プロローグ
アストライヤーを育成する機関の一つに、明蘭学園がある。その学園は、日本各地から集った優秀な人材が通う場所だ。
明蘭学園は、東京湾に浮かぶ巨大な人工島にあり、陸地とは大きな橋梁で繋がっている。
そこで一人の少女と一人の少年が、一人の男を追っていた。
「向こうだ。追うぞ」
「うん」
輝崎真紘と羊蹄名莉は夜、明蘭学園に侵入した男を追っていた。天気は雨。曇天からは強い雨が体を打ち付け、地面からは蹴る度に水しぶきが舞う。そんな天候の中、学園内にあるセキュリティシステムが侵入者を検知し、警告ランプを点滅させていた。
黒と灰色が混ざり合った空を見て、まるでモノクロの世界に迷い込んでしまったような錯覚に名莉は襲われていた。
「奴らの目的はイザナギだ。絶対にあれは俺たちが守らないといけない」
名莉の幼馴染である真紘は芯の通った声でそう言った。
真紘の言葉に名莉は頷く。真紘のこういう芯の強さは昔からだ。
その姿は世界が求めているアストライヤーに近いものだと名莉は認識している。
アストライヤーとは、母国のために他国のアストライヤーと戦う、いわばヒーローの様な存在だ。
アストライヤーは、一つの国につき5人。
真紘と名莉は、そのアストライヤーを目指す候補生だ。
その瞬間、雨音と自分たちの足音以外の音が混じったのを名莉は感じた。
「真紘、待って」
名莉は抑揚のない声で真紘の足を止める。
「居るのか?」
「ーー近くに」
「分かった」
周りを窺いながら、真紘は静かに口を開いた。
「セット・アップ」
その言葉と共に、真紘は手に刀型のBRVを取り出した。
刀の柄を握りしめながら、自分たちに向けられた殺意を真っ向から受け止める。
名莉も真紘と背中合わせの体勢を取りながら、
「セット・アップ」
銃身が長い二双銃型のBRVを取り出し構える。
相手もこちらの様子を探っているのか、殺意を向けるだけで動こうとはしない。
「動かないか……。なら、こちらから仕掛ける」
真紘の号令と共に名莉は、一気に建物の死角に身を潜めている男を狙える位置に移動し、発砲した。
しかし死角に隠れていた男は名莉の銃弾を大剣で簡単に斬り払いながら、名莉に向かって突き進んでくる。
だが、相手に距離を詰められようと名莉は動じない。むしろ相手をおびき出すための行動だからだ。
「さがれ! 名莉」
大きな叫びと共に真紘が名莉の横をすり抜け、相手へ猛進していく。敵である男は真紘が振り上げたBRVを大剣で受け止める。
「なーに? お子様に何が出来る訳? アストライヤーなんてのはこの世に必要ないんだよ。分かる? 坊主。それなのに良い気にアストライヤー、アストライヤーなんて言っちゃって。虫唾が走る」
男は真紘と鍔迫り合いながら、アストライヤーに対する嫌悪感を吐き出してくる。男はトゥレイターの組織の者だ。真紘は小さく舌打ちをした。よりにもよって、これほどの強者が学園に侵入して来るとは真紘も予想していなかったのだろう。しかもSランクの武器であるイザナギを狙って。
「何故、貴様達がイザナギを狙う?」
真紘が刀身に力を込め、押し込んでくる男の大剣に抵抗している。
「はっ、何故か……? そんなこと決まってんでしょーが。誰でも強い武器を欲する。それだけだ」
「貴様達に、あれは使えない」
「やってみないと、わからないだろ? アストライヤーさんよぉぉぉぉ!」
その瞬間、真紘は男との押し合いに負けた。真紘は素早く身を翻し後退している。
ーー強い。
名莉は素直に思った。これまで真紘は名莉とは違い、トゥレイターとの戦闘を経験した事がある。
けれど、その真紘がここまで押されるということは無かったはずだ。そのため名莉も今の状況に不安を感じてしまう。
だが、ここで臆してはいけない。自分たちはまだ相手に敗れたわけじゃない。アストライヤーの候補生としての誇りを忘れる訳にはいかない。
余裕そうに立っている男を見ながら、真紘が優美な刀型のBRV『イザナミ』を構える。
男の表情はヘルメットに覆われていて分からない。でももしかしたら、笑みさえ浮かべている気がした。
いや、きっとそういう男だ。先ほどの会話だけで名莉はそう感じた。
真紘の横にさっき後ろに下がった名莉が並ぶ。
「真紘、私があの人を惹きつける。その内に……」
短く要件を伝えると、名莉はまたも男へと駆け出した。
「おー、今度は小娘か。何したって無駄なのによく来るねぇ。おじさんにはちぃと理解できないな」
腰に手を当てていた男は、肩に担いでいた大剣を構え、名莉を待ち構えてきた。名莉は両手に持った銃型のBRVを構える。その銃身にはレーザーサイトが取り付けられている。レーザーは男の首元に定まった。
「なるほどねぇ。見るとこ的確すぎて末恐ろしいな。あーあ、うら若き少女が人間の急所を躊躇いなく狙ってくるとか、ヤダヤダ。しかもお人形みたいに無表情でさ」
「動かないで」
男の飄々とした声を、名莉は冷たい声で断ち切る。
「おっかないね~」
そう言うわりには、男の言葉にはまるで重みがない。
「そういや、もう一人の少年はどこだ?」
「後ろだ!」
男が名莉に意識を持っている間に、真紘が男の後ろへと回っていた。そして宙へと跳びイザナミを男の頭上へと振りかざす。男はすばやい動きで身を屈め、名莉の照準から逃れると、瞬時にその場から離脱してきた。
「逃がすか」
真紘がイザナミを自分たちの攻撃網から脱出した男に向け、風圧エネルギーを矛先に圧縮させた攻撃を放つ。
真紘の放った攻撃は地面を削り、暴風で砂塵をまき散らしながら男へと向かって行く。
イザナミから放たれた攻撃で、辺りに吹き荒れる雨風はより一層激しさを増していた。
男は擦れ擦れの所で真紘が放った攻撃を避け、真紘たちを見ながら、
「おー、やばい、やばい。おじさん冷や汗かいちゃったよ。それじゃあ、またなプラスチックヒーロー」
と最後まで皮肉を言いながら、細いワイヤーを使い、まるで空を飛ぶように学園の外へと逃げてしまった。
隣にいる真紘は短いため息を吐きながら、男が消えた方を見ている。
そこには男の影もなく、ただ雨風に揺れている木々しか見えなかった。
「真紘、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。名莉の方も無事か?」
「私は大丈夫」
「なら、良かった。俺たちも戻ろう」
真紘の言葉に名莉は頷き、いつの間にか雨が止んでいた夜空を見上げた。




