襲撃
時間を少し遡り、スタート地点より4キロメートル地点。
狼たちはセツナたちと共に、円を描くようにして話し合っていた。
「これから、どうする?」
次の行動予定に対しての案を狼が質問する。
「そうね~、とりあえずここで固まってても仕方ないし、先手を打って、相手を探しに行く?」
「だったら、あたしが端末で良い相手を探しとくけど?」
根津の発案に、鳩子が追加案を出す。それから根津が意思確認をするかのように、皆の顔を見る。それに狼と名莉が頷く。
けれどアレクシアが首を横に振った。
「もし、ミサキたちが先手を打ちに行くなら、あたしたちは別行動を取らせてもらうわ。生憎、あたしたちに残ったペイントボールはセツナのだけだから、明日になるまでは、守りに挺したいのよ。自分たちのペイントボールを守り一日守り抜けば、少しの点数は貰えるみたいだし・・・明日になれば、新しい奴が配られるらしいから。二日目を0点で迎えるよりはちょっとでも、点があった方がいいもの」
そう言いながらアレクシアは、演習が始まってから配布された、補足ルールを情報端末画面に映し出した。
黙ったままのセツナやマルガも、アレクシアの意見には納得しているようだ。
もしかしたら、事前に話し合っていたのかもしれない。狼自身、同じ立場になったら同じ事を考えるだろう。だからこそ、アレクシアの意見はすごく正しいと狼は思った。
「そうね、わかったわ」
根津も納得したように頷いた。
セツナ達は、にこっと微笑んでから
「それじゃあ、みんな頑張ってね」
と手を振って、密林の中へと消えて行った。
三人の後ろ姿を少しの間、見送ってから狼たちも動き始めた。
「鳩子、近くに違う班の反応は?」
「うーんと、一番近くて・・・五人の班の奴らかな。人物特定ももう少し近づいたら特定できるよ」
「わかったわ。じゃあ、一気に距離を詰めるわよ」
根津の言葉と共に、狼たちはゲッシュ因子を加速エネルギーに変え、一気に次の目標へと距離を縮める。
だが、一キロメートルくらいを進んだ地点で、鳩子が声を上げた。
「ちょっと待った!!」
「どうしたの?」
いきなりのストップ声に、狼たちは出鼻をくじかれた気分になる。
「・・・いや、その・・・ここからUターンしない?」
「なんでさ?」
鳩子からの突然の提案に、狼が首を傾げて訊く。すると鳩子は手をもじもじとさせて、目を横に泳がせた。
「今から戦おうとしてる相手だと、あたしたちに分が悪いっていうかさ」
「分が悪い?」
歯切れの悪い鳩子の口調に、根津が怪訝そうに眉を潜める。
すると、それを横で聞いていた名莉がぼそっと呟いた。
「真紘・・・」
「「えっ!?」」
名莉の言葉に狼と根津が声を揃えて振り返る。
「ピンポーン!!大正解ッ!」
ビンゴ大会の司会のような口調で、鳩子がやけくそ気味に言っている。
「今はふざけてる場合じゃないだろ!」
狼が鳩子に反論をする。
「そうね、ふざけてる場合じゃないわ。あたしたちも戦闘モードに入るわよ」
「えっ!!」
目にやる気の炎を滾らせている根津を見て、狼は思わず絶句する。
「良いチャンスじゃない。あの時の仮をきっちり返してやりましょ」
根津が言っているのは、模擬テスト前の事だ。根津は相当悔しがっていた。だからこそ、リベンジを果たしたいのだろう。そんな根津の気持ちも分からなくはないが、だがはっきり言って鳩子が言うように、今の狼たちで敵う相手ではない。
だから、ここは何とかして戦おうとしている根津を阻止しなければならない。
「ネズミの気持ちも分かるけどさ、ここはもっと慎重に作戦を練るべきだと思うよ?なんたって、相手は真紘たちなわけだし」
狼が必死に根津を説得しようと試みるが、根津は
「いえ、そんなの練ってる時間もないわ。だったら、こっちから仕掛けるべきよ」
と言って、聞き入れる余地がない。
そんな根津を見て、狼が焦っていると・・・
「ネズミちゃん、確かにネズミちゃんの気持ちも分かるけど、いいの?」
「何がよ?」
鳩子が真剣な表情で根津に語りかける。
「もし、ここで真紘たちの班と戦って、あたしたち全員のペイントボールが割られる始末になったら、ただ負けましたじゃ、済まないってこと」
未だに鳩子の言いたい意味が理解出来ていないように、根津が眉間に皺を寄せている。
「あのね、今回の演習はより多くの得点を確保しないといけないの。そうじゃないと・・・」
「そうじゃないと?」
鳩子の溜めるような言い方に、根津がオウム返しで聞き返す。
すると鳩子は、一息吸ってから
「最終日もテントで寝ることになる!」
「なっ、なーに、別に大丈夫よ。そのくらい。だって、一応得点は取ってるんだし・・・負けるって決まったわけでもな・・」
と少し虚勢を張っている根津を、鳩子がジト目で見ている。
「あれ、誰だっけ?デンの部室小屋見て、騒いでた人は?」
「うっ」
「テントなんて、言っちゃえば、布きれ一枚。地面に寝てるようなもんだよねぇ。でもネズミちゃんは耐えきれるんだよね~」
「ううっ」
鳩子の言葉に根津が、狼狽えながら後ずさりしている。
よしっ、いいぞ。鳩子。このまま根津の戦意を抜き取るんだ。
と内心で狼は鳩子にエールを送る。
そして、鳩子が勝ち誇ったような目で根津をちら見すると、とうとう根津は白旗を上げた。
「わかったわよ。今は戦わない。それで文句ないでしょ」
そう言って、根津は腕を組んでそっぽを向いてしまった。
きっと最後の日までテントというのが耐えられないと、根津も思ったのだろう。そうでなければ、根津が折れるとは思えない。
「よし、そうと決まればここからもっと離れないと・・・」
「黒樹たちか?」
狼の声に被さるようにして、真紘からの声がかかった。
はっきり言って、今の狼たちにとって掛けられたくない声だ。
「真紘・・・なんか奇遇だな~」
顔が微妙に引き攣っているせいか、狼の口調はかなり棒読みになっている。
「なんだ、貴様たちか。丁度いい得点稼ぎだ。相手になってやるぞ?」
そう言ったのは、嘲笑を浮かべた陽向だ。
「なんですってぇ・・・」
陽向の挑発的な言葉と態度を見た根津が睨みつける。だが、そんな二人の間に真紘が割って入った。
「陽向の言いようには問題があるが、戦うという点においては、理に敵っていると思う」
「いや、でも・・・」
真紘の言葉に、狼が言葉を濁すと真紘が厳しい顔になった。
「いくら友人とはいえ、今は演習中だ。手を抜くわけにもいかない。黒樹、覚悟を決めろ」
戦う気満々の真紘を見て、狼は生唾を呑む。
そして
「わかった。覚悟を決めたよ」
「ちょっと、狼!」
「鳩子は黙ってて」
小声で止めに入ろうとする鳩子を制して、狼の決意を真紘に伝える。
「僕は、僕たちは・・・・全力で逃げる!!」
狼はそう言いきると、隣で陽向と睨み合っている根津を引っ張り、全速力で退避する。
「待て、黒樹!」
「敵に背を向けるなど見苦しい」
そんな真紘や希沙樹の言葉に止まることなく走る、奔る。
たとえその姿が、見っとも無くても狼たちは止まることなく退避するために走る。
「もう、覚悟を決めたとかいうから、てっきり、戦うのかと思っちゃったよ。鳩子ちゃんは」
「ごめん。でも、今はそんなことより逃げ切らなきゃ」
「はいはい。わかってますよー」
狼の言葉に、鳩子が口を尖らせる。
「真紘・・・怒ったかな?」
「多分、真紘は怒ってないと思う」
狼の呟きに、隣を走っている名莉が答える。
真紘のことをよく知っている名莉がそう言うなら大丈夫だ。
そう狼が安心していると、草むらに足を持ってかれ、前に転びそうになる。
そして、狼が前に倒れた瞬間、狼の頭の上を何かが通り過ぎていく。何かに切られたかのように狼の髪がはらりと落ちた。
狼の頭上を通り過ぎた物は、目の前にあった樹木も切り倒している。
「もしかして、あれって・・・」
そう狼が呟いた瞬間、鳩子からの真剣で恐ろしい声が掛かる。
「あ、ハゲてる・・・」
「うそッ!」
狼は咄嗟に頭を抑える。
もしかして、さっきので・・・。狼の頭の中に嫌な光景が浮かび上がる。
「あはは。冗談だよ。冗談」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!!真面目に焦ったんだからな」
笑っている鳩子に、狼が怒りの声を上げると
「ごめん、ごめん」
と言って鳩子が笑っている。
そんな鳩子を見て狼は正直立ち止まって、項垂れたくなった。
「さっきの攻撃は・・・真紘。だから追ってきてると思う」
名莉の言葉を聞いて、狼は顔を引き攣らせる。
「まだ、追ってきてたのかよ。というか、やっぱ怒ってるよ」
そう言いながら、狼は自分の頭上を通りすぎたのは、やっぱり真紘の技だったのか、と思いながらため息をつく。
あの技は、前にミサイルを粉砕した技に違いない。
あんな攻撃を放つくらいだから、相当怒らせてしまったのかもしれない。
「僕、選択ミスったかも」
「普通なら、こんなことで真紘は怒らない・・・」
名莉は真紘が攻撃を放ってきたことに、疑問を感じているように首を傾げている。こんな風に名莉が不思議に思うのだったら、この行動はイレギュラーな事なのだろう。
「みんな!次の攻撃が右後方から来るよ!」
叫ぶような鳩子の声に、全員が反応する。避けたところで巨大な氷柱が勢い良く飛んできて、氷柱が衝突した場所を凍らせている。
そんな嘘のような光景に、狼は思わず口をあんぐりとさせてしまう。
こんなの、人に向けるものじゃない。
そう狼は思いながら、やはり疑問は膨れ上がる。二軍である自分たちにここまで執着する理由はあるのか?という物だ。自分で言ってしまうのはおかしいが、自分たちは弱い。だからこそ、こんな躍起になって、攻撃をしてこなくてもいいのではないか?と思ってしまう。
「やっぱり、僕たち何かしたかな?」
と狼が呟くと
「逃げるな、腑抜け共め!!」
と声を張り上げた陽向が、物凄い剣幕で追ってきている。そして、その後方から真紘や希沙樹などがついてきている形だ。
「なんで、陽向の奴、あんな怒ってるんだ?」
「知らないわよッ!」
「分からない」
狼の問いかけに、根津と名莉が答える。追ってきている陽向の勢いに、さすがの根津も若干、引いている。
「輝崎、あいつ等の動きを止めろ。そしたら、俺が片付ける!!」
「・・・ああ」
真紘は返事をしながら、イザナミを構え斬撃を撃ってくる。
「はい、狼、真上に飛んで!」
真紘の攻撃に合わせて、鳩子が適切な誘導を促す。そのため、真紘の斬撃を避けることはできたが、真上からさらなる衝撃が襲ってきた。その衝撃波で狼は地面へと吹き飛ばされる。
だが、その衝撃波が襲う前に、狼は偶然構えていたイザナギによって、衝撃を緩和することが出来た。そうでなければ、地面に勢いよく飛ばされ、動けなくなっていたに違いない。
「ふー、危なかった~。いったい誰の技だ?」
狼が呼吸を整えて、上の方を見ると、拳を狼の方へと突き出した男子生徒が、見える。
「よく俺の覇王拳に耐えたな。やっぱり黒樹、おまえは真紘に聞いていたとおり、できる奴だな」
とニカッと歯を見せて、拳を突き出していた男子が満足そうに笑みを作っている。
けれどしかし、それとは逆に陽向の怒気は上がる一方だ。
「正義の攻撃をまぐれで避けた癖に、調子に乗るな!」
怒鳴り声で叫んでいる陽向が、まっしぐらに狼へと突撃してくる。
「いっ」
狼は短い声を上げ、すごい形相で邁進してくる陽向を見る。
「狼、下がって」
そして、名莉が陽向に向け発砲する。その銃弾は的確に陽向がとる進路方向を考えて打ち込んでいる。
「こーしゃーくーなーーーー!」
絶妙に撃ち込まれる名莉の銃弾を鬱陶しそうに躱しながら、陽向は前へ進むことをやめない。だが、それでもさっきより速度を落としているのは確かだ。
その内に狼たちは陽向との距離を稼ぐ。
「鳩子、なんかうまい具合に逃げれるルートとかない?」
「調べることはできるけど、真紘たちの班にも瑞浪棗っていう情報操作士がいて、追い掛けられるに決まってる。ついでに、さっき狼に攻撃してきたのは、更級正義ね」
「あっちにもいたんだ・・・情報操作士」
「そりゃあね」
「じゃあ、これからどうする?」
狼は後ろから追ってくる真紘たちの姿がないか、確認し鳩子に質問する。
「策なら考えてある」
鳩子は狼に片目を瞑って、話を続ける。
「策なんて簡単。あたしが考えた策は、正義の大きめな攻撃を利用して逃げるしかない。あとの連中は吹き飛ばす系の技じゃないからね~」
「利用って言っても、どうやって利用するのさ?」
「そんなの簡単。さっき狼がセツナと戦ってたときに攻撃を跳ね返してたでしょ?あの時の反動を利用して逃げるってこと」
「なるほど」
狼は鳩子の説明に手を合わせて、納得する。前方を走っている名莉と根津も横目で狼と鳩子の方を向きながら頷いている。
「じゃあ、正義以外の攻撃は躱せってことか」
「そういうこと」
次にやるべき行動が決まったなら、あとはタイミングを待つだけだ。狼たちは後ろからやってくる氷柱や風の刃、そして鬼神のような陽向を名莉の銃撃で牽制する。
「それにしても、なんで陽向の奴、あんなに必死なのよ?」
向かってくる氷柱を青龍偃月刀で砕きながら、根津が首を傾げている。
「さぁ、僕にもわからないけど」
「まぁ、二人にはわからないだろうね~」
疑問符を浮かべている狼と根津に、鳩子が意味深の言葉を残す。
「どういうこと?」
「なんで、僕と根津にはわからないの?」
再び鳩子に狼と根津が聞き返すと、鳩子は首を「やれやれ」というような感じでため息を吐いている。
「なんだよ?教えてくれてもいいのに。メイはわかった?」
二丁銃を手に持ちながら、後ろを警戒している名莉に狼が尋ねると、名莉は静かに
「わからない」
とだけ答えた。
「ほら、メイも分かんないって。僕たちだけじゃないだろ」
そう狼が反論すると
「君たちは鈍感だからねぇ」
と呆れたように鳩子が頭を手で押さえている。
「まっ、理由はどうあれ、今は逃げるのが先決でしょ」
根津はそう話をまとめると、すぐに前を向いた。
「それもそうか」
と狼も頷き、攻撃を躱すことに意識を戻した。
そして待ちに待った瞬間が鳩子の言葉で告げられる。
「正義がゲッシュ因子を溜め始めてる。今までより大きいのがくるよ」
「わかった」
狼は急いでイザナギへと溜めこみを開始する。セツナと戦ったときよりも多く溜める。そうすれば、攻撃を受けた時の反動も増幅するからだ。
イザナギへとゲッシュ因子を存分に溜めこんだ、ちょうどその時
「ナイスタイミング~」
高揚した鳩子の声と共に、正義の放った衝撃波が狼たちの元へと襲来する。その衝撃波の余波により、周りの木は薙ぎ倒され、物凄い轟音をざわつかせながら、倒れる。土は砂埃を巻き上がり、狼たちの顔にパチパチと当たる。
それにより、視界を封じられながら狼は叫ぶ。
「みんな、僕に捕まれ!!」
狼の叫びと共に、三人が狼の肩に捕まる。そして狼はイザナギの刀身を横に傾け、前で構える。
ドンッ!!
鈍い音と共に重い衝撃。
それはイザナギに正義の攻撃が命中し、反発する音。
そして、その瞬間、音速と言っても過言ではない程のスピードで後ろへと吹き飛ばされた。




