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第一話 叙任式にはおひとりで

アレクシア様、()(ぐし)を。


最も信を置く侍女に声をかけられ、レイデン家の令嬢アレクシアははっと顔をあげた。

そして自分がドレッサーを前にうとうと、()(どろ)んでいたことに気がつき、慌てて()()まいをただしたのだった。

 

「お疲れのようですね」

「そう見える? デルマ」

「はっきり言わせていただくと、あなたは働きすぎです」

 

侍女デルマが小さなため息を吐き、主人であるアレクシアの柔らかな長髪を手に取った。真珠貝の櫛を通せば淡い灰青色(ブルーグレー)は、なんの抵抗もなく整えられていく。

 

「どうせまた彼のぶんまで仕事を引き受けたのでしょう? ()(かえ)せばいいじゃないですか。なにも目の下にクマを作りながらやることでは――」

「公務を(とどこお)らせてはいけないわ。困るのは民だもの。……ほんとうね、ひどいクマ……これから皆の前に出るのに」

 

化粧をしても影の残る目元を、しげしげと眺めながら、アレクシアも(たん)(そく)した。こんな顔色で彼の前に立てば、またがっかりさせてしまう。そう考えると気が重い。

しかし公務を滞らせるほうが問題だ。仕方の無いことと諦めつつも、少女は目元の影が薄まらないかと指で撫でている。

 

「それにしても……あの馬鹿王子」

「デルマ」

「もうすぐ時間だというのに、迎えに来ないとはどういった了見でしょうね。ヨナーシュ様が何をお考えなのか、私には分かりかねますよ」

 

部屋に置かれた(ごう)(しゃ)な柱時計をちらと見やりつつ、デルマは吐き捨てた。彼女の物言いは次期国王を語るには()(そん)すぎるものであったが、彼女のそれは主人の前でのみ、(はっ)()された。アレクシアはそんな彼女を小さく(とが)めたが、すぐに肩を揺らして(さび)しく笑い、微かに首を横に振る。

 

「きっと何か、事前の準備にかかりきりなのよ。私、ゆうべにヨナーシュ様に聞いたの。今日の(だい)(せい)(じょ)(じょ)(にん)(しき)のこと……」

「へえ、いったい何です?」

「何か大事なことを発表するみたい。新しい大聖女の叙任だけじゃないって……でも彼、詳しくは教えてくれなかったわ。お前が今知ることではないって」

 

その時の彼の表情――どこか(あざけ)りをもった、冷ややかな(まな)()しと(かす)かに引きつったような口元を思い出し、アレクシアは窓の外に目を向けた。外では晴れた空の下、王都の民衆が新しい大聖女を一目見ようとこの大聖堂へと列を成していることだろう。

祝福されるべき日だというのに、アレクシアの心は晴れない。

彼の笑顔を見たのは、いつが最後だろうか。どれほど公務をこなしたところで、彼は「そこに置いておけ」としか言わない。最近は顔も上げてくれなくなった。その手元にあるのは仕事の書類ではないことをアレクシアは知っている。たいていは異国から仕入れた珍しい(しゅう)(しゅう)(ひん)だったり、誰かからの手紙だ。

――いったい、いつになれば、彼は己を婚約者として認めてくれるのだろうか。

 

「いつもあなたに仕事を押しつけてくるわりには、ずいぶんな物言いですね」

「彼だって忙しいのよ……」

 

ぼん、ぼん、と柱時計が唸る。小さく欠伸をかみ殺してから、アレクシアはゆっくりと(まばた)きをした。ふと、手に持っていた祖母の形見に視線を落とす。王立図書館のどの(ぶん)(けん)にも記されていなかった、竜骨(ドラコース)で出来た護符(タリスマン)だ。結局これの由来を聞けないまま、祖母は亡くなってしまった。

ふと、花瓶に飾られた花に目を奪われる。ここに仕える聖女たちの誰かが用意したのだろうか、柔らかな香りと瑞々しい花びらに、アレクシアは思わず口元を綻ばせた。

 

「きれいね」


 ◆


結局、アレクシアの婚約者である王太子ヨナーシュは彼女を迎えに来なかった。

いつもならば苦虫を噛みつぶしたような顔をさせつつも、婚約者だからと部屋にやってくるというのに。

 

「婚約者の仕事すら放り出すだなんて!」

「デルマ、あまり怒っちゃだめよ。あなたが怖い顔をしてると、皆驚いちゃう」

「これが怒らずにいられますか!? 今日という今日は国王陛下に直談判も辞しませんよ、私は! あなたの尊厳に関わることです!」

 

ぷりぷりと肩をいからせながら主人をエスコートするデルマがほんの少しだけ()()しくて、アレクシアはくすくすと笑った。しかし心のうちには、どうしてヨナーシュが迎えに来なかったのかという疑問と、強い不安、失望が渦巻いていた。

ざわつく胸中を抑え、大聖堂へと続く廊下を進んでいく。

既に大聖堂には貴族、国教会の重鎮が座していた。

更には、運良く大聖堂へと入れた大勢の民衆が遠巻きにこちらを見ている。入場してきた次期王妃の姿に、ある貴族は目を見開き、隣の貴族と目配せをする。彼らの娘である令嬢たちもアレクシアを見て、扇の下で一言二言、言葉を交わし始めた。

 

(婚約者のエスコートもなく来たのだから、当然ね……)

 

それでも表情を変えることなく真っ直ぐに自分の席へと向かう。彼女の気丈さを損なわぬように、デルマも先ほどの怒りを収め、侍女としての態度を崩さずに彼女に侍った。

今ある感情を露呈するなど、アレクシアには考えられなかった。

 

「アレクシア」

 

祭壇に一番近い、王座に座した男がアレクシアの名を呼んだ。

この者こそ、ラスカース王国を統治する現国王、マティアスである。

今、彼の表情には戸惑いがありありと浮かんでいた。その隣に座している現王妃フレドリカにも、同じものが浮かんでいる。どうして、彼女が自分の息子を伴わずにこの大聖堂へと参じたのか、理解出来ないと言いたげであった。

 

「マティアス様、フレドリカ様。レイデン侯爵家の娘、アレクシア・レイデンが参りました」

「うむ……よう来た。して、ヨナーシュはどこにいったのだ?」

「ヨナーシュ様は……」

「お迎えの時間になられてもいらっしゃいませんでした。国にとって重要な聖女叙任式、遅れてはいけませんのでアレクシア様はお一人でここに」

 

デルマの苛立ち混じりの返答に、王は目を大きく見開いた。まあ、と王妃も小さな声をあげて、息子の失態をどう受け止めるべきか眉根を寄せている。二人の驚きは周囲にも(でん)()し、小さなざわめきが波のように大聖堂に響いた。

 

「あやつは何を考えておるのだ……ヨナーシュはおらぬのか? いつ来るのだ?」

 

僅かな(あき)れと共に、王は息子の姿を探す。しかし誰もその姿を見た者はいないらしく、困惑の中心に置かれたアレクシアは居心地の悪さに(かす)かに(うつむ)いた。


 ――と、大聖堂、祭壇の傍にある扉が開く音がした。

はじめまして:)

第1話をお読みいただきありがとうございます!

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