24 side:yuka
今までこんな風に自分と対等に話を進めることの出来る男は、緑以外には誰もいなかったからだ。しかも翔の場合、緑の様に優花の思い通りには一切動いてくれない。いつも振り回されている気がしてしまうのだ。
「……何か新鮮だわ」
「何がっスか?」
二人は誠の家へと歩き始めていた。
「私の色香に惑わされなかったの、あなたで二人目よ」
「色香って―――」
翔はその言葉がツボに入ったのか、必死に笑いを押し殺している。
「そうよ、色香」
一方優花は面白くなさそうに珍しく口をすぼめていた。
「二人目って?」
「緑よ」
「真咲先輩?」
「あの人は、最後まで私と恋愛をしてはくれなかったわ」
「……どういう意味なんスか?」
翔はわけがわからない。
「付き合っていても、愛し合っているわけじゃないってことよ」
優花はそう呟きながらも悲しげに笑っている。
「優花さんは、真咲先輩の事を好きじゃなかったってことですか?」
「逆よ。緑が、私を好きではなかったの」
「え――?」
翔には優花の言っている事がまるでさっぱりわからない。
「真咲先輩は、優花さんのことを好きじゃなかったって……、じゃあ、どうして――」
「わたしが無理やり説得したの。でも、虚しくなって、別れちゃった」
優花は翔の言いたいことを先読みして答えると、何でも無いように笑った。
「もったいないっスね、こんな美人さんなのに」
「やっぱりそう思う?私もよ」
と、優花は腕を組むと、拗ねたように口をすぼめる。
「ははっ、堂々といえるんですね、そういうこと」
「だって、ホントにそう思うんだもの」
「優花さんはカッコいいっス」
「……どうして?」
優花が不思議そうにそう聞き返すと、翔は困ったように笑う。そんな二人の隣を、何台もの車が通り過ぎていく。優花は遠くでクラクションが鳴っているのを、頭の隅で聞いていた。
「俺みたいに、フラフラしてはいないから」
そう言って、翔は優花の方をまったく見もせずに遠くを見つめていた。優花もそれにならって。ただ前を真っ直ぐに見据えて歩き続ける
「……だって、私には自信があるもの。だから、胸を張れるの」
「自信?」
「そうよ」
と、優花は本当にそう言って胸を張る。
真っ直ぐ前を見て歩く優花を、翔はまぶしそうに見つめた。
「……俺、優花さんのそういうとこ、わりと好きですよ」
「あら、わりとなの?」
視線だけ翔の方に寄越した優花が素早く突っ込むと、今度は二人で笑い合う。
「俺は、自分にあんま自信がないんです」
「……どうして?」
「自信もって威張れるような自分らしさがないし、何より人より出来る事って言ったら、喧嘩ぐらいっスから」
翔は自分でも呆れて笑う。
「それは……確かに考えるとこね」
と、柊も頷く。
「でも、もっとあるじゃない。あなたには、あなたにだけしか出来ない何かがあるはずよ?」
「……だといいんですけど」
「あるわ」
優花は自信たっぷりに繰り返す。
「気づいてないだけよ」
「……優花さんにも、心から愛し合える相手が見つかるといいっすね」
翔は唐突にそう言って優花に笑いかける。それは、何の裏もない純粋な笑顔。翔が優花に初めて見せた、心からの笑顔だった。
「……やっぱり、計算なの?」
優花は改めて翔も一人の男なのだということに気がついた。
「――はい?」
「……いいわ」
優花は、急に昂ってきた気持ちを抑え込もうと必死になった。自分のポーカーフェイスに、心から感謝してしまう。
「あ、ここですよ、誠の家」
と、翔は不意に立ち止まる。
「え――?」
翔は住宅街の中に家の一つを指差していた。
「……ここ?」
優花は誠の家の前に立つと、不思議そうな顔でその外見を見つめている。
「どうしたんですか?」
翔はそんな優花を不思議そうに見つめる。
「ううん、ただ、青柳君ってお坊っちゃんっていうイメージがあったから、案外普通の家で驚いてるの」
それは誠の家に失礼だというものだが、翔は苦笑いで流した。
「じゃあ、俺はこれで」
「え――?」
「え?」
翔は驚く優花に驚いた。
「寄って行かないの?」
「何で俺が誠の家に?」
「幼馴染なんじゃないの?」
「はい」
二人ともポカンとした顔をして話している。今いち、話しがかみ合っていない。
「……それはどっちのはい?幼馴染なの?違うの?」
「違います。ただ、小学校から仲が良かっただけで」
それを世間では幼馴染と言うのではないかしら……?
優花は小首をかしげて翔を見る。
「親友……悪友?どちらにしても、大切な友達っスよ」
「……そう」
翔は何が嬉しいのか、ニコニコ笑ったまま優花を見つめている。
「でも、私をここに一人で残していくのは得策とは言えないと思うの」
「……え?」
「だって、私は今まで一度も青柳君とまともに話したことがないのよ?そんな人間が急に家の前に居たら、どんな人でも怪しがって話をまともに聞いてくれないもの」
翔はそれを聞いて急にこれまでにないほど笑った。
「……どうしたの?」
「だ、だって、それなのに誠に話があ、あるって言ってるから――。俺、て、てっきり家を知らないだ、だけ、だけだと思って――」
と、笑いをこらえようとしながらとぎれとぎれに話す。よっぽど面白かったのか、堪え切れていない所が妙に優花の癇に障った。
「仕方ないでしょう?あなたの話を聞いて話したいと思ったんだもの」
と、拗ねたようにそっぽを向くと、腕を組んで口を尖らせた。
「こ、行動が早いんすね」
「ええ。柊たちにも言われたわ」
「伊吹?」
「私、好きだとわかった次の日に、緑に告白したことがあるのよ」
「はやっ!」
「――まったく同じ反応で、まったく同じことを言われたのよ」
「……どうかしたんすか?」
ようやく笑い終わったのか、ようやく優花の不機嫌さに気づくと、翔は不思議そうに小首を傾げた。
「なんでもないわ」
と、何でもなくなさそうに優花はそう言って翔に背を向ける。
「何で拗ねてるんですか?」
「拗ねてなんかないわ」
「拗ねてますよ?」
「……拗ねてない!」
優花は怒って翔のほうを振り返った。
その顔は真っ赤にふくれていて、子供っぽくて、翔にはとても年上の女の人には見えなかった。
「……可愛いっすね、優花さん」
「――な!」
と、優花はますます赤くなる。
翔はそんな優花を見てまたもこらえ切れずに笑っていた。
とても嬉しそうに――。
「も、もういいわ!」
「何がですか?」
「私一人で青柳君に会う!」
「でも、それじゃ怪しまれるって……」
「いいの!」
「今度はなに怒ってんすか」
「怒ってない!」
「――ったく子供じゃねぇんだから……」
と、翔はつい本音を小声でぶちまけていた。
「……何か言った?」
「何も?」
二人はまだ向き合っている。
優花は口をすぼめて拗ねるように。
翔は朗らかに笑顔で裏を隠すように。
「……もう、なにかあるんならはっきり言いなさいよ!」
「――っていわれても」
翔は困ったように笑う。
「あなたといると調子が狂う!」
「それっていい意味で?」
「そうとも言い切れないわね」
優花はプイッとそっぽを向く。
「でも、俺は今の優花さんのほうが自然で好きですよ。」
「普段の私には魅力がないって言いたいの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ええ、そうでしょうとも。私がどんなに可愛くお願いしても、少しも動じなかった人だものね!」
「だから、それは俺の周りにそういう奴が多いからで――」
「じゃあ女の子慣れしているのね?」
と、優花は冷たい目で翔を見る。
「そういう意味でもなくて!」
「いいわよ、別に。私には関係ないもの」
「……何でそんなに怒ってんのか意味わかんねぇ」
「あら、やっと本音言ったわね?」
「言いたくもなりますよ!拗ねたり怒ったり、いったい何が言いたいんすか?」
「そんなの私にもわかんないわよ!」
「はぁ?」
「……そろそろいいかな?」
と、いつの間にか二人の間には誠が呆れた顔をして腕を組んた体勢で玄関に寄りかかっていた。




