プロローグ
「向こうだ。追うぞ」
「うん」
輝崎真紘と羊蹄名莉は夜、明蘭学園に侵入した男を追っていた。天気は雨。曇天からは強い雨が体を打ち付け、地面からは蹴る度に水しぶきが舞う。学園内にあるセキュリティシステムも、警告ランプを点滅させているほど、雨風が強い。
黒と灰色が混ざり合った空を見て、まるでモノクロの世界に迷い込んでしまったような錯覚に名莉は襲われていた。
「奴らの目的はイザナギだ。絶対あれは俺たちが守らないといけない」
真紘は芯の通った声でそう言いきった。
そんな真紘に名莉は頷く。真紘のこういう芯の強さは昔からだ。その姿は世界が求めているアストライヤーに近いものだと名莉は認識している。
アストライヤーとは、母国のために各国と戦う、いわばヒーローのことだ。そのアストライヤーは一つの国に5人。
真紘と名莉は、そのアストライヤーを目指す候補生だ。
その瞬間、雨音と自分たちの足音以外の音が混じったのを、名莉は感じた。
「真紘、待って」
名莉は抑揚のない声で真紘の足を止める。
「いるのか?」
「・・・近くに」
「わかった」
周りを窺いながら、真紘は静かに口を開いた。
「セット・アップ」
その言葉と共に、真紘の手には姿は刀のような形をしたBRVを取り出した。刀の柄を握りしめながら、自分たちに向けられている殺意を真っ向に受け止める。
名莉も真紘と背中合わせにしながら
「セット・アップ」
銃身が長い二双銃型のBRVを取りだし、構える。相手もこちらの様子を探っているのか殺意を向けるだけで動こうとはしない。
「動かないなら、こっちから仕掛ける」
名莉は、一気に建物の死角に身を潜めている男を狙える位置に移動し、発砲する。
死角に隠れていた男は、防弾性の装備を全身に纏い、名莉に向かって突き進んできた。
だが、相手に距離を詰められようと名莉は動じない。むしろ、相手をおびき出すための行動だからだ。
「さがれ!名莉」
大きな叫びと共に真紘が自分の横をすり抜け、相手へ猛進していく。防弾服を全身に纏った男は腕に装備されていた剣を取りだし、真紘が振り上げたBRVを受け止める。
「ふん、おまえのような子供になにができる?アストライヤーなんて物はこの世に必要ないんだよ。分かるか?坊主。それなのに、良い気にアストライヤー、アストライヤー言いやがって。虫唾が走る」
男は真紘と鍔迫り合いながら、アストライヤーに対する嫌悪感を吐き出してくる。男はトゥレイターの組織の者だ。真紘は小さく舌打ちをした。よりにもよって、こんな奴らが学園に侵入しているとは思ってもいなかった。しかもSランクの武器であるイザナギを狙って。
「何故、貴様達がイザナギを狙う?」
刀身に力を込め、自分を押し倒そうとしてくる力に抵抗する。
「はっ、何故か・・・そんなこと決まっている。誰でも強い武器を欲する。それだけだ」
「貴様達に、あれは使えない」
「やってみないと、わからないだろ?アストライヤーさんよおおおお」
その瞬間、真紘は男との押し合いに負けた。真紘は急いで身を翻し後ろに後退する。
強い。
素直に思った。今までトゥレイターとの戦闘はしたことはある。だが、自分がここまで劣るということはなかった。そのことに焦りを感じる。
だが、ここで臆すことは決してしない。自分はまだ相手に敗れたわけじゃない。自分はアストライヤーの候補生としての誇りを忘れるわけにはいかない。
余裕そうに立っている男を見ながら、優美な刀型のBRV、イザナミを構える。男の表情は防弾性のスーツに覆われていて分からない。もしかしたら、笑みさえ作られているかもしれない。きっとそういう男だ。さきほどの会話だけでそう感じだ。
真紘の横に、さっき後ろに下がらせた名莉が並ぶ。
「真紘、私があの人を惹きつける。その内に・・・」
短く要件を伝えると、名莉はまたも男へと駆け出していく。
「おー、今度は小娘か。なにしたって無駄なのによく来るねぇ。おじさんにはちぃと理解できないな」
腰に手を当てていた男は、腕に装備された剣を構え名莉を待ち受ける。名莉は両手に持ったBRVを構える。その銃身にはレーザサイトが取り付けられている。レーザは男の首元に定まる。
「なるほどねぇ。見るとこ的確すぎて末恐ろしいな。あーあ、もっとグレードの高い特殊繊維でできた奴で来ればよかった」
「動かないで」
男の飄々とした声を、名莉は冷たい声で断ち切る。
「おっかないね~」
そう言うわりには、男の言葉にまるで重みがない。
「そういや、もう一人の男はどこだ?」
「後ろだ!」
男が名莉に意識を持っている間に、真紘は男の後ろへと回っていた。そして、宙へと跳びイザナミを男の頭上へと振りかざす。男はすばやい動きで中腰に屈み、名莉の標準から逃れ、その場を離れる。
「逃がすか」
真紘は、イザナミを自分たちの攻撃網から脱出した男に向け、刃先に風圧エネルギーを圧縮し、それを男に向け放つ。
真紘の放った攻撃は地面を削り、暴風で砂塵をまき散らしながら男へと向かって行く。
イザナミから放たれた攻撃で、辺りに吹き荒れる雨風は一層、激しさを増す。
男は擦れ擦れの所で真紘が放った攻撃を避け、真紘たちを見ながら
「おー、やばい、やばい。おじさん冷や汗かいちゃったよ。それじゃあ、またなプラスチックヒーロー」
と最後まで皮肉を言いながら、細いワイヤーを使い学園の外へと逃げてしまった。
真紘は短いため息を吐きながら、男が消えた方を見る。
そこには男の影もなく、ただ雨風に揺れている木々しか見えなかった。
「真紘、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。名莉の方も大丈夫か?」
「私は大丈夫」
「なら、よかった。俺たちも戻ろう」
真紘の言葉に名莉は頷き、いつの間にか雨が上がった夜空を見上げた。