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30.ソラリスの秘密

「そろそろ教えてくれませんか? ソラリス様の秘密を」



 レジナルドに問いかけられ、ソラリスはゴクリと息を呑んだ。

 今なら――レジナルドにならアニータに毒殺されかかった過去を信じてもらえるかもしれない。けれど、言えば彼を苦しめることになるだろう。レジナルドは優しい人だ。ソラリスに同情して、今以上に行動を縛ることになるかもしれない。



「私――私は、あなたを傷つけたくないの。だから」


「教えてもらえないほうが傷つきます。俺はそんなに頼りないですか? 信じるに足りない男ですか?」


「そんなことないわ!」



 思わず身を乗り出しソラリスは言った。



「あなたは本当によくやってくれているわ。私の無茶振りにも応えてくれるし『自分がどうしたいのか、どう生きたいのか』という意志を持った強い人だと思っている。それに、処罰されるリスクを冒してでも私のしたいことをさせてくれたし、困っている人を見捨てられない優しい人よ。出会ってまだ日は浅いけれど、私はあなたを誰よりも信用しているし、頼りにしているわ」


「だったら――」


「だからこそ! これ以上あなたを巻き込んでいいのか、判断に困っているのよ」



 ソラリスはそう言うと、レジナルドから目を逸らした。


 もしもレジナルドが前評判通りの遊び人だったなら、ソラリスはこんなに迷わなかっただろう。秘密を打ち明けたところで大した影響はないと思えただろうし、形ばかりの婚約や結婚をして、互いに殆ど関わり合いなく生きていったはずだ。


 けれど今、ソラリスにとってレジナルドの存在が大きくなりすぎている。


 秘密を打ち明けて、彼に万が一のことがあったら、ソラリスは間違いなく苦しむだろう。もしもレジナルドがソラリスを守ろうとして、アニータがなにかしたとしたら……?



(やっぱり打ち明けるべきじゃないわよね)



 これ以上レジナルドに迷惑をかけたくない。ソラリスは小さく首を横に振った。

 とそのとき、レジナルドが小さくため息をついた。彼の様子に、ソラリスの胸が小さく軋む。



(なにを傷ついているの? 自分で決めたことでしょう?)



 申し出を断ったのはソラリスなのだ――呆れられて当然だ。失望され、嫌われたっておかしくない。

 それなのに、それは嫌だと思うのは、ソラリスのわがまま以外なにものでもないだろう。



(けれど――)


「ソラリス様は、まだ俺から離れられると思っているんですか?」



 ふわりと体が抱きしめられる。ソラリスは思わず目を見開いた。



「え……?」


「そんな勘違いをしているから『巻き込んでいいのか』なんて愚かなことを考えてしまうのでしょう?」


「だ、だって……打ち明ければあなたに迷惑を」



 けれど、それ以上ソラリスの言葉は続かなかった。

 唇を塞ぐ柔らかな感触。これまでよりもずっと近くにレジナルドがいる。頬をそっと撫でられ、くすぐったさに目を瞑ると、さらに強く唇を吸われる。右手はレジナルドに絡み取られてしまい、身動きが取れなくなった。



(息ができない……)



 心臓がドキドキと大きく鳴り響き、体が燃えるように熱い。これまで経験したことのない感覚と感情に、ソラリスは大いに戸惑った。

 どれぐらいそうしていただろう? レジナルドは唇を離して、ソラリスの顔をまじまじと見つめてくる。ゆでダコのような顔がさらに紅く染まり、ソラリスは思わず目を逸らした。



「嫌でしたか?」



 レジナルドが尋ねてくる。ソラリスは「違う」と言いかけて、口を噤んだ。



(嫌じゃなかった)



 自分の唇に触れながら、ソラリスはそう思う。

 けれど、ハッキリ認めることは恥ずかしいし、いいのだろうか?という気持ちにさせられる。もしもレジナルドが「冗談だ」とか「からかっただけだ」なんて言ってきたら? ――ソラリスはきっと悲しくなる。



 レジナルドがソラリスをギュッと抱きしめた。



「あなたと共にいることを、俺自身が望んでいます。迷惑なんて、いくらでもかけてもらっていいんです。ソラリス様の事情に俺を巻き込んでください。俺はあなたの力になりたい。……側にいたいんです」



 彼の腕は力強く温かい。布越しにトクントクンとレジナルドの鼓動を感じ、ソラリスの胸が小さく跳ねた。



(レジナルド様の心臓も私と負けないぐらい早い)



 喉の奥がヒュッと引き絞られるような感覚がする。

 ソラリスはおずおずとレジナルドの背中に手を回した。ドキドキするのになぜか安心する。レジナルドはもう、自分の一部になっているのだと嫌でも実感してしまった。



「私ね……約二年後の未来から時を戻してここにいるの」



 ソラリスは大きく息を吸い込んでから、話を始めた。



「そのためにヘライジャで大雨が降ることも知っていた。巻き戻った今ならこの事態を変えられるんじゃないかと思ったの」


「そうだったんですね」



 レジナルドはソラリスの話をしっかりと受け止めてくれる。このまま話を続けていいんだ――そう思えて、ソラリスの瞳に涙が滲んだ。



「だけどね、時間を巻き戻したのはヘライジャのためではない。自分のためだったの。アニータに毒を盛られて、死にそうになってしまったから」



 ソラリスの言葉にレジナルドが大きく息を呑む。



「時を戻る前の私には『王位を継いでほしい』という声が大きくなっていた。もちろん、私自身に全くその気はなかったの。けれど、アニータは国民から人気のある私が気に食わなかった。それで毒を盛られて死にそうになって……死にたくない『やり直したい』って強く願ったの。そうしたらアニータがバージルと婚約した直後に時間が戻っていた」



 事情を打ち明けながら、ソラリスの体が小刻みに震える。レジナルドはソラリスの背中を撫でながら、宥めるように抱きしめた。



「あなたに特別な力があることは川の一件でわかっていました。けれど、時を戻したとは……」


「信じがたいでしょう? 私だってそう思うもの。それに、アニータは皆から人畜無害の天使のように思われているし……だから、これまで誰にも打ち明けなかったの」



 困ったように笑いながらソラリスが俯く。けれど、レジナルドはソラリスの顔を優しく上向けた。



「信じますよ。……信じないはずがないでしょう?」


「本当に……?」



 ソラリスが瞳を輝かせる。レジナルドはゆっくりと頷いた。



「ヘライジャに大雨が降ると知っていたことも、子どもたちがいる場所の予測が立てられたことも、ソラリス様が時を戻ったとすれば綺麗に説明がつきます。それに、ソラリス様が経験した恐ろしい出来事を思えば、結婚相手に俺を選んだことも納得できます。二度と殺されないよう、政治や野心からかけ離れた男がいいと思うのは当然です。早く降嫁して『王位を継ぐ意思がない』と示したいと考えるのも」


「そう……! そうなの。私、今度こそ死にたくなくて……! けれど――」



 先程レジナルドから聞いた話を思い出すに、ソラリスは落ち込んでしまう。


 元々、ヘライジャでは旅行を装い目立たないように行動をするつもりだった。だが、子どもたちを救出するために奔走し、町民たちにソラリスの行動を印象づけてしまった。しかも、巻き戻る前とは違い、ソラリスが聖女だという噂まで立ってしまっているらしい。これは非常にまずいことだ。



(アニータが私を殺そうとするのは時間の問題だわ)



 ソラリスを王に推す声が大きくなれば、間違いなくアニータは動くだろう。

 なんとかしなければならない。けれど、どうすればいいのか――。



「ソラリス様には俺がついています」



 レジナルドがソラリスの手を握った。ソラリスはレジナルドを見上げると、唇をキュッと引き結ぶ。



「今までよく一人で頑張っていらっしゃいましたね。怖かったでしょう?」


「レジナルド様……」


「これからは一人で抱え込む必要はありません。どうすればいいか、俺があなたと一緒に考えます。……俺がソラリス様を必ず幸せにします。ですから――」



 ソラリスはレジナルドに抱きついた。



「ソラリス様?」


「う……うぅっ」



 瞳から涙がポロポロ溢れてくる。止めようと思うのに、むしろより強く込み上げてくる。


 ソラリスは子どものように声を上げて泣いた。これ程までに感情を露わにしたことは生まれてこの方ない。これまで必死に我慢していた不安や葛藤、悲しみや苦しみが一気に押し寄せ、体の中で爆発して止まらなかった。



「大丈夫ですよ」



 けれど、レジナルドは側にいてくれた。ソラリスが泣き止むまでずっと、ずっと。


 このタイミングでしばらく休載させていただきます。

 というのも、思いがけず話が長くなりそうで、絶対に息切れしてしまうので(汗)あとはシンプルに色々忙しく…。

 再開は3〜4週間後を予定しています。毎日連載か隔日連載になるかは現時点ではわからないのですが、再開したらまた読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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