第十七話 やよい、“命の重さ”を知る——禁忌・死・そして覚悟
第十七話
やよい、“命の重さ”を知る——禁忌・死・そして覚悟
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
医家で迎えた最初の試練と、
救えぬ命、そして“医の禁忌”を胸に刻んだ日の記である。
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◆ 医家での修行の日々
玄朔様の従兄弟・曲直瀬玄道殿の家に移って数日。
わたくしは薬草を仕分け、脈を読み、火と体温の関係を学び続けていた。
玄道殿は厳しくも的確に言う。
「やよい。医は“理”と“感”の両方が必要だ。
どちらか一つでは命は救えぬ」
(玄朔様も……同じことを言っていた……
わたし、もっと強くならな……)
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◆ 急患の到来——命を読む試練
夕暮れ、医家の門が激しく叩かれた。
「玄道先生! 急患です!」
運ばれてきたのは若い農夫。
顔は真っ赤、汗は冷たく、呼吸は荒い。
玄道殿が脈を取り、眉をひそめた。
「ただの熱ではない。やよい、どう見る」
わたくしは匂いを嗅ぎ、胸に耳を当てた。
(……熱の匂いやない……
体の奥が冷えて、外だけが燃えてる……)
「玄道様、この方は“冷え”が原因です。
汗の匂いが……産のときと同じです」
玄道殿は目を見開いた。
「……見事だ。治療を組み立ててみよ」
わたくしは震える手で言った。
「弱火の火鉢、生姜湯に葛を……体の奥を温めます」
治療は成功し、男の脈は落ち着いた。
玄道殿は静かに言った。
「やよい……おまえは“命を読む者”だ」
胸が熱くなった。
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◆ しかし——次に運ばれた命は
翌日。
若い母が幼い子を抱えて駆け込んできた。
子どもはぐったりし、呼吸は弱く、匂いが変わり始めていた。
(……いやや……
この匂い……
“命が離れていく匂い”……)
わたくしは必死に治療した。
火を整え、生姜湯を作り、呼吸を促した。
しかし——
子どもの胸は、小さく上下し、そして止まった。
母の叫びが医家に響いた。
「いやぁぁぁ……返して……!」
わたくしは涙が止まらなかった。
「玄道様……どうしたら……どうしたら……!」
玄道殿は静かに首を振った。
「やよい……もう間に合わぬ」
(わたし……救えへんかった……)
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◆ 医の禁忌
その夜、玄道殿は奥の間で巻物を開き、静かに言った。
「やよい。医には“禁忌”がある」
● 第一
己の才を誇るな。才を誇る者は命を軽んじる。
● 第二
救えぬ命を、救えると言うな。
その言葉は家族を、そして自分を傷つける。
● 第三
命を救うために、他の命を犠牲にするな。
戦では、この禁忌が試される。
わたくしは震えた。
(夏の陣……
あの炎の中で……
わたしは……誰かを選んでしまったんやろか……)
玄道殿は言った。
「やよい。おまえは“選んだ”のではない。
救える命を救っただけだ」
涙が溢れた。
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◆ やよいの決意
玄道殿は問いかけた。
「やよい。
この禁忌を胸に抱き、
それでも医の道を歩むか」
火鉢の火は揺れず、迷っていなかった。
(わたしの心を……映してる……)
「歩みます。
どんなに重くても……
命を迎える者として……
この道を歩きます」
玄道殿は深く頷いた。
「今日からおまえは……真の弟子だ」
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◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは“命を読む力”を試され、
“救えぬ命”と向き合い、
“医の禁忌”を胸に刻んだ。
痛みは深く、
涙は止まらず、
胸は裂けるようであった。
だがその痛みこそが、
わたくしを“医者”へと変えた。
料理も、医術も、産科も——
すべては“命を救うため”に繋がっている。
その道を歩む覚悟が、
この日、わたくしの中に根を下ろしたのである。




