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朝目覚めると、凍えて二度寝を決め込みたくなるほど、あたりは寒くなり始めていた。いつもの通りの木の葉が落ち切り、冷たい風だけが吹き通る。変わらず麗は眠り続け、柊も病院に通い続けている。たまに会う優花は、翔と上手く言っているのかとても嬉しそうだった。けれどそんな優花でも、麗を見る目は少しもの悲しい。
楓とはよく病院で会っていた。その度に申し訳なさそうな顔をするものだから、耐えきれなくなった柊はあまり会わないように時間をずらすという事を覚えてしまうほどだった。
そんな中、柊はいつものように麗のところに持っていく一輪花を選びにすでに常連となる花屋を訪れた。そしてそこで、思わず目に飛び込んできた花があった。すぐにそれに決めると、店員に包んでもらっている間、柊は他の花を眺めていた。すると外の方から甲高い女の子の声を聞いた。
「あ、この花きれい」
女の子はその花の前にしゃがみ込んで笑っている。
「花なんて買ってどうするつもりだ?」
どうやらカップルのようで、女の子のねだる花を、男の方はあまり気乗りしない様子で眺めている。
あの彼、本当にめんどうくさそうに話すのね……。
と、柊がそんな事を考えていると、花を包み終えた店員が嬉しそうにそれを差し出してきた。
「今日はお代はいいですよ。お得意様ですから」
と顔見知りの女性店員は品良く笑う。
「え……?本当にいいんですか?」
「ええ、いいんです」
「……ありがとうございます」
柊は心から感謝しながら花を受け取った。すると、店員は品の良い笑顔のまま、囁きかけて来た。
「この花の花ことばって、知ってます?」
「え……花ことば?……いえ。何なんですか?」
「これはデンファレっていうは花で、ラン花の一種です。花言葉は、お似合いの二人・わがままな美人・魅惑・有能。どれもあなたにピッタリなことばだと思いません?」
と、そう言って店員はクスクス笑う。
「一輪っていうのは無理な花で、見栄も無くなってしまうので、ひとふさ包んでおきました」
と、笑顔で言う店員をよそに、柊は可愛らしくリボンをつけられたその花を覗き込んだ。確かにこれが一輪だけじゃ何の花なのかもわからなくなりそうだった。
一茎でこれだけの花が咲くからこそ、お似合いだと言うのだろうか……。
などとのんびり考え込んでしまう。
でも、わがままな美人って……。
どちらかと言うと優花の方が似合いそうな言葉だと、柊は心の中だけで呟く。
「たまにあなたの彼氏さんと二人で来てくださるのが嬉しかったので……。また、必ずお二人でいらしてくださいね」
と、店員は優しくほほ笑む。柊にとって、それは大人の顔だった。何もかもを知っているからこそ、きっと自分たちを応援したくなるのだろう。ここには、麗とも何度か訪れたことがあり、それをこの女性も知っているからこそ――。
ありがたく頂いた花を抱えたまま外に出ると、先ほどのカップルがまだもめているようだった。柊が思わず顔を上げてその二人を見ると、男の方と目があってしまった。
その瞬間、柊は思わず持っていた花を落としてしまった。二人して、その場に凍りつく。目が離せないでいる。けれど先に我に返って花を落としたことに気づいた柊は、慌ててかがみこんでそれを拾おうとした。そんな二人を見ていた女の子は、不思議そうに小首をかしげる。
「マコト。どうしたの?」
女の子の尋ね声で我に返った男は、何事も無かったかのように含みを帯びた笑みで彼女に笑いかけた。
「何でも無い」
と、男のその一言に、柊の花を拾おうとした手が震えた。
「知り合いじゃないの?」
女の子の方はまだ疑わしげに交互に二人を見ている。
「いや、しらねぇ……」
男はそっけなく言うと、冷たい視線を柊に浴びせた。その瞳の中には、何か燃えるような思いがある。けれど柊はそんな事を確かめる勇気もないまま、震えていた手で花を掴むと、泣きそうになるのを必死にこらえながら耐えかねたようにその場を走り去った。
どうして……どうして今更会わなければいけないの?こんな……こんなに辛い思い、したくなんかないのに!
それでも、ほんの一瞬しか目に映らなかった男の……誠の姿が、柊のまぶたの裏に焼きついて離れない。流石に一年近く会っていないとなると、誠の風貌も変わっていた。細身ではあるがそれなりに体格が良かった。きっと今では翔ともあまり変わらないのだろうその背丈に、柊は思わず息をのむほどだった。堅く真っ直ぐなその黒髪は変わらず、綺麗にセットされている。けれども、それよりも何よりも柊が驚いたのは、昔の面影を残しながらも、少し離れた所から見ただけでは全く分からないほど変わってしまっていた、誠の内面的な何かだった。言葉では表すことのできないそれに、柊は思わずひるんでしまっていた。
一緒にいた子、やっぱり彼女……なんだよね……。
少し小柄で、柊とはまったく異なるタイプの女の子だった。どちらかと言うと色のような――。
……あれ?何か……変な違和感があるような……。青柳君、色の事を好きになれなかったって言ってた……よね?それなのにどうして似たような子と付き合ってるの?
柊は何だかさも言えぬ不安感を覚えた。今ではもう、誠が何を考えているのかさえ全く分からない。あの冷たい目は、柊にとってそれだけ心に響いたのだ。だからこそ、不安になる。彼が、何かとても大きな間違いをしているような気がしてならなかった。
それでも……こんなことを思う資格すら、もう私にはない……。彼は、私に絶望して離れて行ったから――。それに、好きになる人が必ずしも同じタイプの人だってわけじゃないんだろうし……。
そう考えてはいるものの、やはり不安だった。今、彼を手放してはいけないような気がしてならないのだ。柊は彼への罪悪感にさいなまれながらも、必死に考えた。
誠に言われた『大嫌い』という言葉が脳裏に浮かんだ。そしてそれを先に口に出したのは、自分だということも……。思わず、あの頃の自分たちに苦笑してしまう。
そして同じ日同時刻。
病院ではもう一つの奇跡が起きていた。
それがまた、柊たちのこれからを左右するものとなる一つだった……。
ようやくここまで来た・・・
柊と誠、主役の二人メイン!
どうぞ、最後までお付き合いいただければと思います(*^_^*)




