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5、守りたいもの


「クソッ!見失った・・・」


 行きはタクシーで登って行った坂を俺たちは走って下ると、住宅街をぐるぐると回り、海岸公園にまで来た。住宅街と違って見晴らしがいいため、しめたと思ったのだが、ここは人が多すぎて逆に見つけにくい。どこ行った?


 日はすでに傾き、あたりはオレンジ色に染め上げられている。夕日に照らされて揺らめく海面がムードを出しているためか、あたりを見回すとどうやらカップルが多い。そうか、なら逆に一人でいる奴を探せばいい。俺は目を凝らした。一人で海岸公園を歩くスーツの男は目立つはずだ。しかし、それらしき人物は見当たらない。


 いつまでもそうしているわけにもいかないので、歩き回ってみる。そこでふと自販機が目に入った。そう言えば走り回ってのどが渇いた。ちょっと休憩しつつ策を練るか・・・。

 自販機でスポーツドリンクを買い、どこか腰掛けられる場所を探した。しかしベンチはすでにカップルに占拠されている。まさかその隣に座らせてもらうわけにもいかないし・・・。と思っているとなんか見覚えのある後ろ姿が見えた。


「・・・見つけた」


 背後からゆっくりと近づき肩をたたく。奏はびくりと体を震わせ、振り返った。手には俺と同じくスポーツドリンクが握られている。


「・・・ちゃちな偽装しやがって」


 前に回り込み、溜息とともに奏を見下ろす。奏はベンチに腰掛けているものの、一人ではなかった。いや、正確には一人なのだが・・・


「紹介しよう、彼女はジョセフィーヌだ」


 そう冗談めかして紹介されたのはベンチに備え付けられている人形だった。この公園にはいくつか人形(色つきの石像?)が飾られている。どれも西洋の音楽隊のような衣装を着ている。なんでもこの公園は昔、海を渡ってやってきた音楽隊にちなんで作られたものだからだとか。この人形がなかなかリアルで、遠くから見たらまさに人間にしか見えない。しかも背後からだったらなおさらだ。危うくだまされるところだった・・・。

 俺は握っていたペットボトルを放り出してその手で奏のネクタイを強く引っ張った。


「さぁ、おとなしく俺と結婚してもらうからな!」


 疲労で朦朧としていた俺は周りもはばからずに大声で叫んだ。するとあたりが一瞬静かになり、たくさんの視線が俺たちに注がれる。


「・・・」

「・・・」


 しかし、俺たちはもうそのことすら気にならなくて、ただ二人とも額に手をやりげんなりとつぶやく。


「・・・俺、なんで男にこんなこと言ってんだろ・・・?」

「・・・俺、なんで男にプロポーズされてんだろ・・・?」


 大きくため息をつくと、奏が「とりあえず座れば?」というので、投げ捨てたドリンクを拾い上げ、奏と反対側、ジョセフィーヌ(人形)の隣に腰を下ろす。

 しばらく二人で沈んで行く夕陽を見ながら無言で休憩する。俺たちに注がれていた奇異の視線もそのうちになくなり、俺はただ黙って海を眺めていた。どれくらい時間がたったかわからないが、そんな俺たちの静寂を先に破ったのは奏だった。


「お前、なんでそんなに頑張るんだ?」


 突然聞かれたので思わず「何が?」と返してしまう。


「なんで父親の作った借金のためにそこまで必死になるんだって聞いてんの。お前の借金じゃないのに」


 目線は海を向けたまま、奏は静かに聞いてきた。その質問の意図はわからなかったが、俺は正直に答えた。


「そりゃあ、俺の借金ではないといってもさ、やっぱりオヤジの借金は本人が返せないならその家族に請求されるもんだろ?闇金は甘くないからな。俺はまだしも、皐月・・・妹はそんな連中につかまりでもしたら大変だろ?俺だって内臓の2,3個とられるかもしれない。それなら、まだあんたの所に行ったほうがましだと思ってさ」

「・・・死ぬくらいなら、まだ俺とやったほうがましだって?」

「・・・そうだな、ましだ」


 落ちついて考えると、自分に3億もの価値がないことに気づいてしまったが、俺は眼前で揺れる波を睨みつけながらそう答えた。すると奏ではふっと噴出す。


「お前、変わってるな。俺なら内臓取られたほうがましだ」

「そう言うのは命の危険を感じたことがない奴が言うもんだ。お坊ちゃんめ」


 半眼でにらみつけてやると、「お前は命の危機を感じたことがあるのか?」と聞かれ、


「そりゃあもう、何回も。飢え死にやら溺れ時にやら墜落死やら、庶民は常に命の危機と隣合わせだ」


 肩をすくめて言うと、奏は声をあげて笑いだした。


「お前は面白いなぁ」


 たいそう嬉しそうに言うもんだから、俺はちょっと期待して聞く。


「俺と結婚する気になった?」

「いや、ならないけど」


 その言葉に再び落胆する。


「だいたい、法律が許さないだろ。男同士で結婚とか普通に考えて無理だ。する気もないが」

「それはお前の父親が何とかするんじゃないの?なんてったって大富豪だし」

「関係ない。無茶言うな」


 呆れたように笑いながらそう言う奏は初めて会った時のようなとげとげしさは感じなかった。あれはいったい何だったのだろう。すると突然奏は笑顔を引っ込めて、俺を見た。


「なぁ、なら全部捨てちゃえば?」

「・・・?」


 今の話の流れで何を捨てるのかと悩む。しかし、奏も話が飛んだことに気付いたようで、


「あ、ちょっと話戻したんだ。だから・・・闇金に追われる父親も、妹も見捨てて、お前だけ逃げればいいんじゃないかって言ったんだ。それか、俺におとなしく妹を差し出すか」

「皐月はだめだ。そもそも、お前まともに結婚する気ないんだろ?」

「まぁな」


 俺は再びため息をついたが、聞かれたことには答えてしまう性分なので素直に話すことにした。


「皐月は大事な妹なんだ」

「お前シスコン?」

「ちげーよ!・・・俺の家はオヤジが働かなくなったせいで10年前に母親が出て行っちまったんだ。それから経済面でも精神面でも結構厳しくてさ。正直何もかもどうでもよくなった時があったんだ。でもそんなとき俺は一人じゃなかった。・・・あいつがいたんだ。俺より年下だし、俺より何もできなかったけど、あいつがいてくれただけで心強かった。俺は一人じゃないって思った。もちろん俺の周りには助けてくれる優しい人たちがいたけど、やっぱり同じ境遇の血を分けた兄弟は全然違うんだ。いるだけで安心するんだ。それに俺には皐月を守って立派に育て上げるって目標もできた。俺が今まで頑張ってこれたのはあいつのおかげなんだ」


 夕日が地平線に沈み、あたりはうす暗くなってきた。先ほどまではたくさんいたはずのカップルたちは、闇の中に輝くネオンに誘われるように、町の中心へと向かっていく。


「皐月はいい子なんだ。ちょっとやんちゃでけんかっ早いところはあるけど、俺のことをいつも気遣ってくれるし、家事は全然だけど、できる範囲で手伝ってくれる。俺はそんなあいつの夢をかなえてやりたいんだ。たとえ何を犠牲にしてでも・・・。テニスプレーヤーになるのはあいつの子供のころからの夢なんだ。あいつはそれをかなえるだけの才能もあるし、努力もしている。だから経済面とか、家庭環境とか、そんなのであきらめさせたくはないんだ!」


 俺は体の向きを変え、奏の方をまっすぐに向いた。ベンチに手をつき、再び頭を下げる。


「だから頼む。別に俺と結婚してほしいわけじゃない。3億貸してくれないか。死ぬ気で働いて必ず返すから!」


 俺は深く頭を下げた。あまりにも下げすぎたためジョセフィーヌの膝に額がぶつかりそうだ。


「・・・良い妹を持ってるんだな。・・・ならさ、もう一つ提案」

「なんだ?」


 俺は顔をあげていぶかしげに奏を見やる。奏はにやりと笑って


「お前のクズな父親を3億で買おう」

「は?」


 突然の申し出に間抜けな声が出た。


「50近いおっさん買ってどうすんの?内臓取るにしてもあの年齢じゃ売れないだろ?」

 我ながら物騒なことを言うものだ。しかし、奏はもっと物騒なことを言った。

「いや、薬の治験に使う」

「薬の治験?」


 オウム返しに言うと、奏はますます不敵に笑うと、俺に顔を寄せ、低い声で言う。


「実は、俺の家、ホテル経営だけじゃなくて医療にも乗り出してて・・・。新薬をいくつか開発したんだけど肝心の治験者がよりつかなくてさ。ほら、やっぱり正規の医療関係じゃないからさ、募集しても誰も来ないんだよ。まぁ俺自身、結構胡散臭いと思ってるし。だからお前のくそオヤジにやってもらえば?報酬は3億。リスクは高いけど、絶対死ぬってわけでもない。いい話だろ?」

「・・・」


 新薬の治験か・・・なるほどな。そうだよ、あんなくそオヤジの命なんてどうでもいい。子供を借金の形に売るような奴、むしろ薬に負けて死んでしまえばいい。・・・なんて。


「・・・だめだ」


 俺はぽつりとつぶやいた。それはほとんど消えそうなほどの声だったけれど、奏には聞こえたようだ。眉をひそめて「・・・なんでだよ」と言う。

 俺は顔をあげて奏をまっすぐに見つめた。対する奏も俺を見ている。無言で先を促す。だから俺は素直に言った。


「どうしようもないクズな父親だけど・・・俺にとっては大事な家族なんだ。命の危険があることはやらせたくない」


 働かなくて、いつも酒ばっかり飲んでぐうたらしていて、パチンコや競馬や宝くじにバイト代を全部つぎ込んで、さらには3億の借金を作って、加えて息子を売るような奴だけど・・・けど、家族だから。

 いつもぐうたらしてるけど、皐月の試合は欠かさず応援に行くし、勝ったら誰よりも喜び、周りの視線なんか気にせずにほめたたえる。それを見て皐月はいつも嬉しそうに笑うんだ。俺が大学に合格した時も、天才だ天才だなんて言いながら万歳三唱していた。近所迷惑だから蹴り倒して黙らせたけど。俺の学校行事には絶対来るなって言ってあったのに、いつも隠れて見に来ていたのを、俺は知っている。だから・・・あの人は、誰よりも、俺たちの父親なんだ。俺の大事な・・・家族だ。


 俺はそのことを奏につっかえつっかえだけども、説明した。途中で鼻の奥がツンとして声が出なくなったりしながら、それでも大事な家族を守りたいということを伝えた。なんとか話し終えてからは、奏はしばらく何も言わなかった。うまく伝わらなかっただろうか?


「・・・奏?」


 俺は沈黙に耐えられなくなって彼の名を呼んだ。すると、すっかり日の落ちた海を見つめながら奏は言った。


「くだらない」

「・・・!」


 やっぱり伝わらなかったのか。でも・・・


「頼む、お願いだ。お前にはあんな父親をかばう俺はわけわかんないだろうし、くだらないことかもしれないけど、どうしても俺は・・・」

「くだらないのはお前のその自己犠牲的な考えだ」

「え?」

「お前の人生だろ?お前が家族をものすごく大切に思ってることはよくわかった。けど、なんでそう簡単に自分の人生を捨てられるんだ?お前、好きな女とかいないの?」

「・・・っ」

「いるんだ?なら、家族なんて捨てちまえ。お前は自分の幸せだけ求めたらいい」


 好きな女?あぁいるよ、いるに決まってんじゃん。でも


「家族が大事なんだ。捨てるなんてできない!」


 奏が俺を冷たい目で見ている。そこに映る俺の表情はいかにも頼りなく、今にも泣きそうだ。クソッ俺にどうしろって言うんだ!?


「なんでそんなこと言うんだよ?なぁ、頼・・・」

「あのさぁ、お前わかってんの?」


 ふいに奏が俺の言葉を遮った。溜息とともに。しかし俺は言われた意味がわからず言葉に詰まる。怪訝な表情をする俺に、瞳に変わらず冷たい光を宿した奏が言う。


「お前は俺に3億貸してくれと言った。だけどな、俺まだ19だぞ?そんな大金、俺が持ってるわけないだろ。お前に金を貸すのは俺の親。だからと言っておまえがあの人に頼んでも貸してはもらえないぞ?あの人が求めてるのは俺の結婚相手であって、使用人でもない。ちなみにさっきの薬の治験は嘘だ。俺の家はホテル経営一本だから医療なんてやってない。だからお前は俺の婚約者になるか、もしくは妹を差し出すかの2つの道しかないわけだ。しかし、よく考えてみろ」


 そこで奏は一呼吸置いた。


「そのどちらの道にも、犠牲になるものがある。それは・・・俺の人生だ」

「奏の人生・・・?」


 うなずき奏は続ける。


「お前の3億の借金を建て替える、もしくはチャラにするためには、どちらにせよ俺はお前かお前の妹と結婚しなければならない。だけど、そんなのはごめんだ。だって俺まだ19だぞ?今時、20にもなってないのに結婚とかあり得ない。しかもそれが借金の形とかもっとあり得ない。馬鹿げてる。絶対嫌だ」

「・・・」

「お前は自分の人生犠牲にして満足かもしれないが、俺はどうなる?お前は俺に自分のために人生を犠牲にしろと言ってるわけだが、どう思う?」

「・・・」


 黙りこくる俺。そこで奏はふと表情を緩めた。再び視線を遠くに投げて奏は話し出した。自分のことを。さっきまで俺がひたすら自分の身の上話をしていたが、今度は逆だ。


「俺さ、さっきから何度も言ってるけど、結婚する気なんかないんだよね」


 俺は無言でうなずく。


「そんな俺がなんでオヤジの見合い話に乗ったように見せかけてたかっていうと・・・」


 あれで乗り気に見せてるつもりだったのか?完璧におちょくってるとしか思えなかったけど。


「二十歳までのらりくらりと縁談話を断るためにあえて話に乗ってたんだ。端から結婚なんてしないって言ったら、あの人は無理やりにでもセッティングしかねない。・・・まぁ、今回はすでに招待状を出すという暴挙に出てしまったのは予想外だった。俺の誕生日が近いから父さんもあせったんだろうな・・・」


 遠い目をしながら「あのくそ親父・・・」とつぶやく声が聞こえた。金持ちでも割と苦労してんだなぁ。


「無事に二十歳になったらこっちのもんだ。成人してしまえば何をするにも親の許可なんていらないからな。俺はあの家を出るつもりだったんだ」

「え!?せっかく金持ちなのに!」


 俺の言葉を聞いておかしそうに奏は笑ったが、すぐに真面目な表情になって


「金があったって、幸せとは限らない。逆にいえば金がないからと言って不幸とは限らないってことでもある。それは岬、お前が一番よく知ってるはずだ」

「・・・!」


 確かにそうだ。そのことを俺は知っている。金がなくて苦労は絶えなかったけれど、俺はずっと幸せだった。

奏が俺を見る瞳はどこまでもまっすぐに澄んでいて、迷いなど一切感じられないもので・・・。そして奏の目を見たまま固まってしまった。心臓が早鐘を打つ。そして思わず口から本音が出た。


「・・・お前、かっこいいな」


 そう言った途端、奏は何やら嫌そうな顔をした。いや、変な意味でなくて・・・!


「・・・とにかく、金があったってしたいことができない人生なんてつまらないって俺は思うわけ。だから悪いけど他あたってくれ」

「・・・うん。ごめん」


 しょぼくれるものの、そう言われては仕方がない。確かに俺は自分のことしか考えていなかった。奏も同じように苦労しているのだ。それに俺とは違った価値観を持っていて、自分の人生のために頑張っている。俺にはそれを邪魔する資格はない。


「・・・なんだよ、やけに素直だな。さっきまであんなにうるさかったのに」


 奏は戸惑ったように言うが、ここまで言われて引きさがらない奴なんてよほどの自己中だ。俺は苦笑しつつ立ち上がる。さて、こうしてはいられない。3億を稼ぐ方法を、考えなければ。


「岬・・・」


 奏に背を向けて帰ろうとした時、彼が何か言いかけた。俺が振り返ったその時、背後から突如当てられた強い光に目がくらんだ。


「!?なんだ・・・?」


 光の向こう側に目を凝らそうとした時、奏に強く腕をひかれた。


「やばい、父さんだ!逃げるぞ!」


 えぇ!?なんで俺まで・・・!

 そう言おうと口を開いたのだが声を出す前に口の中に塩水が入り込んできた。奏が海岸公園の柵から俺の手を引いて海へと飛び込んだのだ。


「ちょっと泳ぐぞ!」


 それは飛び込む前に言ってくれ!

 俺たちを探すためにライトが暗い海を照らすが、奏はそれらをうまくかわして俺の手を引きながら泳いでいく。どこを目指すのか見当もつかない。俺はただガボガボと無様に塩水を飲みながら必死に足を動かした。




 話がだんだんでかくなる~(汗)人生って単語を何回書いただろう・・・。


 そもそも3億もの借金って、そんなに簡単にできる物なのか?なんかの事業を経営してて潰れたとかならわかるけど・・・よっぽどたちの悪い闇金に引っかかったんですね、岬の父親は。

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