第二十二話 やよい、奥向き初診療と三つの試し——女人医者の覚悟を問われる
第二十二話
やよい、奥向き初診療と三つの試し——女人医者の覚悟を問われる
誓いを立てた翌朝。
やよいは火鉢の前で脈を取りながら、胸の奥の揺れを抑えようとしていた。
(……わたし……ほんまに務まるんやろか……)
そこへ奥向きからの迎えが来た。
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◆ 第一の試し——お万の方の診療
大坂城奥向き。
女中たちの視線は温かさより“観察”に近かった。
御年寄・大崎局が言う。
「今日は“試し”である。診療は一件のみ」
案内されたのは、松平忠明の正室・お万の方の御座所。
胸のつかえと息苦しさを訴えていた。
やよいは脈に触れた。
(細い……でも奥が熱い……
“肝気鬱結”……気が滞って胸に熱がこもってる……)
香の匂いが強く、奥向き特有の空気が症状を悪化させていた。
やよいは薬草を選んだ。
香附子、蘇葉、薄荷。
気を巡らせ、胸を開き、熱を散らす。
女中たちはざわめいたが、やよいは静かに煎じた。
(薄荷は火が強すぎたら飛ぶ……香附子は弱すぎたら効かへん……
ここや……この揺れ……)
薬湯を飲ませると、お万の方の呼吸が深くなり、脈が変わった。
「胸が……軽くなったようだ」
大崎局は言った。
「見事だ。だが、試しはまだ終わらぬ」
退出しようとしたとき、襖の向こうから声がした。
「もしや、曲直瀬やよいか。
奥向きの者たちが認めるなら、余も異存はない」
松平忠明の声だった。
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◆ 第二の試し——“秘密を守るか”
数日後、再び奥向きから呼び出しが来た。
大崎局は言う。
「今日は診療ではない。“口の堅さ”を試す」
腹痛を訴える若い女中を診ると、
(熱はない……これは“冷え”や……)
とすぐに分かった。
診療を終えて廊下に出ると、別の女中が近づいてきた。
「さきほどの女中の病……どのようなものでしたか?」
やよいは息を呑んだ。
(……これは……試しや……)
「申し訳ありません。
奥向きの病は、たとえ女中様でも……
わたしの口からは申し上げられません」
その瞬間、襖の影から大崎局が現れた。
「よい。そなたは誓いを守った」
退出しようとしたとき、また忠明の声がした。
「誓いを守る者か。
奥向きの者たちが認めるなら、余も認めよう」
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◆ 第三の試し——嫉妬と陰口に耐える
翌日。
奥向きに入ると、空気が昨日までと違っていた。
「また来たのか……」
「御年寄様に気に入られているらしい」
「外の娘のくせに……」
やよいは胸がざわついた。
(……これ……嫉妬や……)
大崎局は言う。
「今日は診療ではない。奥向きの者たちと共に過ごせ」
薬草の仕分けをするが、女中たちの陰口は続いた。
「外の娘が奥向きの薬草に触れるなんて」
「どうせ忠明公に気に入られたんでしょう」
やよいは言い返さず、ただ手を動かした。
(……わたしは……命を救うために来たんや……)
わざと薬草を落とされても、静かに拾い上げた。
「わたしは……医者である前に、
人として学ぶことが多い身です。
どうか……お許しください」
その言葉に、女中たちは一瞬黙った。
襖の影から大崎局が現れた。
「……やよい。よく耐えたな。
奥向きとは、医術だけでは務まらぬ。
人の嫉妬、人の情……それらすべてを受け止めねばならぬ」
退出しようとしたとき、また忠明の声がした。
「人の情に耐える者か。
奥向きの者たちが認めるなら、余も認めよう」
やよいの胸が震えた。
(……わたし……また一歩……前へ進めた……)




