4、勘違い
新藤邸の門の前でタクシーはいったん止まったが、どういうわけか自動的に開いた門の横に設置されている機械から女の人の声で、屋敷の前までお入りくださいと言われ、俺は屋敷の前の噴水のところでタクシーを下された。ここは高い位置にあるため日差しが若干きついが、控えめな水音を立てながら流れる噴水の冷気と視覚的な効果により涼しく感じる。
オヤジはというと、「頑張ってな!」という言葉を残し、そのままタクシーに乗って帰って行った。俺は今までの人生でしたことがないほどの最高の憎しみと皮肉を込めた笑顔でもって見送ってやった。
「さて、と」
俺は再び屋敷を見やる。今から人生最大のミッションが始まる。俺は両手で頬を強くたたき気合を入れてから、扉に向かう。するとちょうど扉が開いた。
「おわっ!なんで・・・」
まだチャイムも鳴らしてないのに、と思ったが、門を開けたのだから来訪者が来たことは伝わっているはずだ。扉が開くのは当たり前。しかしこの不意打ちのおかげで入れたはずの気合が一瞬で途切れた。
「まっ、間瀬岬です!よろしくお願いします!」
気が動転してしまい、現れた人影の顔もよく見ずにとりあえず自己紹介とともに頭を下げる。かなりの緊張のせいで上ずった声になってしまった・・・・
「いらっしゃい!君がミサキさんだねっ」
「はい・・・ってうぁ!?」
突如俺は奇声を上げた。なぜならその声の人物に抱きつかれたからだ。
「私は奏の父親だよ!ほら、顔をあげておくれ・・・あぁ、想像通りの可愛らしい子だ!君なら奏も気に入ってくれるだろう!」
お辞儀をしていた俺の顔を無理やり両手でつかんでぐいと持ち上げ(首がグキッていった!)、満足そうにミスター新藤はうなずいた。そして真夏に妙なテンションのおっさんからハグされるという熱烈な考えを受けた俺は目を白黒させながら手をひかれるままに屋敷に招きいれられる。床はふかふかの赤い絨毯で、絵にかいたような豪邸だ。毛足の長い絨毯で見た目は暑そうだが、空調が整っているため逆に寒いくらい。俺の手首をがっちりと捉え、前を行くこの家の主は、まっすぐ前を見据え、興奮気味になにかを語りながらずんずん進んでいく。俺はその絨毯に時折足を取られながら、半ば引きずられるように2階へ。すれ違う使用人らしき人々がなぜか怪訝な顔で俺を見る。俺、なんか変なところがあるだろうか?まぁ、引きずられてる時点で変だけどさ。
「奏!ミサキさんを連れてきたぞ!」
2階の一番手前の部屋の扉を勢いよく開け、新藤氏は中の人物に向かって言った。
「・・・そいつがか?」
その低く剣呑な声に俺は驚いて新藤氏の後ろからひょいと顔を出した。そこにいたのはかなり見目のいい若い男。立派なスーツを着てはいるが、それによりまだ若いことが際立って見える。おそらく俺と同じくらいの歳だろう。奏さんのお兄さん?弟さん?それともまだ若いが秘書とかだろうか。
俺は疑問に思ったものの、とりあえず肝心の奏さんを探すことにした。見たところこの部屋にはほかに人がいない。
「・・・で、“ミサキさん”はどこなわけ?」
不機嫌そうな仏頂面で若い男が言った。それと同時に俺は、
「奏さんはどこですか?」
と聞く。すると
「奏は俺だが?」
「岬は俺ですけど?」
再び俺たちの声が被る。え?今なんつった?
「奏、いったい何を・・・」
と戸惑った声を出しつつ新藤氏が振り返る。そして俺の顔から視線がだんだんと下へ・・・一番下の皮靴までしっかりと見て、急にその顔が青ざめた。
「ミサキさん・・・?」
「・・・岬クンです」
何ということだ。この人玄関で熱烈歓迎した時に気づかなかったのか!?俺に抱きついてたじゃんか!っていうか、そんなにまじまじ見ないと俺って男認定されないの!?本日2度目だが目の前が真っ暗になる。嘘だろ・・・俺の結婚相手って男なの?じゃなくて、これって完ぺきカンチガイだよな?じゃあ、俺このまま帰される?3億どうなんの!?
寒いくらいにコントロールされた室内で、背中に嫌な汗が流れる。しかし混乱しているのは俺だけではなかった。新藤氏は今にも倒れるのではないかというほど青ざめ、かすれた声で言う。
「岬君だって!?そんなはずはない!だって間瀬さんは“うちは息子と娘が一人ずつ。料理上手で気がきくいい子で笑顔がとってもかわいいミサキと、テニス部のエースでやんちゃなサツキの二人”って・・・」
どんな説明だよ!名前が名前だけにこれじゃ性別絶対分かんないだろ!
俺は額を抑えてうつむく。めまいがする。あのオヤジ・・・!その時、黙っていた奏さん・・・いや、奏君?が声を出した。
「なら、話は簡単じゃないか。娘もいるんだろ?確かもう一人は高校3年だっけ?17?18?たいして変わんないし、そっちを連れてくればいいだろ。スポーツ万能のサツキさんをさ」
真っ青な自分の父親を意地の悪い笑みで持って眺めつつ奏は言った。その言葉に俺は反応する。
「それは困る!」
俺は新藤氏を押しのけて前に出ると、叫んだ。しかし奏にまっすぐ睨みつけられる。その表情はかなり敵意がこもっていた。何が名は体を表すだ。女みたいな名前しやがってこの人を殺しそうな目つき!だいたい、こいつもこんな紛らわしい名前でなかったらこんな間違いは起きなかったのに。
「悪いが皐月は渡せない」
俺はその視線にひるむことなくにらみ返す。あいつは今、来年の進学のための大事な時期なんだ。それに、将来プロのテニスプレーヤーになることが幼いころからの夢で、そのために今まで一生懸命頑張ってきたんだ。こんなところでその夢を終わらせるわけにはいかない!
「なんだよ?じゃ、3億はどうするんだ?お前、妹が大事みたいだけど、拒否権ないってわかんないの?」
にやりと嫌味な笑みを浮かべ俺を見る。こいつ、明らかに楽しんでやがる。どうする?でも、こんな奴に皐月は絶対に渡さない!
「・・・代わりに俺を買ってくれ」
「は?」
俺は腹の底から絞り出すように言った。正直こんな奴に頭なんて下げたくないが、背に腹は代えられない。妹を渡せない以上、俺を売るしかないじゃないか。
「頼む!!俺を買ってくれ!なんでもする!掃除洗濯、料理も得意だ。勉強はたいしてできないけど・・・そのほかのことならどんな雑用でもする!昼間はここで働くし、夜は工事現場とかで寝ないで働く!3億・・・は時間がかかるかもしれないけど、絶対返すから!妹だけは見逃してくれ!」
俺は一息にそう叫ぶと、その場に膝をつき、額と両手を地面につけた。
「・・・へぇ」
笑いを含むその声。完全に見下されているが構わない。皐月が助かるなら・・・
「だが断る」
しかし、奏の冷たい一言に、俺は凍りつく。やっぱりだめか・・・!
顔をあげ、下から奴の顔を覗き込む。奏は冷たい瞳で俺を見降ろし、
「俺は婚約者を探しているんだ。お前を買ったところで意味はない。3億もの大金払って使用人とか、笑わせるな」
「くっ・・・!」
だめか?いや、まだあきらめるな!こうなったらもうやけだ!
土下座の体制からふらりと立ち上がる。あきらめるのはまだ早い。やれることは全部やる。どんな手を使っても・・・たとえそれが俺自身を投げ捨てることでも。
「なら俺と結婚してください」
俺は奏に一歩近づく。
「・・・は?無理だろ。お前馬鹿か?」
奏は鼻で笑いそれを一蹴する。しかし俺はなおも数歩近づき、きつく締めていたネクタイをするりと外した。
「・・・俺、顔可愛いと思わない?スカートとかはくと、結構みんなだまされるんだよね」
「・・・なんのつもりだ?」
眉をひそめて奏は俺を睨む。俺はできる限り甘い声色と妖艶な笑みを作り、
「男でもいいんじゃないの?って言ってんだよ」
奏の座る椅子までたどり着く。自分で自分の行動に吐きそうになるのを必死でこらえ、奴の背もたれに手をかける。上から見下ろす形でほほ笑み、奏の耳元でささやく。
「・・・誠心誠意、ご奉仕しますよ?旦那様」
後ろでバタッと音がしたので軽く振りかえると新藤氏が泡を吹いてひっくり返っていた。・・・ごめんなさい。
「ふぅん?何してくれんの?」
一方奏は先ほどの睨みは引っ込め、今度はおかしそうに聞いてくる。ニヤニヤ笑いが癇に障る。どうやらだまされてはくれないみたいだ。でも、それでもいい。
「それはもう・・・旦那様の言うとおりに何でも・・・」
俺は奴の髪に手を触れる・・・そして・・・グイっと引っ張った。「痛っ・・・!」とかすかなうめき声。その手に力を込めたまま、俺は奴の耳元で再び囁いた。
「てめぇ、本気で結婚する気なんかないんだろ?」
声のトーンを数段低くして俺は問う。
「・・・よくわかったな」
しかしなおもおかしそうに奏は笑う。
「わかるさ。てめぇの態度見てればな」
笑みも甘い声も引っ込め、冷ややかに言う。初めから俺を見下した態度で迎え入れ、自身の父親さえも、おちょくるような眼でこいつは見ていた。この調子ではたとえ皐月を連れてきたところでちゃんと結婚して幸せにするとか絶対にあり得ない。金は持ってそうだし、3億はちゃんと払ってくれるのかもしれないが、適当に遊んでポイされるのが目に見える。そうとわかっていて、みすみす渡してたまるか。
「あんたさ、遊びたいだけなんだろ?金持ちの道楽ってやつ?ならさ、俺と遊ぼうよ?意外にそういうのも楽しいかもよ?今まで見えなかったことが見えたり・・・さ」
俺は再び甘い声を出しつつ、今度は奏の首に腕をまわす。そして口をゆっくりと奴の耳に寄せ、軽く噛んだ。自分の中でいろいろなものが崩れていくような感覚と、腕に広がる鳥肌と、深い絶望を感じながら・・・奴の反応を待つ。どうだ、ここまですればその気になるだろ・・・?
ふいに、俺の耳に小さな笑い声が届く。クククッと笑いをかみ殺すような。やったか・・・?と思ったが、
「それも面白そうだけど・・・断る!」
俺は下から奏の拳によって突き上げられた。その衝撃で一瞬息がとまるとともに、後ろによろける。顎を抑えながら涙目で奴を睨みつけ、
「なんでだよ!」
あんなに頑張ったのに!ちょっとぐらいだまされてくれてもいいじゃんか!
「なんでって・・・俺にはそんな趣味ないし」
対する奏は呆れたように言う。気のせいか、さっきまでの剣呑な様子が消えている。というか、敵意を忘れるほどあきれ返っている。
「だったら俺どうすればいいの!?言っとくけど皐月は絶対に渡さない!あんたには俺と結婚してもらう!」
「・・・お前なぁ・・・」
今日は散々だ。なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ!羞恥を乗り越え、自分の何かが壊れる感覚を味わってまで演技したのに・・・。今までの人生で俺がどんな悪いことをしたって言うんだ?働かない父親の面倒を見つつ、少ない生活費で妹を養ってきたじゃないか。俺頑張ったよな?なんでこんな目にあうわけ?もしかして前世で何かしでかしたのか?もうわけわかんないし、どうでもいい!とにかく俺は目の前のこいつと結婚して3億奪い取ってやる!それが最短で最良の策なはず!
なんだか急に泣けてきた。違う、これは悲しいからでも不甲斐ないわけでもなくて、ただ興奮したから出ただけだ、汗だ、気のせいだ!俺はそれを乱暴にぬぐい、目の前の人物を睨みつける。
「お前・・・」
奏が何か言いかけた、その時、背後で気を失っていた新藤氏が目を覚ました。俺と奏は同時に振り替える。俺たちが離れているのを見て少しほっとしたような顔をしたが、新藤氏は再び思いつめたような顔をして言った。
「奏・・・実は、お前とミサキさんの結婚式の招待状を・・・既に出してしまってるんだ」
「「・・・・は?」」
俺と奏がまたもや被る。しかし、その先を続けたのは奏だった。
「ちょっと待て、父さん。なんでだよ?今まではそんな先走ったことしなかったのに・・・?」
動揺したような声に振り向くと、先ほどの余裕の笑み消え、奏は声と同じように動揺した表情を浮かべていた。
「だって、奏がいつまでも婚約者を決めないから・・・。今度こそ、奏の要望通りの庶民の子だから、絶対気に入ると思って。だから・・・岬君と・・・その、ふりだけでもしてくれたらお父さん助かるな、なんて・・・。もちろん!おりを見て離婚と言う形にするから!招待状を出してしまった手前、取り下げることはできないって言うか・・・」
言い訳じみた弱弱しい声で新藤氏は話したものの最後まで言い終わらないうちに、奏のらしくない怒声がそれを遮った。
「勝手なことしてんなよ!」
そう言って奏は立ち上がると、くるりと方向転換して窓のほうに走っていく。
「奏!?どこへ行くんだ!?」
あわてて新藤氏が声をあげるが、
「誰が結婚なんかするもんか!しかも男ととかあり得ない!」
そう言って窓を開け、ひらりと外へ飛び出した。ちょ、ここ2階!!
俺は窓辺へ駆け寄り下を見下ろす。すると、外にあった木の枝に奏がぶら下がり、器用に飛び移りながら下に降りていく。お坊ちゃんのくせになかなかやるな。俺が目を丸くして見ている間に、奴は地面にたどり着き、上を見上げた。
「悪いが俺はお前と結婚する気はない!じゃあな!」
走り去ろうとする奏。だが甘い!
俺は窓枠に手を添え、それを軽くとび越えた。奏のように枝につかまることなく、まっすぐと地面へ。しかし危なげなく着地。
「なっ・・・」
驚きひるむ奏に俺は不敵に笑って見せた。庶民なめんな!俺はスポーツは得意ではないが、タイムセールで主婦軍に揉まれ鍛えた体はやわじゃない!
奏は一瞬ひるんだものの、すぐに我に返り走り出した。俺もそのあとを追う。逃がすか!
夏の陽は長い。こうして俺たちの人生をかけた追いかけっこが始まった。
さて、岬の行動がわかりませんね(汗)何やってんだ。何でいきなり色仕掛けに出たのか謎です。きっと彼自身混乱しているのでしょうね。




