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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第十話 棘

――私はアレクシアの部屋を掃除したいのに!

あくる日、サーラはぶすくれながら(ちゅう)(ぼう)を片付けていた。

床を水拭きし、(かま)の灰を捨てる。朝食で使った皿を水で洗い、きれいな布巾で拭いていくが、それはサーラにはまったく意味のないことだった。床を拭いても、皿を拭いても、サーラの目的は達成されないからだ。

 

(ゲルトが持ってこいっていう情報があるのって、ぜったいアレクシアの部屋だ! だって、アレクシアは一日中そこに引きこもってる……。何かを隠してるに違いないさ。そこさえ入ることができたら、ゲルトが欲しいものは見つかるはずなのに……!)

 

朝一番にサーラは(ほうき)を持ってアレクシアの(しょ)(さい)を訪れた。お掃除しますんで、と()まし(がお)のサーラに、アレクシアは(うれ)しそうに笑ったものの、首を横に振った。

 

「ありがとう、でも大丈夫よ。書斎は自分で片付けるから」

「で、でも掃除はあたしの仕事です。デルマさまも言ってましたよね? あたしは仕事をしないといけないんです」

「ならばまず、昨日も伝えましたが朝は厨房を掃除しなさい。この部屋は仕事のうちにいれなくていい」

「なんでです」

「ここに来る前から、ずっとそうしてるの」

「あたしを信用していないってことですか」

「サーラ、あなたを〝信頼〟しているわ。決められた仕事をこなしてくれるって」

 

アレクシアが微笑むのに、サーラは軽く唇を噛んだ。デルマが仕事にかかりなさい、ともう一度促してくるので、引き下がるしか無い。

 

(どうにかして、ちょっとでも情報を手に入れなきゃ……ゲルト、今日の夜に報告しにこいって……)

 

思わずため息を吐く。(あせ)りばかりが積もり、サーラは泣きそうだった。

 

「掃除は出来たか?」

「っ……!」

 

厨房に入ってきたのはデルマだった。どうやら彼女は水汲みに屋敷と川を何往復かしていたようで、両手に(みず)(おけ)()げている。それを部屋の隅に置いた大きな(みず)(がめ)に入れて、デルマはちらとサーラを見た。

 

「出来たのか、と聞いているのだが」

「でっ、出来ました!」

「よし。では今日は中庭を片付けるぞ」

「ええっと、休まないんですか? 水汲みから帰ってきたばかりですよね」

「必要ない」

 

来い、と有無を言わせず命じられた。



まずはこの女をどうにかしなければいけない、とサーラは思い直した。

アレクシアの侍女、デルマのことである。

サーラは今、彼女と中庭の片付けをしていた。

前のあるじが健在だったときは美しい(いこ)いの()だったろうに、今は枯れた植物に(おお)われていて、見る影も無い。真ん中に佇む木だけは奇妙なことに花をつけていた。

サーラは枯れた植物を(かま)で刈り取りつつ、少し離れたところで同じく植物を刈るデルマを盗み見ていた。カラスの羽のように黒い髪。あの冷たい金色の目つきで睨まれると、むかむかする。すらりと背が高い。何を食べたらあんなに()(えん)(りょ)に育つのさ?

 

(アレクシアは王都の貴族なのに、なんでヤトルカ人をそばに置いてる?)

 

負け犬ヤトルカ人は乱暴で、頭が悪くて、奴隷ぐらいにしかする価値がないってゲルトが言っていた。そう、ゲルトはデルマのことを笑っていた。

 

――あの生意気なヤトルカの女……どうせ領主様の奴隷さ。二束三文で買われたんだろうよ。またそうしてやりゃいい。

 

だからデルマが自分のことを侍女と言ったとき、サーラは(おどろ)いた。そんな筈はない。彼女は二束三文で買われた奴隷に違いない。ヤトルカ人は(ごう)(まん)だから、否定してるだけだ。

 

――デルマは奴隷じゃないわ! 私が信頼を置いている侍女です!

 

でもアレクシアはきっぱりとそう言った。侍女って、貴族様のお世話をする人。

ヤトルカ人に?おかしい。ヘンだ。でも確かに、アレクシアとこの女の仲は良い。アレクシアはデルマを〝信用〟してる。あたしよりも?

気に入らない。

 

(いばら)(いばら)に気をつけろ」

 

デルマの言葉を、サーラはほとんど聞き流していた。目の前の草を鎌で刈り続けながら、サーラはデルマに疑問をぶつけた。

 

「アレクシア様って変わってますね」

「……どういう意味だ?」

「だってメードに部屋を掃除させないし、ヤトルカ人を侍女にしてる貴族なんて、初めて見ました」

 

サーラのわざとらしい嫌味に、デルマは小さく息を呑んだ。つかの間の沈黙が二人に落ち、サーラはこの女がどう怒るか、出方を(うかが)った。

 

「……そうだな」

 

サーラの予想に反して、デルマの声色は平坦だった。怒らないことに内心驚きながら、サーラは次の言葉を探した。

 

「まあ考えてみたら、追放されたお嬢様に着いていく人間なんて、そういうのぐらいしかいないか」

「お前のあるじの名誉の為に言うが、あの方の侍女はずっと私一人だ」

「どうせあんたが、他の女を()()としたんでしょ?」

「そんな()(すい)()()はしない」

 

サーラの挑発をデルマは一笑に付した。サーラはますます気に入らなくて、次の枯れ草を掴む手に力が入った。――瞬間、鋭い痛みが指先に走った。

 

「いっ……!」

 

刈った枯れ草に赤い雫が落ちる。サーラの声に驚いて、立ち上がったデルマが傍に駆け寄ると、彼女は手を押さえていた。育ちすぎたまま枯れた荊の大きな棘が、彼女の手に刺さっている。サーラの荒れた手は一筋の赤に濡れていた。

 

「大丈夫か?」

「ッ、触らないで!」

 

デルマが(ひざまず)き、サーラの手を取ろうとすれば悲鳴に似た叫びが中庭に響いた。デルマの手はぴたりと止まり、遠くから足音が聞こえてきた。

 

「二人とも、どうしたの?」

「サーラが荊の棘で怪我を」

「たいへん! 包帯をとってくるわ!」

「アレクシア様、塗り薬もです!」

 

慌ただしく去るアレクシアの背に叫んでから、デルマはサーラの震える手を取った。ひ、と小さく息を呑む声がしたが無視して、深く刺さってしまった棘に触れた。

 

「……少し痛むぞ」

 

小さく呟いて、デルマはその棘を抜いた。そこからぷっくりと赤い血が、あふれ出すが抜けた時の痛みはほぼ無かった。

 

「持ってきたわ」

「ありがとうございます」

「棘は中に入り込んでいない?」

「ええ、(さいわ)いにも」

 

アレクシアが持ってきた水で傷口を洗い、丁寧に拭いてから塗り薬を塗る。いくつかの傷を処置していくデルマを、目を丸くしながらサーラは見つめていた。

 

(わかんない……)

 

「サーラ、すぐに治るわ。デルマの作った薬はよく効くの」

「今日はもう終わりにしましょう。よし……」

 

細い包帯を巻き終わり、デルマが一息吐く。アレクシアも頷き、サーラに首を傾げた。

 

「サーラ?」

 

何も返さず、サーラは勢いよく立ち上がった。持っていた鎌を落として中庭から走り去る。ぽかん、とした顔でアレクシアがその姿を見送れば、デルマは一つ息を吐いてサーラが受け持ってたところを眺め、無言で草を刈り始めた。



(よる)(やみ)の中、影が二つ。

一つは男、一つは女。鋭い金色の目はそれらをじっと眺めていた。

 

「結局なんにも分かっちゃいねえじゃねえか!」

「ご、ごめんなさい……あたし、わかんなくて……棚とか見たけど、何て書いてるか分かんない本ばっかりだし……あの人の部屋は入っちゃダメって……」

 

鋭く頬を打つ音とともに小さな影は地面に崩れ落ちた。

 

「お前はばかで、なんにもできやしねえ! いいか、何をしてでも情報を持ってこい! あいつらを領主から引きずりおろせるようなやつだ! でっち上げたってかまわねえ!」

「あ、あのね、ゲルト……あたし、……」

「次に会うときに情報を持ってこなかったら……お前、分かってるな?」

 

女の影がびくりと跳ね、男は去って行った。月明かりの中でよろよろと女は立ち上がり、そして頬を押さえながら去って行く。

 

「…………」

 

小さく息を吐く。夜空に浮かぶ月を見上げ、そしてデルマはその場を静かに去った。

第十話を読んでいただきありがとうございます!

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