈み自然と顔が俯き地面を見る。
「なんか……今すごい惨めな気分」
寂しさで自分の表情が曇っているのが分かる。
いや駄目だ、自分。こういうときは前向きに行った方が良いって、父さんも言っていた。
なにより、小世美に心配かける事になる。
よしっと、両手で自分の頬を叩き狼が顔を上げると、目の前には、薄桃色のミディアムシースルーバングカットヘアを揺らした、ミステリアスな雰囲気が漂う人形のように綺麗に整った顔立ちの少女がいた。
少女の姿を見て思わず息を呑む。
少女は淡く透き通るような白い肌に、瞳は深い紅色。その憂いを帯びた瞳は、まるで見た人の心の奥を、見通してしまいそうな強い眼光を宿してはいるが、少女が纏う空気には儚さがある。
その姿は、美しいという言葉だけでは言い表せない神秘性を纏っていた。
そんな少女の急な登場に、
「うわっ!」
と思わず狼は大きな声を上げてしまった。
だが、目の前にいる少女はまるで動じていないらしく、何の反応もない。無反応だ。
一人だけ大きい声を出し、周囲からの視線を集めてしまう。……凄く恥ずかしい気持ちになる。そんな恥ずかしい気分のまま、狼は目の前に現れた女の子を改めて見る。
「えーっと、なにか僕に用?」
周りの視線を気にしながら、小さな声で尋ねる。
「私は、羊蹄名莉。あなたは、黒樹狼?」
「そうだけど。どうして、羊蹄さんは僕の名前を知ってるの?」
「聞いたの」
「誰から?」
「友人から」
名莉は少し視線を下げながらそう答えてきた。そんな名莉に狼は疑問ばかりが浮かぶ。
どうして、この子の友人が自分のこと知っているのだろう? 狼の知り合いの殆どは、今まで住んでいた島の住民だけだ。そのため、狼の人脈はほぼ島の中だけで完結している。
それなのに島以外の所で、狼の事を知っている人が居るのはおかしい。
しかし今思えば、ここの理事長である宇摩豊も自分の事を知っていた。
とすると、
「もしかして……」
僕、気が付かないうちに有名人になってたりして……いや、それは流石にないか……。
狼は自分が思い浮かべたことを否定した。狼は特別目立った経歴もなく、辺鄙な島でひっそり暮らして居ただけで、狼が得意なのは家事くらいしか思い浮かばないからだ。
「ねぇ、どうして君の友達は僕を知ってるの?」
「それは……」
名莉は少し間を置いて、
「言えない」
とだけ答えてきた。
その返答に狼も少しだけ気が抜けてしまう。一体、あの間はなんだったのだろう?
「悪い意味で知られてるとか、ないよね。例えば、特に有能でもないのに特待生として入った奴とか」
「ううん。違う」
良かった。狼はひとまず安心した。入学前から悪いイメージがあったら、どうしたものか、と考えてしまったからだ。
「羊蹄さんたち以外も、僕のこと知ってる人いるのかな?」
「いない」
あくまで、名莉の返答は淡泊で感情が読み取れない。
なんか見た目だけじゃなくて、性格まで人形みたいな子だな。
ぼんやりと狼は名莉を見て思った。すると、今まで俯きがちだった名莉の瞳が狼を映す。
瞳に映った自分を見て、狼は一瞬ドキリとした。
見透かされているような、そんな気がしたからだ。
名莉の瞳に捉えられ、固まっていた狼の耳に校内にある大きな時計塔の鐘の音が耳に入った。その音で固まっていた意識が現実に引き戻される。
「狼……また後で」
自分が何かを口にする前に、名莉は踵を返して校舎内へと消えていった。
「何だったんだ?」
その場にひとり、取り残された気分のまま狼も校舎内へと足を進めた。
教室に集まると、ホワイトボードにモニターが写し出されているが、生徒一人一人の机にもモニターがあり同じ映像を映し出している。そこで理事長である宇摩豊の話が始まった。
「生徒諸君! 我が明蘭校の高等部への入学、おめでとう。君たちの活躍する将来を考えるだけで私の、胸の鼓動は熱く燃えたぎる! 是非、代表者五名に選ばれるように健闘してくれ。君たちは、今一番輝いている。以上」
宇摩豊は、テレビの特撮物で出てくるようなヒーロー戦隊スーツを着て、いかにもヒーローじみた台詞を並べている。
島で会った時も思ったが、この宇摩豊という人が、学園の理事長というのがピンとこない。今まで狼が通っていた学校の校長というと、いつも道徳的なことを生徒に話しているイメージだ。だが、ここの理事長は、そんな固定概念をひっくり返すような、個性を持っている。
「いつも思うけど、理事長の顔って暑苦しいよね」
という含み笑いをした生徒の声が聞える。
「でも、理事長ってアストライヤーの存在を世間に広めた人で、日本の初代代表だもんね。でもなんで理事長以外の初代のメンバーって輝崎くんのお父様以外、非公開なの?」
「さぁ」
みんなが理事長と初代アストライヤーについての話で盛り上がる中、教室に軍服のような服を着た教官が入ってきた。
「おい、うるせーぞ。黙ってモニターに集中もできないのか? 今年の二軍は!」
いきなり出された大きな怒声に、教室にいた生徒全員が萎縮してしまう。
もしかして、あの人が僕たちの教官なのかな? だったら、嫌だなぁ。と狼は思った。
狼もクラスメイト同様に、いきなり入ってきた教官の声に怯んでいた。
そしてモニターには、さっきの熱い理事長の声と顔とは、反対に誠実で頼りがいのある凛々しさと爽やかさを感じさせる顔と声が映し出された。
『この度、明蘭学園高等部入学を許可されました新入生代表の一年Sクラス輝崎真紘です。
本日は、このような立派な入学式を行なって頂きありがとうございます。この学園に通えることを喜ばしく、誇りに思います。
今日から我々新入生は、明蘭高校の学生としての自覚のもとに、学則及び諸規則を遵守し、学業、実技に励み、品性を正し、尚且つ、国の代表として世界秩序を守り、一般の方々の役に立てるアストライヤーを目指すことを努め、学生の本分を全うすることに尽力することを誓います。どうか、教官方、上級生の皆さま方ご指導くださいますようにお願い申し上げます。短い言葉とはなりますが、新入生代表の挨拶とさせて頂きます』
モニターに映る輝崎真紘は、新入生というより既にアストライヤーとしての風格を漂わせている。だが、その顔に人を見下すような素振りはなく、新入生の代表として毅然な態度と育ちのよさが備わっていた。
こんな輝崎真紘が自分と同い年だと、到底思えないと狼は思う。
しかも、周りの生徒がモニターを見ながら「やっぱ、代表は輝崎だったな」「だろうな」と話し声の中で耳にした情報によると、彼はアストライヤーの名家の出身で、『イザナミ』というすごいBRVを使うらしい。
真紘が挨拶を終えると、モニターはすぐに違う画面を映し出した。映し出されたのは、さっき教室に入ってきた教官の顔と、名前、プロフィールが映し出された。
「今日からお前ら二軍の教官になった、榊仁だ。それでお前らも、言われなくても理解しているとは思うが、お前らは一軍にも上がれない雑魚だ。だが、雑魚は雑魚なりに自分の力を色んな所でPRする事が出来れば、一軍昇格だって夢じゃない。つまり、代表になれる可能性も0ではないということだ。それで……黒樹、お前アストライヤーになると言う事がどんな事かは、ここに来るまでに勉強して来ただろうな?」
榊の鋭い視線が狼に向かうと同時に、クラス中の目も狼に集まる。一気に視線を感じた狼は焦りながら榊の言葉に返す。
「えっ、あ、はい。ーー国の代表選手になるという事ですよね。 主な活動としては、アストライヤーは国の代表として各国のアストライヤーと格闘術による国際試合をし、上手く合意が纏まらない外交を有利に運ぶために戦ったり、国の有事のさいは国防軍と連携し、国を守る者達になるという事です」
狼はここに来るまでに、渡された入学案内とBRVのマニュアルをできる限り憶えてきた。
アストライヤーになる者には、因子の他にも戦う上でもう一つ重要なものがある。それがBRV。
BRVとは、BRAVEの略称で、アストライヤーが使用する武器の事だ。この武器は色々な形態をしていて、その形態は、使用者と適合した物を使用する。そして、武器の攻撃スキルはBRVの属性にもよるが、自分の好きなように設定が出来る。だが、その設定にはBRVの強化が必要で、容易には出来ない。BRVの強化をするためには教官の前で実技を披露し、認められた者だけが自身のBRVを強化する事が出来る。
こういう経緯があるため、この明蘭学園は幼少部からのエスカレーター制度となっている。つまり、ここにいる生徒は幼少の頃からの積み重ねにより、既にいくつもの攻撃パターンを考案し、自分の技として使用しているということだ。そのため言うまでもなく、狼のように高校からいきなり入ってくるものは皆無といえる。
そして明蘭学園は高等部から、より高度な授業を行うため、一軍と二軍の生徒に別けられる。
もちろん、狼がいるここの教室は二軍の教室だ。
一軍の生徒は、一学年三〇〇人の内、たったの一〇〇人だ。その一軍に選ばれた生徒には二軍の生徒よりも質の高い施設が利用でき、実践活動も行う。
しかも、一軍の生徒が持っているBRVは、A~Eの段階のAランクの武器を持っている。
正に、エリート候補生という訳だ。
しかし、そんなエリートである一軍の生徒の中でも上位の優れた者だけしか、国の代表として選ばれない。だからこそここに通う生徒は全員、そのアストライヤーになる為に、日々己の技に磨きをかけている。
「よし、ちゃんと配布していた資料は読んでいたようだな」
狼を見ながら頷くと、榊は教室を一瞥した。
「お前らだって、二軍止まりでここに居るわけじゃないだろう。だが、今年の学年の代表はむろん、新入生代表の輝崎を筆頭に、上位の四名が既に決まっている」
いくらエスカレーターで上がってきたとはいえ、高校に入ってすぐに一年の代表候補に選ばれるなんて、自分には想像もつかないなと思いながら、狼は榊を見ていた。
そして狼以外の生徒は、真剣な眼差しで榊の話を聞いている。
そんなクラスの雰囲気に、馴染めない狼は周りに気づかれない様にため息を漏らした。
その時、一人の女子が手を上げて席を立った。
「教官、一つ質問なのですが……」
そう言って立ち上がったのは、校門の前でぶつかったポニーテールの女子生徒だった。女子生徒は見るからに勝気そうなのが伝わってくる、強い眼差しをしている。
「お前は根津か……それで質問は?」
「はい。あの、私たち二軍生用の特別訓練施設が高等部では不足しているように思えるのですが、気のせいですか?」
根津は、榊を見つめたまま少しも動かない。
「とんだ愚問だな。二軍の設備が不足している事は認めよう。まぁ、答えは簡単だ。それはお前らが二軍生だからだ」
質問に対しての榊の答えは、とても頓珍漢なものだった。
根津もそれを感じているのか、さっきよりも目を見開いている。
「二軍であるから……? そんな答えでは、納得できません!」
見開いていた目をすぐに引き締め直し根津は、少し強い口調で榊に抗議する。
「根津さんの発言に賛同します。教官。訓練所が使用出来なければ、私たち二軍の生徒はどこで練習すれば良いのですか?」
狼以外の他の生徒達も根津に同調するように、声を上げる。
そんな生徒たちに榊は失笑し、それを怪訝そうな表情で根津が見つめ続けている状況だ。
「なにが、可笑しいのですか?」
「そりゃあ、可笑しいだろ。たかが一軍にも上がれないお前らが訓練施設を欲しがるなんてな。あのな、お前らが一軍に選ばれた生徒と同じ施設が使えるのは中等部までだ。高等部からはより現実を見て貰う。そして、一軍に昇格したいのなら、施設なんかに頼らず、死ぬ気で這い上がれ」
すでに榊の顔からは笑みは消えていた。真顔になった榊を見た根津は、
「いきなり出過ぎた発言をしてしまい、申し訳ありませんでした」
と力なく言い、悔しそうに顔を顰め、着席した。
「他にっ! 何か不服、質問ある生徒はいるか?」
すると、音もなく静かに窓側の席に座っていた女子が立ち上がった。
立ち上がった女子を見て、思わず狼は目を見開いてしまった。立ち上がったのは教室に入る前に会った名莉だった。
起立したあと、教壇に立つ榊を見ながら名莉が口を開いた。
「教官、準一軍生という名目の実技活動枠を設立してもよろしいですか?」
「そんな事、俺に訊く必要はない。友人集めて作りたいなら勝手に作れ。部活申請が下りたとしても、ただ名前ばかりのテンポラリーになるけどな」
「分かりました……」
小さく答えると、名莉は榊ではなく狼の方を向き
「黒樹狼くん、貴方がこの活動部の部長になって」
と無表情でそう告げた。
あまりにも突然すぎる発言に、クラス中の目線が再び狼に注がれる。
「え、え―――――――――――――――――――――、ちょっ、ちょっと勝手にそんなこと言うなよ。僕はここに来たばかりで何も分かってないんだぞ! 無理に決まってるだろ!」
慌てて席を立ちあがり名莉に抗議する。だが、そんな狼の言葉を聞かずに、名莉の代わりに先程まで意気消沈していた根津が勢いよく立ち上がってきた。
「あたしもそれに、参加するわ! と言っても……」
根津は立ち上がったままの狼に、向き直り
「あんたみたいなド・素人を部長としてなんか認めないわ」
狼の訴えは名莉にまったくスルーされているのに、根津からは敵意とも言える目を向けられてしまう始末だ。
「なんで、こうなるんだよ……」
「なに? なんか言った?」
「別に……」
狼がいじけたような口調で、答えると根津は目を細めた。
二人のやり取りを見ていた狼の席より右斜めに座っている女子が茶目っ気たっぷりの声で手を上げた。
挙手した女子は、暗めの紫色の姫カットロングヘアーで体格は細身で、快活そうな雰囲気がある可愛らしい子だ。
「はいはーい、その部活に大酉鳩子も参加しまーす。そんでもって、部長はメイっちが指名するように、黒樹狼くんで良いと思いまーす」
笑顔で答えた鳩子は、一瞬狼と目を合わせニヤッとした笑みを零した。
その笑みに悪寒を感じた狼は、すぐさま鳩子から視線を外した。
いけない! ここでなにか反応とったら、相手の思うツボのような……気がする。
あくまで机に視線を落としながら、自分に向けられる三人の女子の視線を気にしないようにするのに専念した。
「ちょっと待って! 何でこんな高等部から編入して来たヒョロイ奴が、部長なのよ? 納得いかないわ!」
「えー、だって、この活動を提案したメイっちが、指名したんだから決まりじゃない?」
「なっ」
鳩子の反論に、不機嫌な表情を深める根津。
他のクラスメイトは、そんな二人を固唾を呑んで見守っている。
そして、狼は頭の中で必死に、今晩の晩御飯のメニューを復唱していた。
余裕の笑みで根津を見る鳩子と、眉間に皺をつくり睨みを利かせる根津のやり取りを制したのは、教卓の上に立っていた榊だった。
「いい加減にしろ、ガキが。おまえらの内輪揉めに、部外者を巻き込むな! おい、黒樹! お前が代表者になるならないにしろ、お前がちゃんとこいつらを管理しろ!」
「う、え? そ、そんな~……」
頭の中で、既に皿に盛りつけるだけとなっていた晩御飯の思考は、現実に戻される。しかも、いきなりのとばっちりに、変な声まで上げてしまう。
「当たり前だろ! 分かったな? 反論は受けつけない。以上、今日のSHRはここまで!」
勝手に話をまとめた榊は、スタスタと自分の荷物をまとめ教室を去ってしまった。
鳩子と根津を見ると、すでに二人とも席に座っていた。だが、二人の顔は対照的な表情をしている。鳩子はまるで他人事のように口笛を吹く真似などをしている。そして、根津は当たり前に顔に皺を作りながら、頬に手をつき鳩子とは逆の窓側に視線を向けていた。
放課後、SHRで考えた晩御飯の材料を買い出しに行こうと狼が教室から出ようとした瞬間、腕の袖を誰かに引っ張られた。
引っ張られた方に、狼が視線を向けると人形のような透き通った目で狼を見る名莉がいた。
「どうしたの?」
「行こう」
「えっ、どこへ?」
「部活動」
「もう、活動するの?」
名莉はこくんと頷いた。
部活動。つまりさっき名莉が急遽作った、活動のことだ。
「でもさっ、活動場所も内容も決まって無いし。部活として認められてないからすぐに活動って厳しいって」
「大丈夫。今日は活動方針を決める事が出来るし、場所も見つけてある」
「えっ?でも、さっきの状態であの2人も本当に集まるかも分からないし、それに他の誰も集まらないよ。きっと」
「へいき。2人共来てくれる」
どんな根拠でそういうのか狼には、さっぱりついていけない。
「ついて来て、狼」
そう言って、狼の袖を掴みながら名莉は歩き始める。名莉に引っ張られるままに狼は名莉の後についていく。
狼は入学前に、リサーチしていたスーパーのタイムセールスの事を考え、今から行かなければ間に合わないなという事実を確認する。だがしかし、前を歩く名莉を見て自分の意思が通るとも思えなかった。
仕方ない、今日はあきらめて違うメニューを考えようか……そう考えていた狼に名莉がボソリとした声で呟いた。
「狼は、嫌? 迷惑?」
「別に嫌でもないし、迷惑なわけでもないけど、やっぱり急過ぎるっていうか……」
「そう……。でも今日だけはお願い」
短く答えた名莉の表情は、分からない。ただ狼を部活動に参加させたいという気持ちは理解出来る。
何でなんだろう……?
狼はどんなに考えても分からないためこのまま名莉について行く事しか出来ない。
名莉に連れて行かれた場所は、整備された中庭を過ぎてグラウンドとは正反対の場所だった。そこには、立派な部室棟と対照的な古ぼけた部活小屋が二つ並んで建っていた。
「ここが、僕たちの部室?」
名莉は、狼に向き直り頷いた。
「嘘……? なんか部室っていうより、ホラー小屋って感じなんですけど……」
狼の呟きに続いて、後ろから絶叫が聞えた。
「あ、あ、ありえないっ! こんなところでどんな練習するつもりよ!」
後ろを振り向かなくても、声の主が根津だということが分かる。
だが、意外なのは根津と一緒にやってきたのはSHRで火花を散らしていた鳩子だった。
「こりゃあ、ワンダーランドの入口だわ」
そんな事を呑気に言っている鳩子を、狼が見ていると鳩子がその視線に気づいた。
「なーに? そんなに人の顔を見て。なんか意外なことでもあった?」
「えっ、だって、その今朝のSHRで険悪そうなムードを作ってた二人が一緒に来たから、なんか意外だったっていうか」
「あー……、なるほどね。でもあれは怒ってたわけじゃなくて、からかってたって言う方が正解ね~」
いかにも音符を出しそうな口調で、笑っている鳩子を根津がバツの悪そうな顔で見ている。そして、そんな表情を見た鳩子は益々、愉快そうな笑みを浮かべている。
性質悪~。と狼は心の中で毒づいた。
しかも、鳩子はそんな狼にも気づいたのか悪魔のような笑みを狼にも向けてきた。
「それはそうと、なんで君はSHRの時部活立ち上げの話に乗ったんだよ?」
「えっ? 面白そうだったからに決まってるじゃん。あと君じゃなくて鳩子で良いよ。ちなみにあたしは情報操作士ね」
そう言って鳩子はウィンクをした。そして鳩子が言う情報操作士とは普通の因子持ちとは少し違いがある。その違いとは、普通の因子では出来ない機械類に干渉する因子で、その特徴を生かしBRVに流された因子の動きを読み戦闘時の攻撃規模、威力を戦闘員に伝達する役目を担う者たちのことを言う。言わば戦術支援、情報解析の専門家だ。
狼は鳩子の言葉に呆れながら、視線を名莉の元へと戻す。
「うわっ」
狼は思わず声を上げてしまったが、声を上げてしまうほど名莉の顔が近くにあり、吐息が感じられるほどの近さだった。
いきなりの出来事に、顔を赤らめてしまった狼だが、そんな狼を気にしていないように名莉は近い距離を保ったまま、狼を見つめている。
「メイっちも新手だな~。これじゃあ初心な狼じゃあ、きついかな?」
「ほっとけ!」
耳まで赤くしながら、鳩子の野次を払う。
うう、それにしてもーー
「なんで、こんなに近いの?」
「綺麗だったから」
「えっ?」
「狼の瞳が綺麗でよく見たいと思ったから」
「たったそれだけで?見て来たの?」
「うん」
名莉の場違いな言葉に、その場にいた狼たちは目を丸くしてしまう。
すると、後ろから鳩子の笑い声が響いた。
「ぶっははははー、なにそれ? はははは。メイっち、それだけで狼のこと見てたの? なんていうか……この子、大物だわ」
「確かにね。ふつー、人の目なんて凝視しないわよね」
根津も名莉の言葉に呆れているのか、短いため息を吐いている。
「変だった?」
根津と鳩子の反応を見て、名莉が首を傾げる。
「まぁ、ちょっと天然かも。とりあえず、話は後にして中に入ろう」
ホラー小屋のような部室に手をかけて、狼は恐る恐るドアを引く。
ドアは何年も手入れがされていなかったように、鈍い重みがある。
「うわっ、このレールの部分、錆びついてるじゃん」
狼は、引き戸のレールを見て呟いてから、今度は両手を使って重くなったドアをこじ開ける。ドアは詰り物が取れたように、勢いよく開いた。
照明も灯されていない部室は暗く、この学園には似合わないような埃臭さが漂っている。
とりあえず、点いてないよりはマシだと思い、狼は出入り口付近の壁に付いていた照明のスイッチを押す。
「なにこの臭い……くさい」
鼻をつまみながら、横から根津が顔を出した。
部室の照明器具は学園で使用されているLEDのような照明ではなく、茶色く濁ったような窓から差し込む光と弱々しい蛍光灯のみ。しかも部室の床である木の板は腐敗が進み、下のコンクリートがむき出しになっているところもある。
壁側には外れかけた棚やロッカーが設置されている。
この部室は狼たちが想像していた以上に悲惨な部屋になっていた。
だからといって、狼は根津の反応がやや大袈裟のようにも感じる。前に通っていた学校になら、こういった誰にも使われていない部屋も存在していたし。
なにより島にいた時の学校では、この砂埃が混じったような臭いはそう珍しいものでもなかった。
「鼻をつまむほどかな?」
「こんな埃っぽい悪臭が漂う部屋なんて、生まれて初めてよ!」
ジト目で根津が狼を睨む。
「文句言ったって仕方ないじゃないか。もう、ここが僕たちの部室なんだからさ」
「そうそう。狼の言う通りだよ。ネズミちゃん」
「はー? なんであたしがネズミなのよ?」
いきなり鳩子から呼ばれた呼び名に、怪訝そうな顔で根津が反論する。
そんな根津をからかうようにスキップしながら部屋の真ん中に行き、そこで鳩子が狼たちの方に向き
「あだ名だけど?」
と突拍子もないことを言い始めた。
根津は、鳩子を追うように部屋の奥へと足を進めて、鳩子と二、三歩のところで立ち止まった。
「嘘でしょ……。さっきの奴、あたしのあだ名なんて……」
「合ってるでしょ? ちなみにメイっちは、メイかメイっちね。狼はそのままでいいや。オオカミっていうより、『ろう』って呼んだ方が楽だし」
呑気な声で答える鳩子に根津が声を張り上げた。
「あだ名はともかくとして、何であたしは鼠なのよ?」
「えー、だって、ここにいる人たちって、名前に動物が入ってるでしょ?」
「後ろの二人とあんたはねッッ! でも、あたしは動物の名前なんてついてないわ」
「確かに。僕や羊蹄さんにはついてるけど、根津さんにはついてない」
すると、分かってないなぁと言わんばかりに、鳩子は首を横に振った。
「ネズミちゃんの名前って、根津美咲でしょ? だからネズミ!」
鳩子の言葉を聞いてから数秒後ーー
「「あっ」」
狼と根津は声を揃えて上げた。
それを満足そうに微笑んで見ている鳩子。
「やーっと気づいたか。鳩子ちゃん、あったまいいね~」
「うん、見事だね」
狼は、鳩子の言葉に頷く。
「変に納得しないでよ!」
「納得するなって言われても仕方ないじゃないか。現にしっくりきちゃったんだし」
「あんたはオオカミだから良いかもしんないけど、あたしのネズミって何よ……」
がっくりしている根津は、壁にもたれ掛かって落ち込んでいる。
確かに女子にネズミっていうあだ名は嫌かも知れないと狼は思った。
だが、それを見ていた名莉が静かな声で言った。
「私はネズミ……可愛いと思う」
「へっ」
名莉の言葉に根津が目を見開いて、名莉を見る。
「ネズミはすごく努力する生き物。小さくてもネズミは負けない。私はそう思う」
「名莉……」
「うん、確かに。ネズミってどんなに駆除剤を撒いても家に入ってくるもんなぁ……。本当に厄介っていうか、噛み付いてくるところなんか根津さんっぽいという……ぶへっ」
狼が話し終える前に、根津の右拳が脇腹にヒットしていた。そんな狼を鳩子は笑いを堪えながら肩を震わせている。狼は殴られた腹を押さえながら根津を見る。
「なんで殴るんだよ?」
「狼が失礼な事言ってるからでしょ!」
「現にそうじゃないか!」
「うっさい!」
「はいはい、喧嘩はそこまで! これから、このメンバーのチーム名と活動方針を決めていきたいと思いまーす。そこでメイっち、なにか良い案ある?」
鳩子は狼と根津の言い合いを無理矢理、終了させるとそのまま名莉にシフトチェンジした。
目線を下げたままの名莉に三人とも視線を送る。
「Den」
「「「Den?」」」
唐突に言われた言葉に、狼たちは頭を揃えて疑問符を浮かばせる。
「醜いアヒルの子に使われている単語」
「あー、確かに使われてたかも。単語自体の意味には、隠れ家って意味もあったっけ?」
こめかみに指をあて、単語について説明している鳩子に名莉は頷く。
「デンかぁ……。うん、あたし達にはお似合いかもね。ねっ、部長?」
ニィっとした笑みを浮かべて、狼の方に鳩子が向き直る。
「部長って……僕にそんな大役無理だよ。それだったらネズミの方が向いてるんじゃない?」
狼は根津を指しながら、部長という大役を拒否するが、鳩子は『んー』と唸っているだけだ。
何故、こんなにも自分に部長を任せたがるのか? 狼はそのことが不思議だった。狼的には、むしろ名莉がやってくれればとも思う。
名莉はきっと強い……ような気がする。
当然、名莉がBRVを使っている姿は見たことがないが、狼より弱いというのは決してないはずだ。
それに名莉の放つどこか神秘的な雰囲気と人形のような顔立ちは、とても人目を引く。もし部員を集めるとしたら、どこを取っても中の中である自分よりは絶対良いに決まっていると狼は思った。
けれど、その名莉はどこか掴みどころがなく、ぼーっとしているとも見れる。今だって部室の端っこにあったパイプ椅子に座っている。
確かに部長って感じじゃ無いか……。
だったら、SHRの時のように強気に自分の意見を述べられる根津が適任だとも思った。鳩子は人をおちょくる癖があるから、部長よりは副部長辺りだろうと思った。
「いいわ! あたしがこのデンの部長になる」
根津はやはり強硬な姿勢で部長になる事を宣言する。
その言葉に唸っていた鳩子だが、降参したように根津の意見を承諾した。
「ネズミに部長は任せるけど、副部長は狼に決定ね」
「えー、ちょっと待ってよ! そんなの公平性に欠けるよ」
「別にいいじゃん。こっちは部長にしたかったのに、半歩譲ったんだから」
狼は鳩子の言葉に依然として不服心を表し、抗議しようとしたが、その言葉を根津が遮った。
「そんな事より? 狼のBRVはどんな物なのよ?」
「えっ、まだ持ってないよ?」
「はぁ〜、そしたら活動内容決める以前の問題じゃない?」
根津は信じられない。といった雰囲気でため息を吐く。
「そんな事言われたって、僕だって今日ここに来たばっかだし、理事長も入学後に探せば良いって言ってたんだ」
狼狽する狼に助け舟を出したのは鳩子だ。
「それじゃあ、記念すべき初活動はデンの副部長である黒樹狼のBRV探しだね。あそこ行くの鳩子ちゃん、結構ワクワクするから好きなんだよね〜。色々仕掛けとかあるし」
鳩子は保管庫を想像しながら、けらけらと笑っている。
「えーー。鳩子が楽しそうって言うって事は変な所ってことだろ? 何か行くの嫌だな……」
「そんな事ないって!! 大丈夫。大丈夫」
「変なこと話してないで、さっさと狼のBRVを見に行くわよ?」
根津は、すでに部室のドア越しに立ち、こっちを見ていた。
「えっ? この部室を綺麗にしていかないの?」
狼が荒んだ部室内を見て、保管庫へ向かおうとしている根津に尋ねる。
すると根津がげんなりとした表情を浮かべてきた。
「そんなの後ででもいいでしょ。あんたはどこの主婦よ?」
「別にいいだろ。……よく、こんな汚い部屋を見て掃除しようとか考えないよな。それもそれで女子としては、ちょっと……」
「あんたって、本当に小言が多いわね。女々しいったら……」
「女々しいってなんだよ? 別に部屋が汚いのを気にするのは普通じゃないか」
「あー、はいはい」
両耳を手で塞ぎながら、根津はそっけない態度で狼の言葉を流す。
狼はその態度にむっとしながらも、それ以上はなにも言わなかった。
その空気を感じ取った鳩子がオーバーリアクションで手を思いっきり叩き、名莉も無言で椅子から立ち上がってくる。
この無言の圧により、部室を掃除せずに明蘭の生徒がBRVを最初に授かる保管庫へと向かう運びとなった。
明蘭学園の中には色々な商業施設や立派な病院までが併設されていて、学園内だけで生活が出来そうだ。
でも、何で医療棟まであるんだ?
それに学生手帳に載ってる校則の中に狼は気になるものがあった。それは……
『一つ、学園で行う活動での負傷は自己責任である』だ。
何なんだこの校則。不吉だな〜〜。しかも病棟まであるので、学園内でも危険な状態にもなり得ると言うことだ。狼は改めて普通の学校との違いを目の当たりにした。
これから上手くやっていけるかな? と狼が考えている中、保管庫に到着した。
保管庫へと向かう中、根津は狼へと疑問を投げる。
「そうね。狼、あんたのBRV適性ランクは何?」
「Cランクだけど……」
すると、それを聞いた根津は目を瞬きしてから、
「今、Cって言った?」
「言ったけど、それが何?」
「ちょっと、変な冗談よし子さんよ? Cって下から二番目じゃない!」
「そうだよ。だから僕に副部長なんて無理って言ったじゃないか。大体、根津のランクは何なのさ?」
むっとしながら、狼が尋ねると根津はすまし顔で
「あたしは、あんたより一ランクも上のBよ」
と答えた。
「偉そうに言ってるけど、僕と一つしか変わらないじゃないか」
たった一つの差くらいで威張って欲しくないと思いながら、顔を横に背けていると根津の両手が狼の両頬を強くつねった。
「痛っ―――」
「随分と生意気な口を聞くじゃない、使えない副部長さん? あんた一つのランクを上げるためにどれだけ大変か分かって言ってるのかしら?」
両頬をつねっている根津の手から逃れると、狼は二、三歩後ろに下がる。
根津につねられていた頬はまだ、熱が籠っていて痺れるような痛さが頬を駆け回っている。
「部長が暴力振るうなよな。まったく。っていうか、ランク上げってそんなに難しいの?」
「まぁね。確かランクを上げるにはBRVの攻撃パターンを一〇個追加すること。ただし、その全てを教官に見せて実戦レベルとして認められる必要があるのね。それと学年の実技テストで上位三名が強化出来るわけ」
狼の質問に答えたのは、部長である根津ではなく後ろで、どこに隠し持っていたのか分からない棒つきキャンディを舐めている鳩子だった。
「嘘だろ? 実戦レベル技一〇個なんて普通に考えて無理に決まってる」
「どう? これでCとBの格の違いがわかったでしょ?」
今度は根津が胸を張って、短く息を吐いた。
「大丈夫。狼ならすぐに上のランクに昇格出来る」
抑揚のない名莉の声に気づいた時には、名莉はすでに狼の腕の裾を掴んでいた。
「僕はそんな素質があるのか……なーんてね。羊蹄さんの気持ちは嬉しいけど、そんな奇跡は起こらないよ」
あははと苦笑気味に笑うと、名莉は狼の裾を掴んでいる手に力を込めた。
「メイ」
「へっ?」
「私のあだ名」
知ってるけど……。とも思ったが、ここでさっき鳩子に付けられたあだ名を言う意味がわからない。名莉の考えている意図が分からず、狼が首を傾げているとそこに鳩子の助け舟が出された。
「狼は女心がわかってないな~。メイっちは、苗字じゃなくてあだ名で呼んでって言ってるの」
鳩子の言葉を聞き、名莉に向き直ると名莉の眼が狼を映していた。
神秘的な雰囲気を出す名莉をあだ名で呼ぶのには、少し抵抗もあるが本人が希望してるし、それに、一人だけ苗字というのも変だ。狼はそう思い、躊躇い気味に口を開く。
「メイ?」
「うん」
どうやら鳩子が言っていたのは正解らしい。名莉は強く引っ張っていた裾を放した。
「よしよし。部員の仲が深まってよかった、良かった」
「こんなんで、深まったなんて言えるのかな?」
狼が少し呆れながら、鳩子を見る。鳩子は腕を組み一人で頷いていた。
それから、四人は保管庫の前まで辿り着いていた。
保管庫に向かう途中、狼はこれからどんなBRVを選ぼうか考えてはいたが、実際にはどの様な感じで選ぶのかまるで分からない。
むしろ、選べるのか?
「あのさ、BRVってどんな風に探すの? それとも自分で選べたりするの?」
隣で歩いていた名莉に向かって狼は質問すると、名莉は少し目線を上げて狼を見た。
「BRVは基本的に、自分の好きな形を選べない。適正があるから」
「ってことは、つまり自分に適性がなかったら、どんなにこれが良いって思っても使えないんだ」
「うん。汎用型だったら話は別だけど……。今選びに行くBRVは特化型。ーーつまり狼専用のBRVだから今は汎用型の事は考え無くても大丈夫」
名莉の説明で大体の事は理解したが、けれど自分と相性が良いとか悪いとかを、どう判断するのだろうか? 狼が再び考えていると、前を向いたまま名莉が言葉を紡いだ。
「BRVとの相性はBRVを持ったときにわかる。きっと狼は剣型のBRVがいいと思う」
「いやぁ〜、僕にそんなカッコイイの使えるかな? もっと地味な奴になっちゃいそうだけど」
狼が名莉の言葉に苦笑を浮かべていると、前を歩いていた根津が狼たちの方を向き、失笑を漏らした。
「なんで笑うんだよ?」
「だって、Cランクの武器に剣型があるわけないじゃない。まぁ良くて……小型ナイフってとこかしらね」
悪戯っぽく笑っている根津に、狼が眉間に皺を寄せていると
「オオカミくんには、武器より首輪が似合ってるかもね~」
と鳩子まで茶々を入れてきた。
そんな二人に、狼は肩を落としてとぼとぼと後ろを歩いた。
僕って、そんなに貧弱に見られてるのかな? 狼は落としていた肩を上げ、腕を組んで考える。確かに外見からして強そうとは思えないが、それはただの外見だけであって、体力はある方だと思っている。なにせ、島には都会にあるような娯楽施設があるわけがない。島での遊び場といえば、海で泳ぐとかの自然の中でできる遊びくらいだけだったからだ。
だから……、
「言っとくけど、僕は走るのが速いんだからな」
狼が、自分をなよなよしてそうというイメージを持つ二人の意識を払拭するように反論する。
すると、鳩子と根津が狼の方を向き
「自分で足速い、とか言わない方が良いと思うけど?」
「そうそう。実際と言ってることが違ったら惨めだもんね~」
すごく馬鹿にされた。
「なんかすごい腹立つんですけど」
不満たっぷりの表情で根津と鳩子を見るが、既に二人は狼を見ていなかった。
BRVの保管庫の前に着いて、認証装置にそれぞれの学生証をかざす。認証装置に狼はIDカードを読み取らせると、ピーという機械音と共にドアのロックが解除される。
保管庫の中には、想像していたような武器を保管しておくような物はなく、壁一面に色々な模様が彫られているだけだった。
口をぽかんと開けながら、狼は壁に彫られている模様を見る。
「本当にここが保管庫なの?」
壁の模様以外、殺風景な部屋の中に狼は眉を潜めた。
もしかしたら、鳩子たちが自分をからかっているのではないか? そんな疑念が頭の中に渦巻いた。
だが、そんな疑念を抱いている狼に気づいたのか、鳩子はチッチと舌打ちをしながら、指を振った。
「まぁ、ここに来たばっかりの狼だと、疑いたくなる気持ちは分かるけどねぇ……」
「ここは、正真正銘のBRVの保管庫よ」
根津が一つの模様に自分の手首に付けた端末機を近づけると、模様が光り出しそこからどこからともなく、青龍刀月刀のような形のBRVが出てきた。
その光景に狼は、息をのんだ。
「すごい……」
「ここで、一度登録したBRVは変更は不可。所有者もその人、一人だけ。つまりこのBRVは私専用よ」
先程の名莉の説明が腑に落ちた。
狼は自分のIDカードを取りだし、模様に近づけるが反応は何もない。
「どうして、なにも反応しないんだ?」
模様と睨み合いながら、首を傾げていると
「相性が合う奴が無いんじゃない?」
と鳩子がひょこっと顔を出してきた。
「えっ? 相性悪いとBRVって出て来ないの?」
「うーん。あんまりこんな事案は無いんだけどね」
根津も不思議そうに眉を寄せて鳩子と同じ様に唸ってから、何かを閃いた様子で狼の方を見る。
「ねぇ、狼あんたの端末と学生IDをちゃんと連携してる?」
「えっ、端末と学生IDって連携できるの?」
「うん、できる。やり方はーー」
名莉が自分の手首に付けている端末機を狼に見せ、視線を狼の腕へと向けた。名莉から学園内での端末機の主な使用方法を聞く。まさか端末機は学生IDと連携できるとは思っていなかった。
端末機と学生IDの連携の仕方は、一度学生IDを自身の端末にタッチするだけだ。一度タッチした学生IDは、防犯上、一つの端末にしか連携できない様になっている。これで漸く狼は学生としての初期設定を終えられたらしい。
「へぇ……。確かに端末と学生IDが連携できるのは便利だな」
狼が感心しながら、腕にはめている端末を見る。
「いや、これ普通に地方の学校でも導入されてるから」
「嘘ッ!」
知らなかった。こんな機能が世の中に出回っていたとは。狼は目を見開いて再度端末と鳩子の顔を交互に見る。
鳩子は呆れたように、黙ったまま頷いた。
「狼、あんたどんな場所に住んでたのよ?」
話を黙ってきいていた根津が口を挟む。根津と同調するかのように名莉も狼の顔をじっと見ている。
「えーっと、一般的に言うと……離島……かなぁ」
「離島?」
鳩子よりも先に根津が反応してきた。きっと先進国である日本に、時代に取り残されている離島があるということが、信じられないのだろう。
そのことを、根津の目が言わずともそう語っている。
だが、どれだけ驚かれようと事実は事実だ。狼がいた離島では、こんな機能を活用する機会は少なかった。
良い意味で言うと、自然に囲まれていたとも言うし、悪い意味でいうと超がつくほどのド・田舎ということだ。
狼はここにいる三人の話を聞き、自分の住んでいた島の不便さをようやく気付いた。
「そんなにおかしい?」
「「おかしい!」」
強い口調で、根津と鳩子に断言されてしまい、なんとなく狼は肩身が狭いような気がした。
しかし、根津の隣にいた名莉から出た言葉は二人とは違った。
「狼が住んでた所、私行ってみたい」
「えっ?」
いきなりの名莉の言葉に、驚きの言葉が出てしまう。狼からして見れば、名莉の言葉は意外に感じたからだ。
普段から、こんな近未来的な場所に住んでいる人が、わざわざ不便な島に行きたいというのは、相当な物好きくらいだと思ったからだ。いや、名莉は今までの言動からして少し物好きなのかもしれないが、それにしても意外だった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、来たらがっかりさせちゃうかもよ?」
「どうして?」
名莉は狼の言葉に首を傾ける。
「だって……、本当になにもないし……」
少し名莉から視線を外していると、名莉が口を開いた。
「すごく綺麗な場所に思えたから」
名莉の言葉はいつもどこか、ずれているような気がする。だがそんな名莉に狼は失笑してしまった。
「確かに。綺麗な所ではあるね」
すると名莉は、どこか満足そうに微笑んで頷いた。
「ちょっとここで青春ごっこするの、禁止~。こんなの見せつけられたら歯痒くて、見てるこっちが寒イボだよ」
「ちょっと、変な誤解を生むようなこと言うなよ。別に二人の世界なんて作ってないだろ」
白けたような表情で、鳩子と根津が名莉と狼を見ている。その二人の視線を掻き消すように狼が弁解をする。
「わかった、わかった。そういうことにしとこうか」
「全然わかってないじゃないか」
鳩子からの投げやりの返事に、狼は閉口した。
きっと、自分がどんな言葉を言っても鳩子たちには通じない。そう思ったからだ。
なら、気分を変えて自分のBRVを探すことに専念しようと狼は思った。
気を取り直して、狼は事務局へ連絡を入れ、返答を待つ間、自分が持てるBRVの形を再度想像する。それくらいしか、今はやる事がない。
しかし、いくら待っても事務局からの返答が来ないため、短くため息を吐き、狼はとりあえず自分の端末を再度、近づけた。やはり模様は何の反応もしない。
「やっぱり駄目か……」
呟きながらも続けて挑戦するが、結果は同じだった。段々不安も増してくる。
いや、嫌な予感がすると言ってもいい。
そんな狼の様子に気づいたのか、名莉が顔を覗き込んできた。
「どうかしたの?」
「あ、うん……さっきから色んな模様に端末機をかざしてるんだけど、どれも反応しないんだよね……。それともこのくらいは、普通なの?」
「そんなことない。普通は二、三個試せば一個は必ず合う物があると思う」
「へぇ……そうなんだ」
いよいよ、自分の悪い予感が的中するかもしれない。そう考えると狼の手はじんわり汗ばんだ。
考えたくはないが、自分は本当に素質がないのではないか? そんなことを考えてしまう。狼が急に黙りこくったせいか、名莉が少し眉を顰めて狼を見ている。
壁にもたれ掛って、退屈そうにしていた鳩子も狼の様子に気づいたのか近づいて来た。
「まだトラブルは解決できなさそう?」
狼の気分とは反対に鳩子の口調は呑気だ。そんな鳩子の声を聞いて根津もやってきた。
「どう? 自分に合うの分かった?」
「それが……」
「なによ?」
「僕に合うのが無いんだよね。事務局からの返答もまだないし」
苦笑気味に答えると、根津と鳩子はお互いの顔を見合ってから、また狼に視線を戻した。
「ははは」
「いや、笑ってる場合じゃないから」
鳩子からの厳しい指摘に、狼は口ごもるしかなかった。
確かに鳩子のいうように笑ってる場合じゃない。自分に合うBRVを見つけないと、これからの実技の授業が受けられなくなる。
もし仮にそうなったら、せっかく奨学金で通えるようになった明蘭学園を退学という可能性も出てくるかもしれない。それはまずい。非常にまずい。
しかも、ちゃんと三年たったら、島に戻ると小世美と約束をしたのだ。小世美との約束を破るわけにはいかない。
「どうすればいい?」
「あたしに聞かないでよ」
隣にいた根津に助け舟を求めたが、あっさり跳ね返されてしまった。
「本当に、あんたCランクなわけ?」
「本当だよ! 嘘なんてついてない」
根津からの疑いの視線を受け、狼は自分の端末で学生情報を表示した端末画面を突き出して見せる。
突き出された端末のモニターを根津と鳩子、それと名莉が目を向ける。
「んまぁ、確かにCね」
「威張って見せれるランクでもないけどね」
狼の学生情報を見つめ、鳩子と根津が渇いた笑意を漏らした。そんな二人の態度のせいか、自分のランクが低いことに、恥ずかしさがこみ上げ、小刻みに震えるしかなかった。
そんな狼を口元をニヤつかせ、鳩子と根津が顔を近づけてくる。
鼻先には、女子特有の甘い匂いが漂ってくる。狼はさっきとは違う意味で戸惑った。だが近づいてくる二人は気にせず、顔を前に出す様に距離を詰めてくる。
「ちょっと、何?」
耐え切れず、狼がそう叫ぶと
「「別に~」」
と二人は声を揃えて、からかうような笑みと共に返事をしてきた。
後ろの方にいる名莉に助けを求めようと視線を送ろうとしたが、止めた。
仮に名莉に視線を送った所で、狼の求めているような助け舟を出してくれるかは怪しい。
壁際にいたため、後ろに引くということもできないまま、鳩子と根津の顔はあと数センチという距離になっていた。
「へぇー、意外だな~」
鳩子がいつものように呑気な声を上げる。
「何がよ?」
根津が鳩子の方に顔を向け、聞き返す。
すると、鳩子は自分の手を上に上げ、狼の頭の上に手の平を置いた。
「背だよ、背!」
「背?」
「そう。なんか普段はそう高く見えないのに、意外に近くに立つと身長差があるんだな~と思って。体つきも普通の学校から来た割にちゃんと引き締まってるし」
「まぁ、確かに」
狼の身長は一七七センチだ。同じ歳の生徒に比べれば比較的に高い方だろう。
納得したように、根津が頷き狼の方に向き直る。
「身長の話なんて、今はどうでもいいじゃないか。どうでもいいけど、少し離れてよ」
「えぇーー」
「そんな声を出したって、駄目!」
駄々をこねる子供のような、声を鳩子が上げるが、狼はその声も一刀両断した。
「普通の男子なら、喜ぶシチュエーションだと思うけどな~」
口元に指をあて、鳩子が目を細めて狼を見てくる。
「ただのスケベだよ。それ」
狼は鳩子が口にした言葉の意味が理解できず、額に手をあて呆れるしかない。
呆れられたのが不服なのか、鳩子は口を尖らせて横を向いてしまった。
根津はすでに、狼をからかうのをやめていた。多分、飽きたのだろう。根津は自分の肩に腕を回し、首を回している。
「じゃあ、一か八かで全部のランクの保管庫に行って、合うのがあるか試してみたら?」
そっぽを向いていた鳩子が、まるで新しい遊びを考え付いた子供の様な声を上げた。
「それ、時間かかるじゃない」
めんどくさそうに、根津は顔を顰めさせる。
だが、そんな根津の事は眼中にないように鳩子は保管庫から出て行ってしまった。
狼は慌てて、鳩子を追う。
「ちょっと、待ってよ」
「早くー」
狼の制止の言葉も耳に届いていないのか、鳩子は嬉々とした声を上げ、足を止める気配はない。鳩子を追う狼の後ろから名莉がついて来ている。そしてその後ろには眉間に皺を寄せた根津の姿もあった。
それから鳩子に因子を流さないまま走り追いつくと、鳩子は顔を膨らませた。
「追いつくのが早すぎ」
「だから、言っただろ? 走りには自信があるって」
「ふうん」
あくまでも鳩子からの返事は素っ気ない。
いきなり走り出して、しかも追いついたらこんな態度を取られたら、さすがにむっとする。
体力があるとはいえ走れば多少なりとは疲れる。そもそも自分が追い掛ける必要はなかった。そう思うと少し損をしたような気分になる。
短いため息を狼が吐いたところで、名莉と根津が追い付いてきた。
それから、仕方なく鳩子の言うとおりCランク以外の物も試してみたが、全て狼と合う物が見つからなかった。
「いったい、どーゆことよ!」
無駄骨をさせられたせいか、根津が苛々とした声で叫ぶ。未だに事務局からの返答も無いのも相まっていただろう。
「こっちが聞きたいよ」
狼も地面に座り込み、顔をがっくりと下に下げた。
もうすでに、空が赤くなり夕日が沈んでいる。
「これだけ、探してもないなんて……。あんた、本当に素質ないんじゃないの?」
「うっ」
痛いところを突かれた。薄々だが狼も根津と同じことを考えていた。これだけしらみ潰しに探したにも関わらず、一つも合わなかったのだ。そう考えても無理はない。
鳩子は疲労がピークにきたのか、地面に座り込み顔を上に上げ、無造作に口を動かしている。
鳩子の行動には突発的かつ謎な行動が多いが、理解できない程度ではない。だが今の行動は電波さんにしか見えない。だが、その行動になにか言うという気力も狼には湧かなかった。
「大丈夫。狼にはちゃんと素質がある」
まっすぐな瞳で狼を見つめ言いきった。
そんな名莉の視線に、狼は一瞬だけ息が詰まるような感じがした。
「そうかな?」
と首を傾げながら答えるが、内心では嬉しくなって舞い上がってしまう。狼は自然と自分の表情が緩んでしまうのを感じた。
少しでれっと弛緩した狼を根津は冷ややかな目で見ていた。
「うん。私はそう思う。……それに真紘も言ってた」
「えへへ、そう、真紘が……って、え?」
「どうかしたの?」
「だって、真紘って、輝崎真紘でしょ? 新入生代表の。そんな優秀な子が、なんで僕のことをそんな高く評価してるのか信じられないよ」
「そう? 真紘は狼のことを知ってる。だから、別に不思議なことじゃないと思う」
「いや、おかしいよ。だって、僕はどうして輝崎君が僕を知っているのかも分かってないし。それに輝崎君が僕をなんらかの形で知っていたとしても、素質があるって思われるような事をした覚えも僕にはない」
腕を組みながら、断言する。
まったくいい加減にしてほしい。と心の中で狼はため息を吐きたくなった。いや、真紘だけではない。ここの理事長にもだ。
なぜなら、ここの特待生として狼を無理矢理入学させたのは、紛れもないここの理事長である宇摩豊なのだから。




