第四十七話 帰り道の大怪我——尼僧に救われ、安命院へ
第四十七話
帰り道の大怪我——尼僧に救われ、安命院へ
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
京から大阪を経て大和郡山へ向かう帰り道、
思いもよらぬ大怪我を負い、
尼僧に救われて“自分の産院”へ運ばれた日の記である。
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◆ 【序章】生駒山の山道
大阪を離れ、
やよいは生駒山を越えて郡山へ向かっていた。
冬の風は冷たく、
道はぬかるみ、
旅の疲れが足に重くのしかかっていた。
(……あと少しで郡山……
安命院に……帰れる……)
しかし、その“あと少し”が遠かった。
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◆ 【第一幕】足を滑らせる
山道は、前日の雨でぬかるんでいた。
やよいは慎重に歩いていたが——
足元の石が、
ぐらりと動いた。
(あ……)
次の瞬間、
身体が大きく傾き、
斜面を転げ落ちた。
枝が頬を裂き、
岩に肩を打ちつけ、
足首が激しくひねられた。
「……っ……!」
声にならない痛みが走る。
(……動かれへん……
足が……)
冷たい土の上で、
やよいは息を荒げた。
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◆ 【第二幕】尼僧の声
どれほど時間が経ったのか。
遠くから、澄んだ声が聞こえた。
「……もし……
誰か……?」
やよいはかすかに目を開けた。
薄茶の衣をまとった尼僧が、
道の端に立っていた。
その顔を見た瞬間、
やよいは息を呑んだ。
(……郡山の寺の……
あの尼さま……)
尼僧は驚き、駆け寄った。
「やよい殿……!
どうしてこんなところで……!」
やよいは弱々しく答えた。
「……足を……
滑らせて……」
尼僧はすぐに状況を理解した。
「ここでは治せません。
安命院まで運ばねば……
でも、わたし一人では……」
尼僧は周囲を見渡し、
声を張り上げた。
「誰か……!
誰かおりませぬか!」
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◆ 【第三幕】農夫たちの協力
しばらくして、
荷車を押した農夫たちが現れた。
「どうされました、尼さま!」
尼僧は深く頭を下げた。
「この方を……
安命院まで運んでいただけませんか。
命に関わります」
農夫たちは迷わず頷いた。
「任せてください!」
荷車の上に布を敷き、
やよいをそっと乗せた。
やよいは痛みに顔を歪めながらも、
尼僧の手を握った。
「……ありがとうございます……
尼さま……」
尼僧は優しく微笑んだ。
「助け合うのは当たり前のこと。
あなたは……
郡山の女たちを救ってきた方でしょう」
やよいの胸が震えた。
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◆ 【第四幕】安命院へ帰る
荷車は揺れながら、
郡山の町へ入った。
見慣れた町並み。
見慣れた道。
そして——
安命院の門が見えた。
(……帰ってきた……
わたしの……院に……)
尼僧が声をかける。
「誰か!
やよい殿が戻られた!
大怪我です!」
院の弟子たちが飛び出してきた。
「やよい様!?」
「どうしてこんな……!」
「すぐに治療室へ!」
やよいは荷車から抱え上げられ、
自分の院の布団に寝かされた。
(……わたしが……
治される側……)
胸が締めつけられた。
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◆ 【終章】患者としての始まり
その夜、
安命院の静かな部屋で、
やよいは眠り続けた。
医としてではなく、
患者として。
——こうして、
わたくしは帰り道で大怪我を負い、
尼僧に救われ、
“自分の産院・安命院”へ運び込まれたのである。




