1、離婚
結婚した当初は良かった。しかし、すぐに妻とは仲が悪くなった。夜は共に寝るのに、朝になると私を睨みつける。昼は口も利かない。
朝、目を合わせるとセレーヌは私に背中を向けた。私はベッドから起き上がった。
「何が不満なんだ。言ってくれ」
私がそう言うと、セレーヌは起きてフンッと横を向くだけだった。
「もういい!」
私は服を着替えると、少しくせのある焦げ茶色の長い髪を紐で束ねた。身支度を整えて部屋を出て行くと、ドアからすすり泣く声が聞こえた。ふぅ~。ため息が出る。理由を言ってくれればいいのに……。
結婚前は仲睦まじく、上手くいくと思っていた。セレーヌと出会ったのは、国王が王子の花嫁選びのために開いた舞踏会だった。未婚の者と家族だけが参加できるので、私も結婚相手を見つけようと出かけたのだ。
私は武骨な性格のしかめ面なので女性に人気がなかった。でも、当主として結婚したほうがいいだろうと思っていた。
両親は十二年前に流行った風邪で亡くなってしまった。祖父母に育てられ、四年前に当主になった。
舞踏会で私は、令嬢をダンスに誘っても連続で断られていた。
「ちょっと、お手洗いに行ってきます!」
そそくさと行ってしまった。そんな言い訳までさせるとは……、この顰め面のせいか……?
ダンスをしていない令嬢を探すと、ぽつんと壁の隅にセレーヌが立っていた。ドレスは、大きめの襟にネクタイ結びのリボンが付いていて、古臭く感じる。サイズも細い彼女にはブカブカで合っていなかった。
変な令嬢だなと思ったが、控えめな顔は緊張して恥ずかしそうに少し下を向いていた。それが気になって、あぶれた者同士声をかけてみることにした。
「私と踊りませんか?」
「え? あ、私……ダンスが踊れないんです……」
令嬢は恥ずかしそうに斜め下に視線を落とした。ダンスが踊れないとは、どういうことだ? ——嫌がっている感じではないな……。
「なら、私が教えて差し上げます」
「本当ですか! お願いします」
令嬢の顔がパッと輝いた。私は思わず、顔を赤くした。私が手を差しだすと、彼女はうれしそうに手を乗せた。
しばらく踊ってみたが、彼女は覚えが早く、すぐに踊れるようになった。
「お上手です」
「教え方が上手なんですよ」
彼女は楽しそうに踊った。私も楽しかった。曲が終わり、私は名前を名乗った。
「ビクトール・マンス子爵です」
「私は、セレーヌ・ベッカー子爵令嬢です」
「今日は楽しかったです。ありがとう」
「私もです」
同じ子爵家なら私が求婚しても問題ないだろう。私は翌日、彼女のことを調べた。彼女の家は複雑だった。
子爵で父親のディックと継母ヴィリヤ、異母姉ガブリエラの四人家族。父親と継母は恋人同士だったが、親に反対されて結婚できなかった。ベッカー子爵家は資金繰りが苦しく、ギローム伯爵家のセレーヌの母と結婚した。
だが、すでに身重だった継母は異母姉を出産。その後も関係は続いた。十二年前の風邪の流行で彼女の母も亡くなってしまった。それからすぐに、祖父母の了承を得て継母が後妻に入り、父親は子爵を継いだ。
彼女は体が弱いことを理由に、一度も社交界に出ていなかった。今回は国王の招待だったために出席するしかなかったのだろう。
あの身なりでは、いい待遇は受けていなさそうだ。私が求婚すれば厄介払いできるから、賛成してくれそうだが。
ベッカー子爵家は相変わらず資金繰りがよくない。私は多少余裕がある。そこそこ結納金を詰めばいいだろう。資金援助は、領地経営を支援することでかわそう。
私はベッカー子爵家に、彼女と会って結婚の話を進めたいと手紙を送った。後日返事がきて、会いに行くことになった。
再会した彼女は、体に合った普通のドレスを着ていた。家族全員でにこやかに出迎えてくれた。——杞憂だっただろうか?
応接室で求婚の話をし、彼女もうれしそうに了承してくれた。縁談は問題なく進んだ。
夕食にも呼ばれ、ドレスの話を異母姉が話した。
「あのドレスは、この子の母親の形見だったんです。どうしても着たいってこの子が言うから。——この子は、ちょっと変わってるの」
「ダンスの授業もサボって、仕方がない子なんです」
「そうなんです」
異母姉と継母の言葉に、セレーヌははにかみながら同意した。——そうだったのか。……それなら早まった気もしたが、二人で話している時の彼女はおかしなところがなかった。私たちは何回か会って、正式に婚約し、すぐに結婚した。
一週間はとても幸せだった。二週間目からこの調子だ……。
今日の朝食で、彼女が言った。
「旦那様、私と離婚してください」
「……結婚してまだ二週間しか経ってない。そんなに早く離婚する者はいない。何が理由なんだ?」
そう言うとまた彼女は怒って、フンッと横を向いた。こんなことはおかしい、彼女はやはり変わり者なのか? まるで結婚詐欺に遭った気分だ。それともそうなのか? 家のために結納金を騙し取る手伝いでもしているのか?
そうこうするうちに彼女は体調を崩した。体が弱いのは本当なのか……。
医者に見せても一向に良くならなかった。彼女の部屋に見舞いに行く。彼女は目を瞑って言った。
「お願いです旦那様、離婚してください」
「……分かった」
「……ありがとうございます」
日に日に弱っていくのを見ては、仕方がない。彼女は好きでもない男と結婚したのだろう……。それなら、かわいそうだった。私たちは離婚し、彼女は家に帰っていった。




