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バァン、とドアが開く。
ちらりとそちらを見て、手元の時計に視線を戻す。
「ネジ!ただいま!」
「お前の家じゃない」
3日と空けずに玄関から入ってきているシフトは、今日は落とし穴のトラップを踏み抜いていた。
でも腹立たしいことに、騎士団で鍛えられたその瞬発力と体幹で、ひらりと落とし穴を飛び越えていた。
全くもって可愛くない。
これがユリならきゃあきゃあ言いながら素直に落ちてくれるのに。
ユリは他に行く所もないのか、大人しく私の家に居候している。
今はキッチンで慣れない料理の真っ最中だ。
働かざる者食うべからず。
無能な一文無しをお客様扱いする気はない。
「そんな…。ここは俺の家でもあるじゃん!」
「違う。お前の家はクレメンス侯爵家。ここは私の家だ」
マジでコイツの頭、ヤバいな。
「じゃ、ネジの家もクレメンス侯爵家にしよ?」
どうなってんだ、その思考回路。
私の家はここだってはっきり言ってんだけどな…?
「却下。…で?今日はなんだよ?」
シフトは毎回、私の家にやってきては、調理に困る高級食材や、着もしないのに明らかに質のいい服とか、欲しくもない家具を持ってきたりしている。ついでに毎回婚約届も持ってくる。
そして最後に思い出したように、白魔女狩りの状況を伝えて帰っていく。
普通白魔女狩りの進捗がメインだと思うのだが、シフトはそれを完全に追加分扱いしていた。
メインは結局、婚約届である。
しないって言ってんのに。
全くめげないし、絶対に引き下がらない。
ぶっちゃけもう慣れた。
なんかもう……定番のやり取り過ぎて反射のように断っている。
コイツのメンタル、形状記憶合金だな。
何回曲げても折れずに戻ってくる所とか、そっくりだ。
「あ、今日はね!はい!」
ポイ、とシフトは私の手の中に鍵を落とす。
何の鍵?嫌な予感しかしないんだが?
「いらないが?」
「もう繋いじゃったよ!ほら、ここから見えるんだよ!」
シフトは私の手を無理矢理引いて、窓辺に行く。
そこに見えたのは、赤い鱗だ。
てらてらと光って輝き、1枚1枚がデカい。
うん、いらねーーーー!!!!
「見て!赤竜だよ!これで防犯対策もバッチリだね!」
なんだ、そのとても良いことをしました、みたいな顔は。
それは子供が純粋な善意で、余計な事をするのと同じ現象だ。こちらからしたら100%要らない善意に他ならない。
「要らん。返してこい」
犬猫を拾ってきました、みたいな顔すんな。
「そんな犬や猫じゃあるまいし。無理だよ」
「そうだな。犬猫じゃないんだし、勝手に人の家に置いたらいけないだろ?」
「…?ネジの家は俺の家じゃん?だから、俺がいない時の防犯用に買ったんだよ!褒めて!」
褒める要素、一切ないが?
ネジの家は俺の家、理論もよくわからんし。
そもそも防犯用、要らないが?
「返品できねぇの?」
「そんな、物じゃあるまいし。無理でしょ?」
正論ですが、何か?みたいな顔すんな。
「あ、餌もちゃんと俺が用意するし、ネジはなんにも心配要らないからね!」
「………ああ、そう…」
なんかもう疲れた。
どうせもう繋いでしまったんだし、シフトは絶対この赤竜を持って帰らないだろうし、ここで押し問答する時間が無意味にしか思えない。
私に害がなければ、この際良しとしよう。
私が諦めたその時、キッチンからユリがすっ飛んできた。
「ちょっとぉぉぉ!!!!なんで赤竜がいるのよ!?」
多分、こういう反応が正しい。
でももうその話、私の中で終わったから。
「煩い」
「煩いじゃないのよ!おかしいでしょ!?赤竜よ、赤竜!!もっと危機感持ちなさいよぉぉぉ!!!」
ユリの反応は正しい。
普通に生活していたら赤竜なんて見ない。
そして、赤竜は基本的にペットにするような魔獣じゃない。
デカいし、言うことも聞かない。
大人しく首輪に繋がれている魔獣ではないのだ。
でもこの魔獣はとても大人しいらしい。
家に火を吐くこともなく、その体躯で庭を踏み荒らすこともなく、近くの獣を咆哮で威嚇することもない。
なんというか、非常に、人馴れしているように見える。
「お前、この赤竜買ったって言ってたけど、どこから?そもそも売ってんの?」
赤竜の売買なんて聞いたことがない。
シフトを見ると、にっこりと笑った。
「この子は王宮に居たんだよ。もともと騎士団がこの子が子供だった時に保護してたんだけど、場所も狭いし、置き場に困ってたから、俺が騎士団から買ったんだ」
情報量が多い。
ツッコミ所も多い。
一々聞くのも面倒だから流そうと思ったのに、ユリはそうでもないらしい。
「なっ………!なんで!?置き場に困ったから買うってなに!?騎士団に居たんなら責任持って最後まで面倒見なさいよ!っていうか、そもそも!なんで買ったのよ!?」
シフトは今ユリに気付いたとでも言いたげに、ちらりとユリを見て、それから私を見た。
「ねぇ、ネジ!嬉しい?これなら喜んでくれる?」
「嬉しくはない」
「えっ………」
なんで喜ばれると思ったのかわからない。
私、赤竜欲しいなんて言ったことないんだが…?
「質問に答えなさいよぉぉぉ!!!」
シフトに無視されたユリはカッとして手を上げる。
「集え雷源!出でよ雷槌!」
バチィと一瞬だけ出た雷は、前回同様頭上で弾け、シュルシュルと腕輪に吸い込まれる。
うんうん。今日も正常に作動していて満足だ。
「…………ネジ」
ユリの魔力の動きを見て、シフトはピタリと固まっている。
今見たものが信じられない様子で、ユリを見つめている。
「凄いだろ?魔力封じの腕輪だ」
その瞬間、シフトの顔色が変わる。
「ネジ!」
咎めるような大声に、ユリがビクリと肩を揺らす。
ユリに言ってる訳じゃないから、そんなビビらなくても大丈夫なのに。
「私はこれを、これから大量に作る」
ずっと前から考えていたことだ。
もう少し改良したい点もあるし、気になる部分もあるから、今すぐではないけど。
でもずっと先でもない。
近日中に、改良して、誤作動がなければ、売り捌く。
その為のルートも確保してある。
「ネジ。待って。これがどんなに危険か、わかってるんだろう?」
「勿論。でもやる」
もう決めた事だ。
それも昨日今日の話じゃない。
いつか白魔女狩りが始まると、そう気付いた時から、ずっと試行錯誤して作った傑作だ。
「世界がひっくり返るな?」
ニンマリとシフトに向かって笑うと、シフトは一瞬言葉を失ったものの、すぐに深い深いため息をついた。
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