1.病に倒れた王女
宮殿のバルコニーに一人の女性が現れた途端、集まった観衆から一際大きな歓声が上がった。
朝日を集めたかのような美しい金の髪に、空色に輝く透き通った大きな瞳、女神のような優美さと気品に満ちた若い女性で、名前をソラリスという。アルクヴァルト王国の第一王女だ。
ソラリスはその優れた容姿に加え、慈愛深さと博識さ、公務に対する熱心さで知られ、国民に敬愛されている。
新年を迎えたこの日、国民たちは王族を――多くの人はソラリスをひと目見たいと、宮殿へ集まっていた。
「ソラリス様よ! なんて美しいのかしら」
「ソラリス殿下万歳!」
集まった人々はソラリスの姿を見るだけで喜び、目があえば歓喜し、惜しみない声援を送り続けた。
「相変わらず、お姉さまの人気は凄まじいですわね」
と、ソラリスの隣で女性が微笑む。ソラリスのいとこ、アニータだ。
アニータは人々に向かって手を振りながら、ソラリスや他の王族と共に声援に応えている。
「そうね……とてもありがたいことだと思うわ」
返事をしつつ、ソラリスはそっと胸に手を当てた。
(これだけたくさんの人が私に期待を寄せてくれているのだもの。その分、しっかりと公務に取り組まなければいけないわね)
気が引き締まるような思いで、ソラリスはまっすぐに前を見る。
「わたくし本当に悔しいですわ。これだけ民衆の支持を受けているのに、女性だからというだけでお姉さまが王位を継ぐことができないなんて」
アニータが悲しげに肩を落とす。
ここアルクヴァルト王国では男性しか王位を継ぐことができない。過去には女王も存在したが、この国を築いた初代国王が持っていたという『神』の力を正しく引き継いでいるのは男性のみだという理由から、現在では禁止されている。
ソラリスは現国王ノヴァジスタの唯一の子だ。女性だから王位継承権はない。
このため、次の王太子には、ソラリスたちのいとこで、ノヴァジスタの弟の子であるバージルが就くことになっている。
「人々の支持はすぐバージルに移るわよ。アニータも付いているのだから、ね?」
ソラリスがアニータへ優しく微笑む。
アニータとバージルは数年前に婚約を結んでいる。いとこ同士ということもあり、二人は昔からとても仲が良かった。それに加え、国王の重責を支える妃として、美しく聡明なアニータが適任だと判断されたのだ。
(二人はきっと、この国をよく導いてくれるわ)
ソラリスはいずれ降嫁し王族ではなくなる身だが、妹と弟に等しいアニータたちが国を守り、より良くしてくれると信じている。そうであってほしいと願っていた。
「ありがとうございます、お姉さま」
アニータはそう言って目を細めながら、国王の隣に立つバージルを見る。ソラリスもアニータに倣うように、未来の王であるバージルに視線を送った。
***
(今日確認しなきゃいけない書類はあと少し……なんとか耐えなければ)
年が明けて数ヶ月が過ぎた頃、ソラリスは謎の体調不良に苦しめられていた。最初は少しめまいがする程度だった。けれど、次第に頭痛や腹痛が常態化し、手足のしびれに苦しむようになった。今日は特に具合が悪く、立っているのがやっとだ。けれど、公務を投げ出すわけにはいかないと、必死に自分を奮い立たせている。
「お姉さま、なんだか顔色が悪いですわ」
執務室を訪れたアニータから声をかけられ、ソラリスは「そんなことないわよ?」と首を傾げた。
これまでにも、侍女や両親から顔色の悪さは散々指摘されてきた。けれど、周りに心配をかけてはいけない――迷惑をかけてもいけない。そう思って、顔色の悪さは化粧でごまかしてきたし、いつでも笑顔を絶やさなかった。
(まさか、アニータに気取られるなんて)
なんでもないふりをしながら、ソラリスは内心でそう思う。
「でしたら、このあとお時間をいただけますか? 新しい茶葉を取り寄せたので、お姉さまにも飲んでいただきたくて」
「ええ、もちろんよ」
ソラリスは微笑む。
本当は早く一人になって休みたかった。窮屈なコルセットを外して、ベッドに倒れこんでしまいたい。
けれど、アニータの誘いを断るわけにはいかなかった。彼女は未来の王妃だし、なにより情けない姿を見せたくない。
「嬉しいです。ありがとうございます、お姉さま」
アニータはソラリスの両手をふわりと包みこんだ。
「お姉さまはいつもわたくしのお茶を褒めてくださるから、嬉しいですわ」
アニータが上機嫌でお茶を注ぐ。ソラリスは激しいめまいに苦しみながら「私もあなたとお茶ができて嬉しいわ」と返事をする。
ひどく気分が悪く、目を開けることも難しかった。胃や腸が止まってしまったかのような――体のあちこちが動いていないような感じがする。
「さあ、できましたよ」
アニータから声をかけられ、やっとの思いで目を開く。カップを持つ手が震えそうになるがなんとか堪えた。いつも通りの優雅な所作でお茶を飲み、ソラリスは弱々しく笑う。
「お姉さま、やはり具合が悪いのでは? アスティナもそう思わない?」
「ええ。わたくし共もそう思い、姫様にお休みを取られるよう、何度も進言しているのです」
ソラリス付きの侍女であるアスティナが不安気に表情を歪めた。
「まあ……! やはりわたくし一人の勘違いではなかったのね。どうしましょう……こんなふうにお茶に誘って、お姉さまに無理をさせてしまったんじゃないかしら」
アニータが慌てた様子で口を塞ぐ。ソラリスは「そんなことないわ」と首を横に振った。
「心配しなくて大丈夫よ。私は平気だから」
強がりを言ってみたものの、激しいめまいがソラリスを襲う。そのままグラリと体勢を崩し、ソラリスは床に倒れ込んだ。
「お姉さま!」
「姫様!」
アニータとアスティナが急いで駆けつける。ソラリスは自分で起き上がろうとしたものの上手くいかず、すぐに膝をついてしまった。
「お姉さま! お姉さま!」
アニータが何度もソラリスを呼ぶ。ソラリスはそのまま意識を失ってしまった。




