第三十五話 院建設を阻む影
第三十五話
院建設を阻む影
やよい、郡山の大地と“恐れ”に挑む
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
産科医術院の建設を本格的に始めたその時、
郡山の大工たち、尼僧たちと力を合わせ、
そして“影”の正体と向き合った日の記である。
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◆地鎮の翌朝——形なき理想が動き出す
地鎮を終えた翌朝。
冬の光が大地を照らし、
産科医術院の予定地には大工たちが集まっていた。
(……今日から本当に建て始める……
わたしの医が、郡山の未来が、形になる……)
大工頭・藤兵衛、棟梁・与七らが深く頭を下げた。
「曲直瀬様。
“女人のための院”と伺っております。
どのような造りをご所望で?」
やよいは巻物を広げた。
「“産みの間”は陽当たり良く。
“心を休める間”は静かで風通しよく。
尼僧様の“祈りの間”も必要です」
大工たちは驚き、
やよいの言葉に真剣に耳を傾けた。
(……この人たちが、わたしの理想を形にしてくれる……)
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◆優しい造り——やよいの願い
やよいは続けた。
「産後の女人が歩きやすいよう段差は少なく。
冬でも冷えぬよう床下に工夫を。
“優しい造り”にしたいんです」
与七は目を見開いた。
「女人の足元まで……
そこまで考えておられるとは……」
藤兵衛は深く頷いた。
「承知しました。
曲直瀬様の願い、必ず形にいたします」
やよいの胸が熱くなった。
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◆材木が届かない——影の気配
そのとき、大工の若い者が駆け込んだ。
「藤兵衛頭!
材木が……今日も届きません!」
藤兵衛は眉をひそめた。
「殿の命なら最優先のはず……
これは妙だぞ」
千代が小声で言った。
「やよい殿……
儒医の中には、まだ反対している者も……」
(……影はまだ消えてへん……)
やよいの胸にざわめきが走った。
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◆材木問屋へ——“止められた”出荷
やよいと藤兵衛は材木問屋へ向かった。
主人は震える声で言った。
「……材木の出荷が“止められて”おります……
“医術院の建設は時期尚早”と、
藩医衆の……ある御方から……」
やよいは息を呑んだ。
(……やっぱり……
誰かが裏で動いてる……)
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◆川上へ——影の正体を追う
その日の夕刻。
若い大工が駆け込んだ。
「やよい様!
材木が川上で止められてます!
藩医衆の紋をつけた者が見張って……!」
やよいは決意した。
「行きます。
影の正体を、この目で確かめます」
法性尼・妙寿尼も同行を申し出た。
「影に光を当てるのは、尼僧の務めでもあります」
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◆川上の対峙——“恐れ”という影
川上には材木が積まれ、
その前に藩医衆の中堅医師・安斎が立っていた。
「女人のための院など、郡山には不要だ」
やよいは静かに言った。
「安斎様。
産後に命を落とす女人を、
あなたはどれほど診てこられましたか?」
安斎は言葉を失った。
法性尼が一歩前に出た。
「苦しむ者の痛みを“弱さ”と呼ぶ者に、
医の資格はない」
妙寿尼が続けた。
「医とは、命を救う者。
性別でも格式でもない」
安斎の顔が揺れた。
やよいは静かに告げた。
「わたしは誰の立場も奪いません。
ただ……救える命を救いたいだけです」
安斎はついに膝をついた。
「……女人の医が広まることが……
恐ろしかったのです……
“負ける”のではと……」
妙寿尼は優しく言った。
「負けるのではない。
共に救えばよいのです」
安斎は涙をこぼした。
「……材木はすぐに運ばせます……
妨害は……もういたしません……」
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◆影を越えて——建設、再び動き出す
材木は川から下ろされ、
大工たちの手に戻った。
藤兵衛が笑った。
「やよい様!
これで建設が進みますぞ!」
千代も涙ぐんだ。
「やよい殿……
本当に影を払われました……」
法性尼と妙寿尼が微笑んだ。
「そなたの言葉が、影を光に変えたのです」
やよいは胸に手を当てた。
(……院は必ず完成させる……
郡山の女人たちのために……
命を救うために……)
——こうして、
わたくしは産科医術院を阻む“影”の正体を知り、
その恐れを越え、
建設を再び前へと進めたのである。




