交換留学生
2日ぶりです。
真紘たちの得点がモニターに映し出された頃・・・
狼は少女の放ったファラリスの雄牛を受け、炎に包まれていた。
炎は狼をすっぽり覆うように被さり、全てを焼き尽つかせんと猛威を振るう。暴れ狂う炎は周りの木々、草花を焼き焦土化させていく。
その炎に呑まれてしまわないよう、狼は必至にゲッシュ因子を体内中に駆け巡らせ、抗う。
「もう、負けを認めて」
少女の言葉に狼は頭を振る。
負けを認めるわけにはいかない。少し離れた所では根津や名莉が戦っている。それなのに、自分が負けを認められるわけない。狼自身にも意地があるからだ。
「お願い。そうじゃないと・・・君もただの怪我じゃ済まなくなっちゃう」
負けを認める気配のない狼を見て、少女が焦った声で叫ぶ。
自分が放った攻撃に逃げようともしない狼を見て、少女は驚愕していた。少女はこのまま狼を焼き殺してしまうかもしれない。そう思い焦っていた。
少女は未だ自分の技を制御しきれない。だからこその焦燥だ。けれどその焦燥は次の一瞬で払拭されてしまう。
「はああああああああ」
炎の中から聞こえる雄叫びが発せられた瞬間。
狼を覆い、焼き殺そうとしていた炎が上へと押し上げられる。
「嘘・・・・そんな」
信じられない光景に、思わず少女は呟く。
ゲッシュ因子を媒介にして放った攻撃は、ある意味ゲッシュ因子の塊とも言える。そんなものを狼は、何かの技を行使するわけでもなく、ただ単にゲッシュ因子をイザナギに流し、相手の技と反発を起こさせる。それは少女を吹き飛ばした時と、まったく同じことをしている。
言ってしまえば、ただの力技だ。
そのため少女が驚いているのは、攻撃を上へ押し上げているという点よりも、狼から放たれるゲッシュ因子の量に驚いている。
本来ならば、ゲッシュ因子が人の意思とは関係なく、体外に溢れ出すというのはありえないことだ。
だが、今の狼の場合は体中からゲッシュ因子が、大量に外へと漏れ出している。そのためか周りの空気が震えている。そしてそのことに驚いているのは、少女だけでなく、少し離れた所で戦っていた少女たちも同じだった。
唖然としている少女たちの様子に気づいていない狼は、力任せに襲いかかってくる炎の渦を薙ぎ払う。
「よし、これで身動きがとれる」
そう呟いてから、狼はサーベルを手にしている少女と向き合う。
だが、向き合った少女は唖然としていて、狼と目が合っても戦う意思を示していない。そのこと自体を忘れているかのようだ。
いったい、どうしたんだろ?もしかして、スタミナ切れかな?
狼が呑気にそんなことを、考えていると少女が目を丸くして口を開いた。
「君・・・まだ動けるの?」
「え?いや、まぁ、まだ動けるかな」
「あんなに、体中からゲッシュ因子を放出してたのに?」
「うん」
どうしてここまで驚かれているのか、狼にはさっぱり意味がわからない。というか、自分が体中からゲッシュ因子を出していたことすら、気づいていなかった。
なんか、もったいない事してたのかな、僕。
自分の腕や体を見て、ゲッシュ因子が外に漏れていないかを確認する。
よしっ、漏れてない。大丈夫だ。
「ちょっと、狼。あんた何してんのよ?」
そう言って、根津が名莉や鳩子たちと共に狼の元へとやってくる。その後ろからは根津や名莉と戦っていた少女たちもやってきた。
「何って、別に大したことしてないよ」
「本当に?」
根津が疑いの眼差しを狼へと向けている。
「鳩子ちゃんは、また千光白夜でも撃つのかと思っちゃったよ。まったく」
「名莉も」
そんな三人の言いように、狼は肩を落とす。
「あんな奴をほいほい撃ってたら、僕の体が持たないだろ。それに、こんな場面で使ったら危ないし。それと僕のとこに来ちゃって、自分たちの戦いはどうしたの?」
「それなら、終わったわ。もちろん、勝ったけど。そうじゃなかったら、こっちに来るわけないでしょーが」
そう言って、根津は誇らしげな表情を作る。
「メイは?」
「私も勝った」
「・・・さすが」
二人の勇ましさに狼は思わず、感心してしまう。
本当だったら、自分も戦いに決着をつけなくてはいけないのだが・・・・
狼がサーベルを持った少女を見ると、少女は仲間と何かを話している。
そしてそれから、少女は自信のBRVをしまい、狼へと片手を差し出してきた。
「君、すごいわね。あんな量のゲッシュ因子を使っても疲れないなんて、正直驚いちゃった」
「いや、それほどでも・・・・って、戦いは?」
訊ねながら、狼も片手を差し出して、短い握手を交わす。
「うーん、私てきにも戦いたいのはやまやまなんだけど、私の仲間が倒されちゃってるし、さすがに、一人で三人相手はきついかな。あはは。・・・勝手に決めちゃってるけど、いいかな?それとも、やっぱり決着つける?」
苦笑気味に笑う少女に、狼は首を振って、イザナギをしまった。
「いいや。戦わなくてもいいなら、そっちの方がいいよ」
「ありがとう。私の名前は、セツナ・ヘルツベルトって言うの。南ドイツ出身の日系人よ。よろしくね。それから私の仲間を紹介すると、ロングソードを使っていたのがアレクシアで、レイピアを使っていたのがマルガ。あたしたちはドイツから交換留学生として来たの・・・あなたはクロキ・ロウでしょ?」
「なんで、僕の名前知ってるの?」
「うふふ。それは知ってるわよ。あれだけ派手にトゥレイターと戦っていたんだもの。知らない方がおかしいでしょ?」
「確かに」
それもそうだ。
あれだけ派手な戦闘を二回もやってしまったのだから、学校中に名前が知れ渡っていてもおかしくはない。狼はその事実に愕然とした気分になる。
狼の反応を見て、セツナはおもしろそうに笑っているが、狼の中では、笑い事ではない。
ああ、変に目立つことなく平穏な学園生活を送ろうと思っていたのに。
そんな狼の願いは、早くも無残に消えてしまった。
「あたしは根津美咲」
「そんであたしは大酉鳩子ちゃんでーす」
「羊蹄名莉」
狼が気を落としている間に、名莉たちも自己紹介を済ませている。
人が落ち込んでいるときに・・・。そう、思いながら狼は小さくため息を吐いた。
「それにしても、やっぱり日本のレベルは高いわね。二軍生なのに、こんなに戦えるんだもの」
そう言ったのは、根津と戦っていたアレクシアだ。
「そう?ありがとう。でも、あなた達もすごかったと思うけど」
根津が満足そうに笑みを作りながら答える。するとアクレシアも笑みを返した。
「あたしの場合は、まったく歯が立たなかったけどね」
マルガはそう呟いて、両手を下に垂らしてがっくりとしている。
「メイっち相手じゃねぇ~。仕方ないといえば、仕方ないよね」
鳩子は相手を励ましているのか、励ましていないのか分からない口調で言葉をかける。だがそんなことを気にしてないように、マルガは悪戯っぽく舌を出した。
「まったく、マルガは。ちょっとは悔しがりなさいよ」
呆れた声でマルガを叱るアレクシア。それを見て再び楽しそうにセツナが笑っている。
三人のやりとりを見て、狼は微笑ましく感じる。
「本当に仲良いだな~」
狼がそう言うと、三人は照れ笑いを浮かべている。
「あっ、私、ロウに聞こうと思ってたんだけど、どうしてあの時、あんな避け方をしたの?」
「あれは、ああするしかなかったというか」
セツナが訊ねているのは、さっき狼が薙ぎ払った時のことだろう。
「だって、トゥレイターと戦えるくらいの実力なら、あんな方法を取らなくても、避けられたんじゃない?・・・もしかして、私が未熟者だからって、手を抜いてたとか・・・」
ジト目で聞いてくるセツナに、狼は後ずさりながら弁解する。
「手を抜くなんてするわけないだろ。むしろ全力でやってたし。なんか、勘違いしてるみたいだけど、僕が出せる技は一つしかないだ。しかも、すっごく燃費悪いし」
「え――――――――――――――――――――っ」
口を大きく開けて驚くセツナを見て、
「セツナ、驚きすぎ」
「もっとボリューム下げてよ~」
とアクレシアとマルガが文句を言いつつ、耳を塞いでいる。
「だって、トゥレイターと戦ってて、しかもゲッシュ因子の量だってすごそうなのに、使える技が一つって、驚かない方がおかしいわよ」
セツナの熱弁に対して、狼は情けない気持ちになってしまう。
そんな狼をフォローするかのように名莉が口を開いた。
「狼は、まだ候補生になって日が浅い。けど、もっと実践を積めばもっと強くなれる」
「メイ~・・・」
自分を気遣う名莉の優しい言葉に、狼は救われた気持ちになる。
「僕は良い仲間を持てて、本当によかったぁ」
そう言いながら、狼が感動していると名莉がうっすら微笑んだ。
「あー、はいはい。あたしたちも期待してるよね?ネズミちゃん」
「ええ。そうよ」
「そう言うなら、もっと言葉に心を込めろよ!」
流すような二人の軽い口調に、狼が抗議すると
「これでも十分、愛を入れたつもりだけど?」
と鳩子に返されてしまった。
「なんだよ、もっと仲間を励ましてくれたっていいじゃないか、そういうのが助け合いっていうか、青春っていうか、なんかこう・・・もっと・・・―」
と狼が小言を呟くように話している中、セツナが別の事に話を切り替える。
「ネズミちゃんって、ミサキのあだ名なの?」
「え、ええ、まぁね。鳩子が勝手につけたのよ」
「へぇ。なんか可愛いあだ名ね」
笑みを浮かべるセツナに、根津は苦笑した。
そんな和やかな会話中にも、狼の小言じみた言葉は続いているが、誰も聞いていない。
狼は一人話続け、話疲れした時に、ようやく誰も聞いていないことに気づいた。
「少しは人の話聞いてくれたって、いいだろーー!!」
狼の声は虚しく、密林に響いた。




