エピローグ・これからのこと
我道征矢とツェーク・ヘレムの戦いはこうして幕を閉じた。
その後、特に苦労する事も無く二人とも元の姿に分離して家へ凱旋する事になった。
玄関の前では五百旗頭の……不良警官のおっさんがこの世の終わりみたいな顔をしていて、帰ってきた俺たちの顔が見えた瞬間に、緊張の糸が切れたのかその場に腰を抜かしてへたりこんでしまった。
『大人のくせに情けないな』なんて軽口を普段なら叩いていたんだろうが、今日ばかりはそんな気分になれなかった。
ならばここで俺たちが口に出す言葉は、シンプルなもので良いはずだ。
「「ただいま」」
「あぁ、おかえり。……いやはや、しっかし、街は酷い有様だねぇ」
エリファ・ルイ・コンスタンの魔術が街に残した爪痕とその被害は大きい。
家は崩れ、木は根本から引っこ抜かれ、性別や年齢の一瞬の逆転から、変化後と元の体のギャップで上手く歩けていないものも多い様子を見受けられる。
しかし現代は異能社会。
復旧作業に用いられるものは重機だけではない。
帰りの道中では、混乱しつつも自分たちの日常を取り戻そうとする力強い人々の姿があった。
無能力者も異能力者も関係ない。
未曾有の災害の前ではお互いに手を取り合えるのだと、そんな光景を見て胸の奥が温かくなるのを感じる。
「……いつか、能力者も無能力者も差別が無くなるような、そんな世界が来るといいな」
「そうだな。俺も、心からそう思う」
ツェークのポツリと溢したそんな一言に間を置かずに本心の言葉を出せたのも、この三日で変わった俺の成長だと噛み締められる。
たった三日。されど三日。
"男子三日会わざれば刮目して見よ"とは言うが、我ながら凄まじい心の成長だと…………いや。
ツェークがいたからこそ、ここまで成長出来たのだと、感謝こそあれど自惚れずにいられる。
「で、征矢」
「なんだ?」
「これからどうするんだ?」
「これからって、あ〜……」
ツェークが指差した先に目をやり、疑問が納得へと変わる。
「……家、潰れちまったなぁ」
エリファが街に残した爪痕と被害は大きい。
それはあらゆる物の繋がりを逆転し、破断する魔術が故に。
つまるところ、俺の家はトリックアートや現代アートよろしくひっくり返って自重に耐えられずペチャンコになっていた。
「貴重品は死ぬ気で取り出すとして、飯とか服とかどうすっかなぁ……」
試しにと、瓦礫を退ける度に舞い上がる土煙が鼻を刺激し、咳を生み出す。
足元を見れば醤油を始めとした調味料や食材などがプレスされて混ざったものが染み出しており、サイケデリックな色合いの水溜りを作り出していた。
「臭いも酷いな。食べ物の他にも焦げ臭かったりガスの臭いだったり、こりゃ家電類も全滅かな」
だがまぁ、竜巻よりも唐突で、地震よりも被害規模の大きい魔術災害(一般的には異能力災害になるのだろうか?)に遭ったこの街で、誰もが強い人間ばかりではいられないだろう。
実際、俺だって家も服も飯も無くなれば明日の居場所にすら困る有様だ。
「ま、その辺は追々考えていく事にするよ。
最悪、五百旗頭のおっさんの脛を齧ろうと思う」
「「君なぁ……」」
二人の呆れた視線と溜息が俺に照射される。
こちとら一から百まで被害者だぞ。少しぐらい図々しくさせろってんだ。
「んじゃ、貴重品掘り出したらおっさんの金で祝勝会でも……」
「……お待たせしました。ツェーク・ヘレム様。ご無事ですか?」
日常の軽口を切り裂いたのは、礼節をもつゆったりとした言葉だった。
振り向けば、そこには白を基調とした丈の長いゆったりとした服……教会や結婚式で見かけるような……祭服を纏った女性が立っていた。
首からは一際輝きを放つ……丁寧に手入れをされているのだろう……お守りのような物を下げており、一目で宗教家かそれに近い物だと分かった。
「誰だ?」
「失礼しました。わたくし、日本オシェル派の教会から派遣されてきました者です。
ツェーク・ヘレム様の保護の任を受け、この場に参上しました」
誰かが分からないので一応ツェークの方に視線だけをやると、首肯が返ってくる。
どうやら、ツェークが言っていた保護者に相違ないらしい。
「我道征矢様、ですね?ご活躍はお耳にしています」
「なんで俺の名前を」
「接触は出来ずとも、それを試みようとしていたオシェル派の人間から、ツェーク様を守り通していたという噂はかねがね聞いておりました」
「そりゃ……まぁ、光栄だが」
ツェークが俺の背中から一歩前に出る。
警戒の色は無い。味方である事は疑いようの無い真実らしい。
つまりこれにて依頼完了。俺の日常を襲った激動の日々と居候とはおさらばって訳だ。
これで元の日常に戻れるって訳だが……。
「(だが……なんだ……こりゃ)」
ツェークがその“保護者"とやらに歩みを進める度に俺の胸の辺りがずきりと痛む。
……いや、原因は分かってる。俺は入れ込みすぎたんだ。
ツェーク・ヘレムという少女に。
路地裏で最悪の出会いをして、身に余る力を手渡され、冷めない悪夢から引っ張り出しくれて、勝てる筈が無かった悪魔に二人の力を合わせ、打ち勝ったんだ。
たった三日。されど三日。
これまでの人生を全部かき集めたって、それに匹敵するほどに濃密な三日間であった事は間違いない。
「……なぁ」
「ん?」
思わず呼び止めてしまう。
……呼び止めて、どうする?その後俺は何を言うつもりだったんだ?
『もう少しだけ一緒にいよう』?
……違う。俺にはもうツェークを呼び止める理由も、場所も、道理も無いのだから。
「……」
言葉を発してから不自然な間を作ってしまう。
俺らしくない。情け無い。
いつも通り、ハキハキと自信満々に、悪態混じりの言葉を吐く我道征矢は何処へ行ったんだ?
「ツェーク」
「うん」
ツェークはそれ以上何も語らず、立ち止まってただじっと俺の瞳を見つめている。
俺の言葉を、ただ真摯に待っていてくれている。
……あぁ。こんな奴だからこそ俺は____
「____またな」
____男らしく、堂々と、胸を張って別れを告げられる。
「ん?ん、あ、あ〜〜…………」
しかし、心から繋がった相手から帰ってきたのは、何やらバツの悪い表情と返答に困った様な唸り声。
え、なんだ?俺、何か間違えたか?
「え〜っと、その、征矢。ボクから切り出そうとして、君に期待してた言葉は、ちょっと、いやかなーり、違くて、だな」
「なんだよ人がせっかく慣れずに作ったしんみりした空気ぶち壊しやがって。言ってみろ」
「うん。それなら遠慮なく」
胸の中では「今までも大して遠慮は無かっただろ」と愚痴る俺もいるが、それは喉から飛び出ないように気合いで飲み込む。
俺は大人なのだ。この程度で悪態はつかない。
「なぁ征矢、ボクと一緒に来ないか?」
「…………………………………………………は?」
あまりにも長大な溜めの時間を作って素っ頓狂な返事を返してしまった。
だってそれは、あまりにも予想していなかった、予想以上の言葉で。
「いやだって、キミ、家潰れちゃっただろ」
「いや、それはそうなんだが」
「それ以上の理由は一般的にはそんなに無いと思うぞ……?
まぁ、ボクにはそれ以上の理由がある訳だけども」
「……それ以上の理由?」
「女の子の口から言わせるのか?それを?まぁ良いけども」
目の前で行われる深呼吸。
まるで、一世一代の大勝負を仕掛ける前のように入念な準備。
呼吸音だけ聞こえる沈黙の時間はやけに長く感じて、返事など永遠に来ないのかと錯覚する。
が、そんな杞憂は今まさに打ち破られる。
「征矢、キミが好きだ。ボクと一緒に来て欲しい」
「……………!?」
「……ふふ、なんだ。キミもそういう顔出来るのか。
いや〜役得役得」
「いや、ちょ……、おまっ……!?」
慌てて顔を隠すもどうやら遅かったらしい。
指の隙間から僅かに望めるツェークの表情は、イタズラが成功した子供のような意地悪な笑みを浮かべている。
……あー、クソ。今俺はどういう表情をしているか見当もつかないが、相当愉快なご尊顔を晒してしまったらしい。
普段使わない表情筋が動いていたのか、頬辺りがピクピクと痙攣したように動いていて、筋肉痛を感じる始末だ。
「いや、おま……その……」
「当然、LOVEの方だぞ?」
「……いや、その……あ〜、クソ」
頭を掻いても上手い反論は思い浮かばず。
いやむしろ、下手に言い訳する方がかえって墓穴を掘りそうで、大人しく白旗を上げる。
逃げ場が無い。認めよう。俺の完敗だ。
男という生き物は、元来ど真ん中ストレートの勝負には弱いくせに逃げられないらしい。
「……本気か?」
「無粋だな」
「出会って三日だぞ?」
「過ごした時間の長さだけがこの世界における愛の大きさを図る唯一の指標と言うのならば、ボクは今この瞬間から世界を敵にするさ」
「迷惑かけるぞ?」
「お互いにかけてかけられた仲だろう」
「失望するかもしれないぞ?」
「征矢は思ったより女々しい奴だな?良いところも悪い所も、これから全部ひっくるめて考えていけば良い」
「お前……お前って奴は……全く……」
言葉が思いつかない。
紡ごうとしては解けて、上手くまとまらない。
「大体、キミから言ったんじゃないか。
『指輪で砕けた如きで、俺たちの絆が砕けるわけが無い』って」
「……あぁ、そうだな。確かに、言った。俺の本心だ」
「だからこそ、問いたい。
ボクの想いに対しての征矢の返事を」
「……俺は」
だからもう、無駄な小細工は要らなかった。
「わぷ」
自分よりもずっと小さく華奢な体を、折れないように丁寧に、しかし強く強く、それこそ矛盾を伴った力の加減を持って抱きしめる。
「征矢、ちょっと苦しい」
拒絶の意思が無いのは柔らかい声色から分かった。
だから、やめない。
愛おしい物を離さないようにと、強く優しく抱きしめる。
「俺を選んだ以上、後悔はさせないと約束する」
「あぁ、信じてるとも」
世間体や恥など微塵も気にしない言葉だった。
心からの言葉だった。
取り繕わない本心だった。
それだけが、お互いの心を満たして掴んで離さなかった。
「……いいねぇ」
普段は俺の事をからかってくる五百旗頭のおっさんも、今だけは茶々を入れずにこの場の雰囲気を大事に守ってくれた。
あぁ、俺はバカだから、やっと気付いたんだ。
この人は、ずっと両親を亡くした俺の親代わりを務めていてくれたのだと。
「五百旗頭さん」
「どうした征矢くん」
「俺、行く事にするよ」
「そうかい」
「でも、盆とか正月とか、たまには帰ってくるようにするよ」
「それは嬉しいね。寂しさも紛れる」
「だから、その……」
「……」
「____今まで、ありがとう。こんな俺を守ってくれて」
「……君が強かっただけさ。オジサンは何もしてない」
「アンタならそう言うとしても、改めて言わせてくれ」
深く、深く頭を下げる。
ただ感謝の気持ちだけでこうして頭を下げるのは、果たしていつぶりになるだろうか……自分でも覚えていない。
「本当に、ありがとうございましたッ!」
五百旗頭さんは、しばらく黙ったと思えば踵を返して遠ざかって行ってしまう。
俺が頭を上げるよりも先に、最後に顔を見るよりも先に。
「……は、行った行った!男たるもの、彼女さんを待たせるなよ〜!」
「五百旗頭殿、ボクからも礼を言わせてもらう!本当にありがとう!」
ツェークの言葉にそれ以上の返答は無く、五百旗頭さんは道路向こうの雑踏に消えていってしまう。
不良警官らしくサボりに行ったのか、はたまたそれ以外か、神のみぞ知るというところではあるが……。
「ツェーク様。それと……我道様」
「……おう」
「車の用意は出来ております。教会まで、お送りいたしましょう」
「うむ。よろしく頼む」
ツェークは手慣れた動きで先に扉を開けられた車の中へ乗り込んでいく。
まったく、どんな高等教育を受けているのか分からないが、俺も恐る恐ると言った足取りで続けて車へ向かい……。
「……っ」
その瞬間、一迅の風が俺の背中を押した。
方向は、潰れた俺の家の方から。
つまり、風の通り道では本来無い筈なのだが……。
「……そうか、ずっと見ていてくれたのか」
幻聴かもしれないが。
なんだか、昔と変わらないような笑い声が耳元に聞こえてきた気がして。
「俺も、色々変わって、成長出来た。前へ踏み出す事が出来た。
……話したい事は色々あるけど、待ち人がいるんでな。
それはまた、仏壇の前ででも話そうと思うよ」
だから今はこれだけ。
何もない空に向けて、大きく手を振る。
誰に訝しげに見られても関係ない。
俺は俺の信じた道をこそ征くのだから。
「だからさ、これからは安心して見守ってくれ。ミヤコ」
かつての家と一緒に、俺は最愛の妹に向けて別れを告げた。
これからの未来のことを、もっと沢山探すと約束して。
○●
「……いやぁ、歳を取るっていうのは良く無いね。
体力が落ちるし、涙もろくなる」
その様子を見ていた五百旗頭は、似合わないサングラスをかけて、発車していく車を見送っていた。
その表情を、今は誰も知る由は無い。
「行ってらっしゃい征矢くん。ツェークちゃん、
君たちの征く道に、どうか溢れんばかりの幸福を」
そうして、瓦礫となった我道家の家の前に鍵が置かれた。
もう今は誰も使う事のない、使い古された鍵が、置かれた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
我道×魔導-ルクス・ミル、これにて完結となります。
途中で非常に長い間更新を停止してしまいご迷惑をおかけしましたが、これにてなんとか完結まで持っていく事が出来ました。
普段は趣味でSSを書いてる人間の為、10万文字程度の作品を完結させるのはこれが初めての経験となり、至らない部分もあるかと思いますが、自分の「やりたいな」という物は出し切れたかなと思います。
今はやり切った気持ちでいっぱいです。
「自分が中学生の頃に見たらハマっていたような、黒歴史になってしまうような、そんな厨二全開のボーイミーツガールのライトノベルを読みたい!」
から書き始めた本作ですが、いやぁ……バトルって難しいですねぇ。もっと格好良く派手派手に演出とかしたい!
勉強あるのみです。次回以降にバトル物を書く時とか、もっと格好いい描写が書きたい!
……では長くなりましたが、この辺りで筆を置かせていただこうと思います。
改めてここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ps,何度も自分で読み返してはいますが、誤字脱字とか無いといいなぁ……




