第9話
海を渡る時のキラキラは人魚の魔法で合っているらしい。海で息を出来るようにする代わり、言葉を奪うそれは、人魚たちが陸に上がる薬と真逆のようだ。
何でも、人魚にとってはそれだけ「声」というのは重要なのだそうだ。魔力のすべてがそれに宿っているといっても過言でないほどに。
そんな、今訊かなくてもいいような質問から展開された話を聞かされている間に、私たちは陸に辿り着く。私はノーマさんに支えられながら陸地に上がり、その場にごろりと転がった。
「大丈夫? 本当にごめんね、変なことに巻き込んで。……あと、種族を偽ってたのもごめんなさい」
海に入ったまま、ノーマさんは岸を両手で掴み頭を下げる。それに慌てて、私はすぐに体を起こして胸の前で両手を振った。
「いやいや、騒ぎが起きてるの分かってて近付いたの私だから、気にしないでください。その騒ぎの元がたまたまノーマさんのお姉さんたちだった、ってだけですよ。種族は、まあ、言いづらいですよね、珍しい種族だから、人混み出来ちゃいそうだし」
ノーマさんが気にしちゃわないようになるべく軽い口調で返す。ごめんね、と繰り返したノーマさんは、どこかほっとした様子に見えた。
……訊くなら今だろうか。アデリンが言っていたノーマさんの好きな人が、本当に私なのか。
でも何て訊く? 「ノーマさん私のこと好きなんですか?」って? でもそんな訊き方は卑怯じゃないだろうか。しかも、聞きようによっては責めてるように聞こえてしまう気もする。
じゃあどうする。私が言うか? ここで? あなたが好きです、って?
どんどん早く大きくなっていく心臓の音が私から冷静さを奪っていく。
訊くか、言うか。迷っている内に無言の時間は増え、段々ノーマさんが不安そうな顔をしだした。ああごめんなさい、そんな顔させるつもりはないんです。ええと――!
「あのっ、名前の魔法って何ですかね!?」
迷って混乱してきた私からようやく出てきたのは、結局全く関係ない質問。ああもう、私の意気地なし……。情けなさ過ぎて、自然と視線は明後日の方向に向いてしまう。
「……え……?」
質問の内容が理解出来なかったのか、ノーマさんが小さく聞き返してきた。私は頭の後ろに手を当てて空々しく明るい笑みを浮かべる。
「あっ、あの、アデリン――さんが、私がノーマさんの名前を呼ぶとノーマさんの魔力が帯びてるって。人魚の魔法がどうのって言ってたんですけど、これって何、ですか――ね?」
あれ?
え?
私、何か変なこと言った、っぽい……?
気がつくとノーマさんが真っ赤になって目を見開いていた。わなわなと震えだし、口を何度も開け閉めしている。
「ノ、ノーマさん……?」
「しっ、信じられない……っ、そんなことまで言うなんて……っ! ああやだ、待って、私さっきエレンちゃん本人の前であんな――!」
これ以上ないぐらいに、ノーマさんの顔は赤く染まった。涙すら浮かんでいる。可愛い、と場違いなことを思ってしまう思考を頑張って蹴り出し、うわ言のように呟かれる内容について考える。
さっき。本人の前で。それは、アデリンの言葉を否定もせずに認めていたことを言っているのだろうか。ということは、やっぱりノーマさんは――。
「ノーマさ」
「やだっ、ごめんなさいエレンちゃん! あのっ、私のこと気にしないでいいから! こんなの、こんなのどうかしてるよね。ごめん、ごめんね。本当に――っ」
感情が昂ぶりすぎたのか、青い双眸からは大粒の涙が零れた。一粒、二粒、三粒、どんどん増えていくそれを隠すように手で顔を覆ったかと思うと、ノーマさんは海に潜ってしまう。
そのまま、振り返りもせずに沖の方へと泳いでいってしまった。
「ノーマさん!」
待って、と言う間も無くその姿は見えなくなってしまう。
何でこの先は陸じゃないんだろう。これじゃあ、彼女を追いかけられない。私の気持ちを、伝えられない。
「……ひとりで突っ走んないでよ、ノーマさん。それ、私がやることじゃん……」
立っていられなくて、その場によろよろと座り込む。ぽつりぽつりと乾いた岩を濡らすのは、きっと髪とか肌から落ちる水滴だ。




