サバイバルの終幕
「いったい、どうなってるのよ?もうっ!」
自身の鬱憤を口にしながら、サードは朝の密林を走っていた。もちろんイレブンスを捜し出すためだ。だが昨日は碌に捜索を行えていない。
捜索をしていたはずのナインスが重傷を負い、帰還したためだ。そこにはナインスほどではないものの、負傷したフォースもいた。
理由を問い詰めると、蔵前左京と佐々倉誠という二人と戦って、怪我を負ったらしい。別にサードにとって、フォースやナインスが誰と戦闘行為を行おうと大して問題ではないのだが、それによって捜索を一時中断させられたことが、どうにも癪で仕方ない。
だがしかし、その中でも一つだけ気になったことがあった。
それはファーストのことだ。
フォースが戦った相手の名前を言ったとき、ファーストから殺気にも似た物が沸き立っていたのだ。しかも、フォースがそれを愚弄するように笑っていた。
ファーストとの間に何か因縁染みたものでもあるのだろうか? いつも冷静なファーストだけに、少し興味深く感じる。
「まっ、今はそんなことより……あたしの愛するイレブンスを助け出さないと」
口先でぼそりと呟く。
イレブンスがいそうな場所なら、昨日の夜に上部の方から大体の目星を言われている。あとはそこに向かうのみだ。
今日の捜索にはサードと怪我の軽かったフォースの二人で行っている。
ナインスは言うまでもなく、治療中。ファーストの場合は気分ではないと言って、ヘリの中で待機をしている。まったくもって、やる気のないこと。
無事にイレブンスを見つけ出したら、思う存分愚痴を言ってやるのだ。
そうでなければ、自分の腹の虫が治まらない。
「目標地点に到着。一気に突入する」
「へいへい、了解~」
斜め後ろを気怠そうについて来ているフォースに言い放ち、サードたちは目標地点の洞窟内へと足を踏み入れた。
そこにはサードが追い求めていたサラサラの黒髪が見えた……が……
「キ、キ、キキキキキ、キスしてる~~~!!」
洞窟内にサードの絶叫が響き渡る。
その声にイレブンスが訝しそうに、ヴァレンティーネが驚き気にサードを見ている。
「なな、なんで、どうして、なんで、どうして、なんで、どうしてなのーーー?」
見てしまった。見たくもないものを。史上最強に見たくないものを。だが見てしまったのだ。
二人して地面に座り込んでいる、イレブンスの顔とヴァレンティーネの顔が至近距離にあり、ヴァレンティーネの顔をイレブンスの頭で被さる様に重なってところを。
しかもイレブンスの格好は半裸状態。そしてヴァレンティーネの目は歓喜の涙で目を潤ませている。ように見える。
まさにファンタスティック! ありえない。
一気にサードの目に熱い物が込み上げてくる。
こんなに苦労したのに。あたしの苦労は水の泡。
やはり、イレブンスも綺麗な女性には弱いということなのだろうか? でも、自分だってそれなりに愛らしい身なりはしているはずだ。それなのに……
というようなパニックを起こしているサードに、イレブンスが口を開いた。
「待て待て。誰がキスなんかしてるんだよ?」
イレブンスが怪訝そうに眉を潜めている。
「えっ、だって、え、違うの?」
半泣き状態のサードが混乱しながら訊く。
「ちげーよ。何変な妄想をしてんだよ。俺はただこいつが目が沁みるとか言い出すから、見てやってただけだっつーの」
「じゃあ、なんで上着を着てないの?」
「それは昨日の雨とか諸々のことで濡れたから乾かしてただけだ」
そう言って、イレブンスが岩にかけてあった上着を掴み、袖をとおした。その一連の流れをみながら、サードは目を細めて問い詰めるように訊ねる。
「諸々のことって?」
「別に大したことじゃない」
「大したことじゃなくても、気になるんですけど」
「くどい。別におまえが妄想してるようなことしてない。変な疑いをかけんな」
イレブンスのその言葉に、サードは溜まっていた涙を拭き、出そうになっていた鼻を啜る。
ああ、よかった。
自分の愛するイレブンスは、こんなぽやんとした女に奪われなかった。
そう考えただけで、サードはとてつもない安堵感が胸を満たす。
「おお、これはけっこう大物のワニだな~」
と一人勝手に洞窟の内部を見ていたフォースが口を開いた。
そこにはグロッキーな姿になっているワニの姿があった。
「だろ? そんくらい捕まえないと捕まえたって言えないだろ」
何故か満足そうにイレブンスが両方の手の平を地面に付けた状態で座りながら、胸を張っている。
「でも、前におじさんが相手にしたクロコダイルの方がでかいけどな」
「仕方ないだろ。こんなところにクロコくらいの獲物がいないんだから。それにしても、なんでおまえ、怪我してるんだ?」
片方の手を腰にあてながら立っているフォースを見ながら、イレブンスが訊ねる。
「ああ。この怪我ね……」
手当を施された腕を見ながら。フォースがにやりと笑った。
「いやいや、この怪我のことはヘリに戻ってからお話をするよ。ファーストたちに連絡して、迎えにこさせたからさ」
そう言って意味深な笑みを浮かべたフォースに続いて、イレブンスたちも洞窟を出る。そして少し歩いた先の上空でヘリが待機していた。
ヘリから梯子が降ろされ、イレブンスたちがそれを使いヘリに乗り込む。
すると
「あーーーーーーっ!」
「やはり、貴様たちだったのか!」
という二つの声が上がった。
一つ目は間抜けそうな狼の声。もう一つは輝崎真紘の芯の通った声。
狼は口をあんぐりと開けながら、真紘は険しい表情を浮かべながらヘリを見上げ、近づいてきている。
いつもならこの場で相手をしてもかまわないのだが、今は精神的にも体力的にも疲弊している。とても相手をしていられない。
「一足来るのが遅かったな。そんじゃ」
と言ってイレブンスが狼たちに向け手を振り、ドアを閉めようとした瞬間、ひょこっと顔を出したヴァレンティーネがにっこり笑って
「アストライヤーさんたち、またね」
と言って手を振った。
そんなヴァレンティーネを見て、狼も驚愕の表情を浮かべている。隣にいる真紘も然り。
そんな二人を最後に見て、イレブンスは完全にヘリのドアを閉めた。
ヘリのドアを閉め、イレブンスは座席に深く腰を下ろした。ヘリはすぐに無人島から離脱し海の上を飛行している。
そういえば、あのサルどこいったんだ?
イレブンスたちが朝起きたときには、猿の姿はなかった。もしかしたら、群れに帰ったのかもしれない。少しヴァレンティーネは寂しそうにしょんぼりしていたが、それも仕方ない。所詮、野生動物なんてそんなものだ。
イレブンスがつい先ほどまでのことを思い出し、一言呟いた。
「とんだ災難だったな」
「まったくだ……」
ため息混じりに言葉を紡いできたファーストを、イレブンスが睨む。
「誰の所為だと思ってんだ、誰の」
「知らん!」
「知らんっておまえなぁ~」
とイレブンスがファーストに食いかかろうとしたときに、斜め前の席に座っていたフォースが口を開いた。
「そういえば、ファーストには言ったんだけど、この島でおじさん、佐々倉誠と蔵前左京とやりあっちゃったよ……」
となんとも呑気な声で言ってきた。
イレブンスはそんな呑気な声のフォースとは二律背反するように、頭を強く揺さぶられた感覚に陥っていた。
「いまだに、金魚の糞をしていたとはな……」
そう言ったのは、苦い顔をしたファーストだ。
イレブンスはそんなファーストの言葉を聞きながらも、心中が妙にざわつく。
落ち着かない。
思い浮かべたくないことを思い浮かべる。気持ちがどこか別の場所に連れて行かれる。別に気にすることじゃない。気にしなくてもいいことだ。
だが、そんな言葉を頭で並べたところで、自分の気持ちはまったく正反対のことを考えている。実に下らない。でも、どうしても切り離せない。
佐々倉誠。
彼女が持つ自分への影響力。それは今のイレブンスにとって無視できないものがある。
彼女は昔から輝崎の者に仕えることを自分の信念に置いていた。芯が強く、頑固。だが、とてつもなく優しいということも知っている。
だからこそ、自分は……
いや、もう考えるのをやめよう。
このままこの考えに縛られていたら、それこそフォースの笑いが止まらない。
それはうんざりだ。
イレブンスは窓の方に顔を向け。きつく目を瞑った。
眠ることはしなかった。疲弊しきった今の頭で寝たりしたら、夢に変なものを見かねない。だから、今は目を瞑るだけに留めた。
ーー逃げられた。真紘もすぐにイザナミを復元し攻撃を放つが、ヘリのスピードが想定していたよりも速く、逃亡を許してしまった。おそらく高速飛行ができるように独自改造されているのだろう。
真紘は苦虫を噛んだように、悔しい表情を浮かべる。
「またしても俺は……」
「いや、真紘だけの所為じゃないって。僕も逃がしちゃったわけだし。お互い万全の状態でもなかったんだ。だから深く気にしない方がいい」
「しかし……」
真紘は納得がいかないのか、ヘリが飛んで行った方向を見ながら眉を潜めている。
するとそこに、別の場所を索敵していた他のメンバーが合流した。
「狼、真紘、妖しい奴等は見つかったの?」
そう訊いてきたのは、青龍偃月頭を手にした根津だ。
「トゥレイターがいたんだけど、逃げられちゃって……」
「なにっ!? 逃げられたたど? 貴様等二人して何をしていた?」
根津の横にいた陽向が、狼に近づき怒鳴りつけてきた。
「仕方ないだろ。あっちも逃げ足速かったし、僕や真紘だって疲れてたんだから」
「そういう問題じゃない。黒樹に輝崎、貴様等には根性がないんだ。根性が」
「根性って言われても……」
身を乗り出しながら熱く語ってくる陽向に、狼は戸惑いながら苦笑するしかない。
根津や陽向の後ろにいた鳩子たちもやれやれというように肩を竦めている。
希沙樹はそんな陽向や狼に目もくれず、真紘を気遣っている。
陽向はと言うと、隣にいた根津が「偉そう」という一言を吐き、また言い合いを始めてしまっている。
狼が短くため息を吐いた。
自分にも何らかのフォローが欲しい。
狼がそんなことを思っていると、名莉がとことこと近づいてきて、狼の頭をポンポンと優しく叩いた。そして一言。
「お疲れ様」
「逃げられちゃったけどね」
「うん。でも、真紘を見つけられたから、お疲れ様」
「ありがとう。メイこそお疲れ様」
にっこりと狼が笑うと、名莉も微笑みを浮かべて頷いた。
狼たちはすぐさま榊たちの元に向かい、状況を報告した。真紘たちの班とセツナの班は騒ぎを起こしたという事で獲得していた全ポイントを剥奪され、狼たちも少しばかり削られた。
そして、救護テントで意識を取り戻していた左京や誠は真紘の元に向かい安否を確認している。真紘は二人を労い、トゥレイターを取り逃がした事を話している。他にも何か話している様子だ。すると、左京と誠はなにか考えるような素振りをしてから「心得ました」と頷いていた。
そして、狼たちは午後から他の生徒たちとの演習を再開し、なんとか一位を確保することに成功した。午後からの急激な押し上げは飛んでもなく凄かった。
特に根津。さすがというか、なんというか、とても出色していたように思える。
その甲斐あって、一位という栄光を掴めたのも確かだ。
そして最終日の夜は、演習をしていた無人島から少し離れた所にある有人島で泊まることになったのだが、狼たちが泊まることになったホテルは、豪華絢爛と表せる程の豪勢なホテルだった。しかも、一人ずつの部屋。
二位から三位までもそのホテルなのだが、一人部屋ではなく、二人部屋や、三人部屋という形になっていた。
三位以下の人はと言うと……
一位から三位の人たちが泊まっているホテルの目の前の砂浜で、テントを張って寝泊りという、まさに鬼畜プレイを受けていた。
榊曰く、悔しかったらもっと精進しろ。ということらしい。
案の定、陽向や希沙樹はとても悔しそうにしていた。
あとで当たられないか、狼は少々不安で仕方ない。
けど今は……
「豪華なホテルを存分に楽しもう! 多分、もう一生来れないと思うし。しっかり味合わないと」
狼はそう決意し、豪華なホテルでデンメンバーと共に、サバイバル演習を終了させた。




