第三十三話 産科医術院の胎動
第三十三話
産科医術院の胎動
やよい、郡山の未来と抵抗の影に立つ
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
忠明公の提案を受け“産科医術院”の構想を描き、
城下の女人たちの声を聞き、
そして儒医・藩医の激しい反発と向き合った日の記である。
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◆忠明公の提案
翌朝の郡山は澄み、奥向きには久しぶりの穏やかさが戻っていた。
忠明公は巻物を広げ、静かに言った。
「やよい。郡山城下の一角を“産科医術院”として与える」
胸が熱くなった。
女人たちを救う場所が、ついに形になる——そう思った瞬間。
襖の向こうから低い声。
「殿、女人に院を任せるなど前代未聞」
儒医・藩医たちがずらりと並び、露骨な警戒を向けていた。
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◆儒医・藩医の影
「医は男子の学問。女人の涙に振り回されては医の品位が落ちます」
胸が痛んだ。
だが忠明公は鋭く言い放つ。
「黙れ。そなたらが救えぬ命を、やよいが救ったのだ」
わたしは深く頭を下げた。
「誰の地位も奪いません。ただ……苦しむ女人たちを救いたいだけです」
儒医たちは言葉を失ったが、警戒の色は消えなかった。
(……簡単には収まらへん。でも、わたしは引かへん……)
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◆城下の声
翌朝、千代とともに城下へ降りた。
若い母は震える声で言った。
「産後、胸が苦しくても藩医様には叱られるだけで……」
尼僧は涙をこぼした。
「寺の娘たちが倒れても、男の医者は入れません」
老いた女は胸を押さえた。
「若い頃に子を亡くしました。誰にも言えず……今も痛むのです」
(……こんなにも……多くの女人が……)
千代が静かに言った。
「郡山には“女人を診る医”が一人もおりません」
拳が震えた。
(……院は絶対に必要や……)
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◆圧力の強まり
帰り道、儒医たちが道を塞いだ。
「女人医者が城下を歩くなど聞いたことがない」
「院など作れば医の秩序が乱れる」
千代が怒りに震えた。
「そなたらが救えぬ命を、やよい殿が救っておるのです!」
儒医たちは顔をしかめて去った。
(……抵抗はこれからもっと強くなる……でも負けへん……)
その夕刻、城下の女人たちが駆け寄った。
「やよい殿、どうか院を……」
「声を上げられず苦しんでおります……」
わたしは深く頭を下げた。
「必ず……院を作ります」
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◆対立の頂点
翌朝、儒医・藩医たちが忠明公のもとへ押しかけた。
筆頭儒医・石堂玄伯が鋭く言い放つ。
「女人に院を任せるなど郡山の恥!」
忠明公は静かに返す。
「やよいは奥向きを救った。そなたらが診られぬ“心の病”を治した」
玄伯はなおも食い下がる。
「心の病など医ではない!」
わたしは一歩前に出た。
「弱さやありません。心の痛みです。それを診るのも医の務めです」
儒医たちは沈黙したが、反発の色は消えない。
そのとき——
襖が開き、御台所が姿を現した。
「わたしは……やよい殿に救われました。
郡山の女人たちの声を聞けるのは、やよい殿だけです。
どうか……院を認めてくださいませ」
儒医たちは息を呑んだ。
玄伯はついに言った。
「……御台所様がそこまで仰るなら……反対一辺倒ではございませぬ。
ただし、院の医術が正しきものか、我らも見届ける」
忠明公は頷いた。
「よい。やよいの医は、そなたらにも学ぶべきものがある」
(……完全に認められたわけやない。でも……道は開いた……)
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◆未来への胎動
忠明公は静かに言った。
「やよい、これで院の建設に進める。儒医どもは口うるさいだろうが気にするな」
御台所も微笑んだ。
「郡山の女人たちの未来を……どうか託します」
わたしは胸に手を当てた。
(……儒医の抵抗、女人たちの涙、忠明公の信頼……全部抱えて進む……
産科医術院……必ず建てる……)
——こうして、
わたくしは郡山城下に“産科医術院”を建てるための道を、
ついに歩み始めたのである。




