第1話 「腹の減る少年」
その日、空はやけにうるさかった。
雲が割れているわけでもないのに、風の音の奥で、何かが軋むような音がしている。
ガイはそれを気にせず、岩をかじっていた。
「うん、今日のは硬いな」
岩だった。
だが彼にとっては“食べ物”だった。
噛むたびに砂が落ち、歯が欠ける音がするのに、ガイは楽しそうだった。
村の子どもたちが遠巻きに見ている。
「またやってるよ……」
「ガイって、ほんとに人間なのかな」
聞こえているはずなのに、ガイは気にしない。
むしろ嬉しそうに笑う。
「お前らも食うか? この岩、案外いけるぞ」
「いらない!」
即答だった。
そのとき、村の鐘が鳴った。
――ゴォン、ゴォン。
普段は使われない非常用の鐘。
ガイはようやく岩から顔を上げた。
「……またか」
村の大人たちが走り出す。
空を指さしている。
「来るぞ!! “回収者”だ!!」
回収者。
それはこの世界で最も嫌われる存在の名前だった。
空が裂けた。
音ではなく、“空間そのものが開く”感覚。
そこから落ちてきたのは、人間ではなかった。
黒い鎧のような皮膚。
顔のない仮面。
背中には、光を吸い込むような穴。
村の空気が一瞬で冷えた。
「星核保有領域を確認」
機械のような声。
「低等生命体。回収対象外。破棄」
その瞬間だった。
村の一軒が、音もなく“消えた”。
爆発でも崩壊でもない。
そこにあったという事実ごと、消えた。
「……は?」
ガイが首をかしげる。
「今の、食えたのか?」
村人の悲鳴が遅れて届く。
「逃げろ!! あれに触れたら終わりだ!!」
回収者が歩くたび、地面が薄くなる。
存在が削られていく。
「……おい」
ガイが立った。
ゆっくりと。
土の上に裸足で。
「今、オレの昼飯、消しただろ」
誰も返事をしない。
回収者だけが振り向いた。
「低等生命体。戦闘行為は無意味」
「知らねえよ、そんなの」
ガイは拳を握った。
その拳は特別な光も、炎も、何もまとっていない。
ただの拳だった。
「オレの飯に手ェ出すな」
次の瞬間だった。
回収者の身体が、沈んだ。
殴られたわけではない。
“中心がずれた”ように、後ろへ吹き飛んだ。
地面が割れる。
村の誰もが言葉を失った。
「……え?」
「今、何が起きた……?」
回収者がゆっくり起き上がる。
その仮面に、初めて“揺らぎ”が走る。
「不可解。エネルギー反応なし」
ガイは手を見ていた。
「今の、当たった?」
自分でも分かっていない。
ただ殴った。
それだけ。
回収者の腕が変形した。
黒い穴が開く。
そこから“何か”が引きずり出される。
空間そのものがねじれる音。
「排除プロトコル起動」
村人が叫ぶ。
「ガイ! 逃げろ!!」
だがガイは動かない。
腹が鳴ったからだ。
「……あー、なんか腹減ってきた」
「今!?!?」
回収者が突っ込んだ。
空間ごと圧縮する一撃。
村の地面が消える。
だがその中心に――ガイは立っていた。
拳を振り抜いたまま。
今度ははっきりと、回収者の身体が“砕けた”。
仮面にヒビが入る。
「……なぜだ」
初めて、声に感情が混じった。
「お前には星核がない」
ガイは笑った。
「星核? なんだそれ」
そして言った。
「オレはたぶん、腹で生きてる」
回収者の身体が崩れ始める。
消える間際、仮面がわずかに上がった。
その奥に、“目”があった。
そして、震える声。
「……喰っているのは、お前か」
静寂。
風だけが戻る。
村は壊れていない。
だが“何かが削られた感覚”だけが残っていた。
ガイは腹を押さえた。
「なんか今日の飯、まずかったな」
空を見上げる。
まだ、うるさい音がしている。
どこか遠くで、何か巨大なものが動いている音。
その夜。
村の長老は震えながら言った。
「……あれに、気づかれたかもしれん」
「星を喰う“別の何か”に」
ガイは岩をかじっていた。
いつも通り。
だが、ひとつだけ違った。
岩の味が――少し、薄かった。
(第1話・終)




