生徒会長
ここから、第三章スタートです。
サバイバル演習を終え、狼たちは無事明蘭学園へと帰還した。
「ふー、色々あったけど、それなりに為になったな」
狼が机に座りながら、腕を伸ばしてリラックスしている。
「まぁね。実践ではないにしろ、あの演習でかなり対人戦の感覚は掴めたでしょ。それにあたしたち、今回の演習で一位になったから、BRVの強化をしてもらえるはずよ」
と根津が嬉しそうに笑みを浮かべている。
「本当に?それって、自分で強化の方法とか決められたりできるの?」
「そうね・・・。大体は自分で決められるけど、狼の奴の場合はわかんないわね。なんせ、特殊なBRVだし」
「そんな~」
根津の話を聞き、狼が落胆の声を上げていると
「たいへーん!」
と言いながら鳩子と名莉が教室に入ってきた。
名莉と鳩子は日直だったため、朝につけた名簿を榊に渡しに行っていたのだ。
「そんなに大きな声だして、どうかしたの?」
狼が少し息の上がった鳩子を見ながら、首を傾げる。
すると、鳩子が勢いよく狼の両肩を手で掴んできた。
「生徒会長が日本に帰国したみたい!!!これは、学園内に旋風が巻き起こるね。確実!」
すごい意気込みで、そんなことを言われ、狼は思わず身体を後ろに反らす。
でも考えてみれば、ここ明蘭学園に来てから生徒会長という存在を見たことがない。そのため狼は、明蘭学園は特殊な学園のため、生徒会長という者が存在しないと思っていた。
けれど、実際はいたらしい。
しかもこの鳩子の慌て様といい、その鳩子の言葉を聞いていたクラスの生徒たちのざわめきようといい、物凄い人物というのは間違いない。
「鳩子、今帰国したって言ってたけど、今までどっか海外にでも行ってたの?」
「まぁね。ちょっと米国の軍事施設を視察してくるとかで、渡米してたのよ。本当はあと一ヶ月くらい後に帰国する予定だったんだけど・・・・・・・あっちでまたとんでもないことやらかしたのかな?」
「その確率は、高いと思う」
鳩子が顎先に手をあてながら呟いた言葉に、名莉がコクンと頷いている。
はっきり言って、たかが高校生がアメリカの軍事施設を見に行く事自体、間違っているような気もするが、ここは明蘭学園。どんな生徒がいてもおかしくはないだろう。
いったい、どんな人なんだろう?軍事施設を見に行くくらいだから、相当筋肉質の巨躯をした人なんだろうな。
そんな化け物みたいなのが、生徒会長なんて危なすぎるんじゃないか?名莉たちや、クラスの生徒がどよめくくらいだし。
「ねぇ、その生徒会長ってどんな人?」
狼が嫌な人物像を頭の中で描きながら、恐る恐る訊ねる。
すると鳩子がゆっくりと狼の方に視線を合わせ
「かなり強烈な人・・・」
と答えた。
狼はそんな鳩子の凄味に思わず、唾を呑む。
「そんなに・・・?」
「そんなに」
狼が鳩子と顔を見合わせながら、そんなことを言い合っていると、教室にあるスピーカーから、『只今から、生徒総会を始めます。速やかに全生徒、学生ホールに集まるように』というアナウンスが流れた。
「えっ、今から?だって、もう一限目が始まるじゃないか」
と狼が目を丸くしていると、ぐいっと名莉が腕を掴んできた。
「狼、行こう」
「え?」
狼は今の状況についていけないまま、名莉に引っ張られるがままに教室を出る。教室を出ると、廊下には左右にあるクラスから、生徒たちがぞろぞろと列を作って学生ホールに向かっている。その中にセツナたちの姿もあった。
セツナたちも今の狼と同じように、不思議そうな表情を浮かべながら他の生徒たちに続いている。
これから、何が始まるっていうんだ?
狼はただ口をあんぐりと開きながら、生徒たちの流れに沿って学生ホールへと向かった。
学生ホールに入ると、まるで映画館のように座席が段々畑のように並べてあり、クラスごとに別けられた席へと移動していく。ホール内は照明が落とされ、ぼんやりとした淡い橙色の光が足元や壁側を照らしているだけだ。
狼は名莉たちについて行くようにして、座席へと向かう。そのとき、狼の制服の裾が下から引っ張られた。引っ張られた方向に視線を向けると、席に座っている根津が上目使いで狼を見ていた。
「ここから向こうまでは、あたしたちのクラスの席だから、好きなとこ座って大丈夫。狼はあたしたちと座るでしょ?」
根津が座席についての説明をしながら、狼に自分の席の隣を手でポンポンと叩いた。
「あ、うん」
狼がそう返事をしながら根津の隣に座ると、反対側の狼の席に鳩子が座ってきた。そしてジト目で根津を見ている。
「なによ?」
鳩子の視線に気づいた根津が怪訝そうに、眉を寄せている。
「いーえ。別に。ネズミちゃんはやり手だなと思って」
「だ、だからなにがよ?」
少し動揺を混じらせながら鳩子に根津が尋ねると
「ほらほら、もうすぐ会長様のお目見えだよ~」
と言って、話を逸らしてしまった。
間に挟まれた狼は、まったくもって二人の会話の意味がわからず、首を傾げるしかない。
そんな感じで、なんやかんやしている間に、橙色に光っていた照明が落ち、目の前にある檀上に光がぱっとつけられた。
檀上のサイドには、副会長らしき男子生徒と、何故か網シャツのような物を袖から見せている、忍者のような男子生徒、それと真紘の姿があった。
「ねぇ真紘って、生徒会に入ってるの?」
小声で根津に訊ねると、根津が少し頭を近づけてきた。根津からは少し甘い匂いがする。
やっぱり、女の子だな~。と狼が内心考えていると
「ちょっと、もう一回言ってくれる?小声すぎて聞き取れなかったのよ」
「あ、ああ。えっと、だから真紘って生徒会に入ってるの?」
「ええ。まぁね。中等部の頃から決まってたみたい。他のメンバーも中等部で生徒会に入ってた連中よ。うちの学校の生徒会人数って、少ないのよね」
「へぇー、そうなんだ。みんななりたがらないの?生徒会メンバーなんて、なんかいい感じだしさ」
「まぁ、いるけど、メンバーは会長の気まぐれで増やすから、いつ入れるのか分からないのよ」
「なんだ、それ?」
狼が思わず大きい声を出したため、周りの生徒の目が狼たちに集まる。狼は思わず手を口に当て身を縮込ませた。
「もうっ、恥ずかしいでしょうが」
と根津から肘で腕を軽くどつかれた。
「ごめん」
狼が謝ると、根津は呆れたように短く息を吐いた。
そのとき、檀上に一人の女子生徒がぴしっとした綺麗な立ち姿で、カツカツという足音をさせながら、檀上にやってきた。
やってきた女子生徒は威風堂々とした立ち姿で生徒達の方を向いた。
女子生徒はシャギの入った長い黒髪。切れ長の目で目鼻立ちがくっきりとしている。体のラインは制服を着ていても分かるほどに、均整が取れ、スカートから長い足がすらっと伸びている。まさにスーパーモデルのような体形だ。
狼は自分が想像していた人物像との違いに、目をぱちくりとさせた。
鳩子があんな大袈裟に言うから、完全な勘違いを起こしていた。
立ち姿からは威厳という物が滲み出ているが、それを抜きにすればかなりの美女だ。
だからかな?
狼は周囲を見ながら、あることに気づいた。
みんな、やけに緊張しているように見える。それは檀上の上にいる生徒会メンバーもだ。
美人すぎる人を前にすると、緊張するっていうけど、ここまで皆が全員しなくても。と狼が考えていると、檀上にいる女子生徒が口を開いた。
「皆の者、この九条綾芽が舞い戻ったぞ。さして、何故貴様たちをこの場に集めたのかというと・・・まぁ、言うまでもあるまい、この場にいる者の中に、おもしろい武具を使う者がいるということを耳にした。・・・妾は強者と戦うことに枯渇し渇望する。故に一年の黒樹!貴様は今ここで、妾と戦うのだ!」
ビシッと狼の方に向け突き出される指。
狼は思わず身体を震わせ、立ち上がってしまう。
壇上から狼の席は、前に一軍生が座っているためかなり離れている。そのはずなのだが、九条綾芽から放たれる強烈な威圧が、ビリビリと伝わってくる。
なんなんだ、この威圧感。
逆臣者を決して許さないような、いや有無も言わせないような、そんな気迫を感じさせられる。だがしかし、そんなことは別として、何故自分がこんな大衆の前で、名指しで生徒会長から意味不明な宣戦布告をされているのだろう。
狼は混乱したまま、立ち尽くすしかない。
すると
「何を呆けている?呆けている暇があるのなら、拳を揮え。妾に戦闘という快楽を与えよっ!」
一方的に告げられる言葉。
だが、それでも言葉が浮かび出てこない。今の狼にとって綾芽の言葉は、言葉として認識されない。
けれどそんな悠長なことを考えている場合ではなかった。
狼の目の前に、檀上にいたはずの綾芽が肉薄していた。己の拳を突き出して、蠱惑的な笑みを浮かべている。
狼の息が一気に詰まる。
狼は反射的にイザナギを復元し、構える。そして構えた丁度その時・・・
狼の右肩に骨が軋むような、鈍痛が伝播する。イザナギと綾芽の拳打がぶつかり合ったはずなのに、イザナギの刃を通して狼にダメージを与える。
それほどの威力を持った素手での攻撃。
「くぅぅ」
狼が苦渋の声を洩らす。そして咄嗟に膝を折り、右肩を片方の手で押さえる。
「ちょっと、悪ふざけが過ぎるじゃないの?」
金切声を上げながら、隣にいた根津がBRVを復元し、綾芽に向け、振り下ろす。目の前で青龍偃月刀の刃が光っているというのに、顔色一つ変えず、綾芽が腕で受け止め、そのまま押し返す。もはや、根津のことすら見ていない。
「なっ」
根津から驚愕の声が上がる。だがすぐに根津は相手を威嚇するように睨みつける。
「馬鹿にしてっ!」
ホールに響き渡るような怒声。そして再び振り払われる刃。
だがその二つを向けられている当の本人はまったく気にする様子もない。少し雑音が耳触りだというくらいには、眉を寄せてはいるが。
今度は遠心力をつけ、綾芽の腹へと横薙ぎに刃を振るう。その動きにはまったく無駄がない。速度もある。普通ならば受け止められないだろう。
けれど目の前にいる綾芽は、その刃を手で鷲掴みにした。
鷲掴みにされた清龍偃月刀は、根津がどんなにゲッシュ因子を込め、力を加えてもぴくりとも動かない。まるでパントマイムを見ているようだ。
そんな静止画に、名莉が撃った銃弾が追加される。
もちろん、標的は九条綾芽。
標的にされた綾芽は、ばっと勢いよく飛来してくる銃弾に向け右拳を突き出した。すると名莉が撃った銃弾は、何かの抑止力が働いたように、ぴたりと止まり、無造作に弾が床に落っこちた。
「斯様な小細工で、妾に通じるとでも思ったか?実に浅ましい考えだ」
綾芽は名莉を一瞥し、にやりと口元を優美に歪ませる。
そして再び狼へと向き直った。
「それにしても貴様・・・つまらぬぞ。つまらなすぎて欠伸も出んな。こんな愚にもつかない茶番劇を皇の血族である妾に見せるとは、なんたる愚か者か。臣民ならばそれなりに皇を喜ばせるのが臣民の務めではないか。ならもっと妾を楽しませえ」
「いきなり、そんな意味わかんない独論を言われても、迷惑だ」
狼が漸く口を開いて反論する。すると綾芽はぴくっと眉を動かした。
「戯言を抜かす出ない。妾が言うことが迷惑?貴様は真の阿呆か?」
「それは会長の方だろ!」
本当に怪訝そうな表情をしている綾芽に、狼は真面目にツッコんでしまった。
そのため、はっとして狼が綾芽と視線を合わせる。綾芽の表情は真顔だった。
もしかして、怒らせたのか?
内心、びくびくとしながら
「あの、会長・・・?」
と声を掛けて見る。
綾芽からの反応が返ってこない。これは本当に怒らせてしまったのかもしれない。こんないきなり人に襲いかかってくるくらいの、狂戦士だ。次に何が起こってもおかしくない。
そう思い、狼が身構える。
だがそれは不要だった。
そう思ってしまうくらい、次の瞬間狼は思いっきり、斜め上の方向に蹴り飛ばされた。
どぉぉぉぉぉん。
「「「狼っ!!」」」
近くに座っていたデンのメンバーの悲鳴が上がる。
天井付近の壁に打ち付けられた狼の意識が明滅する。背中から来る衝撃で声も出ない。口の中に血の味が溢れる。そしてそのまま重力に引き寄せられるがままに、墜落する。
うっすら目を開けると、口元を気味悪く歪めている綾芽の姿が前方に見える。そして狼に留めをさそうと右拳を堅く握り、その拳にはうっすらとゲッシュ因子を纏わせ、山吹色に染まっている。
ああ、これはやばい。
意識が薄い所為か、思考が驚くほど静かだ。
そして眼前に綾芽の拳が迫る。視界が拳で埋まる。
そのとき、一風が吹いた。
落下する狼を救い上げるように包み、綾芽の拳からも狼を救う。
「ちっ」
それを見て綾芽が舌打ちをしている。
「輝崎、妾の邪魔をするでないっ!」
くるっと身を翻し、壇上にいる真紘を殺意を込めた目で綾芽が睨んでいる。
狼はその表情を見ながら、ある既視感を感じていた。
こんな顔を前にも誰かがしていたような。
いや、ここにいる九条綾芽は誰かに似ている。誰かはわからない。でも狼が知っている人物だ。誰だろう?
「ちょっとロウ、大丈夫!?」
狼が真紘の風によって、無事着地した場所はセツナたちの近くだった。心配そうな声を上げてセツナたちがやってくる。
「え、あ、うん。真紘のおかげでなんとか・・・」
やっとはっきりしてきた意識で、狼が答える。
そして丁度その時、少し離れた場所に着地した綾芽が壇上にいる真紘に向け、怒声を轟かせる。
「答えよ!!何故、妾の邪魔をした?」
すると真紘が少し檀上の前に出て、口を開いた。
「目の前で己の友人が困っていのならば、助けないわけがないと思いますが?それに、今の黒樹と戦うより、パワーアップした黒樹と戦った方が、会長としてもご都合がよろしいと思いますが?」
「パワーアップ?それは真か?」
「ええ。黒樹はこの前の演習で一位を取ったので、BRVが強化されます。ですから、その強化されたBRVを手にした、黒樹と戦った方が良いでしょう」
「ふむ。なるほど。実が熟すのを待つということか・・・。まぁ、それもいい。だが、その時は輝崎、貴様も一緒に妾と戦うのだぞ?妾を待たせるのなら、それなりの報酬を用意するべきだ。そうであろう?」
「・・・・承知しました」
真紘は深々と頭を下げて、答える。
その様子を隣で見ていた副会長らしき男子生徒が続けて口を動かした。
「では、この場は副会長である行方周の命により、この集会を終らせる!それでいいか?」
周は真紘ともう隣りにいる、忍者のように男子生徒を一瞥してする。
すると、真紘は黙ったまま頷き、隣の忍者の様な男子生徒は
「拙者に異論はなし」
と答えた。
そして、周は最後にホール席の方にいる綾芽に視線を向けた。
「会長もよろしいでしょうか?」
「構わん。妾の用事は終わった。ならば、斯様な集いなど意味はない」
「わかりました・・・・では、ここで集会は終わりだ、各自クラスに戻り、授業を始めるように。以上」
その副会長の号令と共に、生徒がぞろぞろとホールをから出て行く。
狼もセツナや、走ってやってきたデンのメンバーと共に、ホールを後にした。
狼は怪我をしているため、クラスには行かず、まず保健室に行くことになった。そして、保健室に向かっている最中、心配そうに隣を歩く名莉たちにばれないように、嘆息を吐いた。
また、厄介事に巻き込まれるのか、僕。




