第一話 最強の陰陽師、勅命を受ける
ラカナの山々が、一年ぶりに赤く色づいていた。
「お、ランプローグんとこのパーティーが戻ってきたぞ」
「よお、英雄さん! 今日も大漁かい?」
「俺たちの分も残しておいてくれよ」
「あ、セイカさーん、買い取りでしたらこちらの広いところへー」
ダンジョンから帰ってギルドに立ち寄ると、そんな声に出迎えられた。
ぼくは苦笑しつつ、手を挙げて答える。
魔族領を発って、数ヶ月。
ラカナに戻ったぼくたちは、穏やかな日々を過ごしていた。
季節はすっかり秋だ。
例のスタンピードから一年以上が経過し、ラカナ周辺のダンジョンもほとんど元の賑わいを取り戻している。
魔王から一介の冒険者に戻ったぼくは、アミュたちと共にダンジョンに潜っては得られた素材を売るという、冒険者らしい暮らしを送っていた。
半年前までの生活に戻っただけとも言えるだろう。
しかし、ぼくの気持ちは以前よりもずっと軽かった。
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「それにしてもセイカくん、大人気だよね」
すっかり常連となったギルドの酒場で、イーファが席に腰掛けながらしみじみと言った。
採ってきた素材の売却を終えたぼくたちは、軽食でもとろうということで、手近なここに寄ることにしたのだ。
夕食にはまだ早い時間だが、ダンジョンに長く潜っていれば腹も空く。
「どこに行ったって、いろんな人から話しかけられるもん」
「しばらく顔見せてなかったせいかしら」
イーファの言葉を受け、アミュが両手で頬杖をつきながら言う。
「いつもいるとは限らないようなレアキャラって、冒険者はかまいたがるのよね」
「ぼくそんな珍獣みたいな扱いなのか……。まあ、一度ふらっといなくなったのは事実だけど」
春にラカナからケルツへ向かったときは、ほとんど誰にも言わずに出てきた。
依頼をこなし終えたらすぐ戻るつもりだったので、そんな必要もないかと思っていたからなのだが……ケルツでルルムとノズロに出会い、一悶着あった末に魔族領にまで渡り、各種族の君主と交流したり火山をどうにかしたりしていたら、結局数ヶ月もの間ラカナを空けることになってしまった。
おかげで、戻ってきたときには顔なじみの連中にだいぶ驚かれた。
ラカナの首長であるサイラスも、一応フィオナからぼくたちのことを頼まれている手前、けっこう気を揉んでいたらしい。それを知ったときにはさすがにいくらか申し訳なくなった。
アミュがやれやれといった笑みとともに言う。
「なんだかんだ言って、あんたが一番ここに馴染んだわよね。最初は、こんな野蛮な街ー、とか言ってたのに」
「野蛮とまでは言ってなかっただろ。口では」
「口ではね」
しかし、馴染んだと言われれば……多少はそうだと言えるかもしれない。
「でも、みんながセイカに話しかけたがる気持ちも、ちょっとわかる」
ふと、メイベルがぽつりと言った。
「なんとなく、セイカはかまいたくなる。レアキャラとか関係なく」
「ええ、そうなのか……? 学園では全然かまわれなかったけど」
「それもわかる」
メイベルはうなずいて言う。
「セイカは、ちょっと怖いから。私とか、冒険者みたいな連中は平気でも、貴族の子は近づきづらい気がする。今思えば」
「怖いって……学園にいた頃も?」
帝城に攻め入って以降はともかく、学園では一応、普通の貴族の子供らしい振る舞いを心がけていたつもりだったのだが。
擁護を求めてイーファに顔を向けると、彼女はやや苦笑気味に笑って言う。
「あはは……えーっと、そうかも」
「え……イーファも同じ意見か?」
「うん。ちょっとだけだけど」
イーファはうなずいて続ける。
「話してるとそうでもないけど、セイカくん、黙ってるときはなんか雰囲気あるから」
「雰囲気……」
「もしも学園で初めて会ってたら、わたしも話しかけにくかったかも」
「えー、そうかしら? あたしは別に、なんとも思わなかったけど……」
「アミュは、冒険者側」
「あー、それもそうね。顔がおっかないやつなんて小さい頃から見慣れてたわ」
彼女らの話を聞きながら、ぼくは微妙な気分になっていた。
実は、知らず知らずのうちに気を張っていたのだろうか。あのときはまだ、今生をうまく生きてやろうと、慣れない企みをして意気込んでいたから。
もしかするとぼくの学園生活は、最初からうまくいくはずがなかったのかもしれない。
「でも最近は、あんまり怖くなくなった」
メイベルが表情を変えずに言う。
「だから、みんなもかまってきてるのかも」
「あ、そうだよね。セイカくん、ちょっと雰囲気が柔らかくなった気がする」
「たしかに浮かれてる感じはするわね」
「別に浮かれてはいないだろ。憑き物が落ちた、とかならわかるけども」
正直、自覚はあった。
なんといっても、魔族絡みの問題がほとんど解決してしまったのだ。
アミュに送られてくる刺客。
それに、ぼくが魔王だということ。
後者はルルムに言われて以降、ぼくを悩ませていた最大の問題だった。前者についても、学園に現れた魔族一行が逃亡生活の遠因になったことから、決して軽視できないものになっていた。
味方にせよ敵にせよ、魔族は面倒な事態を引き起こしうる。
しかし、この夏に魔族領へ向かい、彼らの君主と交流を持ったことで、その辺りの懸念事項がほぼ解決してしまった。
あの子たちは、魔王に頼らない全種族の団結、そして人間との和平を望んでいる。
皆まだ年若いが、帝国の破壊工作をきっかけにそれぞれ政治の実権を握ることができたため、いずれ種族の意思もそのようになることだろう。
もちろん、種族の意思とは無関係に魔族がやってこないとも限らない。勇者と魔王がそろっているのだ、可能性がないとは言えない。
だが、確率はこれまでよりずっと低くなるはずだ。
それに……決してわかり合えないと思っていた者たちと、わかり合えたのだ。
これから先も、いろいろなんとかなりそうに思えてくる。
そういった事情で、少々気が抜けたところがあった。
それが、顔や仕草に出てしまっていたのかもしれない。
ぼくは小さく息を吐いて言う。
「まあ、ようやく……いくらか落ち着いてきたのかもな」
ラカナにというよりは、この世界に。
「ここでの暮らしはまだしばらく続くんだ。あまり肩肘張っていても仕方ない」
騙されないように、奪われないようにとばかり考えずに、もっと普通に過ごしていても罰は当たらないだろう。
だから、少しくらい気を抜いてもいいということにした。
聞いたアミュが、頬杖をついたまま言う。
「なんか……年取って丸くなった狂戦士みたいな台詞ね」
「もうちょっとマシな例えはなかったのか……」
「でも、けっこう合ってる。セイカ、好戦的だから」
「え、そ、そんなことないよ……セイカくん、いつも最初はちゃんと話し合おうとしてるし……ダメだったときは、その、あれだけど」
思わず引きつった笑みが浮かぶ。イーファの擁護は、よく聞けばあまり擁護になっていなかった。
そういえば、魔族領ではリゾレラにも同じようなことを言われた気がする。
とはいえ、別に荒事が好きなわけではないんだけどなぁ、と思った……その時だった。
「おっ、なんだ。ちょうどよかった。おーい、ランプローグの坊ちゃん!」
突然名前を呼ばれ、ぼくは振り返る。
こちらに手を挙げながら奥の階段を降りてきたのは、ラカナの卸商、エイクだった。
「エイクじゃない。久しぶりに顔見たわね。ティオは元気?」
「元気も元気。妹も大変だな、ありゃ」
「アミュが遊びたがってた、って伝えておいて」
「言ってないわよそんなこと!」
アミュがメイベルに文句を言うのをよそに、エイクが肩掛け鞄を漁りながら言う。
「そうそう、仕入れ先の商会から郵便を預かってきたんだ。ほら、ランプローグの坊ちゃんに」
「え、ぼく宛て……ですか」
ややどきりとしつつ、差し出された白い封筒を受け取る。
この世界で手紙は、主に商人たちが運んでいた。
主要都市間には馬を用いた郵便網があるが、残念ながらラカナにまでには届いていない。
そういう辺境の都市に手紙を届けたい場合には、そこへ行き来する行商人に手紙を預けるのが常だった。
この街で手紙を受け取るのは、初めてではない。
前回の相手が誰だったか考えると……。
「貴族の知り合いからか? ずいぶん上等な封筒で、しかも向こうの商会のお偉いさんから直接頼まれたもんだから、俺も緊張しちまったよ。じゃ、またティオとも遊んでくれな」
そう言うと、エイクは去っていった。
ぼくは、手元の封筒に視線を落とす。
質のいい紙が使われた、見覚えのある封筒だった。
「それ……ひょっとしてフィオナから?」
抑え気味の声で、アミュが訊ねる。
「ああ」
ぼくはうなずいて、ナイフを取り出した。
ぼくが出した返事の返事にしては、遅い。
一方で、前回手紙を受け取ってからはまだ半年ほどだ。次の近況報告というには、やや早い気がする。
となると……。
「……頼むから、厄介事は勘弁してくれよ」
ナイフで封蝋を剥がす。
中の便箋を広げると、書かれた文字を目で追う。
「……何が書いてあったの、セイカくん」
不安そうな声で、イーファが問いかけてくる。
ぼくは一通り目を通した便箋をたたみ直し、懐に仕舞った。
これからとるべき行動に迷いながらも、説明のために口を開く。
「どうやら、宮廷の方で……」
「――――アミュ殿、とお見受けする」
その時、ギルドの酒場内に声が響いた。
全員で一斉に、アミュの声を呼んだその人物に顔を向ける。
丁寧に仕立てられた服を着た、若年の男だった。
ぼくは状況を察し、思わず顔をしかめながら呟く。
「うわ、さっそく来たか……」
ここまで案内してきたらしきギルド職員のアイリアが、戸惑いがちに言う。
「あの、この方は、帝都から……」
「私は皇帝ジルゼリウス陛下から遣わされた者だ」
帝都からの使者は、温度の感じられない目でアミュを見つめ、告げる。
「勇者アミュ、共に帝城まで来てもらおう――――これは陛下の勅命ととらえてもらいたい」
どうやら、いつまでも気を抜いているわけにはいかないようだった。





