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完結『水と桜音の長刀稽古〜勝てない相手〜』

 すいは手拭いを手にして、後ろからついてくる桜音おとを振り返った。桜音の左頬を流れる汗を拭いてやりたかった。が、桜音に手拭いを手渡すだけに留まってしまった。


 自分は、いつだって桜音に負けている。桜音をいつも揶揄ってしまうのだって、そうしないと自分の気持ちが溢れてしまいそうだからだ。桜音の前では、歳下とか、子供だと思われるような態度を取りたくない。だからリクと街で遭遇したとき、リクに腹が立っても彼の脛を蹴るのを我慢した。


 今、汗を拭いてあげようと思ってもできないのは恥ずかしいからだ。桜音が自分から逃げるとは思っていないが、桜音の前では緊張するし、格好悪いところは見られたくない。


「ほら、水さまも水飲んでくださいね」

「……ありがとうございます」


 水は、桜音が飲んだあとの水筒を受け取り、水を喉に通した。熱が一気に喉が冷めていく。やっぱり、桜音のほうが一枚上手だなと思った。



 後日、また集団稽古があった。甲斐姫も見にきており、水は合間に甲斐姫に挨拶をした。


「感心だな。それに、水のおかげで侍女たちのやる気もある」

「恐縮です。でも、最初にご提案してくださったのは千姫さまでした」

「だが、こうして継続しているのは皆の気持ちがあってこそだ」

「はい、そうですね」


 甲斐姫は、侍女たちの対戦をひと眺めする。侍女たちは「ええい!」「やあ!」としっかりと気合の声を上げながら、稽古に励んでおり、甲斐姫もご満悦だ。少しずつだが、侍女たちの実力は、全体的に底上げができているように思う。中でもやはり、桜音の声は一段と目立っていた。今も、相手の侍女を気合いだけで怯えさせてしまっている。


「桜音といったか。前よりも良い構えだな」

「はい。直接相手をしたら、あの通りです。きっと、筋が良いので飲み込みも早いのだと思います」


 桜音が褒められて、水はつい嬉しくなり、得意げに答えてしまった。その水の笑顔を見て、甲斐姫は一本取られたような顔をした。


「……まさか、本当に個別に指導したのか」

「はい、甲斐姫様のご提案が素晴らしいと思いまして、お借りしました」


 甲斐姫はやれやれといったふうに水を見る。


「……水、それはあまり、他の侍女にはするでないぞ」

「元よりそのつもりです」


 甲斐姫の意思がいまいち分からない。自分は忍びとして、それなりに人の感情は読めるつもりだが、今の甲斐姫は少し呆れているようにも見える。かといって失望しているのともまた違う。やはり、東国無双の美女と謳われた長刀の名手は、感情を隠すのも上手いのだなと水は感心した。甲斐姫は、稽古に参加していない侍女を後ろに率いて、その場から去っていった。その間「半分冗談だったのだがな」と呟いているのが聞こえたが、いったい何のことだろうと水は眺めた。


 それから、集団稽古の夜は水と桜音の二人稽古をするようになった。水が桜音に隙をつかれて一本取られるのは、また別の話である。

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