第八話・前半
[第六話のあらすじ]
「おばけ会議」は、恐怖大魔王を介して結ばれた、
「太陰サークル」と「学生合衆国」という二つの組織の同盟である。
「太陰サークル」の目的は「太陰怪獣」なるものの復活であり、「学生合衆国」の目的は学生運動グループを征服することであり、
その両方が、恐怖大魔王の国家改造計画に適うものであったのだ。
更に、目玉シールが、「太陰怪獣」の力を宿したものであることが判明する。
そんな中、特殊刑事・閨川守は、警察組織の影の権力者・川添警視から、おばけ会議との戦いから手を引くように圧力をかけられてしまったのであった。
[第八話] The End of Kaidan, "Part I" or "The Chapter in the Day"
(一)
西暦二〇一三年七月の下旬。東京。
東の空に朱色の点が見えたと思うと、左右に光の筋を放ち、やがて巨大な太陽が昇り始め、ビルの群れやアスファルトを、その無数の銀色の針で触れた。
ビルの根からは、西に向かって黒い影が延びた。それはまるで、光と影の拮抗の如くあった。
本邦の命運を決する、長い長い一日の始まりであった。
(二)
郊外の某高校。校舎は朝靄に包まれている。ここの会議室に、悪の組織「おばけ会議」が集っていた。
道明寺は、古い日本の草紙のようなものを机に置き、それに手をかざし、念を込めた。すると、草紙の上の空中に、銀色の目玉シールが現れ始めた。しかし、それはすぐに蒸発して、消えた。
「駄目です。太陰怪獣の力が弱まっています。一刻も早く、太陰怪獣を復活させなければ。」
「それにはどうすればいいの?」
園里香刑事が訊いた。
「この本は、太陰怪獣の意志の力を秘めた『ねくろのみこに』と呼ばれるものです。本体が封印されている場所さえ判れば、この本を用いてすぐにでも復活させられます。」
玉座に巨体を委ねている恐怖大魔王が、重厚な声を発した。
「そうすれば、人間どもから再び超自然への畏怖を呼び起こすことができるであろうな。」
大魔王は、三メートル近い巨体を立ち上げた。赤い肌、黒い鎧、白のマント、金色の大きな二つの目、そして、角の生えた金色の目玉シール。凄まじい偉容であった。
「太陰怪獣の復活を急ぐのじゃ!」
大魔王の前に、坂口が歩み出、跪いた。
「大魔王様。実は、太陰怪獣の眠る場所に、思い当たる節があるのです。」
「おお、そうか。では、詳しく調べよ。」
「ははあ。」
(二)
一方、閨川守警部は、薄暗い署長室に呼び出されていた。呼び出したのは署長ではなく、影の権力者・川添警視であった。
「もう二度と、園里香警部には関わるな!次に命令に反したら、君を直ちに追放する。」
それに対し、閨川はあくまで毅然とした態度で返した。
「予想外ですな。警視のご命令に反して、一ヶ月以上も経ってから、厳重注意で済むとは。私はてっきり、あの時すぐにでも首になるものとばかりおもっていましたが。」
川添は椅子から立ち上がった。そのスキンヘッドに反射された朝日が、その老獪な顔を照らし出した。川添は閨川にゆっくり歩み寄ると、その胸倉を掴み上げた。
このとき、閨川は初めて、彼の姿を間近で見た。老人とは思えぬほどの迫力であった。
「減らず口を叩くな!貴様は、私の命令に従えばいいのだ!いいか。二度と言わんぞ。園里香に!金輪際!探りを入れるな!」
閨川は圧倒されてしまった。
(三)
その頃、おばけ会議の園里香は、坂口から、校舎の屋上に呼び出されていた。
「何よ、話って。」
「園里香刑事。いや、園先輩。あなたは、我々『学生合衆国』にとって、伝説の英雄の一人です。あなた方は、学生刑事機構を離反して、独立のために戦われた。」
「ええ、そうらしいわね。記憶を失ってるから覚えてないけど。」
「あなた方が行動に出る二十年前にも、あなた方と同じように、組織を離反した一人の学生捜査官がいたことを、ご存知ですか?」
「ええ、知ってるわ。記憶を失う前の私は『彼』を崇めていたそうだから。」
「『彼』を崇拝しているのは、我々も同じです。そこでお訊きしたい。もし、『おばけ会議』の掲げる理想か、『彼』への敬意か、どちらか片方を選べと言われたら、どうなさいます?」
「知れたことよ。私は日本の文化を守るために戦うわ。勿論、おばけ会議を選ぶわ。」
しばしの沈黙を破り、坂口が口角を上げて言った。
「それを聴いて、安心しましたわ。」
(四)
日が高くなり始めた頃、警察署から少し離れた、特殊課の秘密基地に、竹中邦子巡査が帰ってきた。
「遅くなってすみません。」
「竹中。どこに行っていた。」と閨川。
「先月、警部が遭遇したという怪人『恐怖大魔王』について調べていたんです。」
閨川は身を乗り出した。
「何か判ったのか?」
「確証はありませんが、外見がよく似た妖怪がいたのです。」
竹中は席を勧められ、特殊課の隊員たちの前で話し始めた。
「宮城県の、ある小学校の卒業生から聞いた話です。何十年も前、その小学校には『おばけヒーロー』という妖怪がいたそうなんです。」
「『おばけヒーロー』?」
「ええ。黒い甲冑の上に白いマントを着た、目が大きい妖怪だったそうです。それは、大昔に死んだ子供の幽霊で、自分と同年代の子供たちを、悪霊や妖怪から守っていたそうなんです。」
「今で言うところのイチロウみたいなものだな。」
そこに声が割って入った。
「呼んだか?」
見ると、入り口に麻咲イチロウが立っていた。
「イチロウ!」
「暫く振りだな、閨川。俺にも聞かせてくれるか。」
「ああ。座ってくれ。」
麻咲を席に加えて、話が再開された。
「おばけヒーローは、何十年も姿を見せていませんでした。それが一年前の二〇一二年、突然姿を現し、多くの小学生を祟り殺したそうなんです。」
「なぜだ?ヒーローだったのではないのか?」
閨川の疑問に、竹中はやや曇った顔を俯けて答えた。
「これは予想ですが、人間の守り甲斐のなさに、絶望したんじゃないでしょうか。妖怪である彼から見れば、人間は弱すぎる。守ってやっても、台風や地震ですぐ死んでしまう。彼は、そのことを悲観したのでしょう。」
そのとき、白衣を着た隊員が入ってきた。
「閨川さん、大変なことが判りましたよ。」
そう言いながら彼らは、ノート型コンピューターを机の上で開いた。隊員たちはコンピューターに群がった。
白衣の隊員は、コンピューターの画面上で、二つの文字列を比較させた。片方の文字列の一部が赤く変色していた。
「川添警視に関する個人情報が、大幅に改竄されていたのです。」
「よくやった。情報改竄は立派な罪だ。逃げられないうちに逮捕してやる。怪しまれないように一人で行く。」
そう言うと、閨川は、基地を後にし、警察署に行った。
警察署に着いた閨川は、署長室に押し入った。そこには川添の姿があった。
「無礼者!何しに来た!」
「川添警視。個人情報改竄による公務執行妨害の容疑で、あなたを逮捕します。」
すると川添は、後ろの壁に飛びつき、赤いボタンを押した。すると、隠し扉が現れた。
「待て!」
閨川は川添を追おうとしたが、川添が逃げ込んだ扉はもう開かなかった。
(五)
一方のおばけ会議では、坂口が道明寺に報告していた。
「太陰怪獣の眠る地が判明したわ。TJKの放送局よ。」
「こんなに早く見つかるとは、上出来です。大魔王様は日中には本調子が出ないそうなので、我々だけで儀式を執り行いましょう。」
それを聞いて、園は、何かが胸に引っ掛かるような感覚に陥った。
(なぜ学生合衆国がテレビ局の情報に通じているのかしら?)
(六)
一方、閨川は、警察署から特殊課の基地に至る通路を、失意を胸に歩いていた。
「閨川さん!」
彼を呼び止めたのは、竹中であった。竹中は、閨川に駆け寄り、歩みを共にし始めた。
「今夜、お時間空いてますか?」
「ああ、一応非番だが。」
「大きな戦いが迫っています。二人で話せる機会は、もう来ないかも知れません。もし良ければ、今夜デートしてもらえませんか?」
閨川は、言葉を失い、歩みを止めた。
竹中も立ち止まり、上目遣いに彼の目を見つめた。
「私、本気ですよ。」
閨川は意表を突かれて話の接ぎ穂に困ったが、やがて、徐ろに口を開いた。
「竹中。君は私の優秀な部下だ。君の民俗学の知識に、何度も助けられた。相棒として、君を信頼している。だが、一足飛びに個人的な関係になる必要はないだろう?」
竹中は俯いた。
「そうですよね。」
彼女は踵を返した。
「先に本部に戻ってます。」
そう言って、見るからに落胆した様子で立ち去ろうとした。
「竹中。」
竹中の背に、閨川は声を投げかけた。振り向いた竹中に、閨川はためらいがちに言った。
「この戦いが終わったら、一緒にラーメンでも食べよう。」
(七)
その頃、テレビの放送局に、武装した高校生の集団が押し入っていた。「学生合衆国」の兵隊であった。
社員たちは恐怖に慄き、逃げ惑った。警備員たちが応戦したが、人海戦術に押されて、皆、縛り上げられてしまった。
やがて学生たちは、局長室に到達した。先頭に立っていたのは道明寺であった。
「動かないで下さい。」
言われて局長は諸手を上げた。
「言っておきますが、我々の目的は電波ジャックではありません。この局で、ある儀式を行いたいのです。怪しまれないよう、放送は通常通り進めて下さい。」
時を同じくして、坂口が率いる学生の一団は、スタジオの一つに侵入した。
「何者だ!」
裏方たちが身構えた。坂口は、それに構わず、方位磁石のような道具を見つめていた。道具は、紫色の光を放った。
「この部屋よ。間違いないわ。」
坂口は嬉しげに言った。
学生の一人が、携帯電話を操作し、音量を変えた。すると、その受話口から局長の声が聞こえた。
『放送は通常通り進めてくれ。これは命令だ。』
そしてその後、道明寺の声が聞こえた。
『下手にお騒ぎになったら、誠に残念ながら、局長には死んで頂きます。』
そして電話が切れた。
「聴いたでしょう?局長の命が惜しかったら、命令に従ってちょうだい。」
坂口が言った。
そのとき、筋骨隆々の学生が駆け込んできた。
「大統領閣下!」
「将軍。何事?」
「学生捜査官どもが攻め込んできました。昼間なので、幽霊兵団は使えません。」
「合衆国軍で片付ければいいでしょう?」
「和平条約を破ることになりますが。」
「今は同盟国でも、嘗ては我々の独立を邪魔した敵よ。構わず撃破しなさい。」
「イエス・サー!」
(八)
その頃、特殊課では、警報が鳴っていた。
隊員が、閨川に報告する。
「通常の警察官からの情報です。テレビ局で学生同士の乱闘騒ぎが起きています。状況から、片方は学生合衆国、片方は学生捜査課と思われます。」
「おばけ会議め、遂に動き出したか!」
そう言うと閨川は、「村正丸」を腰に提げた。
「特殊課、出動だ!」
(八)
暫く後、放送局に、サイレンの音を轟かせて、パトロール・カー数台と、閨川の駆る白いアメリカン・バイクが到着した。
魔法の一輪車「ネオ辰砂」で一足早く駆けつけた麻咲が、先に戦っていた。(注1)
放送局の入り口付近で、学生同士が抗争していた。閨川たちは、麻咲と学生捜査官たちに加勢した。
「警部、麻咲さん。ここは我々に任せて、中に進んで下さい!」と隊員。
「頼んだ!」と閨川。
こうして、閨川と麻咲は奥へと進んだ。
入ると、合衆国の兵隊が、二人を阻もうとした。
閨川は、手刀を構えた。
「風よ、奴らを吹き飛ばせ!」
彼の右手から突風が吹き、兵隊を吹き飛ばした。彼は刀をすらりと抜き放ち、幅の広い廊下を走り、行く手に現れる学生の兵士を、彼は次々と峰打ちで倒していった。ついには、あの将軍が、槍を手に現れた。
麻咲が敵の前に歩み出た。
「こいつは俺が倒す。後から必ず追う。」
「頼む!」
閨川は戦友に将軍を任せ、奥へと進んだ。
(奥に進めば進むほど、戦闘員が手練になっていく。とすると、この先に何かあるな。)
やがて、前方の突き当たりに、例のスタジオの扉が見えてきた。そこに、緑のローブを羽織った女性が立ちはだかっていた。園里香であった。
閨川は、廊下を抜けたところで立ち止まった。そこは、スタジオの前に広がる、屋内の広場のような場所であった。高い天井から降りる発光ダイオードの白い光が、空間を隅々まで照らしていた。
「あなたなら、ここまで辿り着けると思っていたわ。」
そう言って、園は刀を抜き、青眼に構えた。白刃が照明をギラリと反射した。
「特殊課・門真基地所属、『おばけ会議』保安主任、園里香警部。」と園。
閨川も応じて、刀を上段に構えて名乗った。
「特殊課・東京本部所属、人呼んで『東京の猛虎』、閨川守警部。」
「いざ。」
「いざ!」
二人は同時に跳んだ。跳んだと同時に、二振りの白刃はギインと叫びを上げて噛み付きあった。
その直後に刀は離れ、更に二度、ギン・ギイン!と激しく斬り合った。
「ヤアッ!」
閨川が、園の頭上を目掛けて強く斬り込んだ。と同時に、園は刀を上に払った。二つの刀は互いに撥ね退け合い、二人は後方に跳び退いた。二人は、八メートル程の間合いを、互いに走って一気に詰めた。そしてまた二つの刀身はギインと音を立てて噛み合った。
園は、刀が噛み合う度に、腕に歓喜が漲るのを感じた。それは、叶わぬ恋とともに心中した恋人同士が、三界の輪廻転生の果てに、悠久の時を超越して再会を果たしたような感激であった。
剣士と剣は、まさに恋人同士のようなものなのだ。
しかし、その歓喜の由を、己の正体が実は己にあらず、鈴木緑なる別人であることに求めることを、園は避けようと努めたのだった。
彼女の刀は、その思いを乗せて、何度も目前の敵の刀と交わった。
注1:第二話、第五話に登場。
体裁は地味だが、閨川の愛車「ホワイトクルーザー」を凌ぐ速度を誇る。(第二話)
これに乗ると、武道ペン回しが強化され、「一輪車ペン回し」となる。
更に、水中で戦うこともできるようになる。(第五話)




