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第二十六話 奥向きの不穏と“真の試し”——やよい、沈黙の奥向きで己を問われる

第二十六話

奥向きの不穏と“真の試し”——やよい、沈黙の奥向きで己を問われる


---


◆ 奥向きに広がる“噂”

仮許可の診療を終えた翌朝。

やよいが奥向きに入ると、女中たちの囁きが空気をざわつかせていた。


「やよい殿が……城代様に気に入られたとか」

「そんなはずないわ。あの方は冷たい方よ」

「でも仮許可が出たのは事実……」


胸が締めつけられる。

(……違う……わたしはただ命を救いたいだけや……)


御年寄・大崎局が呼び寄せた。


「やよい。“城代様がそなたを特別視している”という噂が流れておる」


「そ、そんな……!」


「わかっておる。だが奥向きは狭い。噂は形を変え、人の心を乱す」


さらに若い女中が駆け込む。


「“外の女を入れるのは危険だ”という声まで……!」


(……わたしが……危険……?)


大崎局は静かに告げた。


「誠実さで示すしかない。言葉ではなく、行いでな」


そのとき、廊下の奥から低い声。


「噂など風のようなものだ」


——城代・内藤信正。


「誓いを守り、医を尽くす者はいずれ認められる。次の診療で真価を見せよ」


やよいは深く頭を下げた。


(……逃げへん……命を救うためにここにおるんや……)


---


◆ 二度目の仮許可診療——“真の試し”

翌朝、使者が告げた。


「本日、城代様が立ち会われます」


(……これは……本当の試しや……)


奥向きは緊張に満ちていた。


案内されたのは、奥向きの要・中臈 於千賀の部屋。


「……息が浅くて……胸が締めつけられる……」


脈に触れた瞬間、やよいは悟った。


(……気が上に昇りすぎてる……“気逆”や……責務の重さが心を乱してる……)


「これは病ではありません。心と気の乱れです」


ざわめく女中たち。


やよいは薬草を選んだ。


- 柴胡:気を下げる

- 香附子:滞りを散らす

- 薄荷:呼吸を楽に

- 甘草:緊張を和らげる


火鉢の前で火と香りを読み、薬湯を仕上げる。


(……この揺れ、この香り……)


薬湯を飲ませると、於千賀の呼吸が深くなった。


「……胸が……軽くなりました……」


大崎局は静かに言った。


「見事だ。そなたの医は本物だ」


退出しようとしたとき、廊下の奥から声。


「二度目の診療、確かに見届けた。次は“そなた自身”を試す」


——城代・内藤信正。


(……そなた自身……って……)


---


◆ 三度目の試練——“やよい自身”を問う

翌朝、使者が告げた。


「本日、城代様より“面談”の命がございます」


(……診療やない……わたし自身を試すんや……)


奥向きは沈黙に包まれていた。


案内された一室。

そこに座るのは、大阪城代・内藤信正。


「そなたの医は確かだ。だが“奥向きに入れる者”であるかは別だ」


やよいは拳を握った。


「——なぜ奥向きに入りたい」


やよいは胸の奥から言葉を絞り出した。


「……命を救いたいからです。

 奥向きの女中様方は外へ出られず、

 病を抱えても声を上げられない方もおられます。

 わたしは、その方々の命を守りたい。

 それが……わたしの誓いです」


内藤は沈黙した。


やよいは続けた。


「誰に認められたいわけでもありません。

 ただ……命の声を聞きたいだけです。

 それが……わたしの医です」


長い沈黙ののち、内藤は言った。


「……そなたの言葉、嘘ではない。

 ならば“第三の試練”を与える」


巻物が開かれる。


「奥向きの中で“病を隠している者”がいる。

 誰かは教えぬ。

 そなた自身の目で見極めよ。

 それができれば——正式に認めよう」


やよいは深く頭を下げた。


(……逃げへん……命を救うために……)


---


こうして、

やよいは“噂”という見えぬ敵を越え、

“真の試し”を越え、

そして——

“自分自身”を問われる試練へと歩み出した。


奥向きの沈黙の中で、

やよいの決意だけが静かに燃えていた。



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