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第1話:睡眠時間165分、戦場へのログイン

第1話:睡眠時間165分、戦場へのログイン


 深夜3時。

 意識の輪郭が、超高解像度の仮想世界に溶けていく。

 眼前に広がるのは、残酷なまでに美しい星空と、咆哮をあげるレイドボス『不条理の巨獣アンリーズナブル・ビースト』。漆黒の毛並みを持つその巨体は、一振りで地面を砕き、周囲のプレイヤーを次々と光の塵に変えていく。


「納得がいかねえ……! なんだよあの広範囲攻撃、避けようがないだろ!」


 パーティメンバーの絶望した叫びが響く。だが、僕――鈴木聖の視界には、また別のログが流れていた。


【ステータス異常:極限の睡眠不足】

【認知のバグが発生中:現実世界の彩度が15%低下し、仮想世界の解像度が限界突破しています】


 僕の脳は、寝不足のあまり現実を「クソゲー」として切り捨て、このVR世界を「真実」として受け入れ始めていた。

 そこへ、場違いなほど落ち着いた声が届く。


「鈴木さん。まだ『気合』で避けようとしてるんですか? それ、コスパ悪いですよ」


 声の主は、胡散臭い魔導書記官のタラ。僕がこのゲームで師事しているゲーマーの一人だ。


「……タラさん。このボスの攻撃は完全にランダムです。構造が見えません」


「ランダム? 違いますよ。巨獣の咆哮は単なる『攻撃』じゃない。あれは『僕を見てくれ』という強烈な承認欲求のシグナルです。解決策を教えましょう。MBA流、古代魔法――【アクティブ・リスニング(傾聴)】です」


「傾聴……? 敵の声を、聞くんですか?」


「ただ聞くのではありません。相手の『言葉』ではなく『背景にある欲求』だけを抽出し、それ以外の毒素を情報として受け流すんです。いいですか、咆哮を『音』として捉えるのをやめなさい。それは単なる低周波のBGMです」


 タラの言葉が、バグった僕の脳に術式として書き込まれていく。

 巨獣が大きく息を吸い込んだ。最大級の咆哮が来る。


「術式展開――【アクティブ・リスニング】」


 ドゴォォォォォン! という衝撃波が僕を包む。だが、不思議なことが起きた。

 僕の視界にある『ダメージログ』が、瞬時に変換されていく。


【巨獣の怒号を鑑定中……】

【内容:『俺に気づけ』『構え』『怖いだろ』】

【変換:0ギルのドロップアイテム(ただの騒音)として処理】

【結果:精神的ダメージ、ゼロ】


 巨獣が目を見開く。全力をぶつけたはずの僕が、無傷で、しかも懃懃無礼に頭を下げて立っているのだから。


「なるほど。あなたの仰りたいことは理解しました。……でも、それだけですよね?」


 僕は静かに剣を抜き、硬直した巨獣の首筋に論理的な一撃を叩き込んだ。


【レイドボス:不条理の巨獣 撃破完了】

【レベルアップ:MBAスキル『傾聴』がアンロックされました】

        

 朝、7時。

 アラームが鳴る前に、僕は死体のように跳ね起きた。

 睡眠時間、165分。

 灰色の天井。結露した窓。現実世界の解像度は相変わらず低く、視界の端にはノイズが走っている。

 僕はよれよれのスーツを鎧として纏い、魔王城――株式会社クリエイティブ・ズー、通称クズ社へ出社ログインした。

 オフィスに入った瞬間、鼓膜を破らんばかりの咆哮が轟く。


「鈴木ィィィ! 昨日の日報は何だ! やる気があるのか! 俺が若い頃はなぁ!」


 五味社長。通称、魔王デス・ガベージ。

 彼の武器は、ロジックを介さない純粋な暴力としての『怒号』だ。周囲の社員の佐藤さんたちは、その精神攻撃に晒され、HPを削られて真っ青になっている。

 だが、僕の目には、今の五味社長の頭上に煌々と輝くステータスが見えていた。


【Enemy:魔王デス・ガベージ(五味)】

【発動スキル:『精神論の咆哮(無価値な怒号)』】


 あぁ、うるさいですね。

 僕は静かに、深夜に学んだ術式を起動する。


「……【アクティブ・リスニング】」


 ドゴォォォォォン! という擬音が見えるほどの怒声。

 しかし、僕の視界を流れるログは冷徹だ。


【鑑定完了:社長の怒声から毒素を排出中……】

【抽出データ:『売上が足りない』『自分が不安だ』『誰かになんとかしてほしい』】

【処理:これらをBGM(環境音)として認識。ダメージを無効化します】


 社長が顔を真っ赤にして、僕のデスクを叩く。


「聞いているのか! この給料泥棒が!」


「ええ、しっかりと『拝聴』しております、社長」


 僕は、鏡で練習した完璧な無表情と、懃懃無礼な敬語を繰り出した。

 周囲の空気が凍りつく。いつもならここで平謝りするはずの僕が、平然と社長の目を見据えているからだ。


「社長の仰る『やる気』とは、つまり今期の売上目標に対する10%のショート分を、具体的にどう埋めるかという『懸念』ですよね? あぁ、社長の脳細胞がまた一つ不安で死滅しましたね。可哀想に。お供え物はエナドリでいいでしょうか」


「な、……なんだと……?」


「要約すれば、『売上を上げろ』。それだけですよね。承知いたしました。社長が喉を枯らして叫ぶよりも、はるかに効率的な解決策(リソース配分案)を今から30分で作成します。ですので――」


 僕は一歩、社長へ踏み込む。僕の目には、社長の背後にある『権威の塔』がバキバキと音を立てて崩壊していくエフェクトが見えていた。


「もう吠えるのはおやめください。BGMにしては、少しボリュームが大きすぎます」


「な、ななな……ッ!?」


 五味社長は、自分の怒りという最強の魔法が完全に無効化されたことに驚愕し、金魚のように口をパクパクとさせた。

 その横で、同僚の佐藤さんが「鈴木さん……?」と信じられないものを見るような目で僕を見ている。


【クエスト:魔王の咆哮を回避せよ 達成】

【報酬:佐藤さんの解像度が0.5%上昇しました】

【リザルト:本日残りMP 1200/1200】


 僕は、デスクのコーヒーを一口啜った。

 あぁ、現実はなんてひどいクソゲーなんだ。

 でも――攻略法さえ分かれば、これほどヌルゲーな設定もありませんね。

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