44 side:mei
少し短めです・・・
冷たい空気が体中を覆っている。風がないにしろ、身がすくむほど寒かった。それに対して、麗の病院は中に入った瞬間腕の中に包み込まれたかのように暖かかった。思わずホッとして、病室までの足取りも少しばかりか軽くなる。すれ違う人々はそれぞれで、たまに腕に刺された点滴をからからと転がしながら歩いているひともいる。それは老若男女問わずだった。
明はそんな人たちをなるべくうまく避けながら歩き続けている。少々心苦しい気もするが、明はどうしてもこういうところが苦手なのだ。それでも、なるべく麗のお見舞いに顔を出していた。柊のように毎日とはいかないが、週に一度か二度は着ている。
明は病室の前に着くと、大きく深呼吸をして笑顔を作り、二回扉をノックして勢いよく病室に入った。
「こんにちは」
そういって顔をのぞかせてみるが、病室には誰もいなかった。ただ、麗が心地よさそうに寝ているだけ。明は少し拍子抜けしてそのまま麗に近づくと、側にある丸椅子に腰かけた。そしてそっと麗の顔を覗き込む。
その美しさは一年前と全く変わらず、漆黒の柔らかい髪の毛はいつの間にか、彼の肩下辺りまで伸びていた。看護婦がしてくれているのであろうか、いつも右肩の方に一つにゆるく束ねてある。肌色は良く、どうしても寝ているだけにしか見えないその顔は、これでも昏睡状態なのだ。
明は思わずその温かい頬にそっと触れた。本当に何処も変わることのないその姿に、涙があふれる。一人、誰にも気づかれることなく、明は泣き続けた。
頬をつたう涙を、明は止めようともせず、拭おうともしなかった。
心から、彼を思ってこの一年を過ごしてきた。柊がいることがわかっていても、その思いを止めることができない。かといって堂々と表に出すこともできない。そんなもどかしい思いの中、それでもあきらめることのできない自分自身に、乾いた笑いが出てしまうほどだ。
「麗先輩……」
と、その時かすかに衣擦れの音がした。明は誰かが来たのかと慌てて顔を上げるが、扉が開いたような形跡はなく、あたりを見回しても部屋には自分しかいない。不思議に思っていると、そっと明の頬に触れる手があった。その手に、明は息を呑む。目を見張って、その手の主を見る。そこには、かすかに目を空けてほほ笑んでいる麗がいた。明の頬を流れる涙を拭おうと、腕を伸ばしているのだ。けれども明の涙は止まることを知らず、むしろ余計にこぼれ落ちることとなった。
「……おはよう」
と、麗は少し弱弱しくそう言って笑う。その笑顔にほっとして、明はつられて笑った。
「……やっと起きてくれましたね」
「そんなに長く寝てた――?」
実感がないのか、麗は力なく笑う。
「――はい」
明は自分の頬に触れている麗の手を、そっと両手で包みこんだ。
けれどほっとしていたのもつかの間、明は思い出したかのようにあわててナースコールのボタンを押した。すると看護婦はすぐさま病室にやってくると、今度はあわてて病室を出て行った。何事かと思って明と麗が首をかしげていると、さきほどの看護婦は担当医を連れてもう一度病室に入って来た。
しばらく部屋を追い出された明は、すでに連絡済みの麗の両親と優花たちをおとなしく廊下で待つことにした。春陽と楓はすぐに病院に駆けつけて来た。それに続いて優花も来る。けれどもそんな中、柊だけは中々顔を見せない。
明は誰よりも早く柊に連絡したはずだった。毎日欠かさず麗のために、花を片手にお見舞いに来ていたのは、誰よりもその目覚めを待っていたのは柊だとわかっていたから。それなのに、どれだけメールしても電話をかけても、繋がらなかったのだ。むしろ連絡の繋がらない柊の方が、目覚めた麗よりも心配になってしまうほどだった――。




