第三話 最強の陰陽師、帝城を行く
帝城の中は、想像していたとおりの豪奢な造りをしていた。
フィオナとともに通路を進みながら、ぼくは視線だけで周囲を見回す。
壁や柱には華美なほどの装飾が施され、燭台なども立派なものが使われている。
どれだけの富が費やされたのか想像もできないほどだ。アミュたちも緊張を忘れて目を丸くしており、あちこちにある飾りや調度品を指さしては、こそこそ盛り上がっているようだった。
ぼくの感想も、実のところ彼女らと大差ない。
魔族領で見たどの王宮よりも、前世で見たどの城よりも、この帝城は壮麗だ。一年半前にここへ攻め込んだ時には、アミュの閉じ込められていた地下牢以外には立ち寄らず、城そのものの内部はネズミの視界で見ただけだったが、まさかここまでとは思わなかった。
それだけ、この国の力が強いということなのだろう。
しかしながら、暢気に帝城見学というわけにはいかない。
ぼくは傍らを歩くフィオナに話しかける。
「それにしても、いくらなんでも急じゃないか? 来て早々に皇帝に謁見だなんて」
「陛下が、そう望まれているのです」
前を向いたまま、フィオナが答える。
口ぶりは穏やかだが、その表情はやや硬い。
「元々そのような手はずになっていました。勇者の接遇を陛下の勅使から引き継いだことになっているわたくしが、当初の謁見の予定を乱してしまえば、他陣営に介入の口実を与えることになってしまいます」
「口実って、その程度で……」
「その程度のことが、政の場では大事となるのです。これは、みなさんの身の安全にも関わります。先ほども、実は少々危ないところでした」
表情をわずかに険しくし、フィオナは言う。
「あのまま彼の手配に従って歓待されていれば、今夜の夕食あたりに毒を盛られていたでしょうから」
「えっ……」
後ろで聞いていたアミュが、困惑の声を漏らして絶句した。
フィオナは淡々と続ける。
「今回の勇者招聘は陛下の命ですので、謁見まではきっと手を出されないでしょう。しかしそれが済んでしまえばすぐにでも、反勇者の陣営が仕掛けてきてもおかしくありません。あの勅使も取り込まれていたようですし」
「……」
「今後、暗殺者が差し向けられる可能性もあります。特に屋外の移動時などには、多少の警戒が必要でしょうね」
短い沈黙の後、ぼくは口を開く。
「……どういうことだ? 手紙には、帝都に戻っても問題ないと書いていたじゃないか」
今回の帰還は、それが大前提となっていた。
この前提が崩れるならば――――当然、早急に帝都を去ることも選択肢に入ってくる。
「ええ。ご心配なく」
しかしフィオナは、含みのある微笑とともに言った。
「その程度の企みならば、わたくしがどうにでもできますので」
フィオナは変わらない表情で続ける。
「先ほども見せたとおりです。事前に潰すことも、あるいは仕掛けられてから防ぐことも、わたくしには造作もありません。自らに向けられた殺意に対しても、これまでそのように対応してきましたから」
「……」
「加えて言うならば、反勇者陣営にはわたくしとは別の敵対勢力も存在します。弱体化した彼らにとって、他陣営の妨害をくぐり抜けることも容易ではないでしょう。もしかすると案外、何もしなくても平穏に過ごせたかもしれません」
……どうやら、手紙の内容は決して嘘ではなかったらしい。
話を聞く限りでは、確かに心配いらないように思えてくる。
「ですから、みなさまの帝都での身の安全については、本当に問題ないのです……陛下が敵に回りでもしない限りは、ですが」
話の終わりに、フィオナがそんなことをぽつりと付け加えた。
まるで冗談のようにも聞こえたが、ぼくはそれを笑う気にはなれない。
そのまま懸念を口にする。
「その割には、あまり余裕がなさそうに見えるな……ひょっとして、掴み切れていないんじゃないのか? その肝心の皇帝が、アミュを呼び寄せた意図を」
フィオナがわずかに目を見開いて、こちらに顔を向けた。
ぼくは続ける。
「暗殺については、君の言うとおり心配いらないんだろう。だが一番重要なのは、やはりそこだ」
もしも皇帝が勇者の排除に動くならば、単なる貴族の派閥などではなく国家が敵に回ることになる。
帝都に呼び寄せ、精強無比と名高い近衛隊を動員して捕縛。そのまま処刑。仮にそんな目論見が裏で動いているのだとしたら、たまったものではない。
もちろん近衛隊程度ぼくにはどうということもないが、状況はずっと悪いものになってしまう。
未来視の力を持つフィオナのこと。てっきり皇帝の意図まである程度把握して帰還を促したのかと思っていたのだが……反応を見る限り、そうではないようだ。
「……はい。わたくしの力も、万能ではありませんから」
顔を前に戻し、わずかに語調を弱めながら、フィオナがうなずいた。
「しかし、国内外の情勢や議会の現状をどう考慮しても、陛下に勇者を排す意図があるとは思えません。反勇者派の勢いが衰えたこのタイミングで、帝国として正式に勇者を容認したいのだと考える方が自然です」
本来、それが当たり前なのですから。そうフィオナが付け加える。
王宮や議会に渦巻く複雑な力関係はわからない。
だが彼女がこう言っている以上は、少なくとも今の状況はアミュにとって悪いものではないのだろう。
であるならば、皇帝が自ら勇者を招聘し、アミュの存在を議会や貴族社会に認めさせてしまうことは理に適っているように思える。容認が今になったのも、反勇者派閥が弱体化し、反発の声が上がらなくなる時を待っていたと考えると辻褄が合う。
今回の謁見で、ぼくたちの状況がよくなる可能性は確かに高い。
「……」
だが、確証はない。
そこだけが気がかりだった。
「あの、ねえ。よくわかんないんだけど……もしかしてこれ、あたし次第なところ、ある?」
後ろを歩くアミュが、唐突に硬い声で言った。
ぼくとフィオナがそろって後ろを振り返ると、彼女は表情をこわばらせたまま続ける。
「下手なこと言って怒らせちゃったりしたら、やっぱりまずいわよね……あたし、お貴族様の礼儀作法とかよく知らないんだけど、大丈夫かしら……? 格好も、もっとちゃんとしてきた方がよかったかも……」
自らの服を見下ろしながら不安そうに言うアミュに、フィオナが安心させるように微笑む。
「大丈夫です。陛下に対し、市民がそう畏まる必要はありませんよ。皇帝とは、貴族のような存在ではないのです。礼儀も、アミュさんがきちんと敬意をもって接すればそれで十分。心配いりません」
「そうなの……? ううん、でも……なんか不安なのよね。あたし学園でも、お貴族様の子供には目の敵にされたりしてたから……」
「それは、君が入学当初ツンツンしてたせいもあっただろ」
「別方向で学園デビューに失敗してたあんたに言われると腹立つわね」
アミュはフィオナに顔を向けて訊ねる。
「ねえ、皇帝陛下ってどういう人? 怒りっぽかったり、冒険者が嫌いだったりはしない?」
問われたフィオナは、一瞬迷うような表情を浮かべた後、微笑とともに答える。
「どう、でしょう……? 少なくとも、声を荒げているところは見たことがありません。特定の人々に偏見や差別意識があるとも、思えませんが……」
フィオナはわずかに言葉を切り、言いにくそうに付け加える。
「……正直なところ、よくわからないのです」
「? 皇帝陛下って、フィオナのお父さんなのよね」
アミュが不思議そうな顔をする。
「それなのに、どんな人かわからないわけ?」
「……父といっても、長い間離れた場所で暮らしていました。世間でいう、親らしいことをしてもらった記憶もありません」
「そう……。悪かったわね、知らずにそんなこと訊いて」
「ただ」
気まずげな顔をするアミュだったが、まるでそんなことはどうでもいいかのように、フィオナは険しい表情を浮かべて言った。
「たとえそうでなかったとしても――――陛下を理解することは、きっとできなかったと思います」





